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コーイチ物語 「秘密のノート」 136

2022年09月25日 | コーイチ物語 1 16) 華麗なる挑戦
 名簿を開く。社長の名前を筆頭に役員たちの名前がずらずらと載っている。コーイチは名簿をを閉じた。
「どうしたの?」
 ブロウが不思議そうな顔でコーイチを見た。
「なんて言うのかなあ…… あまり知らない人の名前を勝手に使って良いのかなと、ふと思っちゃってさ……」
 コーイチはブロウの困った顔を向けて答えた。
「……」ブロウ無言のままコーイチの右手を握った。痛みは無かった。優しく握られていた。ブロウの目がきらきらと輝いている。「素敵よ、コーイチ君…… 何て思いやりの深い人なのかしら! 私、心から感激しちゃった……」
「そ、そうかい?」コーイチは、瞳を潤ませているブロウを見ながら、戸惑い気味に言った。「そんなふうに言われると、なんだか照れちゃうな……」
「はいはい!」シャンがパンパンと手を叩いて入って来た。「二人で甘い世界に浸るのは良いけど、段々と時間が無くなって行くわよぉ……」
「そうだった!」ブロウがコーイチの手をぎゅっと握った。姉のシャンに負けない力だ。思わずコーイチは顔をしかめた。ブロウはあわてて手を離した。「そうよ、コーイチ君。あなたの優しさが命取りになっちゃうわ。ここは心を鬼にして、名簿の名前を書いて行くのよ!」
「で、でも……」
「『杏(あんず)より梅が安し』って言うじゃない?」シャンが楽しそうに言った。「あれこれ悩むより、実行あるのみよ!」
「お願い! 私たち ……いいえ、私の頼みよ!」
 ブロウは真剣な眼差しをコーイチに向けた。……そうか、この想いに答えなければ男じゃない! でも、あんまり人に迷惑はかけられないし……
「そんなに悩んでいるんなら、あの人はどう?」シャンがぽんと手を叩いて言った。「ほら、私たちの歌を歌っていたバンドがあったじゃない。あのボーカルの人に入れ込んでいた……」
「ああ、名護瀬か!」コーイチの表情がぱっと明るくなった。「ヤツなら多少の事があっても大丈夫だ!」
「ねえねえ、それって何の話?」
 ブロウがシャンとコーイチを交互に見ながら聞いて来た。
「パーティでね、大魔王を呼び出す歌を見事に歌った女の人(「清水さんって言う、ボクの先輩」と、コーイチは注釈を入れた)がいたのよ。その人に入れ込んでいるコーイチ君のお友だちの事よ」シャンは思い出し笑いをしながら続けた。「……そうそう、そのバンドになんとジレルがいたのよ。わたしが声をかけたら驚いていたけど、元々音楽好きな娘だから、こっちの世界で音楽活動を楽しんでいるのね」
「あーそー……」楽しそうにしゃべっているシャンに、ブロウは皮肉な眼差しを向けた。「そうやって楽しんでいる間、私は大変だったのよねぇ……」
「あーら、あらあらあら」シャンはからかうような口調で言いながらブロウを見た。「またその話を蒸し返すつもりかしら?」
「思い出させたのは、お姉様でしょ!」
 二人の雲行きが、また怪しくなって来た。
「じゃあ、名護瀬の名前を書こうかなあ!」コーイチはわざとらしく、明るく大きな声で言った。「どうなるか、二人で見ていてくれないかなぁ」
 コーイチの言葉が終わらないうちに、シャンはコーイチに左側に、ブロウは右側に座り込んでいた。
「早く書きなさいよ」
 シャンが右肘でコーイチの脇腹をつついた。
「しっかりくっきりと書くのよ」
 ブロウは左肘でコーイチの脇腹をつついた。
「やれやれ……」
 ……なんだかんだ言って、姉妹って似るもんだなあ。コーイチはため息をついて、ペンを握り直した。

       つづく

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