コーイチは黙々とペンを走らせている。スミ子が書かれた名前を縁取り、吸収するように消し、ページがめくれる。その間をコツコツコツコツと音を立てて待つ。
これがどれほど繰り返されたのか、コーイチの背後に立ちすくんで見守っているシャンにもブロウにも分からなくなっていた。ふと窓から白々とした光が射し込み始めた。夜が明け始めたようだ。
「ちょっと見なさいよ、ブロウ……」
シャンが座卓の上を指差した。外の光が座卓に注ぎ、名簿が最後のページになっている事を気付かせた。
「あの名簿、結構厚かったわよね……」シャンが心配そうな声を出した。「一ページに十人以上の名前が載っていたんでしょ? それがもう最後のページよ……」
「ええ……」ブロウもはらはらしながらコーイチを見守っている。「完全に限界を超えちゃってるわ……」
スミ子のページが、のろのろとめくれて行く。ペンで叩く音がコココココココと連続した早打ちになっていた。
「スミ子、大分動きが遅くなっているわ。コーイチ君に追いつくのに疲れたようね。もう少しかしら?」シャンがスミ子の動きを見ながら言った。「それにしても、これだけ書いているんだから、十分だと思うんだけど……」
「そうよねぇ……」ブロウは言いながら、スミ子の動きをじっと見ていた。が、突然、こわい顔になって叫んだ。「スミ子! お前ってヤツは!」
ブロウは座卓へ飛ぶように近付いた。スミ子はページをちょうど見開きの中央部分で直立させたまま、動きをぴたっと止めた。
「どうしたの、ブロウ?」
シャンが声をかけた。ブロウはこわい顔のままで振り返った。
「スミ子ったら、疲れてなんかいやしなかったのよ! ちょっと暗かったから分からなかったけど、心の底から満足しながら、さらに続きを求めていたのよ!」
「えっ!」シャンは驚いて、固まっているスミ子を見た。「でも、どうしてそうだって言えるの?」
「疲れていたら、ページ自体がしわくちゃになるのよ。でも、見てごらんなさいよ!」ブロウが直立しているページを指先でつまんで左右に振った。「ツヤツヤのパリパリよ! こんなにページ状態の良いペットノートなんて見た事が無いわ!」
ブロウはページをつまんだままスミ子を持ち上げた。コーイチはスミ子が持ち上げられた事にも全く気付かないのか、ペンでコココココココと座卓を叩き続けていた。ブロウはそんなコーイチを悲しそうな表情で見つめた。それから、気を取り直すように頭を二、三度軽く振って、顔の前までスミ子を持って来た。
「スミ子!」ブロウはこわい顔でスミ子を叱る。「いい加減にしなさいよ! さもないと……」
床に転がっていた週刊誌が、ゆっくりと宙に浮き上がった。しばらくふらふらと辺りを漂っていたが、いきなり真っ二つに裂けて、床に落ちた。
「次はスミ子の番よ!」
ブロウは手を放した。スミ子は宙に浮かび、ふらふらと漂い始めた。ブロウの瞳がじわじわと妖しく光り出した。スミ子のめくれかけていたページが、あわてるように戻った。もうこれ以上はめくりませんと言っているようだ。
「これで最後って事ね!」
ブロウは言うとスミ子をつかみ、座卓の上に叩きつけるように置いた。
「さ、コーイチ君! あと二人書けば終わりよ! そうしたら、わたしが何とか治してあげるわね」
聞こえていないコーイチに向かって、ブロウは笑顔で言った。声が心なしか震えている。
「健気よねぇ……」
シャンは感心したような呆れたような声でつぶやいた。
「まあ、イヤだ! どうしましょう!」
ブロウが叫んだ。
コーイチの全身から、熱い湯気が立ち昇り始めた。
つづく
これがどれほど繰り返されたのか、コーイチの背後に立ちすくんで見守っているシャンにもブロウにも分からなくなっていた。ふと窓から白々とした光が射し込み始めた。夜が明け始めたようだ。
「ちょっと見なさいよ、ブロウ……」
シャンが座卓の上を指差した。外の光が座卓に注ぎ、名簿が最後のページになっている事を気付かせた。
「あの名簿、結構厚かったわよね……」シャンが心配そうな声を出した。「一ページに十人以上の名前が載っていたんでしょ? それがもう最後のページよ……」
「ええ……」ブロウもはらはらしながらコーイチを見守っている。「完全に限界を超えちゃってるわ……」
スミ子のページが、のろのろとめくれて行く。ペンで叩く音がコココココココと連続した早打ちになっていた。
「スミ子、大分動きが遅くなっているわ。コーイチ君に追いつくのに疲れたようね。もう少しかしら?」シャンがスミ子の動きを見ながら言った。「それにしても、これだけ書いているんだから、十分だと思うんだけど……」
「そうよねぇ……」ブロウは言いながら、スミ子の動きをじっと見ていた。が、突然、こわい顔になって叫んだ。「スミ子! お前ってヤツは!」
ブロウは座卓へ飛ぶように近付いた。スミ子はページをちょうど見開きの中央部分で直立させたまま、動きをぴたっと止めた。
「どうしたの、ブロウ?」
シャンが声をかけた。ブロウはこわい顔のままで振り返った。
「スミ子ったら、疲れてなんかいやしなかったのよ! ちょっと暗かったから分からなかったけど、心の底から満足しながら、さらに続きを求めていたのよ!」
「えっ!」シャンは驚いて、固まっているスミ子を見た。「でも、どうしてそうだって言えるの?」
「疲れていたら、ページ自体がしわくちゃになるのよ。でも、見てごらんなさいよ!」ブロウが直立しているページを指先でつまんで左右に振った。「ツヤツヤのパリパリよ! こんなにページ状態の良いペットノートなんて見た事が無いわ!」
ブロウはページをつまんだままスミ子を持ち上げた。コーイチはスミ子が持ち上げられた事にも全く気付かないのか、ペンでコココココココと座卓を叩き続けていた。ブロウはそんなコーイチを悲しそうな表情で見つめた。それから、気を取り直すように頭を二、三度軽く振って、顔の前までスミ子を持って来た。
「スミ子!」ブロウはこわい顔でスミ子を叱る。「いい加減にしなさいよ! さもないと……」
床に転がっていた週刊誌が、ゆっくりと宙に浮き上がった。しばらくふらふらと辺りを漂っていたが、いきなり真っ二つに裂けて、床に落ちた。
「次はスミ子の番よ!」
ブロウは手を放した。スミ子は宙に浮かび、ふらふらと漂い始めた。ブロウの瞳がじわじわと妖しく光り出した。スミ子のめくれかけていたページが、あわてるように戻った。もうこれ以上はめくりませんと言っているようだ。
「これで最後って事ね!」
ブロウは言うとスミ子をつかみ、座卓の上に叩きつけるように置いた。
「さ、コーイチ君! あと二人書けば終わりよ! そうしたら、わたしが何とか治してあげるわね」
聞こえていないコーイチに向かって、ブロウは笑顔で言った。声が心なしか震えている。
「健気よねぇ……」
シャンは感心したような呆れたような声でつぶやいた。
「まあ、イヤだ! どうしましょう!」
ブロウが叫んだ。
コーイチの全身から、熱い湯気が立ち昇り始めた。
つづく
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