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コーイチ物語 「秘密のノート」 139

2022年09月25日 | コーイチ物語 1 16) 華麗なる挑戦
 コーイチは目をつぶった。脳裏には、スミ子にすっぽりと頭全体を呑み込まれ、その下がコーイチのからだになっている、なんとも情けない姿が浮かんでいた。
 しかし、そうはならなかった。飛びかかって来たスミ子をブロウが空中でつかみ、引きずるようにして座卓の上に叩き付けたからだ。座卓の上でもがくスミ子を、ブロウはこわい顔でにらみつけながら、押さえ付けている。一見、自然に閉じてしまうノートを開いたままにしておくために軽く押さえているようだ。……魔女は基本的に力持ちだから、きっと物凄い力が加わっているんだろうな。コーイチはスミ子にちょっとだけ同情した。
 やがて、スミ子の抵抗が治まった。それを見届けたブロウは、コーイチに笑顔を向けた。
「さ、もう大丈夫よ、コーイチ君」ブロウはコーイチを手招きした。「名護瀬って人の名前、色が変わるわよ」
「ちぇ~っ、もうお終いなのぉ……」シャンがつまらなさそうな声を出し、手にしていた小旗を放り上げた。小旗はすうっと消えた。「ま、いいわ。……どんな色になったのかしら?」
 シャンは座卓に近寄った。コーイチもそろそろと近付き、座卓の上でおとなしく押さえつけられているスミ子を覗き込んだ。
 名護瀬の名前は緑色に縁取られた。
「緑色だ……」
 コーイチは不安そうな顔でブロウに言った。
「心配しないで」ブロウはくすくす笑いながら答えた。「緑は『安定の色』よ。仕事もバンド活動も上手く行くわ」
「そうか、そりゃあ良かった……」コーイチはほっと一息ついた。「じゃあ、安心して他の人の名前も書けるね」
「最初からそう言っていたじゃない」ブロウはふくれっ面をして見せた。しかし、すぐに笑顔の戻した。「さ、がんばって名前を書いてね」
「そう言う事ね」シャンが会社の名簿をコーイチに差し出した。「さあさあ、しっかりと書きましょう。そして、コーイチ君の名前を金色にするのよ!」
 ……やれやれ、名前を書くのはボクで、金色にするのもボクなんだけどなぁ。コーイチはため息をついて、ブロウの金色のペンを握った。改めて名簿を開いた。綿垣社長の名前を、名護瀬の名前を書いた隣のページにしっかりくっきりと書き込んだ。
 しばらくすると、黄色く縁取られた。コーイチはブロウを見る。ブロウは答えた。
「黄色は『命の色』で、若返るの。……社長さんって、年配の方?」
「うん、とっても元気な人だけどね」
「あらあら」ブロウは楽しそうに言った。「それじゃ、とんでもなく元気な若者になっちゃうわ!」
「あのね、コーイチ君。色の事は心配しなくても平気よ」シャンが横から口をはさんだ。「ブロウにあれだけ痛めつけられたら、スミ子も滅多な事は出来ないわよぉ」
「お姉様!」ブロウがこわい顔をシャンに向けた。「私がコーイチ君と話しているからって、割り込んで来ないで! それに、この事だって、元々はお姉様が悪ふざけで私と入れ替わったからじゃない! しかも、スミ子の扱い方も良く知らないのに、勝手な事をするもんだから……」
「はいはい、ゴメンなさいね」シャンが済ました顔で言った。「でもね、私もコーイチ君が心配なの」
「だったら、何か助けになるような事をしてあげればいいじゃないの」ブロウの表情がさらにきつくなった。「お姉様はいつもいつも何かって言うと私の邪魔ばかりして、良く言うわね……」
「あのう……」コーイチが二人に声をかけた。「少し静かにしてくれないかなぁ。二人の会話に気を取られて、思うように進まないんだけど……」
「あら、それは…… ゴメンなさい」
 ブロウは素直に謝った。……こう素直だと、かえって心配になるなぁ。コーイチはしおらしくしているブロウを見て思った。
「はい、コーイチ君!」
 シャンが大きめのグラスを両手で持ちながら、笑顔でコーイチに声をかけた。中には黒い液体がいっぱいに入っている。それを座卓の脇に置いた。
「ブロウに言われて心を入れ替えたの。魔女特性の元気ドリンクよ。これを飲んでがんばってね」
「お姉様……」ブロウが感動の眼差しをシャンに向けた。「やっぱりお姉様って良い魔女ね! さ、コーイチ君、飲んでがんばってね!」
「うん、がんばる」
 コーイチは言ってグラスを取り上げ、一気に中味を飲み干した。

       つづく

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