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コーイチ物語 「秘密のノート」 137

2022年09月25日 | コーイチ物語 1 16) 華麗なる挑戦
 再びスミ子を左手で押さえ、ペン先を近付けた。ペン先がノートの表面に触れた。
「今よ! 一気に書き切るのよ!」
 シャンが気合の入った声をかけた。
「コーイチ君なら、出来るわ!」
 ブロウも声をかける。
 二人の声に促されて、コーイチは、しっかりくっきりていねいに書き進めた。書いている間中、二人の魔女は息を詰め、コーイチが動かすペン先を見つめていた。
『名護瀬富也』と書き終えると、シャンとブロウは歓声を上げた。コーイチは額に大粒の汗が浮かべ、肩を上下させてはあはあと荒々しい息を繰り返していた。
「名護瀬、名護瀬……」コーイチは不意に後悔の念に襲われた。「『後悔役に立たず』…… まさにそうだ…… すまない、許してくれ……」
「何を言ってるのよ、コーイチ君」シャンが明るい声で言った。「またそんな心配をしてるの?」
「そうよ、さっきも言ったじゃない、私を信じてって……」言いながらブロウは涙を浮かべた。すすすっと一筋、頬を伝った。「それとも、やっぱり信じてもらえないの? 私たちが……私が魔女だから?」
「いやいやいやいや、そうじゃないんだよ……」
 わっと泣き出したブロウに、あわててコーイチは話しかけた。
「あの、その……なんだ」コーイチは必死に言い訳を探した。「そうそう…… 自分の書いた文字があまりに下手なんで、それで、つい名護瀬に謝ったのさ……」
「あらぁ、そうなのぉ……」泣いているブロウを面倒くさそうに見ていたシャンが、白々しいコーイチの言い訳にわざとらしくうなずいてみせた。「そう言う事なら、ブロウ、あなたの勘違いじゃないの? 泣くのはおかしいわよ」
「そうね……」ブロウは手の甲でぐいっと涙をぬぐった。すんすん鼻を鳴らしながら、可愛い笑顔を浮かべた。「ごめんね、コーイチ君。私、勘違いしちゃって……」
「いや、気にしないで。ボクの言い方が悪かったんだよ」
 コーイチも笑顔を浮かべたが、心は痛んでいた。……よし、やはり涙は見たくない。本当に腹を括ったぞ! 名護瀬、あきらめてくれ!
「はいはい!」シャンがパンパンと手を叩いた。「ほんわかあまあまの世界はここまで! それより、どんな色になるのか見ていましょうよ!」
 三人はノートに書かれた『名護瀬富也』をじっと見つめていた。
「あのさ……」三十分ほど経って、コーイチがつぶやいた。「書いたら色が変わるんだよね?」
「そう……」シャンはノートに視線を落としたまま答えた。「色が変わるのよ……」
「でもさ……」コーイチはまたつぶやくように言う。「変わんないよ……」
「変わらないわねぇ……」シャンは溜息をついて、ブロウに顔を向けた。「どうなっているのよ?」
「……」ブロウはスミ子に顔を近付けじっと見ていた。そして、顔を上げると言った。「スミ子、寝てるわ」
「寝てるって……」シャンが呆れた顔をした。「起こしなさいよ、ブロウ」
「スミ子は寝起きが悪いのよ。噛みついて来たりするから……」ブロウは困った顔でシャンを見返した。「でも、目覚めるまで待っていられないわねぇ……」
 ブロウはコーイチに笑顔を向けた。
「お願い、スミ子を起こしてくれないかしら?」
「ボクがぁ?」コーイチは自分の顔を自分で指差した。「どうやって……?」
「簡単よ。スミ子を持ち上げて、激しく左右に振ればいいの」
「えええっ!」コーイチの脳裏にスミ子に指をはさまれた時のイヤな思いがよみがえった。「スミ子を持ち上げて、振れってぇ!」
「そうよ、コーイチ君、あなた、男じゃない!」シャンが何かを期待しているような顔をコーイチに向けた。「スミ子なんかに負けないで!」
「私が付いているわ」ブロウが言って、ウインクして見せた。「がんばってね!」
「やれやれ……」
 ……なんだかんだ言って、姉妹って…… コーイチはため息をつきながら、スミ子に手を伸ばした。

       つづく

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