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コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 98

2020年08月01日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
「……ねぇ、コーイチさん……」
 アツコが飛び切りの笑顔で、飛び切りのかわいい声で言った。
 コーイチは、ここがエデンの園だと聞いてから、草むらに座り込んで何か考え事をしている。……コーイチさんには刺激が強過ぎたのかしら…… アツコは思った。
 しかし、人が居ない所で余計な心配をしなくても良い場所となれば、ここ以外を浮かべることが出来なかった。……とにかく、コーイチさんには慣れてもらうしかないわね。そのためなら、わたし頑張る! そう思いを新たにするアツコだった。
「いつまでも考え事しているような、難しい顔してないで、もっと楽しそうにしてよ」
「あ? ああ、そうだね……」コーイチは答えるが、まだ上の空と言った感じだ。「……でもなぁ、エデンの園だなんてなぁ……」
「何か困る事でもあるの?」
「だってさ……」コーイチはアツコを見る。アツコはにこにこの笑顔を返す。「エデンの園だよ! ……その、あれだよ。エデンの園には、その…… アダムとイブが居るんだろう? 二人は、確か、その、あれだ…… 服を着ていないんだよね? その、何と言うか……」
「ああ、そう言う事か!」アツコはうなずいた。「二人とも全裸だもんね!」
「ちょ、ちょ、ちょっとぉ!」コーイチが真っ赤になる。「女の娘が、そんな言葉を口にしちゃいけないよ!」
「でも、そう言う事なんでしょ?」
「いや、その…… そうなんだけどさ……」
 困惑したコーイチは真っ赤な顔を下げ、地面を見ている。その姿が妙に可愛らしい。アツコの口元が自然にほころんでくる。
「ふふふ、コーイチさんって、本当に楽しい人ね」
「そ、そうかなぁ……」コーイチは顔を上げた。落ち着いたのか、顔の赤らみは少し引いたようだ。「アツコさん、ここに来てから変わったねぇ……」
 コーイチは話題を変えた。アツコもそれに乗る。
「あら、どんな風に?」
「何だか、ほっとしたような、ずいぶんと気持ちが楽になっているような……」
「そりゃそうよ! だって、もうリーダーじゃないし、あの支持者って言うイヤなヤツもいないし……」
 それに、何よりもコーイチさんと一緒だし…… さすがにこれは口に出来ないアツコだった。
「なるほどね。充実した解放感って事か。ここはアツコさんには、文字通りパラダイスってわけだね」
「そう言う事ね」
「でもさ……」ふとコーイチの表情が暗くなる。「心配な事があるんだよねぇ……」
「何?」
 アツコの表情も曇る。……やっぱり、コーイチさんは自分の時代に帰りたいのかしら? アツコの胸に不安が溜まって行く。
「……ここって、エデンの園なんだろう?」
「そうだって、何度も言っているわよ」
「って事はさ、その…… アダムもイブもいるって事だろう? ほら、例の格好でさ……」
「ああ、全裸ね」
「そう……」コーイチはまた真っ赤になる。「もしさ、ここに居てさ、ばったり二人と出会ってしまったらって思うと心配で……」
「はあ?」アツコは驚いて目を見張る。それから少しずつ目が細められ、それにつれて口元から可愛らしい白い歯が覗く。「ふふふ…… ははは……!」
 アツコは笑い出した。その声は次第に大きくなり、園中に響き渡るようだった。コーイチはあわてて立ち上がると、アツコの前に立って、自分の唇の前に右の人差し指を立てて見せた。静かにするようにとジェスチャーだ。アツコは笑いを止めた。……わたしの唇の前に立ててくれば良いのに。アツコは思った。
「そんなに大きな声で笑ったら、二人に気付かれるかもしれないじゃないか!」コーイチは真剣な表情だ。「いいかい、アダムとイブは最初の人間なんだよ? そのはずなのに、いきなり別の人間が近くにいるんだって分かったら、二人はどうなると思うんだい?」
「どうなるの?」
「そりゃ、びっくりするだろうし、戸惑うだろうし、『おいおい、自分たちが最初の人間じゃないのかい!』って神様に文句を言って不良になっちまうかもしれないし……」
「ふふふ、本当、コーイチさんって楽しいわ」アツコはしげしげと目の前のコーイチを見ながら言う。「でも、心配しなで。大丈夫よ」
「……どう言う事?」
「タイムマシンはパラレルワールドを作るんでしょ?」
「そうらしいね」
「だからね…… ふふふ……」アツコは思わせ振りに笑う。「ここは、アダムとイブの居ないエデンの園なのよ」
「え?」
「だから、そう言うパラレルワールドなのよ」アツコはウインクする。「タイムマシンがパラレルワールドを作るんだって知って、それから一人でここに来たの」
「それで?」
「もうここはわたしのエデンの園ってわけなの。コーイチさんの話じゃないけど、あちこち歩き回っていたら、全裸の美男美女に遭遇したわ。それでね、……ふふふ……」
 アツコは思い出し笑いをしている。コーイチはちょっといらいらする。
「それで、どうしたんだい?」
「あら、ごめんなさい。……二人に会って、それでね、持って来た『ブラックタイマー』の青いつなぎを渡して着てもらったの。『とても似合うわ、それなら外へ出ても恥ずかしくないわよ』って言って、エデンの園から出てもらったのよ」
「なんだってぇ?」
「良いじゃない。どうせパラレルワールドなんだし……」
「いや、でも……」
「それでね、ここはわたしたちだけのエデンの園なの……」
 アツコがふっと真顔になった。
「ここでは、コーイチさんとわたしが、アダムとイブなのよ……」
 そう言うと、ゆっくりとアツコはコーイチに迫る。思わず後ずさるコーイチ。
「え? あの、その、ちょっと…… アツコさん……」
 コーイチ危うし!


つづく

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