お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシルと赤いゲート 77

2024年09月13日 | マスケード博士

 不意に陽が陰った。
 ジャンセンは空を見上げた。
 上空には重々しい雲が広がっている。
「うわぁ……」
「……どうしたのだね?」ジャンセンの不安そうなつぶやきにマスケード博士が訊く。博士も不安そうな表情だ。「デスゴンの怒りが復活したと言うのかね……」
「そう言えると思います」ジャンセンは、すっかりと空を覆った雲を見ながら言う。「デスゴンの怒りに関しての文献では『天は悪しき雲に呑み込まれ、無限の風と雨とが生じ、地は全て覆される』ってのがあります。それが起こりそうですねぇ……」
「だが、デスゴンはマーベラ君から離れたのではなかったのかね?」
「マーベラの激しい怒りに、邪神デスゴンが呼応したようです。大暴れ出来そうだって……」ジャンセンはため息をつく。「何と言っても、デスゴンですからね。暴れられれば良いんで、後先なんか考えてはいませんよ」
「怒りを鎮める方法とかはないのかね?」マスケード博士は強くなってくる風に、思わず襟元を抑える。「文献にはそう言うものはないのかね?」
「無い事はないのですが……」ジャンセンは難しそうな顔をする。「デスゴンが怒る元となったものを取り除く必要があるんです」
「と言う事は……」博士は、マーベラに睨まれているコルンディを見る。「彼を死に至らしめると言う事か……」
「そうですが、そんな事になると、歴史が変わってしまう可能性が大きいです! どんな影響が出るのか、全く分かりません!」ジャンセンは叫ぶ。風が強くなってきて、目の前の博士にも大きな声で話さなければ聞こえない。「でも、デスゴン自身がコルンディを殺してしまうかもしれません! 後先なんか考えない邪神なんですから!」
「姉さん!」
 トランが叫びながら、マーベラへと駈け寄る。強風で足元がふらつく。何とか傍まで行き、正気に戻そうとマーベラの肩に手を掛ける。
「うわっ!」
 肩に触れようとした瞬間にトランは弾かれたように地面に転がった。マーベラはコルンディを睨み付けたまま動いてはいない。邪魔するものを寄せ付けないとするデスゴンの力が発露しているのだ。トラン口惜しそうな顔でマーベラに憑いたデスゴンを見る。
 ざざざと音を立てて強い雨が降り始めた。民はさらに声を上げて「ダーレク・ダ・ザイーレ・デスゴン!」と唱え、両手の平をさらに上に上げる。
「ジャンセン君、これでは我々も終いだ!」博士が叫ぶ。雨音に消されそうだ。「我々がここで潰える事も歴史に影響が出るのではないか!」
「まあ、そうですが、どうにも出来ません!」ジャンセンも声を張る。「後はどうとでもなれと開き直るしかないでしょうね!」
 地面のあちこちに青白い光が生じた。デスゴンの仮面の破片だ。
「デスゴンの仮面が復活しそうです!」ジャンセンが叫ぶ。「本格的に怒りの邪神デスゴンになりそうです!」
「打つ手はないのかね!」
 博士の言葉にジャンセンはゆっくりと頭を左右に振って見せた。博士は納得したような、諦めた様な表情でゆっくりとうなずいた。
「ダーレク・ダ・ザイーレ・デスゴン!」
 強い雨風の中、突如、凛として通る声が響いた。
 皆が声のする方を見た。
 背の高いスタイルの良い若い娘が、胸元と腰回りだけ青い布で覆っただけの姿で立っていた。若々しいオレンジ色の肌が、陰鬱な風景の中で唯一逆らっている。
 光沢のある白い石を繋いだ首飾りを幾重にも巻き、すらりとした腕には金色の腕輪をこれも幾つも嵌めている。黒目勝ちの瞳は穏やかで涼やかだった。
 娘の後ろには、ぼさぼさの黒髪を肩まで伸ばした、痩せた老婆が二人従っていた。娘と同じ青い服を着て、同じ首飾り(こちらは一重だったが)を掛け、剥き出しの細く皺がれた腕には金色の腕輪を一本嵌めていた。
 ベランデューヌの呪術者である大師メキドベレンカと従者の老婆たちだった。

 

つづく


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