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ジェシルと赤いゲート 71

2024年08月21日 | マスケード博士

「ジェシル……」コルンディは笑む。「最期だ。言い残す事はないか?」
「そうねぇ……」ジェシルは平然と腕を組み、考え込む。「……トールメン部長には『碌で無し』って書き残したし。……特にないわ」
「そうかい」コルンディは残忍な笑みへと変わる。「君を死なせるのは忍びないが、会社のためだ」
「会社のため? あなた個人のため、の間違いでしょ?」ジェシルはコルンディを睨み付ける。「……わたしは仕方がないけど、他のみんなは無事に戻してちょうだい。それを約束しないと、最後に大暴れするわよ」
「ははは、こんな絶体絶命の状況でも強気でいられるとはな!」コルンディは笑う。残忍さが消え、いかにも楽しいと言った感じだ。「君はその女神の格好で永遠に全宇宙を経巡る事になるだろう。ははは、オレって詩人の才能も有りそうだな!」
「あなたの詩の才能なんてどうでも良いわ」ジェシルはうんざりした顔で言う。「他のみんなの事、約束よ」
「分かった、分かった……」コルンディは面倒くさそうにうなずく。「考古学界には大ダメージかも知れないが、開発したこの商品のデモンストレーションとしては最高だよ。皆を連れ戻れば信用度も増すからね。……まあ、ジェシルは、当地の蛮族と仲間を守るために戦って、帰らぬ人となったって、涙ながらに伝えるよ」
「そんな嘘は許さないわ!」マーベラが声を荒げる。「蛮族なんていないし、あなたが手を下したって公表してやる!」
「そんな事を考えているんなら、マーベラ、君も仲間を守るために戦って帰らぬ人になってもらうぜ」コルンディは残忍な笑みをマーベラに向ける。「どうするね?」
「マーベラ、大人しくしてちょうだい」ジェシルが言い返そうとするマーベラを制する。「わたし一人でみんなが助けられるなら構わないわ」
「でも、ジェシル……」
「いいのよ」ジェシルはジャンセンとトランを見る。「あなたたちも大人しくするのよ」
 ジャンセンとトランは憮然としている。だが、ジェシルの願いを無碍にはできない。
「コルンディ君……」マスケード博士の声にコルンディが振り返る。銃口はジェシルに向いたままだ。「……どうだね、ここはわし一人を撃つと言う事で手を打たんかね?」
「そうですねぇ……」コルンディは言うと、わざとらしく悲しそうな表情を作る。「そうは行かないですねぇ。……何しろ、あなたはもう利用価値の無い年寄りなんだから。自ら考古学界を粉砕した男なんだから!」
 言い終わるとコルンディは爆笑した。マスケード博士はがっくりと肩を落とした。コルンディは馬鹿にしたような視線を博士に向ける。
「……さあ、もう時間だな」コルンディはジェシルに向き直る。「ジェシル、オレもそんなに暇じゃないんでな。戻ったらやる事が山積みなんだよ。全宇宙を相手に商売しなくちゃならないからねぇ」
「宇宙パトロールはすぐに真相を見抜くわ!」ジェシルは語気を強める。「そして、あなたと会社は壊滅ね!」
「最後の最後まで、可愛くないねぇ……」コルンディはため息をつく。「宇宙パトロールにも評議院にも、然るべき連中には色々と便宜を図っているから、心配はないさ」
「腐れ下郎がいやがるんだ……」
「ジェシル、最後にそんな汚い言葉は聞きたくなかったな。それに、君の撃たれるところは見たくない……」コルンディは言うと、ジェシルに背中を向けた。それから、隣に立つ傭兵に小声で指示を出す。「……ジェシルを始末したら、他の連中も始末するんだ。一人も残すな……(傭兵は小さくうなずく)」
 コルンディは改めて右手を振り上げた。銃口が一斉にジェシルに向く。ジェシルは背を向けたコルンディを睨み付けている。皆はなす術なく見つめている。
「撃てっ!」
 残忍な笑みを浮かべたままのコルンディは、命令と同時に振り上げていた右手が勢い良く降ろした。レーザーライフルの耳をつんざくような高音の発射音がする。
「うわあああああっ!」
 叫び声が上がった。
「トラン!」 
 マーベラが叫ぶ。
「トラン君!」
 ジャンセンが叫ぶ。
「トラン…… 君……」
 ジェシルの戸惑いの声がする。
 コルンディが振り返る。
 ジェシルの前にトランがうつ伏せで倒れていた。全身にレーザーライフルによる傷跡が拡がっていた。予想外の展開に傭兵たちは戸惑って立ち尽くしている。
「これは……」コルンディがつぶやく。「まさか、この青年が……」
「そうよ!」ジェシルが激怒の表情で叫ぶ。「突然わたしの前に飛び出してきて、わたしの身代わりになってくれたのよ!」
「トラン! トラン!」
 マーベラは泣き叫びながらトランに駈け寄る。上半身を抱き起し揺さぶるが、反応は無かった。
「おのれぇぇぇ……」
 そのままの姿勢でマーベラはコルンディを睨み付け、声を発する。地の底から響くような声だ。
「コルンディ……」
 ジェシルも地の底から響くような声を発した。

 

つづく


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