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怪談 幽ヶ浜 14

2020年08月02日 | 怪談 幽ヶ浜(全29話完結)
 坊様は笠を左手に、錫杖を右手に持っていた。うっすらと伸びた頭の毛、口の周りの髭。何とも不精そうな坊様だ、太吉は思った。
「つい今し方、ここへ辿り着いたのだがの、どこか泊めてもらえそうな所はないかいな?」
 呑気な口調に、思わず笑ってしまいそうになる。太吉は今が一大事だと言う事を忘れそうになる。
「坊様……」太吉は気を取り直して言う。「大変申し訳ないんだけど、今はこの村は取り込み中なんだよ」
「ほう、そうなのかい……」坊様は太吉の松明を見ながら言う。「何か探し物かね?」
「ああ…… 人をね。大急ぎで探さなきゃならねぇんだ」太吉は言って、緩みかけた気持ちを引き締める。「と言う事なんで、今夜は村中が大騒ぎだから、村は坊様のお相手が出来ねぇ。こう言っちゃなんだけど、この時分なら、浜で寝ても困るもんじゃねぇ。ここいらはばたばたしてるけど、もう少し外れに行きゃあ静かなもんだよ」
「そうかい、そりゃあ、ありがたい……」坊様は頭を下げた。「……ところで、人探しとか言ってたな」
「ああ、村の権二ってのが居なくなったんだ」
「子供かい?」
「いや、大人だ。……ただ、ちょっと病でさ……」
「ふむ……」坊様は考え込む。「……魂を抜かれたのかのう……」
「え?」太吉は驚いた。この坊様には何も話していないのに、長と同じ事を言うからだった。「坊様、権二を見かけたのか?」
「いや、見ちゃいないが、そうなのかい?」
「ああ、長もそんな事を言ってたんだ」
「そうかい。……実はな、わしはそう言う事が分かるのさ」
「本当かい?」
「本当じゃよ。……何なら手伝わせてもらおうかの」
「……」太吉は少し思案した。助け手は一人でも多い方がありがたい。それに、この坊様は何か得体の知れない力を持っていそうだ。「……じゃあ、お願げぇいたしやす。一緒に来てくだせぇ」
 太吉は言うと走り出した。
「……これこれ……」
 坊様が背後から呼びかけてきた。太吉は振り返り、松明をかざす。坊様は砂に足が取られて歩きにくそうにしている。
「わしは砂に慣れておらんでな。お前さんのようには行かんて。……それにな、実は腹の虫がぐうぐうと鳴きおってなぁ……」
「何でぇ、使えねぇ坊様だなぁ」
 太吉は呆れたように言うと、坊様を置いて走り出した。
「おいおい、待て待て!」
 太吉の後を、坊様のよたよたした声が追う。太吉は仕方なく立ち止まった。坊様はやっと追いついて、肩で息をしている。
「いやいや、土地の者にはかなわんのう……」
「坊様、それだけじゃねぇよ。オレよりもずっと年を取っているせいだ」
「ははは、これでもまだ若いつもりなんじゃがな」
「そんな事言うのに、オレを足止めしたのか?」
「そう怒るな」
 坊様は言うと、錫杖を砂地に突き立てた。かなり古びた錫杖だ。上部に付いている鐶も幾つか無くなっているし、錆も浮いている。それから笠を被った。笠には所々穴が開いている。
「さてと……」坊様は軽く咳払いをした。「その権二さんとやらを捜してみようかの」
「出来るのかい?」太吉は疑わしそうに坊様を見る。さっきまでは何かありそうな坊様と思っていたが、今は単なる糞坊主にしか見えなかった。「そんな事しねぇで、一緒に探してくれれば、飯くらいは食わせてやれるよ」
「まあ、見てな……」
 坊様はにやりと笑うと、左の袂から大きな数珠を取り出した。それも幾つか珠が抜け落ちている代物だった。


つづく

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