お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシルと赤いゲート 70

2024年08月19日 | マスケード博士

 跳躍したジェシルは、宙で右肘を大きく後ろへ引き、硬く握った拳をコルンディの顔面目がけて繰り出した。
 が、いきなり現われた黒い壁に阻まれた。と同時に、ジェシルの腹部に激痛が走り、弾き返されるように飛ばされた。立っていた場所近くまで飛ばされたジェシルは、襲ってくる腹部の苦痛に呻きながら片膝を突いた。食いしばった歯をむき出しに殺気の籠った眼差しでコルンディを見る。コルンディの前に大柄な傭兵が右手にハンマーを持って立っていた。ハンマーで腹を殴られたようだ。赤い痣がジェシルのへその周りに広がっている。
「どうだ、オレの所の傭兵は強いだろう?」傭兵の脇からコルンディが顔を出す。その顔に小馬鹿にした笑みが浮かんでいる。「まあ、宇宙パトロールのコンバットスーツだったら、そこまで吹っ飛ばされる事はなかっただろうになぁ。そんな肌丸出しの格好じゃなぁ」
「……あなたがこれを用意したんでしょ……」苦しい息の中、ジェシルはコルンディに向かって言う。「そうでもしないと、わたしに勝てないから……」
「おいおい、勘違いするなよ、ジェシル」コルンディは傭兵に後ろから出て来て、大仰に肩をすくめて両手を広げる。「その衣装は、発掘調査のお嬢さんのも含めて、マスケード博士が用意したものだぜ。はるか昔に発掘された神の衣装なんだそうだ。調査したところ、衣装そのものが神なんだと言う説に至った。しかし、一般には信じてもらえず、考古学界はお蔵入りしたんだそうだ。その頃から、博士は考古学会にも世間にも不満に思っていたんだとさ」
「マスケード博士、本当なのですか?」
 マーベラが驚いた顔で博士に訊く。
 マスケード博士はその場に膝を突いた。
「すまなかった……」博士が弱々しい声で答える。「ゲートを設置した時のわしはどうにかしていたのだ。……その衣装を発掘したのはわしだ。まだ駈け出しで情熱をもって調査研究をしていた頃だ。研究し自信をもって発表したのだが、科学万能の世に在って、神の宿る衣装などあるものかと笑われた。それで学会はわしに厳重注意をした上で封印してしまった。悔しかったよ。その後もそんな事が幾つもあった……」
「それで博士はぼくたちの発掘結果が非科学的な迷信めいたものでも受け入れてくれたのですね」トランが言う。「おかげでぼくたちは恐れずに調査発表が出来ました」
「……」博士はトランを見て、ため息をつく。「たしかにわしは最高責任者となった時、若い頃の学界の過ちを繰ら返すまいと努めた。しかし、それが若い世代の活発な行動となり、わしら苦労した世代が蔑ろ(ないがしろ)にされて行く事になってしまった。その時はわしも同僚たちもそう思っておったのだよ」
「そんな事があって、若い連中が邪魔なった。排除したいと相談を受けたのさ」コルンディが割って入る。「ちょうど極秘裏に開発していた時空間移動装置を試す段階に来ていた。それで、博士が排除したい若い連中に、オレがジェシルを加えたのさ。博士は発掘した神の宿る衣装とやらを傍らに置いた。自分の説の証明がしたかったそうだ。そうしたら、ジェシルもマーベラも着替えたってわけだ」
「そうだったの……」ジェシルは痛みの残る腹を抑え、ゆらりと立ち上がる。「お蔭で面白い体験が出来たわ」
「それは!」マスケード博士が大きな声を上げ、立ち上がった。ジェシルを見る。「神としての体験と言う事かね?」
「え?」ジェシルは、目をきらきらと輝かせた、学者としての博士の顔を見た。「……そうね。わたしはアーロンテイシアだったわ。マーベラはデスゴン」
「おおおっ! わしは間違っておらなんだ!」
 博士は歓声を上げた。その様子を見たジャンセンがつぶやく。
「やっぱりぼくの仮説は当たっていたんだね。 ……でも、こういう説が言えるってのも、博士による、何でも言って良いって雰囲気に、考古学界を改革してくださったお蔭だよなぁ」
「おいおい、みんなで寄って集ってマスケード博士を善人にするなよ」コルンディが不満な顔で言う。「発掘で見つかった金属製の箱を開けた時、『あの屑どもがあ! 許さん! 許さんぞぉ!』って叫んだのは博士だぜ」
「それは仕方がないわ」ジェシルが言う。「わたしたちは博士がこの件に絡んでいるって判断したから、一泡吹かせようって企んだのよ。そうすればわたしたちの所の来て、箱を残させまいとするって考えたわけ」
「まあ、全宇宙へ向けての生報道で、あんなものが出て来ちゃあ、言い逃れは出来ないからな……」コルンディは苦笑する。「ジェシルとそちらのお嬢さん(「マーベラよ!」ジェシルが訂正する)の神々しい姿のショットが瞬く間に全宇宙の隅々にまで広まったのには笑うしかなかったな。一般から見れば、かなりきわどくて嬉しい格好だからなぁ……」
「馬鹿なの?」ジェシルがむっとした顔で言う。「神に対する冒涜よ!」
「オレは何もしてないぜ。したのは全宇宙の君のファンじゃないかね? マーベラも新たに全宇宙にファンを得た事になるけどな」
「……下劣な!」マーベラは怒りに震えている。「反吐が出るわ!」
「だから、オレじゃないってば」コルンディはさらに苦笑する。「文句なら、こうなる事を考えられなかった自分たちに言えよ」
「ところで……」トランがおずおずと割って入ってくる。「良く正確にここに出られましたね」
「おや、君は褒めてくれるのかね?」コルンディは嬉しそうに言う。「わたしは元々が技術屋だから、君のように装置を褒めてもらえるのが無上の喜びだよ。苦労はしたが何とか完成したってところだね」
「ふん!」ジェシルが鼻を鳴らす。「悪事に使う知恵って言うのは、驚くくらい発達するものよ、トラン君。騙されちゃダメよ。それに、どうせこれを、色んな国や組織に、歴史ごと変えると大勝利とか唆して売りつけるんでしょ? 後先も考えずに!」
「そこまでモラルのない会社じゃないぞ、ジェシル」コルンディは自慢げに胸を反らす。「売り出す時は歴史を変えるような構造は付けないよ。出入り共用のゲートだけにして、互いの懐へ飛び込んで行けるようにするだけさ」
「ははは!」ジェシルは馬鹿にしたように笑う。「そんな嘘が宇宙パトロールに通じると思うの? どうせ、お金をたっぷり払えば歴史を変える機能をオプションで付けるって唆すんでしょ? 絶対にぶっ潰してやるわ!」
「やっぱり君は居てもらっては困る存在だな……」コルンディは、すっと真顔になった。「戯れはここまでだ」
 コルンディが右手を挙げた。それを合図に傭兵部隊がコルンディの横に一列に並び、レーザーライフルをジェシルに向けて構えた。

 

つづく


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ジェシルと赤いゲート 69 | トップ | ジェシルと赤いゲート 71 »

コメントを投稿

マスケード博士」カテゴリの最新記事