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ジェシルと赤いゲート 82

2024年10月02日 | マスケード博士

「うわああああっ!」
 突然、悲鳴が上がった。その方へと皆が振り向くと、悲鳴の主はコルンディだった。腰を抜かしたのか、座り込んでいる。その傍らにはトランが驚いた顔で立っている。コルンデイの首のロープは、首を絞めるまでにあと少しと言うところまで縮んでいた。トランがむしり取った草の湿り気をロープに与えたのだ。
「トラン!」マーベラが叱る。「何を勝手な事をしているのよ!」
「本当かどうか、試してみたくって……」トランは呆然とした顔のままで答える。「結論としては、本当だったよ……」
「でも、どうしてコルンディなのよ?」
「みんなに迷惑をかけまくった元凶だろう?」トランはマーベラに答えると、にやりと笑う。「だったら、良いじゃないか」
「あらあら……」ジェシルはマーベラを見ながら言う。「マーベラの乱暴者の気質の血筋かしら?」
「血筋じゃないわ、ジャンセンの影響だわ!」
「どうだかねぇ……」
「なによ!」
「なによってなによ!」
 ジェシルとマーベラが睨み合う。
「二人ともおしまいにしなよ」ジャンセンが割って入る。「民のみんなが、また神同士の諍いかって困惑しているぞ。それにマスケード博士の女性不審がさらに強まってしまう」
 ジェシルとマーベラは皆の顔を見る。怯えた表情だ。特に博士が困惑しているようだった。
 ジェシルとマーベラは、飛び切りの笑顔を作った。それを見た民たちは「アーロンテイシア!」「デスゴン!」と神の名を呼ばわり、笑みを浮かべる。博士はまだ困惑の表情だった。
「さて……」ジェシルは軽く咳払いをする。「……コルンディも傭兵のあなたたちもロープの威力は分かったわね?」
 ジェシルに睨まれた連中はこくこくとうなずく。特にコルンディは首が飛んで行ってしまいそうな勢いだ。
「じゃあ、そろそろ、わたしたちの時代に戻ろうかしら?」ジェシルは、座り込んでいるコルンディの前に片膝を突いてにやりと笑う。「あなただけここに置いて行こうかしらねぇ…… なんたって、諸悪の根源だから……」
「何て事言い出しやがるんだあ!」コルンディの声は必死だった。「こんな所に残されちゃ、たまったもんじゃねぇよ!」
「あら、でも良い環境だわよ?」そう言うと、ジェシルはすっと真顔になって立ち上がる。「あなたみたいなヤツ、連れ帰ったって迷惑なだけよ。ここで朽ち果てた方が全宇宙の平和のためかもね……」
「おいおいおい、ジェシル! ……いや、ジェシルさんよう!」コルンディは泣き出しそうだ。ジェシルならやりかねないと本気で思っている。「悪かった! オレは会社を辞める! 今後一切兵器開発には携わらねぇ!」
「どうだか……」
 ジェシルは言うと立ち上がる。コルンディは首のロープが縮んだ時以上の悲鳴を上げる。
「ジェシル……」ジャンセンがため息をつく。「違う時代の者を残してしまうと、後の世界が変わってしまうかもしれないぞ。それは、どんな相手であっても、許されない事だ」
「分かっているわよう!」ジェシルはジャンセンに顔を向け、ぷっと頬を膨らませる。「ちょっとからかっただけよ。悪党が悲鳴を上げるのを聞くのは楽しいから、ついついって感じね」
「性質(たち)が悪い、いや、悪すぎる……」ジャンセンはつぶやく。「これも血筋なのか、ジェシルだけの特質なのか……」
「さあ、あなたたち! 行くわよ!」ジェシルが傭兵たちとコルンディに言う。コルンディはまだ腰を抜かしたままだ。「コルンディ、三つ数える間に立たないと、置いて行くわよ。……ひとぉつ……」
 コルンディは弾かれたように立ち上がった。
「じゃあ、あなたたちが使ったゲートの所まで案内してもらうわ」ジェシルはコルンディに笑顔を向ける。しかし、目は笑っていない。「コルンディが先頭ね。もし何か企んでいたら、むしり取った草の水を首のロープにたっぷりと掛けさせてもらうわ。もちろん、傭兵たちにもね。連帯責任ってヤツかしら?」
 傭兵たちは口々にコルンディに余計な事をしないようにと懇願していた。コルンディは諦めたようにうなずいて見せた。
 コルンディを先頭にそのすぐ横にジェシル、傭兵たちが続き、その周りをマーベラとトラン、マスケード博士が歩く。ジェシルたちは両手の草を震わせている。水気が飛ぶたびに傭兵たちやコルンディは悲鳴を上げる。
 ジャンセンは民の方へと歩む。ジェシルたちは立ち止まり、ジャンセンを見る。
 デールトッケとハロンドッサが進み出た。最長老のデールトッケは胸元まで伸びた白髭を幾度もしごき、知恵者のハロンドッサは右手でつるつる頭を幾度も撫でさすっている。ジャンセンは二人の長老に話しかける。今までの感謝と別れの挨拶をしているようだ。長老二人は幾度もうなずく。
 ケルパムも民の中からジャンセンの前へ走り出て来て、ジャンセンを見上げた。目に涙をいっぱいに湛えているが、声は出さなかった。ジャンセンはケルパムの頭に手を置いて撫でた。
「ジャンも良い所が有るじゃない……」ジェシルはつぶやく。「そう思わない、マーベラ?」
「そうね……」マーベラはうなずく。「女性にもああいった配慮が出来れば良いんだけどねぇ……」
「それって、どう言う意味?」
「ジャンセンって、女性ファンが多いのよね……」
「あのジャンが? 嘘でしょ?」
「あなたは気が付かなさ過ぎよ、ジェシル」
「ふ~ん……」
 確かにジャンは良い男だし、頭も良いし、女性に人気になるのも分かる気がするわ。ジェシルは思う。でも、子供の頃を知れば、みんな興覚めするはずね。ジェシルは子供の頃のジャンセンの数々の失態を思い出して一人ほくそ笑む。
「ふ~ん、なんて言っているけど……」マーベラはジェシルを見る。「あなただって男性ファンが宇宙中にいるって聞いた事があるわ」
「そうなんだ……」ジェシルはにべもなく言う。「わたし、関心がないから、どうでも良いわ」
 と、民の中から、メキドベレンカがふらつく足取りで歩み出てきた。

 

つづく


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