日高茂和ブログ・のほほん書斎

つぶやきのような、ぼやきのような。

方言健在

2021年06月05日 | のほほん所感
令和の世にもデジタルの世にもグローバル云々の世にも方言健在というのを嬉しくも面白くも思う。
肥前地区だけののローカルな理解となろうが、この数か月のうちに聞いたり使ったりして方言健在をおもしろく思った数語その一。「ぞろびく」。もー、久しぶりに聞いたがわかるし共感。その二。「びっしゃげる」。一緒にいた若い人たちにも説明不要だったようだ。その三「ほがす」。
今日は三回「ほがす」用事ができて、汗ばむほどの格闘をしたのだが、途中二回ほど「ほげんっ!」とグゼッたが、狙い通りに事が運んで「今夜はビールのうまかばい」
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西公園(嬉野公園)の医療センター側入り口の復活整備を望む

2021年05月30日 | のほほん所感
嬉野温泉の神泉閣が解体されて何年だろうか。
建物がなくなって温泉街や市街地の眺望が良くなったかなと思い西公園(嬉野公園)に登ってみたが、木が繁っていて垣間見るような眺めでした。
ここは中世山城跡でその風情も感じられ、桜やもみじをはじめとした樹木が美しく、廃墟化しつつある旧医療センター側には海軍病院設立の由来を記録した立派な記念碑があり、史跡としても重要だ。特に医療センター側の入り口は舗装されて歩きやすく、水路が清冽な爽やかさをたたえていたりするのだが、閉鎖されて立ち入れないのはもったいなさ過ぎる。
国道34号側の入り口は、知る人ぞ知る級である上、通るのがためらわれる雰囲気もあるので、医療センター側の入り口を復活整備して観光や市民の憩いや健康づくりに活用できるように市には提案したいです。
#嬉野温泉
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#嬉野医療センター
#徒歩圏内の美
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マスク生活は精神も窒息させる

2021年05月29日 | のほほん所感
近くにある避密地を散策。
マスクしないで外に居ることが晴れ晴れとした気分になるというのは、マスクをして世間に出ることがいかに病的なことかと思う。
多くの国民に犠牲を強いてオリンピックを開催し、感染いたちごっこを長引かせ、来年になってもマスク姿が日本人のシンボルみたいになったらコロナを克服した国々の人たちから「マスキングアニマル」なんて揶揄されそうな気がする。
まずは終わらせようよ。マスク生活。
マスク生活は精神も窒息させる。
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「すべてはオリンピックのために」・・・多くの人々が、苦しんでいる

2021年05月28日 | のほほん所感
昨日のWBSで、首相官邸番の記者が「本音を聞き出す取材」を続けているが、「すべてはオリンピックのために」という空気感が横溢しているという。政府のある幹部は「オリンピックをやってしまえば、反対していた人たちも感動するのだ」と語ったという。WBSはこの記事を報じた後、苦悩する大型ショッピングモールというタイトルの記事を報じた。取材を受けて語るモールの担当者は、店舗だけでなく、納入する問屋の苦しみにまで言及した。多くの人々が、苦しんでいる。
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アスリートだけが可哀そうじゃないのでは?

2021年05月27日 | のほほん所感
東京都のホームページによれば、
「オリンピックとはオリンピックは4年に一度開催される世界的なスポーツの祭典です。スポーツを通した人間育成と世界平和を究極の目的とし、夏季大会と冬季大会を行っています。」
だそうである。日本中でどれだけの祭りの関係者が中止の涙を飲んだことかとしみじみしみじみ思い感じいるのだ。
アスリートだけが可哀そうじゃないのでは?
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欲しがりません勝つまでは、と死屍累々の玉砕モードのオリンピック

2021年05月26日 | のほほん所感
「人流」という言葉もコロナ用語のひとつなのか、これまでに聞きなれないというか聞いたことも使ったこともなかった。
「国内の人流を抑えきれれば、オリンピックを開催しても感染拡大は防げるでしょう」とラジオから専門家とやら、もしくは御用学者がしゃべっているのが聞こえた。
欲しがりません「勝ったあとまでは」と死屍累々の玉砕モードに突入している感じがする。
昭和の戦争前によく使われた言葉に、「不要不急」があったそうである。何かを切り捨てるのに都合のよい四文字なのだろう。
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東京オリンピック 開催か中止か

2021年05月23日 | のほほん所感
妄想ショートショート マスク運動 オリンピック開催に抗議する静かなるデモ隊

そのユウチュウバーが始めた行動をユウチュウブとSNSにアップし、拡散されて1時間ほど経った午前9時ごろから、同じようなことをする人々が次々と国会議事堂周辺を「散歩」し始めた。
その人たちは声を出さず、決して群れずに、静かに歩いていた。しかし、一様に彼らが身につけているものが、ただの散歩ではないことを物語っているようだ。
コロナ禍下の常識としてマスクをしたその人たちは、マスクをもう一枚手に下げたり、バッグに絡ませたり、耳にかけたり、帽子に鉢巻のように巻いたりしているのだ。
ユウチュウバーは、自身の気分を「緊急事態宣言のなかでもオリンピックは開催できるってIOCの偉い人が言ったらしいけど、なんとか爆弾の実験場にされてる気分」とだけコメントし、何かを呼びかけたわけではない。
報道各社の取材によれば、同じような行動をしている人が、正午には日比谷公園や明治神宮方面でもかなりの数が見受けらたという。
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五島市観光協会のホ-ムページ

2021年05月05日 | のほほん所感
・・・先日、ちょいとした縁で関東からの観光客たちと嬉野温泉&一献と楽しい数時間をともにしたのですが、私が五島福江の出身ということを話したら、地理関係がわからないということでしたので、説明のためにスマホで検索しあいながらビックリ!
観光に訪れる予定の五島について未知の皆様、あのHPに描かれている宗教施設(教会)やユルキャラの宗教装束は、ほとんどの五島出身の人の習俗風習ではありません。
江戸時代から明治初期まで欧州勢力からの植民地化を避けるために禁じられていた、当時の犯罪者である五島の隠れキリシタンは大村藩から逃れて五島の辺境に潜みつつ住みついた方々なので絶対数が多いわけではないし、多ければ一万数千石の五島福江藩主は改易されていたであろう。
五島市観光協会のHPは事実誤認サイトであった。
世界遺産を宣伝する税金が、今とこれからの歴史認識と五島を誤解させている。
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天国という言葉は娯楽と結びつく言葉でしかなかった

2021年05月05日 | のほほん所感
日本人がこのところ死後の行先のたとえとして「あの世」とか「極楽」とか「浄土」と言わず「天国」と言うようになったことに、お寺の影響力が希薄化、もしくは無力化したと感じる。
こどもの日ということで、こどもの頃をちょっと思い返してみたが、お寺が二軒近所にあって、一つは菩提寺で、祖母に連れられて保育園がわりによくお参りに行っていた。
小学生になってからは墓地も含めて広い寺の敷地が遊び場でカン蹴りや独楽、メンコ、凧揚げ、鬼ごっこやかくれんぼなどさまざまな遊びに夢中だった。
寺の本堂の六道輪廻図や、時おり見かけたお墓の新仏への卒塔婆や供物を身近に感じられたので、地獄も極楽もわが身に迫ることに感じられていた。天国という言葉は、娯楽と結びつく言葉でしかなかった。
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日本語のほうがわかりやすくて好きです

2021年04月17日 | のほほん所感
日本語のほうがわかりやすくて好きです
・リバウンドは心当たりのある方はドキッとするだろうし飽食平和の印象があるので「感染再拡大」と表現してはいかがでしょうか。
・パンデミックというと美味しいおやつ系の新商品を連想してしまうので「人類総感染」と表現してはいかがでしょうか。
・ロックダウンはボクシングを連想してしまうので「鎖国」がなじみ深いのではないでしょうか。たとえ町や村が対象であっても。
・クラスターというと美味しいお酒の分子構造みたいで食欲をそそるので「集団感染」と表現してはいかがでしょうか。
・ジェノサイドというとラグビー用語の平和的な印象を感じてしまうので「民族抹殺」と表現してはどうでしょうか。
・新型コロナウイルスというとなにやら未来から来たありがたいもののように感じてしまうので、発生源の国が漢字で表現している「新型冠状病毒」をそのまま使ってはどうでしょうか。言論の不自由や弾圧が招いた惨事を忘れないためにも。
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「医療関係者に感謝します」

2021年03月29日 | のほほん所感
西肥バスの嬉野医療センター行きの行先表示に「医療関係者に感謝します」との副表示が出ているのを見かけることが近頃あるけれども唸るねぇ。
いよっ!音羽屋っ!てなもんですよ。会社がやっているんだか運転手さんの裁量だかは知らないけれども運転手さんの裁量だったら掛け声だけでなくてご祝儀あげちゃうね。
行先表示がクルクルクルクルの幕から電光石火に進歩してから小出しに大見得きれるんだから運転手さんの気持ちだと受け取るね。
石頭の上司や優等生の役人が無粋のゴンスケをやらかさないことを天に願うばかりです。
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今年の桜二詠。 (短歌)

2021年03月27日 | のほほん万葉集
咲けば散る同じさだめの花なれば互いに命見守らむ春

願わくばとうたいしひともかかる夜の風をまといて空見上げしか
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咲けば散る同じさだめの花なれば (短歌)

2021年03月18日 | のほほん万葉集
咲けば散る同じさだめの花なれば互いに命見守らむ春
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「坂の上の雲」と私

2021年03月10日 | のほほん所感
時おり祖母から聞かされた祖母の幼いころの話だ。

明治十八年生まれの祖母が幼いころの話だから、明治二十年代のはじめごろのことだろう。

五島家の家中だった祖母の実家S家の知行地を管理していた人が、年に一度挨拶に訪れてきたという。

かなりの高齢の方だったというが、その方の頭はちょんまげだったといい、挨拶のしかたの大仰さといい、挨拶の席に座っていなければならなかった祖母姉妹は、笑いをこらえるのがたいへんだったのだということを、その方の声色、しぐさつきで何回も何回も聞かされた。

当時はすでに髪型は自由にしてよいという政令のもとに、マゲを保ったものは少なかっただろうが、老人のなかには生活習慣を変えないものもいたのであろう。

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祖父の遺品。
祖母の部屋に残されていた刀箪笥の引き出しに、大日本帝国陸軍中尉薬剤官として日清・日露に従軍した時の勲章とともにしまわれていた祖母の大事な宝物を、時おりねだりにねだって見せてもらうのが嬉しかった。
心静かに思い出せば、風呂敷に包まれた漆塗りの箱とともに、古い白黒の写真が幾葉かしまわれていた。
そのなかの何枚かの映像を今でも思い出すことができる。

40年前の何歳かの子供のころに数回だけ見た映像を今でも憶えているということは、よほど印象が強かったのだろう。

その写真のなかに、若いころの祖父と仲間たちが写った写真もあった。

おそらく30歳ころの祖父。
30歳だとしたら、当時は明治36年。まさに秋山真之が日露の作戦参謀をつとめたころだということになる。

その、和服姿を見て、「壮士」という言葉とともにあの写真を思い出した。

和服姿の、目がきれいで、それでいて眼光炯炯といった気力の充実を感じさせる正義感の強そうな男達が祖父とともに写った写真。

祖母は「壮士」たちだと私に教えた。
現代的に言えば憂国の志を同じくする仲間たちということになるのだろう。

司馬遼太郎は、「坂の上の雲」の時代を理解するためには、あの時代の高揚感がわからなければならないと言った。

家にあっては和服を着、端座して箱膳で食事をする生活をし、外にあっては欧化の新知識と新たな方法で時代をつくっていったころの、武士道精神と新たな世界への希望を祖父と、その仲間たちの目の光に感じる。

その目の光を、不思議なほど今鮮やかに思い出す。


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黒鉄ヒロシが、幕末明治を生きたある男について、

「武士の残滓」を見出す思いがすると語った。


五島家家中として武士から「士族」になった曽祖父。

曽祖父と曾祖母から武士流の家庭教育を受けた祖父。

そしてその残滓をただよわせた父。



私は今、壮士ならぬ壮年の時を生きている。

この年になって、壮年の時の父に考え方や行動が似てきていると感じることしきりである。

自分自身に、「武士の残滓」の匂いを嗅ぐ事が日々強まっている。

庭訓というものは、数代はなくならないものようである。

明治は、私にとって、他人事ではないのである。

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子供のころの迷信にまつわる記憶

2021年02月22日 | のほほん所感
今夜食べたサラダのピーマンに種の取り残しがあって、その一粒の種が子供のころのいくつかの迷信にまつわる記憶を芽生えさせた。
その1、すいかの種を飲み込むと盲腸(虫垂炎)になる。
その2、牛のクソを踏むと走るのが遅くなる。
その3、馬のクソを踏むと走るのが早くなる。
離島とはいえ通称石田城と呼ばれる福江城の城下には昭和四十年代半ばにも旧武家地に牛も馬も往来していた。馬は農道や林道が整備されていなかった当時の運搬に活躍していたらしい。
馬のウンコは、例えれば果物のキーウイに似ていたような記憶がある。
見つけたら有難がって何回も踏んだんだなぁ。あの俵型の柔軟を。
残念ながら、効果のほどは検証できていないが。
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