俳聖・松尾芭蕉のおくの細道の序文として有名な言葉ですが、苦しい時も楽しい時も何時しか時が過ぎて行きますね。
私は、昨年の苦しい入院生活を思い出して、いつの間にか1年以上の時が経ったことをこの句を思い出して、元気で過ごせる毎日を有り難い事だと思っています。
しかし、この猛暑何とかしして欲しいものです。涼しい俳句はないものかと思い倦ねていると、思い出したのは、漂白の詩人《種田山東火》です。彼の俳句を詠んだ時、俳句の常識を逸脱していることに気付き『なんだこれは』と驚いたものです。何時か山頭火の最後を書いた小説[遠い昔のことで題名や作者は忘れてしまいました)に巡り会い、[病院も医学も無い時代の恵まれない人の自然死とはこんなものなのかなとショックを受けたものです。彼のファンは多く、大きな装丁の何冊もの本になっているのを紀伊國屋さんで見た事が有ります。
好きな作品を一つ二つ
分け入っても分け入っても青い山
うしろすがたのしぐれてゆくか
夕立があらっていった茄子をもぐ
歩かない日はさみしい のまない日はさみしい 作らない日はさみしい [漂白の日々]
山有れば山を観る 雨の日は雨を聴く
少し前テレビを賑わした前東京都知事の汚辱にまみれた人間の限りない欲望を思う時、一層山東火のような人が一服の清涼剤になるのでは無いでしょうか
みなさんは如何思われますか
台風が近づいて来ているようです。涼しくなるのは待ち遠しいですが、地震で壊れた地域への雨風は遠慮してほしいものです。
昨日は七夕でしたが、もうすぐ真夏の到来です。我が家に咲いた涼しげな花[アガパンサス]は真夏の夜の祭典の花火を連想させるようです。
熱中症気をつけて、お元気でお過ごし下さいね。
時代が変わっても人間の本質は一緒だと思います。
この時代の詩人も今の私たちと同じように、色んな思いをしながら生きていたと思うと人間はつながっているのだと感じさせられます。
そんな中での<種田山東火>の含蓄のある俳句も命に響きなぜかホットします。
幅広い教養にいろいろ学ばせて頂く事も多く有難うございます。