主の家、神の庭

茅ヶ崎シオン・キリスト教会と聖鳩幼稚園の共同建築プロジェクト。
新しい会堂と園舎ができるまで。

小さな宇宙

2011-03-04 15:13:17 | 日記


手塚さんから、礼拝堂の床を石にしたいという提案がありました。

手塚さんの作る建物なので、床は当然のこと木であろう...と勝手に思っていたので、
「え? 石ですか?!」とびっくり。

手塚さんのイメージでは教会の床は歩くとカツンカツンと音のする木の床ではなく、
石のイメージがあるのだそう。

写真の石は薄い加工がしてありますが、もっと厚みのある、正方形の石を並べて敷きつめるとのこと。
タイルのように「貼る」のではなく、石を「置く」のだそうです。道路などに用いられる手法です。

「床暖の熱がじわーっと岩盤浴のように広がりますよ...」と、
説教者にとっては危険なことをおっしゃる。

意匠として石のほうがよいのかと思って「壁や天井は木なのですか?」と聞いてみると、
「見た目やデザインの話ではなくて、思想としてどう捉えるかなのです。」とのことでした。

「思想」...私たちにっては「神学」ということになります。

聖書に「砂の上に家を建てるのは愚かで、岩の上に家を建てなさい。」という話があるよね。

ペテロの信仰告白に対して、
「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。」というイエスさまの言葉があるね。

「家を建てる者たちの捨てた石。それが礎の石になった。」詩篇118:22
「見よ。わたしはシオンに、選ばれた石、尊い礎石を置く。
 彼に信頼する者は、決して失望させられることがない。」Iペテロ2:6
この石は、イエス・キリストのことを指している。

つまり、石は思想的に理想的かも...

「石にすると、隙間におばあさんの杖がひっかからないか?」とか、
「子どもが転んだとき、ケガしないか?」などとという懸念もありましたが、

最後には石の方向でゴーサインが...

手塚さんは「素材はそれぞれにあるべき場所におらせるのがよい。」という考えだそうです。
とすれば、石は地面に、木は中間、光は天から...ということです。

私の中でも、新しい礼拝堂がホールや講義室のような場所ではなく、
地面があり、木々に囲まれ、光が降り注ぐ世界。
神さまの御手の中の小さな宇宙。
聖なる空間としてのイメージが広がりつつあります。