還暦おやじの洋楽日記

ニール・ヤング自伝(Waging Heavy Peace) + ニール・ヤング回想(Special Deluxe)

ニール・ヤングは敬愛するミュージシャンではあるが、決してコアなファンではない。彼のアルバムはオフィシャルなものだけでも60枚以上はありそうだが、持っているのはせいぜいその7割ぐらいかな。その程度のファンなのでニール・ヤングの経歴についても通り一遍の知識しかない。
彼の自伝本が出ていたのは知っていたが、音楽関連の単行本って部数が捌けないから仕方がないだろうけど、結構高いんだよね。2冊で6千円近くするのでなかなか手が出ず、気がついたら重版もされることなくいつのまにか絶版になっていた。なくなってしまうと却って欲しくなるのが人情で、第1巻を古本で購入したのがつい先日。日本語版の発行が2012年11月だから8年ぶりに入手できた。版元の白夜書房って、たしか80年代にサブカル系の雑誌を出版していた会社でなんだか懐かしい。


「自伝」の原題は「Waging Heavy Peace」。「重苦しい平和を守る」ってどういう含意があるのかな。書き始めた2011年始めは、アルバムで言えば「Le Noise」と「Americana」の間。「最近、ハッパと酒を止めた」「この時点での大きな疑問は、このままでも曲が書けるのかということだ」と書かれており、音楽活動への一時的な不安が本を執筆する動機となったようだ。過去の思い出話も語られているが、執筆時点の彼の関心事についても多くのページが割かれている。関心事というのは、彼が「ピュアトーン」と呼んで開発に携わった高音質の音楽プレーヤーのことであるとか、「リンクヴォルト」と名付けたバイオマス燃料で駆動する自動車のことを指す。そういう話がいきなり挿入されるし、過去の話も時代があっちこちに飛んでいて、この邦題を「自伝」としたのはちょっと正確ではないと思うな。彼が思いつくままに書き散らかしたエッセイ集と捉えるほうが正しいだろう。
それにしても、ニール・ヤングという人が如何に色んな物事に興味を示して偏執狂的にのめり込む、エネルギッシュでエキセントリックな人間かということがよくわかる。天才肌の人間てのは紙一重だからこういうものなのかしらん。それに異常に記憶力が良いみたいで、幼少期の些末なことまでよく憶えているようだ。詩人だから多少の脚色はあるのかも知れないが、それにしても凄い。
ニールファンにとっては興味深い話もたくさん書かれている。幼少期の病気のこと、両親のこと、音楽に目覚めてバンド活動を始め、楽器や機材を詰め込むために霊柩車を調達して各地のクラブを回ったカナダ時代。アメリカに憧れブルース・パーマーとともに不法入国し、スティーブン・スティルスと運命の再会を果たしてバッファローを結成した有名なエピソード。そして成功した後の、結婚と離婚、居住地の変遷、往年の車の収集等々。「Americana」で披露された「Oh Susannah」「Clementine」「Tom Dula」なんて曲は実は半世紀以上前のカナダ時代のバンドのレパートリーだったなんて話も新鮮だった。
だが、コアなファンではないので、いきなり出てくる人物名や地名やらを追っかけるのに苦労する。話題がポンポン飛ぶのもしんどかった。そこで第2巻の古本を探す前に、この自伝の後に刊行された「回想」を読んでみることにした。こちらの日本語版は2019年に河出書房新社から発刊されて、まだ絶版にはなっていない。


「回想」の原題は「Special Deluxe」。前作とは異なり「歴代の愛車」というテーマを掲げたエッセイとなっており、「Special Deluxe」とは、その愛車のコレクションのひとつであった1950年型プリムス・スペシャル・デラックスから取られている。日本語版はわりと最近だが原著は2014年に刊行されていて、アルバムで言えば「Psychedelic Pill」から「A Letter Home」の間ぐらいに書かれたのじゃなかろうか。各章の扉にはニール自筆による愛車の水彩画が挿入されており、彼の画才にも驚く。因みに「Storytone」のアルバムジャケットも彼の手によるもので、そこに描かれた車はエコカーに改造されて「リンクヴォルト」と名付けられた1959年型リンカーン・コンチネンタルだそうな。前述のように「自伝」はとりとめのない構成だが「回想」は車というテーマに沿って書かれているため、一本芯が通っており、比較的時系列に記述されていて読みやすい。寧ろこちらのほうが自伝っぽくて、前作と重複する部分もあるものの、新しい話もふんだんに盛り込まれている。それにしてもニール・ヤングがこれほどのカーマニアとは全然知らなかった。「Long May You Run」も彼がカナダ時代に乗り潰してしまった霊柩車仕様の車のことを歌っていたなんて初めて知った。
でも後半に入るとやっぱり構成が乱れてきて、終盤は「リンクヴォルト」の開発に格闘している話に移り、環境問題を憂える主張に終始する。ミュージシャンがこういう問題意識を持って活動するなり発言することは決して悪いことではないが、彼の場合はのめり込む度合が強すぎるから大丈夫かな。「回想」には環境問題活動のパートナーとしてダリル・ハンナの名前が出てくる一方、妻ペギー・ヤングへの愛と感謝の言葉が何度も出てくる。実際には長年連れ添ったペギーとは2014年に離婚して、ハンナと交際を始めて後に結婚している。だからこの本もその過程で書かれたと思われるが、環境問題に入れ込み過ぎて遂に伴侶まで取り替えてしまった事実に思いを馳せながら、ちょっと複雑な気分で読んでしまった。


という訳でニール本の第一弾と第二弾を読んだけど「どちらを薦めるか」と問われたら、筆致が比較的安定していて自筆画も楽しめる「回想」のほうかな。でもその前に河出書房新社が2015年に刊行した「文藝別冊」のニール・ヤング読本で予習しておくことをお薦めする。彼についての基礎知識も網羅されているし、これらの本の書評も載っている情報量満載の読本です。

(かみ)
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「Book Review」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事