Preshistoric Safari
『新第三期、巨大化するイタチ科群 Gigantism commonly observed in Mustelidae during the Neogene』
「今回の主役はイタチ科!」
復元画の舞台は中新世後期、およそ550万年前のアフリカ東部地域(現在のケニアに該当)の拠水林に囲まれた湖水のほとり。多様な動物が水辺に集まる様を描出しています。
巨大イタチ科動物が3種も登場しますが、中新世から鮮新世前期にかけてはヒョウ大にもなるイタチ科動物が決して珍しくはなく、アフリカ、ユーラシア、北米各地で複数種が派生し繁栄を示していたのです。
イラストと本文:©the Saber Panther (All rights reserved)
:Species:
(前面から遠景に向かって)
プレシオグロ属最大種 Plesiogulo botori
エコルス属最大種 Ekorus ekakeran
エンヒドリオドン属種 Enhydriodon ekecaman
ペリカン
ステゴテトラベロドン属最大種 Stegotetrabelodon syrticus
ブラキポテリウム属最大種 Brachypotherium lewisi
ニャンザコエルス属種 Nyanzachoerus syrticus
アンキロテリウム属種 Ancylotherium hennigi
Werdelin(2003)は、巨大イタチ科種 'Giant Mustelids'の定義として、’extinct mustelids with an estimated mass more than twice that of the largest living forms.’「現生近縁種の最大種よりも、推定体重が倍以上になること」と述べています。この定義に当てはまる化石タクソンとしては、ラーテルに近縁なエオメリヴォラ属最大種とエコルス属最大種、クズリに近縁なプレシオグロ属最大種、オリゴブニス亜科※のメガリクティス属最大種(※オリゴブニス亜科は古代の骨砕き適応のイタチ科群)、そしてイタチ科史上最大種を含む複数のカワウソ亜科の絶滅種が挙げられます。
2020年6月に南アフリカのランジバーンウェグ化石発掘場(鮮新世前期地層)で新しい化石(歯、上腕骨と尺骨の一部、距骨)の発見が報告されているシヴァオニクス属種(Sivaonyx hendeyi)も、それら特大カワウソ群の一角を占めます。同じ発掘でプレシオグロ属種(Plesiogulo monspessulanus)の化石(歯、無歯上顎骨、前肢の一部)も出ており、コンテポラリーとして年代、生息地が重複していた可能性を示しているとのこと。
巨大イタチ科種の共生という点に着目すると、新第三期のアフリカ、ユーラシア、北米各地でその形跡が知られていますが、複数種がコンテンポラリーとして共生していた中新世後期・アフリカ東部(ケニア、エチオピア、チャドに及ぶ地域)に固有のファウナは、鮮新世・アフリカ南部のファウナにもまして、最も注目に値すると思います。
以下、新しい発見で見えてきた知見も交えつつ、Valenciano et al., ’New insights into the giant mustelids (Mammalia, Carnivora, Mustelidae) from Langebaanweg fossil site (West Coast Fossil Park, South Africa, early Pliocene)’, 2020 を参考に、復元画に登場する種類について瞥見してみましょう。
プレシオグロ
先にプレシオグロについて簡単に触れると:クズリと形態が類似したヒョウ大(推定体重不明)のイタチ科動物です。系統的にもクズリに近縁とされますが、プレシオグロをクズリ亜科(分子系統学に基づく分類で、クズリ、タイラ、テン、フィッシャーを含む)に分類する妥当性を疑問視する学者(Wallace et al., 2018)がいることも指摘しておきましょう。
アフリカと北米に分布。鮮新世前期・アフリカ南部産のPlesiogulo monspessulanusと中新世後期・アフリカ東部産で最大種たるPleisiogulo botori(当復元画)の分類学上の差異は明確だとされますから、中新世‐鮮新世境界の頃、プレシオグロ属の2種がアフリカの東部と南部で棲み分けを展開していたことが分かります。
アフリカのプレシオグロは北米種よりも大型で、Hendey(1978)は「現生のクズリと比べても四肢遠位部が(相対的に)短く頑強なつくり」だと述べています。今回発見されたP. monspessulanusの前肢形態もしかりで、URI(Ulnar Robustness Index 尺骨のロバストさを示す値。値が高いほど曲げやせん断応力への抵抗力が強くなり、前肢筋群の付着面も大きくなると考えられる)が北米種やクズリよりも高く、ダーク型剣歯猫スミロドンのURIと同等の値だといいます。
それだけが理由ではないでしょうが、Valenciano et al.(2020)はアフリカのプレシオグロがスミロドンと同様のパワー・アンブッシュ型の補食獣であった可能性についても言及しています。
エンヒドリオドン
中新世後期から鮮新世前期にかけて、アフリカだけでも多数の特大カワウソ群が派生しており、いずれもシヴァオニクス属とエンヒドリオドン属に分類されます。今回発見された標本(Sivaonyx hendeyi)はアフリカ東部に分布していた他のシヴァオニクス属種(S. africanus, S. ekecaman, S. beyi いずれも中新世後期)とサイズ的には概ね同等なれど、ポストクラニアルが見つかっているS. beyi と比べて四肢形態は現生ツメナシカワウソ(Aonyx capensis)のものと近似していることが判明したといいます。恐らく水中生活への適応の高さを示すものでしょうが、一般にはシヴァオニクス属、エンヒドリオドン属の多くは現生カワウソ群に比べ、陸棲の比重が大きかったと考えられています。
シヴァオニクス属とエンヒドリオドン属はもとより非常に近縁でシスタークレードを成しますが、Geraads et al.(2011)やWerdelin et al.(2017)などシヴァオニクス属を無効化し、全種をエンヒドリオドン属に組み入れる学者もいるのです。そのようなわけで、復元画ではValenciano et al.(2020)における分類、Sivaonyx ekecamanとしてではなく、Werdelin et al.(2017)に倣い、Enhydriodon ekecamanの学名を採用してみました。
時代が下りおよそ350万年前(鮮新世)の同じ生息地には、Enhydriodon ekecaman(当復元画)と最も近縁でイタチ科史上最大種(推定体重150~200kgに達する)であるEnhydriodon dikikaeが登場することになります。しかしながら、プレシオグロ属最大種、エンヒドリオドン属大型種に加えてラーテル系統最大級の一種たるエコルス属最大種が共生していた中新世後期・アフリカ東部こそは、巨大イタチ科種の顔ぶれの豊富さという点で並ぶもの無き、といったところでしょう。
エコルス
エコルスについても触れておくと、Valenciano et al.(2017)が取り組んだ分類でラーテル亜科に組み入れられたのは記憶に新しいところ。しかし、ポストクラニアルのプロポーションはラーテルとはよほど対照的で、四肢遠位部が伸長し立ち姿勢も直立的、イタチ科の中では実に稀な走行特化の種類とされています。先にプレシオグロがパワー・アンブッシュ型であったという仮説を紹介しましたが、エコルスとプレシオグロの捕食生態の差異がニッチ分割につながり、ひいては共生を可能としていた、とも考えられましょうか。
ラーテル亜科の中では、他にも中新世・ユーラシアのエオメリヴォラ属最大種(Eomellivora fricki)が上記 'Giant Mustelids'定義に当てはまります。
以上述べてきた巨大イタチ科種のうち、カワウソ群を除いて最も大きかったのは?という問いには中新世前期(2200万年前)・北米産のメガリクティス属最大種(Megalictis ferox 推定体重60kgほど。骨砕き適応のイタチ科猛獣)が挙がる場合が多いでしょうか。私個人の意見としては、今回の発見でPlesiogulo monspessulanusは北米種(北米種もヒョウ大とされる)より大きいのみならずクズリと比べてもロバスト型の骨格であることが分かったうえ、同じくアフリカ産のPlesiogulo botoriはさらに大型だったというわけで、プレシオグロ属最大種をメガリクティスの代わりに推してみたいと思います。
もっとも、新第三期の巨大イタチ科種はほとんどの場合、歯や頭骨の一部しか知られていないのであって、こうした結論はいまだお預けにしておくべきかもしれません。さらなる追加骨格の発見が期待されます。
遠景にいる動物を描いた復元画も紹介
©the Saber Panther (All rights reserved)
ステゴテトラベロドン Stegotetrabelodon syrticus、アンキロテリウム Ancylotheriumu hennigi 他
ステゴテトラベロドン属は上下の顎に計四本の象牙を具えた、古風なゾウ科の種類。ゴンフォテリウム科の種類との混同に注意。
最大級の長鼻類の一角で、推定体重10トンを超えます(Larramendi, 2015)。
この場面には他にもアンキロテリウム(恰もゴリラとウマを足して割ったかのような(?)珍奇なプロポーションの、古代奇蹄類)、長鼻類デイノテリウム、ロコトゥンジャイルルス("レッサー・シミターキャット"。ホモテリウムとごく近縁な剣歯猫)、大型クマ科動物アグリオテリウム属最大種、そしてエコルスが描かれています。
ブラキポテリウム Brachypotherium lewisi
水中生活への適応度が高いサイの仲間、テレオセラス亜科の一種。同属で最大種。恐るべき大型肉食獣、ジャイアント・ベアドッグに襲撃される場面になります。
プレヒストリック・サファリ 『新第三期、巨大化するイタチ科群 Gigantism commonly observed in Mustelidae during the Neogene』
イラストと本文:©the Saber Panther (All rights reserved)
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しかし200kgのカワウソというのも中々ですね...。
大型イタチ科のコンテンポラリーとしてロコトゥンジャイルルスの他にアンフィマカイロドゥス、
ディノフェリスといった大型ネコ科動物を挙げることができ、長い共生の歴史があるわけです。
結果的に今のアフリカでかつての大型イタチ科と類似のニッチを占めているのはヒョウですが、
ここに至るまでネコ科も多様な種類の絶滅を経ている。
大型イタチ科の消失についても、その原因、諸因を特定していくのは容易なことではありません。
ここで話題にしている「giant mustelids」に限っても、カワウソ類は言うに及ばず、形態型は多様(骨砕き型、アナグマ型、走行特化型など)、
ひいては食生態なども広範で一様ではなかったでしょう。大型イタチ科の消失を考えるとき、他の食肉類との競合よりも、近系統、同形態型範囲の中型、小型種が優勢となり、
大型種(大型といって、イタチ科の場合、カワウソ類を除いて体重上限は60~80kg前後くらいでしょうが)をいわばリプレイスした進化史が、よく注目されます。
小、中型種が存続し大型種はそうならなかった、両者の明暗を分けた原因の考察が重要だと思われます。