佇む猫 (2) Dr.ロミと助手のアオの物語

気位の高いロシアンブルー(Dr.ロミ)と、野良出身で粗野な茶白(助手のアオ)の日常。主に擬人化日記。

よく似た男(2)江戸一本舗

2019年07月24日 | 手記・のり丸
黄昏時で、空は深い濃紺になり雲はオレンジ色に染まっていた。
三月でまだ風は冷たく、「寒い、寒い」と言いながら伊藤がコートの襟を立てて歩いていた。
 
『江戸一本舗』に着くと、女のコ達が店の前で寒そうに立ちすくんでいた。
ボーイの小林と前田もいた。
店の中には誰も入ることができないようだ。
 
「釘打ちされている」
と誰かが言った。
「釘打ち?」
私が戸惑っていると、小雪が駆け寄ってきた。
「のりちゃん!扉という扉が外から全部開かないようになっているのよ」
「(…のりちゃん?)」
伊藤が小雪と私の顔を代わる代わる見た。
「(店が摘発されたのかな…でもそれにしては変だな)」
私は小声で伊藤に伝えた。
 
しばらくすると、ドヤドヤと数人の黒服がやって来た。そして、
「全員!ここにいる全員!そのまま『コルティジャーネ』の社長室に行って!すぐに!」
怒鳴るような声で言った。
「早く早く!」とせかされるように『江戸一本舗』のメンバーはぞろぞろと向かいにある『コルティジャーネ』という店に入っていった。
 
伊藤と私が呆然と立ちすくんでいると、
「失礼ですが、あなた方は?」
と黒服の一人が聞いてきた。
 
「私共は週刊『作話』の者です。本日は小雪さんの取材で参りましたが…」
「…あ、そぅ…小雪の取材ねぇ。…ん~、でもまぁ説明の手間が省けるから、このまま一緒についていってよ」
 
状況が全くつかめないまま、伊藤と私はメンバーにくっついて『コルティジャーネ』に入った。
 
 
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「江戸一本舗」の店長は王野という男だった。
ボサボサとした眉毛の下に人懐っこい目があり、シュナウザー犬みたいな顔をしていた。
 
よく椅子の背もたれを抱きかかえるようにまたいで座り、背もたれの上に本を乗せて読んでいた。
おそらくその姿勢が一番身体が休まるのだろう。
 
「当分は、小雪(23)で通すから…」
「はい、わかりました。今回も23歳にしておきます」
「…小雪、たぶん今日もギリギリで来るわ。あのコねぇ、おばあちゃんの面倒もみているから忙しいんだよ」
「そうなんですね」
 
王野は軽口で饒舌だった。
「ウチのボーイの山田、知ってるよね?」
「山田さん?」
「ほら、巨漢の…」
「あ、わかりました」
「あいつさぁ、一卵性の双子でな、兄貴も吉原にいるんだよ。兄貴は『マドンナバージン』の前によく立っているから、通った時に顔を見てごらん」
 
『王野』談
《山田は2年前、30歳で刑務所から出てきた。
10代の頃から刑務所に入りっぱなしだったから全然世間ズレしていないんだ。
ところが兄貴の方は世間の荒波にもまれてきたもんだから顔も悪相だ。
ウチの山田は仏のような顔をしているだろう。
不思議なもんだな、刑務所に入っていた方が人相が良いなんて。》
 
 
参考【ウサビッチ兄弟】
 
 
「ごめんね、今日も化粧しながらしゃべってもいいかな」
小雪は個室ですぐに下着姿になり、化粧を始める。
毎回、小雪が化粧をしながら打ち合わせるパターンになっていた。
 
「…あ、そうだ。のりちゃん、いなり寿司食べる?」
「いただきます」
 
世の中には人が差し出したものは食べない、という人がいるだろう。
私は逆だ。差し出されたものをなんでも食べることにしている。
貧乏だった私は、どんなものでも食べてサバイブしてきた。(…といったら少し大袈裟だが)
たとえ個室付き特殊浴場の中でも、そのポリシーは変わらない。
 
 
小雪はサイドテーブルの上にいなりの入ったタッパーと箸を置き、冷蔵庫から麦茶を出してコップについで「どうぞ」と差し出す。
「作ったの、あたしが。たくさん作りすぎたから、みんなの分も控室に置いてきたわ」
 小雪はいろんなものを作っては、店のみんなに時々差し入れをするようだ。
 
私はいなりを口に入れた。
いなりの味付けは甘すぎず酸っぱすぎず、絶妙にバランスが取れていて美味しかった。
「…うまい、すごくうまいです」
と私が言うと、
「よかった」
小雪が壁面の鏡の中から嬉しそうに笑った。
 
私はいつ頃からか小雪に「のりちゃん」と呼ばれていた。
 
「ねぇ、のりちゃん、ご飯をちゃんと食べてる?…あ、そうだ。ちょっとこれ食べてみる?」
それがサンドイッチだったり、おにぎりだったりするのだが、小雪はいつも私に食べ物をくれた。
 
「おかあさんはまだ帰ってこないの?お腹すいた?なんか食べる?」
昔、そんな親切でおせっかいなお姉さんが近所にいた。
小雪は大きく分けるとそういうタイプだった。
そして、底抜けのお人好しだった。
 
色気のないことを書き連ねたが、裏側事情はそういうものだ。
 
  
日が落ちて、あたりが薄暗くなると街に灯りがともる。
歓楽街は賑わい、虚飾の世界に人々が遊びに来る。
虚飾の世界では真実をむき出しにする必要はない。
売り手が自分を演出するのは必然である。
 
幻想の親密システム。
束の間の「錯覚」を売るビジネス。
虚飾の世界に遊びに来たら、長居をしてはならない。
神秘的な夜の海岸も、日が昇ると空き缶だらけの現実に戻る。
 
だから、「なんでこの仕事しているの?」という客の質問が、例外なく女のコに嫌われるのは言うまでもない。
最も野暮で馬鹿げた質問だからである。
 
(続く)
 ※名前、店名などはすべて仮名です。
 
 
今日のロミ