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『DOWN UNDER BOYS』(1998)

2008-06-13 14:22:29 | DW出演作品レビュー
ダウン・アンダー・ボーイズ【字幕版】

タキ・コーポレーション

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三人の男がたどる、狂気の運命。
驚愕のクライム・バイオレンス!
(日本版VHSビデオ解説より)

『バッドタイム』を観たら、なぜか久しぶりにこれを見直したくなった。どちらも壊れた人間が破滅へと転がり落ちて行く点で共通している。主人公が善人でも共感できる人物でもないというところも。

デイヴィッド・ウェナム主演、1998年製作オーストラリア映画。監督は彼の盟友の一人ローワン・ウッズである。
元は1991年シドニーで上演された戯曲で、その時に主役ブレット・スプラーグを演じたのもデイヴィッド・ウェナムだった。小劇場公演ながらかなりの評判を呼び、これによって豪演劇界に於けるウェナムの名を高めることとなったという。どうやらオーストラリアで実際にあった凶悪事件を元にしているらしい。
原題は "The Boys" 。邦題は片仮名ではなくアルファベット表記で『DOWN UNDER BOYS』である。「down under」を付けて「オーストラリア」を強調したのは、日本公開年が2000年、つまりシドニー・オリンピックの年であったためと思われるが、そう言われなければ誰もこれがオーストラリア映画であるとは気づかないだろう。それほどダークで寒々しい作品である。

ストーリー:傷害罪で服役していたブレットは、刑期を終え自宅へと戻ってきた。
だが、そこにはあまりにも変わり果てた家族の姿があった。
愛人を引き入れた母親、浮気を隠す恋人、自分のドラッグから金を作った弟。
もう一度、家族全員に一家の権威者=神は自分だと思いしらさなければ。
家族に張り詰めた空気が流れはじめる。徐々にブレットのベースに流されて行く二人の兄弟。そんな3人に愛想を尽かし去って行く女達。
孤立無援となった男達は、苛立ちながらも精神的な絆を確認しあうが、ついに3人は新たな犯罪への道をたどることになる…。(ビデオ解説文より)

とあるが、この文章の特に前半部は、あくまでもブレットの言い分でしかない。
彼が出所した時、迎えに来たのは末っ子のスティーヴィー(アンソニー・ヘイズ)だけ。母には愛人が……と言うが、彼(アボリジニらしい。boysは彼を本名のジョージでなく「アボ」と呼ぶ)と母サンドラのつきあいは長い。次弟グレン(ジョン・ポルソン)には一応仕事があるらしいが、自分より稼ぎのいい妻(恋人?)ジャッキーのヒモ状態。ブレット自身の恋人ミシェル(トニ・コレット)は、彼の留守中もスプラーグ家にちょくちょく顔を出していたようだ。
そんな彼らにも、ブレットの服役中はそれなりに「和」が保たれていたが、彼が戻ったことによってそこに綻びが生じ始める。と言うより、その束の間の「和」も歪なものでしかなかったことが露呈し始める。
破綻のきっかけはもちろんブレットの帰還だが、同時にスティーヴィーの妊娠中の恋人ノーラの存在も重要なファクターであったと思う。
「俺たちは家族だ」「何も心配することはない」といった、一見父性的な言葉で彼女をも支配下に置こうとするブレット。しかし、この家にとって最も「新参者」である彼女は、このファミリーの異様さにも最も敏感に反応するのだ。お腹の子がスティーヴィーの子ではない可能性も示唆されるが、それも彼女がこの家に居場所を見出せない一因であったかも知れない。

が、家の中で強権を揮おうとするブレットも、その内実はみじめなものである。彼が逮捕されたのは近所の雑貨店への強盗容疑によるものだが、返り討ちに合って本人の方が重傷を負ったらしい。そして出所後、弟二人を連れて仕返しに行くものの、また撃退され、「おぼえてろ」と捨て台詞を吐いてすごすご帰る始末。
更に服役中の或る出来事の影響もあって、男としての彼のプライドはずたぼろである。
女たちは次々と去り(彼女たちからすれば、それは「避難」である)、ついに母までもがロクデナシの息子たちに堪忍袋の緒を切らす。
社会に対する、また「女」たちに対する彼らの言いようのない劣等感。屈辱。
失われかけたプライドを回復するため、そして自分たちの連帯感によって、ブレットと弟たちは「新たな犯罪」に走る。

映画は二つの時間軸に基づいて構成されている。まず兄弟がその新たな事件を起こすまで──いわゆる「ゼロ時間」に到るまで。
もう一つは、その後、問題の事件の裁判が始まる直前までの時間。そこでは事件後の家族の残骸のごときありさまと、そういう事態に到ってもなお母や恋人に甘え、壊れた「家」に縋ろうとするブレットのどうしようもない幼さや卑劣さが(だから彼は「boy」なのだろう)描かれる。裁判開始直前、兄弟が出廷する際の物々しい警戒ぶりによって、事件の重大さや社会的影響の大きさが察せられるが、彼ら自身にはそのことが判っているのだろうか。
初めて観たのが英語字幕もない豪版DVDだったので、当初その構成が理解できず混乱したが、その後観た日本版ビデオで、それぞれの時間軸の中では時系列に沿ってエピソードが描かれていることが判ってからは、さほど難解ではないと気づいた。
そして映画は、第一の時間軸、兄弟が事件を起こす直前で終わる。ブレットの出所からそこに到るまで僅か18時間。丸一日も経ってはいなかった。

とにかく、何の救いもカタルシスも希望のかけらもない作品である。しかし、このダークさ、救いのなさは、自分にはいっそ心地よかった。寧ろ「救い」など描かれたら嘘だと思う。『バッドタイム』感想で用いた言葉を再び記すなら、彼らはただ「そうなった」。その先のことを誰に懇願しようと無意味である。回復できるものなど何もない。ただ、兄弟の被害者となった人のことを思えば、確かに後味が悪いし、胸は痛む。

そして、俳優デイヴィッド・ウェナムにとっての代表作は、やはり10年前のこの作品であると思う。
同作が豪で公開された1998年には、豪ABCTVのドラマシリーズ "Sea Change" が放映されている。その中で演じた「ダイバー・ダン」によって、ウェナムは「オーストラリア・ナンバーワン・セクシー俳優」の名を頂戴し、より広い層に人気を得ることとなる。更に同じ年には、もう一つの代表作と言ってよい "Molokai" 撮影が始まっている。彼のキャリアにとって重要な作品がこの時期に集中しているのは興味深いし、それぞれがおよそ異なる役柄を演じ分ける演技力の幅広さも素晴らしい。
が、活躍の場を豪国外に拡げ、国際的な人気や評価を獲得した現在に到っても、このブレットこそが彼のベスト演技であると思う。作品自体も役柄も時間をかけて作り上げたものだということもあるだろう。その没入ぶりは、恋人役トニ・コレットが、撮影時間以外に同じセットにいることに堪えられず逃げ出したほどであったと言う。
「カッコいいデイヴィッド」や「可愛いデイジー」のイメージを壊されたくない人にはお奨めしない。また、演技達者ぶりを証明する三枚目やコメディリリーフとも、およそ方向性が異なる。
しかし、いわゆる「演技の抽き出し」から何かを取り出すのでも技術のみが際立つのでもなく、また容姿に頼るのでもなく、彼が一つの役をここまでリアリティを以て描き出したことは、それ以後もなかったのではないか?やはりこれは傑出した演技であり作品であったと思う。

「よし、やろう」
というブレットの台詞で、映画は終わる。闇の中、かすかな明かりの下に浮かび上がるその顔と共に、本当におそろしい幕切れであり、悪夢のごとくに忘れ難い。

公式サイトの名残り↓
DOWN UNDER BOYS

DVDはUK版が出ているが、アメリカと日本ではビデオ発売のみ。うちにあるのは豪版DVDと日本版VHSビデオ。
まだビデオ版を置いているレンタル店もあるかも知れないし、ヤフオクやアマゾンのマーケットプレイスに上がって来ることもあるので(自分はそれで購入した)、ご興味あるかたは時々覗いてみて下さい。

何はともあれ、ようやくこの作品について書くことができて良かったです。
"The Boys" と来たら、次はヒュー・ジャックマンの "Erskineville Kings" についても書きたいところ。実はここで一度取り上げてはいるものの、ちゃんと内容を把握しているとは言い難かったので、某サイト様で上げてくれたトランスクリプトとも突き合わせながら、見直してみたいと思っております。

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