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『ジキル&ハイド』と切り裂きジャック

2018-03-17 22:30:45 | 映画・舞台等関連情報や雑感


「その年の秋、ロンドンに住んでいた者ならだれしも、連続殺人が惹き起こした恐怖を忘れることはできない。いまでもわたしはあの霧の深い夕べ、新聞売りの少年が『また恐ろしい人殺し、殺人事件だよ!バラバラ事件だよ!ホワイトチャペルの殺人!』と夕刊を片手にしゃがれ声で叫んでいたことを思い出す。この恐ろしい惹句は事件のたびごとに繰り返し使われていた」

ミュージカル『ジキル&ハイド』をご存知のかたなら、この文章から二幕初めの「事件、事件」の場面を思い出すことでしょう。わたしもこの新聞売りの売り声は麻田キョウヤさんの声で脳内に甦ります。
実はこれは、仁賀克雄氏の名著『決定版 切り裂きジャック』に引用された、切り裂きジャック事件の捜査に当たっていたメルヴィル・マクノートン警部の回顧録の文章です。

決定版 切り裂きジャック (ちくま文庫)
仁賀 克雄
筑摩書房


言うまでもありませんが、「切り裂きジャック(Jack the Ripper)」事件とは、1888年8月末から11月にかけてロンドン市イーストエンドにて発生した連続殺人事件です。確実に同一犯によるものと断定できる被害者は5人。全員が街娼でした。当初「ホワイトチャペル連続殺人」と呼ばれていた事件が「切り裂きジャック事件」となったのは、9月終わり頃、或る新聞社に「切り裂きジャック」と署名した投書が送られてからのこと。その新聞社も投書を転送されたスコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)も、悪質ないたずらとみなしていましたが、別の有力紙が全文掲載したことにより、犯人からの挑戦状として大反響を呼びました。
現在では、これを送ったのは真犯人以外の人物というのが定説ですが、この署名投書に加え事件そのものが迷宮入りしたことも相まって、陰惨な連続殺人事件は後世まで関心を集めることとなりました。英国内外で出版された関連書も信頼の置けるものから眉唾ものまで膨大な数に上りますが、日本で出版されたものとしては、リッパー研究の第一人者である仁賀氏による本書こそまさに「決定版」と言えるでしょう。
事件が起きたホワイトチャペル地区を中心とした当時のロンドンの地理や雰囲気。貧富の格差甚だしく、下層社会の民衆によるデモや暴動も相次いでいた当時の世相。事件のことはヴィクトリア女王の耳にも届き、捜査ミスが続く警察への批判も高まって、警視総監や捜査責任者の辞任に到るなどの混乱ぶりも詳述されています。

このエントリーでも言及したように、R.L.スティーヴンソン作『ジーキル博士とハイド氏』の初の舞台化作品がロンドンで上演されていたのは、時あたかも「切り裂きジャック」事件のさなか。仁賀氏の著作にもスティーヴンソン原作と舞台化作品について関連書として言及があります。
再説になりますが、ミュージカル『ジキル&ハイド』の時代設定が「1888年9月」頃に設定されているのも、初の舞台化作品へのオマージュ(あるいは遊び)または切り裂きジャック事件への関連付けのためだと思われます。『ジキル&ハイド』から、当時の世相や切り裂きジャックに興味を抱いたかたには、事件の「真相」や「真犯人」をセンセーショナルに取り扱ったものより、まず上記『決定版』をお奨めします。但し、本書には実際の殺害現場写真等、閲覧注意物件も掲載されていることをご承知おきください。Wikipedia 等のネット記事についても同様です。

なお、自分が最初に事件の詳細を知ったのは、牧逸馬(別名・林不忘または谷譲次)の『世界怪奇実話』(1929年〜)によります。以前は社会思想社の「現代教養文庫」に収められていましたが、社会思想社は事業停止、教養文庫も絶版となりました。現在は島田荘司氏の編集・解説により、光文社文庫にて一部復刻されています。

牧逸馬の世界怪奇実話 (光文社文庫)
クリエーター情報なし
光文社


一部の事実誤認以外、初期のものとしてはかなり正確で詳しい資料ですが、他のどの資料にも(仁賀氏の著作でも)言及のない「事実」が記載されていたりもして、島田氏もさすがにその部分はフィクションではないかと解説しています。
余談ながらタイタニック号事件、またマリー・セレスト号事件について、日本で最初に著した資料もこの『世界怪奇実話』のようです。

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