九州は長崎県から
緯度経度 32°37'43.89"N,129°44'21.44"E
長崎市中心部から南西約19キロメートル、旧高島町の
中心である高島から南南西約4.5キロメートルの海上に
位置する。明治以降、島の周囲の埋め立てが繰り返し
実施されており、海岸線は直線に近い形状をしている。
面積約6.3ヘクタール、海岸線全長約1,200メートル、東西の
長さ約160メートル、南北の長さ約480メートル。
19世紀に石炭の存在が確認された。明治時代初期には
鍋島氏が経営。1890年から三菱財閥の所有となった。
石炭採掘のため周囲を埋め立て、また大正期以降には
鉄筋コンクリート造の集合住宅群が建設された。海上から
見たそのシルエットが、1921年当時、三菱重工業長崎造船所
で建造中だった日本海軍の戦艦「土佐」に似ていることから、
軍艦島の通称で呼ばれてきた。 Wikipediaより転載
当時としては先端のコンクリートのアパート
下はWikiコモンズよりの転載