QOOTESの脳ミソ

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奄美大島の南洲旅館。

2024-07-06 17:12:19 | 日記
折角、20数年前の奄美大島のことを思い出したので、宿泊していた「南洲旅館」での日々について。

当時奄美大島の南端、瀬戸内町に住んでいた友人のお宅は非常に狭かったので、僕の到着に合わせて予約しておいてくれたのがその南洲旅館だった。おばあちゃんが一人でやっている旅館。今はほとんど見かけないコイン式のテレビがおいてあるような、必要最低限の旅館。でもとても居心地が良かった。

滞在中僕以外に泊まっている人はほとんど見なかったので、おばあちゃんの家に泊まっている孫のような錯覚に陥るような日々だった(笑)。

朝食は供されない素泊まりの宿で、玄関すぐのところにおばあちゃんが生活している居間があった。毎朝出かける前に「行ってきます」と声をかけると、「ま、そんなに急がずにお茶でも飲んでいきなさい」と居間に促され、30分から1時間ほどおばあちゃんとお話をする。

最初の日だけかと思ったら、翌日もその翌日もだったので、それ以降10日ほどの滞在中はおばあちゃんとおしゃべりする時間を計算に入れて朝出かけるようになった(笑)。島の生活の話や、特に鹿児島以南で味方も敵もやたら多くて人気の「徳田虎雄」が瀬戸内町にやってきたときに説教してやった武勇伝(笑)など、おばあちゃんの面白い昔話ばかりだったので、僕も3日目になると毎朝のおばあちゃんとのお茶の時間が楽しみになった。

毎朝どんな話をしても、おばあちゃんはひとしきり喋ると必ず、

「でもね、おばさんは、世界で一番幸せな女だと思うよ。」という文句で話を締める。

そして「じゃ行ってらっしゃい。」と。

おばあちゃんの話はどれもよく覚えているがその中でも一番印象的だったのは、ある日、深夜に大潮を迎える日の朝の話だった。

その朝は、おばあちゃんがどことなく落ち着かない様子だったので、どうしたの?と尋ねると、

「今夜は潮が引くからね、おばさん、友達と『いざり』にいくのよ。」

いきなり放送禁止用語かよ、と思ったが「いざり」とは実は「漁り」のことで海に漁に出るという意味だった。因みに名古屋弁では、席をちょっと(詰めて)「ずれる」ことを「いざる」と言う。そっちの方が意味的によほど放送禁止用語に近い(笑)。

で、その夜、おばあちゃんは潮の引いた海でタコを捕ったり貝を採ったり、手づかみ漁を楽しもうとお友達と計画しているので、朝からウキウキそわそわしているのだった。

「おばさんは漁が好きなんだね。」と言うと「そうだよ。おばさんは若い頃はもっと沖の方まで出ていろんな魚を捕ったよ。」。

続けて「マイトをよく使ったね。」とも。

沖でダイナマイトをぶっ放して気絶して浮いてきた魚を捕るやつだ。(ワイルドだな、おばあちゃん(笑)。)とニヤニヤする僕。おばあちゃんは続けて、

「カリもよく使ったね。」とかわいい笑顔で、にこっとする。

(ん?カリ?カリってなんだ、放送禁止用語の次は下ネタか?)と一瞬思ったが、そんなはずはないと思い「カリって何?」と聞くと、

「青酸カリ。ちょこっとだけ沖でまくんだよ。今はできないけどね。」とまたペロッと舌を出してニコニコする。

どえらい小悪魔だった(笑)。

今はかわいいおばあちゃんだが、昔はイケイケだったんだろうなとニヤニヤしながら毎日おばあちゃんの話を聞いた。

滞在中に一度だけ、おばあちゃんが悲しそうな顔をしたことがあった。僕がハブの話をした時だ。奄美大島にもハブは多い、小さい町だけど町なかにもいるのかなと思って聞いた時だ。

「たくさんはいないけど町なかにもいることはいるよ。いつだったか、出かけようと思って玄関に行ったら玄関の内側に大きなハブがきれいにとぐろを巻いてこっちを見ていたことがあったよ。外で見たことはあっても家の中で見ることはあまりないから、おばさん驚いてね、近所の人を呼んだら大きなたらいをかぶせて外に連れて行ってくれた。おばさん、その時のハブは変におとなしいなぁと思ったよ。」と言う。

「その日、そのすぐ後でね、名古屋でタクシーの運転手をしてた一人息子が死んだって連絡があってね。おばさん、びっくりしてね。むしの知らせだったのかねぇ。」

どういう経緯か、息子さんは名古屋にいらっしゃって一人で暮らしていらっしゃったようだった。どうして一人で名古屋に住まわれていたのかとか、細かい疑問はいろいろあったが話していい話ならご本人がいつか話すから僕からは聞かなかった。

それはそのおばあちゃんと話していた時に限らず、僕はいつもそうしている。

一瞬悲しそうな眼をされたが、そんな話をした後だったにもかかわらず、おばあちゃんは最後にはいつものように

「でもね、おばさんは、世界で一番幸せな女だと思うよ。」

とおしゃべりを締めた。

(そういう時まで「幸せ」って言わなくてもいいんだよ)と思ったけれど、何も言わずに「じゃ、行ってくるね。」と出かけた。


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