QOOTESの脳ミソ

日記や旅の記録(現在進行中および過去の旅)がほとんどですが、たまに「腹黒日記風」になっているのでお気を付けください。

名古屋できしめんはどこで食べるべきか?

2024-06-29 14:34:09 | 日記
今日はきしめんの話。

きしめんを食べるなら名古屋駅の新幹線ホームの店がいいと言われて久しくなるが、最近ではインバウンドの皆さんも増えてあの小さな店が満員である。僕は新幹線で移動することは少なくなったが、たまに新幹線で名古屋入りするときしめんでも食べようと思うが、行列を見て嫌になりさっさと駅を出る。

そんなときのコツを一つ。

名古屋在住の有名飲み食い系Youtuberの方も動画で触れていたことがあるが、超絶混雑しているのは新幹線ホームのきしめん屋だけで、在来線のホームのお店はどこも混んでいないことが多いので、立ち食いながら落ち着いてきしめんをいただける。

名古屋はど田舎ではあるが、いろいろな路線が発着するのでプラットフォームも多い、その全部(orほとんど)に一軒ずつきしめん屋がある。新幹線で名古屋入りするときは、在来線乗り換え口に向かい一番近くにある在来線ホームのきしめん屋に行くのがいい。逆に名古屋を出るときはいきなり新幹線口に行かず、在来線の改札から入ってホームできしめんを食べて新幹線乗り換え口に行けば、新幹線ホームに行ったあと混雑具合にうんざりして諦めることもなくなる。

これが名古屋駅の構内できしめんを食べたいときのコツである。

が、僕が一番好きなきしめん屋は町の中に。名前は「どんどん庵」。名古屋発祥のうどん屋チェーン「サガミ(店の看板ではサガミの「が」はひらがなの「が」になっている)」のグループ店で市内を中心に何か所かにある。

ここではうどん、きしめん、蕎麦がいただけるが、香川の讃岐うどん屋と同じでセルフ式のお店である。入り口でうどん、きしめん、蕎麦のどれかを指定して普通か大盛かを指定すると丼に入れた麺を渡されるので、その隣にある「湯せんコーナー」で自分で麺を湯切りして、その隣で出汁を入れてお会計だ。

そこのきしめんが僕は一番うまいと思う。

20代の頃は夜の街の真ん中に深夜までやっているうどん屋があってそこのきしめんが一番だったが、そこは何年も前にお店を閉じてしまった。そこのきしめんは、群馬の「ひもかわ」くらい幅広のきしめんで、食感がとてもよかった。

きしめんはぺらぺらしているイメージがあるが、ペラペラしててもふっくら茹でたものが一番うまい。どんどん庵のきしめんはそんな感じだ。

普通の出汁のものはセルフでいただけるが、カレー味、味噌味は注文すると厨房で仕上げて持ってきてくれる。味噌味は想像しにくいかもしれないが、味噌煮込みうどんの出汁を茹でた麺にかけたものと言えばわかりやすいと思う。味噌煮込みうどんと違い煮込まない分さらっとしているが、味はほぼ味噌煮込みうどんである。

最近は吉牛の吉呑み、ファミレス呑みなど夕方以降に居酒屋感覚で営業しているところも多いが、どんどん庵もそのような営業をしていて香川のうどん屋と同じでセルフでとってくる天ぷらなどに加えておつまみになりそうな一品料理もあるので、夕方以降はサラリーマンの皆さんが酒を飲んでいる。今や名古屋出張には宿泊費が出ない会社も多いので、地元のサラリーマンばかりで昔ほど数はいない様子である。

居酒屋文化は日本の企業戦士が発達させてきたものなので、それが衰退していくのはを見るのは悲しい。なんとかしてほしい。ま、滅多にないが僕が出張するときは身銭を切ってでも飲み歩くために前乗りして仕事が終わった翌日に帰るが(笑)。

去年の夏は自宅で仕事をしていたら暑くてイライラしてきたので外国人の上司にメールをして「暑くて死にそうだから近所のホテルで仕事して、あとで経費請求してもいい?」とダメ元で聞いてみたら、意外にも「いいよ~」と返事をもらったので、両国のアパタワーで冷房を18度、風量も最大に設定して快適に仕事をした(笑)。今はプレジデント会員なので、一番安い部屋をとっても眺めのいい階にアップグレードしてくれるのもプラスである。

だから呑み歩き前提で、前後に長く日程を取って宿泊費を経費で上げても上司は承認してくれると思う(笑)。

恒例の脱線でした。

と言うことできしめんを食べるなら、名古屋駅内では在来線のホーム、町の中ならどんどん庵がお勧めである。どんどん庵は地下鉄伏見駅から歩いて5分くらいのところにある。

今日は、念願のスガキヤでラーメンを食べてきたが、50余年生きてきて初めて行列ができているのを見た。仕方なく並んだが。

インターネットで情報が偏るからどこに行っても行列なんだろう。他に美味しい店もたくさんあるのに。ネットで勝手に広まる広告効果、企業が能動的にうつ広告含めて、情報を消費者に効果的に伝える確実な方法がわかれば商売ってきっとうまくいく。逆に言うと、それがわからないから皆さん困っているのだ。

「保険に入ろうと決めて待っている時ほど、誰からも勧誘されず情報も入ってこない。」みたいな。

Alanis Morissetteの「Ironic」の歌詞の世界だ(笑)。

名古屋メシシリーズ。

2024-06-28 14:34:20 | 日記
名古屋メシシリーズである。

昨日の夕飯は食べない予定だったのだが、夜になったらやはりおなかが空いたのでホテル最寄りの店を調べたらぎりぎり間に合いそうだったので、山本屋本店の味噌煮込みうどんを食べてきました。

ということで、前回のブログで尻切れトンボになっていた美味しい味噌煮込みうどんの食べ方をしシェアしようと思います。これは社長が「うちの味噌煮込みの一番おいしい食べ方、知ってますか?」と知人に教えてくれた食べ方だそうで、僕はそれをまた聞きで聞いてそのように食べるようになりました。

注文するときに生卵は入れてよろしいでしょうか、と聞かれるので「はい」と返答。味噌煮込みうどんが土鍋でぐつぐつ届いたら、まず最近は皆さんご存じのセオリ。土鍋の蓋を取り皿として準備。山本屋の土鍋の蓋は穴が開いてないので、取り皿として使えます。でも一々皿に取って食べるのが面倒で土鍋からそのまま食べる人も多いです。

「エプロンはいかがしますか?」と聞かれますが、「本物の名古屋人だもんで、そんなもん使うわけなゃーが。」といって使わない人もいます。僕はそっち派です。でもお気に入りの白いドレスシャツを着ている時はします。

味噌煮込みうどんは普通のうどん屋さんでも出していますが、蒸気穴があいている土鍋のことも多いです。そんな時にケンミンショーとかで勉強して「名古屋の味噌煮込みうどんはこうやって食べるのよ!」的に得意げに取り皿としてうどんを受けると、熱々の出汁が手に広がって軽く地獄を見ます。その辺は状況を素早く判断して臨機応変に。

そこからが直伝の食べ方だ。

まず、れんげで卵黄だけを取り皿に取る。それにうどんを絡めていただきます。

・・・もったいぶった割には文字にしてみると意外とシンプルでした。卵黄が続く限りそのように食べます。ここからは僕のオリジナルですが、かまぼこをひと切れはしでつまんでル・クルーゼのスパチュラのように使って取り皿代わりの蓋をきれいにしたあと、残りを鍋からいただきます。まるで永平寺の修行僧のように。

山本屋でそのように味噌煮込みうどんを食べていると、同じように食べている人もたまにいるので(やるな、こいつ)と思っています。僕と同じように誰かから聞いたのか、どこかで紹介されているのかもしれませんね。

卵を絡めて食べるために長ネギを多くしてもらったり(大昔は無料だったがいまは有料)、卵を二つ入れてもらったりもできます。

これは思い出話になりますが、子供のころはいつも海老天入りの味噌煮込みうどんを食べていたのですが、40年ほど前だったか山本屋本店が高級化路線を歩み始めたころに天ぷら入りが無くなってしまいました。資生堂が数年前にホテル向けのアメニティ事業から撤退したように、オペレーションを簡素化して売れるものに集中させたのかもしれません。違うか。

資生堂ホテルアメニティのUminera(ウミネラ)シリーズのシャンプー・ボディシャンプー、大好きだったのにな。

脱線しました。

それが10数年前に天ぷらが復活したのが本当に嬉しくて、それ以来帰省すると席に座ると同時にメニューも見ずに「天ぷら入り味噌煮込み」(と瓶ビール)を注文します。それくらい好きです。

これも大昔ですが、味噌煮込みの出汁を残しておいてお願いすると、もう一度厨房に持って行って白ご飯を入れて味噌おじやにしてくれる裏サービスもあったと聞いています。結局全部秒で食ってしまって、お願いすることはありませんでしたが。

これは山本屋本店の話です。コストの面から最近やめられてしまいましたが、昔からお漬物のおかわりが無料だった方です。それとは別に山本屋総本家というお店も市内数か所にあります。そちらもたまに行きますが、「本店」よりもうどんがほんの少しだけ細い気がして、そちらも非常においしいです。

「本店」と「総本家」、おそらくよくある話だろうと思いますが、不思議なことに経緯を正確に知っている人には僕が50余年生きてきた中では会ったことがありません。ただ、客にしてみれば美味しければいいというのが本音ではあります(笑)。

このほか、ちょっと行きにくいところにありますが「まことや」の味噌煮込みうどんのファンも名古屋人にはとても多いので、Googleマップで見て行けそうだったら行ってみることをお勧めします。僕はそこも好きです。

予定通り、本日は午前中に古い友人とお茶をした後で昼飯にきしめんを食べに行ったので、その話を書こうと思いましたが長くなったので、それはまた別のお話。

スガキヤ スーちゃん。

2024-06-27 14:24:37 | 日記
数日前から予定通り帰省中である。最初は仕事の締め切りがあっていつものアパホテルでずっと作業したり疲れたら気分転換に大浴場でゆっくりお風呂に入ったりしていたが、昨日は午前中に仕事のキリがついて、夜は古い友人のお宅にお邪魔して手料理をご馳走になりつつ思い出話に花を咲かせた。ブログもだが、この年になると思い出話のネタは豊富にある。ないのは発展性である(笑)。

法事は週末なので、それまでは好きなことをして過ごす予定。明日もまた別の古い友人たちと会う約束をしているので、一人でいる今日はランチに帰省時恒例のふるさとの味を食べてきた。

「あんかけパスタ」である。

どこの出身なのかわかる人にはわかると思う(笑)。僕の家はトヨタのオフィスが入っている駅前の高層ビルのあたりにご先祖から父の代まで住んでいて、僕の本籍地は今もそこにある。僕が生まれ育った家もそこからそう遠くない駅からタクシー1メーターのところ。

ということはすなわち、僕は純粋な「ケチの〇〇〇人」なのである(笑)。

あんかけパスタはヨコイなど老舗と呼ばれる店があるが、その中でもJR・地下鉄の千種駅前にある「あんかけ家」と中心部に数店舗を構える「あんかけ太郎」が僕のお気に入りツートップである。あんかけ家の方は地下鉄終点の藤が丘駅の裏にもある。老舗のヨコイやちょくちょく店舗があるチャオなどほかの店と違うのは、あんかけのあんが香ばしくて濃い点で、そこが気に入ってできるだけその2店のどちらかに行くことにしている。ヨコイももちろん美味しいと思うし、ヨコイのソースをレトルトで買って自宅で作ることもある。

15年ほど前には新橋にもココイチがやっているあんかけパスタの店「パスタdeココ」とインディペンデント系のあんかけパスタの店があったが、どちらもなくなってしまった。「パスタdeココ」のほうは新橋に出店する前は秋葉原にいたようなので、新橋から都内のどこかに移転したのかもしれない。

この街には、大小さまざま山ほど多くのあんかけパスタのお店があるが、パスタのコアメニューのネーミングはなぜか共通している。最初に始めた店のネーミングが一般化したのだろうと思う。ソテーした刻みソーセージとベーコンが載った「ミラネーズ」、玉ねぎピーマンなどの野菜が載っている「カントリー」、両方を半々載せた「ミラカン」あたりが定番中のド定番。僕はミラネーズしか食べないが、見ていると「ミラカン」を食べている人の方が多い。

仕事で訪れる予定の方で、お気に入りの店がなくどこであんかけパスタを食べたらいいかわからないという方は「あんかけ家」「あんかけ太郎」を試してみてほしい。

そのほか、バンコク、マレーシア、シンガポールにも出店している洋食・とんかつの「Ma Maison(マ・メゾン)」のあんかけパスタも美味しいと聞いたことがあるが、僕自身は食べたことはない。

新顔ではあるが、おなかがぺこぺこの御仁には「男前パスタ」という店もお勧めである。そこも美味しかった。

そのほか、滞在中にどうしても食べておきたいもので真っ先に思いつくのはスガキヤのラーメン。今朝ローカル局の朝の情報番組で「スガキヤのなつかしのメニューが期間限定で復活です!」と言っていたので、(おお、もしかして、天ぷらラーメンか?)と思ったら担々麺だった。

(担々麺なんてつい10数年前に出てきたメニューで全く懐かしくもない)とテレビの前でぶー垂れる。それよりもラーメンの上に冷えきった海老天が載った懐かしの天ぷらラーメンが食べたい。僕が小学生中学年ごろまではメニューに存在した。

スガキヤというと今では、知ってる人にとってはラーメンの店だが、元々は甘味の店である。あんみつとかクリームぜんざいとか、そういうのを女の子たちが男の目を気にせずにすごい顔で食べる店。

そういう需要もあって、僕が6歳くらいのころには駅の地下街に「男子禁制」のスガキヤがあった。銭湯と同じで6歳くらいだと男子でも入れてもらえたので年の離れた姉が時々連れて行ってくれて、すごい勢いでスイーツを食べていた。

素性がわからない人や、年齢を聞いて「いくつだとぉ、思いますぅ?」というもったいぶる女に会った時は「スガキヤのラーメン、子供のころにいくらでした?」と聞くと、「えっ、スガキヤ?なにそれ?」と言う反応だとよその人、130円と言うと還暦過ぎ60代中盤、180円と言うと団塊ジュニアの世代と大体の年齢がわかって便利だ(笑)。200円越えの人は総じて若い。

その他、味噌煮込みうどんも食べるが、長くなってきたのでそっちはまた機会があれば。実は正式なお墨付きの玄人向け美味しい食べ方があるのだ。

ここまで書くと児玉清の「さぁ、ここはどこでしょう。アタックチャーンス!」と言う声が聞こえてきそうだ。華丸でも川平慈英でも置き換え可。

果たして、ニースに行けるか(笑)?

足を洗う少し前に行ったアンコールワット。

2024-06-26 01:14:40 | 日記
前々回、そろそろ潮時だと20数年前にバックパッカーをやめた話を書いたが、最後から3番目くらいのバックパッカー旅はアンコールワットに行ったなぁと、今日は飛行機に乗りながら考えていた。

アンコールワットには、内戦時にカンボジア難民キャンプがあったタイのアランヤプラテートと言う町から陸路でカンボジア側のポイペトという町に入って、そこの広場で値段交渉してトラックの荷台に乗って行く・・・はずだったが、荷台に乗っていたら近くの川で取ってきた小さい淡水魚がびっしり入ったビニール袋が荷台に投げ入れられ、生臭くて我慢できず急遽前の座席に乗せてもらって向かったのだ。あれは今考えても非常にきつかった。

ま、その話はまた機会があれば。

一部では有名な話だけど、カンボジアやベトナムはフランスパンがやたらと美味しい国で(理由は言わなくてもいいと思う)、アンコールワットのある町「シエムリアプ」で泊っていた宿は、朝食付きで毎朝炭火で焼いた焼き立てのバゲットと卵料理の朝食がふるまわれた。インドシナ各国でバゲットが炭火焼きかガスオーブン焼きかを見分けるには、焼きあがったバゲットの表面に炭の黒い粒がついているかどうかを見ればいい。炭火焼きだと少しだけついている。

しかし、最大の弱点が。コーヒーがまずいのだ(笑)。レギュラーコーヒーなのに。あれならインスタントのネスカフェのほうがまだましなくらいのコーヒーだった。

言い値がそれほど高くなかったので、宿の主人の息子にお金を払ってバイクで3日間アンコールワットとその周辺の遺跡を案内してもらったのだが、その時に「うちのホテルにもっと客が来てほしいんだけど、どうしたらいいかなぁ」と言うので「まずコーヒーをなんとかした方がいい。欧米人は特に美味しいコーヒーがないと不機嫌になるから。」と言っておいた。その少し前に行ったタイはスコータイという町の安宿は、美味しいコーヒーがフロント前でいつも飲めて欧米人であふれていたのだ。彼にその話をした。

その宿にずっと滞在していた。

もうそのころはバックパッカーから足を洗おうと思っていたくらいで(笑)、少しは旅慣れた感じが出ていたようで、2週間ほどの滞在期間中、アンコールワットの真ん前で初日に知り合った偶然同じ大学だった女の子とよくお茶をしたりしていたのだが、ある夜彼女が僕を呼ぶので行ってみると初々しい大学生の少年が。彼女曰く「彼、シエムリアプの飲み屋街に飲みに連れて行ってほしいって言うんだけど、QOOTESくん連れて行ってあげてよ。毎晩ひとりで飲みに行ってるじゃん。」というので、ちょっと先輩風を吹かせて飲みに連れて行ってあげたこともあった。

町の中心部には欧米人向けのバーやクラブが立ち並ぶエリアがあり、僕は大体毎日そのエリアに飲みに行っていたのだ。そのなかでも一番店の造りがかっこいいクラブのテラス席にその彼を連れて行って飲んでいたら、「すっげぇ!すっげぇ!映画の中にいるみたいです!」と非常に楽しんでいて、連れて行ってあげてよかったなと思ったのだった。性別問わず若い子には興味がないので住所やメアドの交換はしなかったが、ああいう素直な子はきっと上司に優しくされて、いい人生を送っていると思う。

前述のとおりシエムリアプには2週間ほどいたので、遺跡を一通り回ると特にすることもなかったが、ある日バイクタクシーで走っていると「カンタボパ子供病院、今夜テラスコンサート開催」という看板を見たので行ってみた。

行ってみるとその病院を統括するフランス人医師がチェロを弾くというコンサートだったが、その医師がなかなかシニカルな人物で(笑)、コンサートとは名ばかりでチェロを弾きながらカンボジアの子供たちの窮状をなかば脅迫のように訴える「コンサート」だった。その子供病院では主にデング熱の治療をしていて、それには医療器具と輸血が必要で足りていないと言う話だった。

そのフランス人医師は「我々が『援助を』と言うと、何かできることはありませんかと君らは暇つぶしにやってくる。でも僕らが必要としているのは君らの時間じゃない、そんなものは足りている。金だ、金をくれ。金がなければ献血してシエムリアプから帰ってくれ。以上だ。」と言って、最後の曲を演奏して帰って行った。

その飾らない率直さがなぜか心に刺さり、その翌々日献血に行った。感染症がこわいので看護師さんに「ちゃんとディスポーザル(使い捨て)の針と機器を使っているか確認させてほしい」と言うと、使用する使い捨ての針と滅菌パックに入った献血キットを見せてくれたので、安心して献血を済ませて帰ってきた。

待遇は日本の献血ルームと同じ(かそれ以上)で、献血をした「ステキな人」にはその病院のTシャツとステッカーとチョコレートなどのお菓子が入ったバッグをくれた。

ステキな思い出なので、Tシャツはまだ箪笥の奥に入っている。

あの病院は今も子供たちを救っているのだと思う。

追記
ちょっと検索してみたら、その子供病院はいまもなお子供たちを助ける活動をしているが、ブログ中のフランス人医師だと思っていた方はスイス人医師で、2018年に71歳で亡くなっていた。僕が知らなかっただけで、国際社会でもかなり有名な方だった。あのとき、あのコンサートに気まぐれで行ってみてほんとうによかった。

仕事も日常生活もプレ終活。

2024-06-24 16:48:14 | 日記
スピリチュアルな人間ではないのですが(笑)、仕事環境は徹底的に断捨離できている時ほど仕事のクオリティが上がるので、できるだけ最低限必要なモノだけを保存して、あとは徹底的に捨てるようにしています。

以前日本の企業でオフィス勤めしていた時の最後の一年はそれがかなりできていて自分史上一番仕事ができていた時代だったのですが、デスクの上にはノートPCとマウスしか出ておらず、デスクの引き出しには黒と赤のボールペンそれぞれ一本、蛍光マーカー一本、メモ帳一冊に、必要な書類だけを入れた二穴ファイル一冊のみ。二穴ファイルの書類は毎週見直して終わったものは容赦なくシュレッダーに送っていたので、常に4~5枚の書類しかありませんでした。

PCの中は仕事に必要になる資料ファイルを置いているだけで、それもレポートを書き上げて必要なくなったら会社の共有フォルダに私物としてではなく保存資料として移して自分のPCからは消去。自分の仕事も会社のフォルダに移したら自分のPCからは消去。

メールも終わったものから完全消去。継続案件も月末にはほとんど解決しているので次々と消去して、あとで万が一責任を追及されたときに証拠にとっておいたほうがいいメールはプライベートのメアドに転送して専用フォルダに格納。結果的に会社のメールボックスに残っているのは常に2~3件のメール。

ここまでできるほど頭の中が整理できていたから、仕事も要領よく片付けられたのでしょうね。

それに反して今はメールボックスに垢のようにいらないメールがたまってきていて、どうも気持ち悪くて仕事もはかどっていないような気がしています。ずっとメールの整理をしたいしたいと思いつつなかなかできずにいたのですが、今日ようやく第一次ふるいわけが済んで少し気持ちが楽に。残ったメールの半分ほどは経費を請求したときのモノなので、ここ半年くらいの経費が全部振り込まれているかを確認してそれを消去したら、ほぼ「仕事がデキるオレ」状態になる予定です(笑)。

環境って重要です。

今の断捨離ブームがまだ起こっていなかった時に、海外の書店に行くと写真中心のアートブックをたくさん出してるTASCHENのコーナーで(おそらく皆さんが見たことのあるあの書籍のシリーズです)、Minimalistのアートブックを(いいなぁ、かっこいいなぁ)と思いながら読んでいました。バンコク、クアラルンプール、シンガポールでは午後の数時間を紀伊国屋ブックスでそんな本を読みながら過ごしたりして。

当時フリーターをしていた職場に建築科の博士課程の学生がいたので(そのあとその大学の教授になった)「最近ミニマリストってのに興味があるんだよね」って言ったら、彼は建築家だけにさすがにご存じでミニマリストに関する難しそうな学術本を紹介してくれました。ドイツの学者が執筆した書籍だった記憶があります。結局読まなかったけど(笑)、ミニマリストというのはスピリチュアルな話でも暇な人間の整理法でもなく、れっきとした科学なんだなと思ったことを覚えています。

バックパッカーをしていた頃から、きっと無理だとは思うけど、できれば死ぬときはスーツケース一つだけ残して死にたいなと思ってきました。

現実的に快適に暮らすことを考えたらソファとかベッドとか冷蔵庫とか最低限必要なものはあるけれど、こまごまとしたものはなるべく少なくして生きていきたいですね。

70歳近くになったら完全に東京を離れて一軒家でのんびり暮らす予定で、リビングの片隅には品のいいチェストの上に好きなお酒を何本か置いてミニバーを作り、ものを増やさないように図書館で本を借りてきて読んで、夕方になったら見切り品で買った野菜などを使って酒の肴を作って酒を飲んで、夜寝るときは「このまま目が覚めなくても、それはそれでいいな」と思って眠りにつく、そんな時間を過ごしたいですね。

旅はもうたくさんしたしこれから老後に入るまでもまだまだするので(あとオセアニアと南米に行ったら全大陸制覇です。)、そんな頃にはもう家からほぼ出たくもないだろうし(笑)。

ミニバーにはウイスキー、ウォッカ、ジン、アネホをそろえる予定。冷蔵庫にはビール、ワイン、ポートワイン、日本酒。ワインセラーにも興味はありますが、電気代がかかるからたぶん置かないですね(笑)。

その準備のために、最近は粗大ごみを出すにもお金がかかるので、できるだけ不燃物で出せる30cm四方のサイズのモノしか買わないようにしています。大きいものも徐々に小さいものに置き換えたりして、いざとなったらすぐに移動できるように。

そんな方向性で生きていけるように、とりあえずは今の会社のメールボックスをきれいさっぱりするところから始めようと思っています。