占い師横山順一ブログ。視覚障害者の占い師横山順一のブログです。昭和41年4月生まれ。

元道頓堀占い横町の占い師。
現在、神戸駅付近でうらうラコウベと言う占い点を経営。
数理学で有名な金澤葉香先生門下。

阪神淡路大震災から20年。それぞれの運命が分かれた日。

2015年01月17日 | Weblog
 今日は、阪神淡路大震災が起きてから丁度20年となります。
 あの日を境にして、人々の人生は大きく狂いました。
 当時私は、大震災のやく1ヶ月前、1994年の12月16日に、
それまで住んでいた明石市の朝霧町から、
神戸市垂水区の千代が丘に引っ越しました。
 引っ越した理由は、家が文化住宅で築40年近い建物で、
古かったのと、理屈で無くて、(何か頭を押さえつけられる)と言うか、
何故か、ここにいては行けないと言う感じがして、占った上で引っ越したのです。
 そして、地震の当日は、2dkの文化住宅から、
ワンルームマンションに移ったばかりで、
荷物も少なく全くと言って良いほど被害はありませんでした。
 ところが、私が住んでいた明石市の文化住宅の隣で、
父が鍼の治療所をしてたのですが、そこは地震でやられました。
 後で、聴いた話では、治療所の隣の私が借りていた部屋が、
被害が一番酷かったらしく、2階の浴槽が屋根を突き破って1階の浴槽にかぶさり、
また、トイレも壁が全部倒れていて、その文化住宅は全壊となりました。
 そこから、私の父の運命が大きく暗転しました。
 仕事場を失った父は、それから暫く、母の経営している実家の治療所で、
私を含めて3名で鍼とマッサージの仕事を始めました。
 ところが、私は父とそりがあわず、喧嘩別れみたいになって、
父は、大阪に出稼ぎの様な形で、出ていく結果となりました。
 私の方は、母の実家でやっとお客様が付いて、基盤ができたばかり。
 本当なら、私が実家を出て行くのがすじだったのですが、
その時は勇気がありませんでした。
 私は今でもそうなのですが、見た目が10歳異常若く見られます。
 当時で29歳になる前、見た目は18歳過ぎぐらいでしたか。
 大抵お客様は、見た目で最初は判断されます。
 私が外に働きに出ても、ものすごく苦労するのは解っていました。
 それと、鍼とマッサージの仕事は当時から苦手でもありました。
 でも、何故もっと早く人生を生きるのに、真剣にならなかったのだろう。
 私自身が、もっと早くから積極的に自分の道を歩んでいたら、
私の父も、もっと違った人生が転回しただろうに。
 後になって、占いを専門的に勉強して、あの年から、
父の宿命のエリアが悪くなったことを知りました。
 けれど、この大震災と言う出来事が、天が定めた宿命だとしても。
 もっと早く、私が自立していれば、もっと早く強く生きていたらと。
 
 この様に、人の人生は、いつ何時急展するかも知れません。
 今隣にいる人も、今近くにいる人も、次の瞬間にはどうなるか解らないのです。
 ですので、今と言う時を、精一杯前向きに生きて行くこと。
 時に、休んだり、遠回りすることも在るかも知れませんが、
天から与えられたこの時を、大切に生きて行かれたらと想います。

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