今日は、阪神淡路大震災が起きてから丁度20年となります。
あの日を境にして、人々の人生は大きく狂いました。
当時私は、大震災のやく1ヶ月前、1994年の12月16日に、
それまで住んでいた明石市の朝霧町から、
神戸市垂水区の千代が丘に引っ越しました。
引っ越した理由は、家が文化住宅で築40年近い建物で、
古かったのと、理屈で無くて、(何か頭を押さえつけられる)と言うか、
何故か、ここにいては行けないと言う感じがして、占った上で引っ越したのです。
そして、地震の当日は、2dkの文化住宅から、
ワンルームマンションに移ったばかりで、
荷物も少なく全くと言って良いほど被害はありませんでした。
ところが、私が住んでいた明石市の文化住宅の隣で、
父が鍼の治療所をしてたのですが、そこは地震でやられました。
後で、聴いた話では、治療所の隣の私が借りていた部屋が、
被害が一番酷かったらしく、2階の浴槽が屋根を突き破って1階の浴槽にかぶさり、
また、トイレも壁が全部倒れていて、その文化住宅は全壊となりました。
そこから、私の父の運命が大きく暗転しました。
仕事場を失った父は、それから暫く、母の経営している実家の治療所で、
私を含めて3名で鍼とマッサージの仕事を始めました。
ところが、私は父とそりがあわず、喧嘩別れみたいになって、
父は、大阪に出稼ぎの様な形で、出ていく結果となりました。
私の方は、母の実家でやっとお客様が付いて、基盤ができたばかり。
本当なら、私が実家を出て行くのがすじだったのですが、
その時は勇気がありませんでした。
私は今でもそうなのですが、見た目が10歳異常若く見られます。
当時で29歳になる前、見た目は18歳過ぎぐらいでしたか。
大抵お客様は、見た目で最初は判断されます。
私が外に働きに出ても、ものすごく苦労するのは解っていました。
それと、鍼とマッサージの仕事は当時から苦手でもありました。
でも、何故もっと早く人生を生きるのに、真剣にならなかったのだろう。
私自身が、もっと早くから積極的に自分の道を歩んでいたら、
私の父も、もっと違った人生が転回しただろうに。
後になって、占いを専門的に勉強して、あの年から、
父の宿命のエリアが悪くなったことを知りました。
けれど、この大震災と言う出来事が、天が定めた宿命だとしても。
もっと早く、私が自立していれば、もっと早く強く生きていたらと。
この様に、人の人生は、いつ何時急展するかも知れません。
今隣にいる人も、今近くにいる人も、次の瞬間にはどうなるか解らないのです。
ですので、今と言う時を、精一杯前向きに生きて行くこと。
時に、休んだり、遠回りすることも在るかも知れませんが、
天から与えられたこの時を、大切に生きて行かれたらと想います。
あの日を境にして、人々の人生は大きく狂いました。
当時私は、大震災のやく1ヶ月前、1994年の12月16日に、
それまで住んでいた明石市の朝霧町から、
神戸市垂水区の千代が丘に引っ越しました。
引っ越した理由は、家が文化住宅で築40年近い建物で、
古かったのと、理屈で無くて、(何か頭を押さえつけられる)と言うか、
何故か、ここにいては行けないと言う感じがして、占った上で引っ越したのです。
そして、地震の当日は、2dkの文化住宅から、
ワンルームマンションに移ったばかりで、
荷物も少なく全くと言って良いほど被害はありませんでした。
ところが、私が住んでいた明石市の文化住宅の隣で、
父が鍼の治療所をしてたのですが、そこは地震でやられました。
後で、聴いた話では、治療所の隣の私が借りていた部屋が、
被害が一番酷かったらしく、2階の浴槽が屋根を突き破って1階の浴槽にかぶさり、
また、トイレも壁が全部倒れていて、その文化住宅は全壊となりました。
そこから、私の父の運命が大きく暗転しました。
仕事場を失った父は、それから暫く、母の経営している実家の治療所で、
私を含めて3名で鍼とマッサージの仕事を始めました。
ところが、私は父とそりがあわず、喧嘩別れみたいになって、
父は、大阪に出稼ぎの様な形で、出ていく結果となりました。
私の方は、母の実家でやっとお客様が付いて、基盤ができたばかり。
本当なら、私が実家を出て行くのがすじだったのですが、
その時は勇気がありませんでした。
私は今でもそうなのですが、見た目が10歳異常若く見られます。
当時で29歳になる前、見た目は18歳過ぎぐらいでしたか。
大抵お客様は、見た目で最初は判断されます。
私が外に働きに出ても、ものすごく苦労するのは解っていました。
それと、鍼とマッサージの仕事は当時から苦手でもありました。
でも、何故もっと早く人生を生きるのに、真剣にならなかったのだろう。
私自身が、もっと早くから積極的に自分の道を歩んでいたら、
私の父も、もっと違った人生が転回しただろうに。
後になって、占いを専門的に勉強して、あの年から、
父の宿命のエリアが悪くなったことを知りました。
けれど、この大震災と言う出来事が、天が定めた宿命だとしても。
もっと早く、私が自立していれば、もっと早く強く生きていたらと。
この様に、人の人生は、いつ何時急展するかも知れません。
今隣にいる人も、今近くにいる人も、次の瞬間にはどうなるか解らないのです。
ですので、今と言う時を、精一杯前向きに生きて行くこと。
時に、休んだり、遠回りすることも在るかも知れませんが、
天から与えられたこの時を、大切に生きて行かれたらと想います。