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エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

2-VI-28

2023-04-13 10:29:12 | 地獄の生活

いつもの彼はこの上なく抜け目のないプレイヤーなのに、危険な手ばかり続け、何も考えていないかのように出鱈目なプレイぶりだった。何もせずぼんやりしていたのでは怪しまれると恐れたのか、彼はやみくもに親と同額を掛けるバンコを繰り返していた……失った金を取り返そうと必死になっているという風に……。親になったときの彼は更に酷かった。ツキが回ってきたというのに彼のやり方は無茶苦茶だった。例えば手札に七が来たとき、相手に仄めかしを与えた後でカードを引く、という具合でね……。(バカラは二人が二枚のカードを引き、合計した数字の1の桁が9に近い方が勝ちというゲーム。10以上のカードは0とカウントされる。他のプレイヤーは二人のうちどちらが勝つかを賭けて遊ぶ) やればやるほど彼の出鱈目ぶりが明らかになり、周囲から夕食時に飲みすぎたんじゃないのか、と笑われる始末だった。必要ならば、このことを証言してくれる者はたくさんいますよ。それだけじゃあない。あの裏切り者はじりじりと火に焼かれてでもいるかのように苦悶の表情を浮かべていた。恐ろしく自制心のある奴だが、身体中から汗が噴き出していた。ドアが開け閉めされるたびに、彼の顔色が変わった。まるで貴女かウィルキー、あるいは両人が一緒に現れるのを待っているかのように。それに、奴が懸命に聞き耳を立てているところを私は十回は見ましたよ。なんとか意志の力でもって貴女とウィルキーが話している内容が聞こえないものかと念じている様子で……。あの瞬間なら、たった一言で私はあの男に白状させることができた筈だ!」

 これらの言葉は非常にもっともらしく聞こえたのでマダム・ダルジュレは半分信じたように見えた。  

 「ああ、貴方がそのひと言を言ってくれさえしたらねぇ」と彼女は呟いた。

 男爵は人を見透かすような陰険な笑いを浮かべた。もしド・コラルト氏が見たとしたら縮み上がったことだろう。

 「私はそれほど柔じゃない!」と彼は答えた。「罠を仕掛けたときは、水を掻き回して魚を怖がらせたりしないものですよ。我々にとっての罠は、ド・シャルースの遺産です……しばらく泳がせておくのですよ……コラルトとヴァロルセイはきっと喰いついてきます。この計画は私が立てたんじゃない。フェライユール君ですよ。あれは大した男だ。もしマルグリット嬢が彼にふさわしい娘さんなら、二人は素晴らしいカップルになります。さて、貴女の息子は自分でも気づかずに、今夜大いに我々の役に立ってくれたのですよ……」

 「情けないことだわ……」とマダム・ダルジュレは力なく呟いた。「それでもやはり私にとっては身の破滅だし、ド・シャルースの名前が穢されたことに変わりはないのね……」

 彼女は客たちのいるサロンに戻ろうとしたが、この考えは断念せざるを得なかった。彼女の顔を見ただけで、何か酷いことが起きたということが誰の目にもはっきり分かるほどだったからだ。

 しかし使用人たちはウィルキー氏の言葉を聞いていたので、このことは電報も顔負けの速さで広まった。この夜のうちに、パリ中の社交界の人々がこの噂を耳にすることになった。マダム・ダルジュレの館でもうゲームが行われることはないであろうということ、彼女がド・シャルースの一族であること、従ってマルグリット嬢の叔母であるということ、そしてこのマルグリット嬢がフォンデージ夫妻のもとに迎えられるようになったことを。

 

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2-VI-27

2023-04-11 12:33:01 | 地獄の生活

 「先日私を訪ねてきた男よ、イジドール・フォルチュナとかいう……。ああ、あのときあの男にお金をやれ、とどうして貴方は言ってくださらなかったの……」

 男爵はすっかりその男、ヴィクトール・シュパンの雇い主、の存在を忘れていた。

 「貴女は間違ってますよ、リア」と彼は答えた。「フォルチュナ氏はこのことは無関係です……」

 「それじゃ一体、誰が話したと仰るの?」

 「もとは貴女の側についていた男、彼がパスカル・フェライユールを陥れるのを貴女が許したその男、ド・コラルト子爵ですよ」

こう指摘され、怒りが瞬間彼女を貫いた。そのため少し元気を取り戻したらしく、彼女は立ち上がった。

 「まぁ、もしもそれが本当だったら!」と彼女は叫んだ。それから、男爵がド・コラルト氏を憎む理由が頭に閃いたので、彼女は呟きながら再び座った。

 「違うわね。貴方は恨みのために判断が曇らされているんだわ……。彼はそんなことしないでしょ」

 彼女の頭の中の考えを男爵は読んだ。

 「つまり貴女は、私がしようとしているのは個人的な復讐だと思っているんですね。ド・コラルト氏を攻撃すれば、私が人から嘲笑されたり醜聞を立てられるから、それを恐れるがために、他の人の名前で彼をやっつけようとしている、と。確かにそういうことも以前は言えたかもしれん……だが今は違う! フェライユール君に彼の恋人であるマルグリット嬢、それは私の妻の娘でもあるのだが、を救うためにどんな協力でもすると約束したそのときから、私は我欲は棄てた。ド・コラルト氏の裏切りを疑うのは何故なのです? 貴女自身、彼の仮面を剥いでやると私に約束していたではないですか。もし彼が貴女を裏切り、敵に貴女を売り渡すようなことをしたとすれば。可哀想なリア、あの男は獲物を誰よりも早く手にすることしか考えない奴ですよ」

 マダム・ダルジュレは何も答えず、頭を垂れた。そのことも彼女は忘れていたのだ……。

 「貴女にも分かる筈です。これは単なる私の勘ではなく、確かなことなのです。貴女が出て行った後、私は無駄にド・コラルト氏を観察していたわけではない。貴女が名刺を渡されたのを見て、彼は顔が真っ青になった。何故か? 彼は知っていたからですよ。その後どうなるか、は必然の成り行きです。明らかなことです。貴女が部屋を出て行った後、彼の両手はぶるぶる震えていた。もはやゲームをする精神状態ではなかった。4.11

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2-VI-26

2023-04-08 11:58:47 | 地獄の生活

 彼女は言葉を切った。これから口にしようとしていることが恐ろしくなったからではなく、疲弊してしまい息が切れたのだった。彼女はしばし大きく息を吸っていたが、やがて声を落として言った。

 「それに、あの子をここに送り込んだ人間は冷静に行動せよと命じたに違いないわ。落ち着いて慎重に、と……確かに最初はそうだったわ。最後の方になって、思いがけないことを告げられてからよ、あの子が自制心をなくしてしまったのは。私の兄の何百万という遺産が自分の手に入らないと聞かされて、あの子は頭がおかしくなってしまったのよ。ああ、お金って人の運命を変えてしまう呪われたものね!」

 このときの彼女は、自分の舘でバカラのテーブルを囲む賭け事師たちが全財産を失うのを冷ややかに眺めていた自分のことを忘れてしまっていた。ウィルキーからの金の無心があることを知りながらも賭け金入れの箱が軽いことに悩んでいた彼女は、賭け事師たちが集う夜、からかい口調で彼らの射幸心を焚き付けていたものだった。彼女こそ、『時流に乗って』いた女ではなかったのか。そうしなければならなかったのだ。上流階級の遊び人たちの習いに従うことが必要だったのではなかったか? 彼女の常連客の一人にこんなことを言ったこともあった。『確か、今月末に貴方のお父様からお金を受け取ることになっていたのじゃありませんでした?』 それから、ある男が別の男にこう言っているのを聞いたとき彼女は笑っていたのではなかったか? 『お袋に頼むのはこれで三度目だよ、もう破産だ』 『葬儀屋は強情者には特別な執達吏を付ける必要があるね』 こんな台詞を吐くのは気が利いているし、もっと気が利いているのは、こういうのを思いつくことだ。何故なら、これは高慢な精神を物語るものであるし、偏見に囚われない自由さをブルジョワ階級が持っていることを示すからだ……。

 こういったことを今のマダム・ダルジュレは忘れていた……。

 「ウィルキーに入れ知恵した人間は」と彼女は言葉を続けた。「裁判による方法を取らせようとしたのよ。あの子に民法からある条文を書き写すよう命じたりしたんですもの。このことだけを見ても、その男が法律に通じた実務家だということが分かるわ」

 「どんな実務家だと?」 と男爵は尋ねた。4.8

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2-VI-25

2023-04-05 10:02:10 | 地獄の生活

 男爵の赤ら顔の頬に熱い涙が零れ落ちた。男爵もまた哀れな男だった! マダム・ダルジュレの嘆きの一つ一つが彼の苦しい胸にも響き、共鳴していた。空威張りの男爵、賭博場の常連、トリゴーと言えばカードゲーム、そう言われている彼もまた同じ絶望的な叫びをあげていたのだ。「あれが我が子なのか!」という。

 しかし彼はそういう自分の気持ちを隠し、わざと陽気な調子で言った。

 「馬鹿な! ウィルキーはまだ若い。今に自分の非を改める日が来ますよ! 我々だって二十歳の頃には皆馬鹿なことをやらかしたもんじゃありませんか! タフな男を気取って母親に心配させ、眠れぬ夜を過ごさせたりしたもんです。時間てもんが必要なんですよ。時がたてば、あの跳ねっ返りの若者にも分別が付きますよ。それに、貴女が信頼しているあのパターソン氏、彼にも非がないとは私には思えません。そりゃ帳簿係としてならば、彼の右に出る者はないかもしれない。だが、青少年の監督者としては、あれほど不適当な男はないですよ……。彼は貴女の息子に粟をたらふくあてがって、あ、金のことですよ、しかも手綱は緩めて好き放題させる。それで、彼が馬鹿なことをしでかしたと言って驚く、というわけです。悪さをしない方が不思議ってもんですよ……だから、気をしっかり持って、悪い方に悪い方に考えないようにするんです。いいですね、リア」

 しかし彼女は悲しげに頭を振りながら答えた。

 「私の心はあのどうしようもない息子を擁護してしまうのです。貴方にはそれがお分かりになりませんこと? 私はあの子の母親です。あの子を愛さずにいることはどうしても出来ないの。あの子が何をしようと……。あの子がどんなことをしようと、私はあの子に涙の一滴を流させないためだったら、自分の血の一滴を捧げます。それでも、私は盲目じゃない、残念なことに。あの子がどんな人間か、私は分かっています。あの子には心ってものがないのです」

 「ああ、親愛なるリア、彼がどんな良からぬ忠告を詰め込まれてここに送り込まれてきたか、貴女には分からないのですか?」

 マダム・ダルジュレは半分身を起こし、息を喘がせながら言った。

 「まぁ何を仰るの? そんな話で私を説得できるとお思い? 忠告だなんて! あの子にこんな風に言った男がいるというわけね。『あの可哀想な女のところへ行け。その女はお前の母親だ。彼女とお前の恥を公にし、書類に署名するよう彼女に強制するのだ。もし拒否すれば、彼女を侮辱し、殴れ!』と。貴方は私よりもよく分かっている筈だわ、男爵、そんなことはあり得ないってことを! どんなに身分の賤しい者たちでも、人間らしい感情が汚辱の泥を被ってしまっても、ひとつだけ残るものがある。それが母親への愛情というものよ。徒刑場の囚人でさえ、その労役で得た何サンチームかを蓄え、自分に割り当てられたワインや食料を我慢して取っておき、それらを売ったりなどして母親に何がしかのお金を送ろうとする、という話を聞くわ……それなのに、あの子は……」4.5

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2-VI-24

2023-04-02 18:20:20 | 地獄の生活

ウィルキー氏は一言も答えず、ぎこちない足取りで、廊下に出る二枚扉まで来ると、そこで元気を取り戻した。その廊下は踊り場に通じていた。

 「あんたのことなんか、怖くないからな!」と彼は熱に浮かされたように激しい口調で言った。

 「あんたは自分の腕っぷしを見せつけたな。卑怯なやり口だ……だが、このままで済むと思うなよ。いいか忘れるな! 償いをして貰う。……あんたの住所はすぐに分かるから、明日には決闘の介添え人を差し向けるからな……コスタール君とセルピヨン君だ。俺は剣を選ぶ!」

 ウィルキー氏がそそくさと出て行ったのは、男爵の猛烈な罵り言葉に多少背中を押された所為もあろう。彼は素早く踊り場に立つと、扉を押さえたままにし、危険と見ればすぐさま閉められるようにしておいた。

 「そうとも」と彼は召使い全員に聞こえるように声を張り上げて続けた。「償いをして貰わねばならん。さもないと、一巻の終わりになるぞ。コスタールとセルピヨンが正式な書面を作成する。それがフィガロに載るんだ。この俺に向かってよくもこんな真似が出来たもんだ。いいか! マダム・ダルジュレがド・シャルース一族だってことが、俺の罪かよ! もしも俺の財産を俺から盗むなんてことになったら!よし、明日だ。俺の介添え人が行くぞ。執達吏もだ。俺を怖がらせようたって、そうは行かない。ほれ、これが俺の名刺だ!」

 そして彼は扉を閉め立ち去る前に、例の自分の名刺を一枚サロンに投げ込んだ。『ウィルキー、競走馬品種改良・訓練場』と書かれた名刺を。

 男爵はそれを拾い上げようとはしなかった。マダム・ダルジュレのことが心配でたまらなかったのだ。彼女は肘掛け椅子に仰向けにひっくり返り、頭を仰け反らし目は固く閉じられたままで、まるで死んでいるように見えた。どうすべきか? 召使いを呼ぶ気にはなれなかった。が、もう既に彼らにはあまりに多くのことを知られてしまったではないか? 彼は諦めて人を呼ぼうとしたが、そのとき部屋の隅に置いてある水槽が目に入った。彼はハンカチを水に浸すと、それでマダム・ダルジュレの額を湿らせ、同時に彼女の手をポンポンと叩き続けた。やがて水の冷たさで彼女は正気に返った。身体を震わせ、次に痙攣が起き、ついに彼女は目を開き、呟いた。

 「ウィルキー……」

 「私が追い出した」と男爵は答えた。

 哀れな彼女の頭には、意識が戻ると同時に恐ろしい現実が甦った。

 「彼は私の息子よ」と彼女は言った。「ウィルキー、私の息子……」

 絶望的な身振りで彼女は頭を抱え締めつけた。頭の中の考えを絞め殺そうとでもするかのように。

 「それなのに私は、自分の過ちが赦されたと思っていたのよ。神様は私に残酷な罰をお与えになったと思っていた。惨めな愚か者……罰はこれだったのよ、ジャック! 私みたいな女は母親になる資格なんてないんだわ!」4.2

 

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