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エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

16章 10

2025-07-28 15:02:17 | 地獄の生活
ヴァントラッソンはもはや疑わなかった。
「そうか! そいじゃお前はごろつきだってことを認めるんだな!」と彼は叫んだ。「俺の書いた古い借用証書を二束三文で買い上げて、執達吏を差し向けて俺を差し押さえさせようとしたな。そうとも、破産につけこんで借用書を買い漁る奴!貧乏人を痛めつけるのが、そんなに嬉しいか!ようし、悪党、こうしてお前を捕まえたからには、あんときの落とし前をつけてやろうじゃねぇか!」
彼は凄まじい拳固の一発で、借金取りと見立てた相手を吹っ飛ばし、店の端まで転がらせた。しかし、シュパンは幸いなことに敏捷だった。一瞬で彼は立ち上がり、テーブルを飛び越えると、それを危険な相手と自分の間に挟んだ。元パリの街の悪童であったシュパンは、サヴァット(フランス式キックボクシング)と呼ばれる危険なゲームに熟練していたので、十分に後ろに下がれる空間があれば楽に身を護れていたであろう。しかし、隅っこに追い込まれたこの状況では、やられる、と観念した。
「なんて鋭いパンチなんだ」と彼は相手の拳固を自慢の身軽さでひょいとかわしながら思っていた。牛でも倒せそうな強力なパンチだった。
これはもう大声で助けを呼ぶしかないか、と彼は思った。が、誰か聞きつけてくれるだろうか? 聞こえても、来てくれるだろうか? もし誰か、警察、が来てくれたとしても、介入などしてくれないのでは? いや、そもそも警察が介入するとすれば、まず最初に行われるのは事情聴取だ。そうすればパスカルの計画を妨害してしまうのではないか……。
自分が助けようとしている人間の邪魔をしてしまうという不安に駆られ、彼は即座に助けを呼ぶのはやめた。この窮地から自力で抜け出すしかないと覚悟を決め、彼は戦略を変えた。これまでは敵の攻撃をかわすことだけを考えていたが、今は少しずつ少しずつドアの方ににじり寄って行くことに専念し始めた。
多少の手傷は負いながらも、彼がドアのところまで行き着いたそのとき、ドアがパッと開いて、黒い服を着た若い男が入って来た。念入りに髭を剃り上げた男で、よく通る声で言った。
「なんなんだ! 一体どうしたんです?」
急に現れた男を見てヴァントラッソンは仰天した。
「あ、あなたでしたか、モーメジャンさん」 と彼はがっかりした様子でもごもごと言った。「なんでもありません、ちょっとふざけていただけですよ……」
モーメジャン氏はこの説明に満足した様子だった。彼はただ頼まれた伝言を伝えに来ただけで内容は我関せず、という無関心な調子で言った。7.28
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