エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

第一部 パスカルとマルグリット I

2020-05-15 06:50:09 | 地獄の生活

I

十月十五日木曜の夕刻であった。まだ六時半だというのに、もうとっくに暗くなっていた。空気は冷たく、空はインクのように黒く、風は嵐のように吹き荒れ、雨が降っていた。クールセル通りにある邸宅の中でもひときわ立派なシャルース邸の使用人たちは門番小屋に集まっていた。それは砂を敷き詰めた広い中庭の右にある二部屋からなる独立家屋で、門番は妻と二人でそこに住んでいた。どこの大邸宅でもそうなように、シャルース邸においても門番のブリジョー氏は並外れた影響力を持っており、自分の権威に少しでも疑義を挟む者がいれば、こっぴどくそれを知らしめてやろうと常に手ぐすねを引いていた。それを見れば、表戸を開閉する権限を持っているのをいいことに、門番のこの男が、主人から禁じられている夜間の外出が出来るよう計らってやったり、酒場やダンスホールが閉まってからの帰宅を、もし本人が望めば隠しておいてやったりすることで、他の奉公人たちを牛耳っていることがよく分かる。これは即ち、ブリジョー氏があらゆる追従やちょっとした賄賂をふんだんに受け取っていたということを意味する。
今夜はこの館の主人が留守とあって、シャルース伯爵の使用人頭であるカジミール氏が一同にコーヒーを振る舞っていた。その美味なコーヒーには、屋敷のソムリエのプレゼントである上等のコニャックがたっぷり入っていた。彼らがそれをちびちび味わって飲んでいる間、例によって話題は、彼らの共通の敵である主人に対する不平であった。
今喋っているのは、鼻が恐ろしいほど反り返った女中だった。彼女は、背の高いやくざ風の下品で横柄な態度の男に、この屋敷について話していた。相手の男はほんの昨日、家僕の一人に加えられたばかりだった。
「確かに言えることは、この家はまあ我慢できるってことね。お給金は良いし、食事も結構だわ。お仕着せは男ぶりを引き立たせてくれるわよ。それに、万事を取り仕切っている女中頭のマダム・レオンは細かすぎるってこともないしね」
「で、仕事はどうなんだい?」
「どうってことないわ。だって考えてもごらんなさい。あたしたち十八人もいて、たった二人の世話をするだけよ。伯爵とマルグリットお嬢様の。ただね、ここには楽しみってもんが殆どないの……」
「そうなのか、退屈なんだな……」
「ええ、死ぬほど退屈。このお屋敷は墓場よりひどいわ。舞踏会なんて一度もない。晩餐会もなし。信じられる? このあたしが、お客様の応接室を見たことがないのよ。どこもかしこも閉められていて、家具は覆いの下でカビが生えてるわ。訪れる人は一か月に三人もいない……」
彼女は憤慨していた。相手の男も同感の様子だった。
「ああ、そういうことか! シャルース伯爵ってのは人づきあいの悪い人なんだな……まだ五十前だってのに。それに百万長者って話じゃないか……」5.15


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