goo blog サービス終了のお知らせ 

エミール・ガボリオ ライブラリ

名探偵ルコックを生んだ19世紀フランスの作家ガボリオの(主に)未邦訳作品をフランス語から翻訳。

17章 6

2025-08-18 11:08:29 | 地獄の生活
そして返事を待たず続けた。「あなたのご両親ですわね? 『臆さず行け!』 とでも仰いましたか。そういうわけで、あの方々は席を外されたのですね。召使たちが誰も姿を現さないのも、そういう理由なのですね……。ああ、貧しい娘が客人として迎えられるとこんなにも高い支払いをさせられるのですね」
今にも涙がどっと溢れそうになり、彼女の長い睫毛の間で揺れていた。
「誰に対して話しているとお思いなのですか?」 尚も彼女は続けた。「もし私に父か兄がいたら、あなたは同じようにそのような厚かましい態度を取れたのでしょうか!」
ギュスターヴ中尉は乗馬鞭でひっぱたかれたかのように飛び退いた。
「な、なんと厳しいことを仰る!」 と彼は返した。
それから幸いにも何かを思いついたらしく、はっきりした口調で言った。
「男が女性に、あなたは美しい、あなたを愛している、と告白するときには、その女性を侮辱などしていませんよ。その人に自分の名前と人生を捧げようと言うんですから」
マルグリット嬢は皮肉な様子で肩をすくめ、しばらく沈黙していた。非常に誇り高い彼女はプライドを著しく傷つけられたのだった。しかし理性が彼女を圧し止めた。この場面をこのまま続けて行けば、もはや『将軍』家に一分たりとも留まることは出来なくなるであろう。そうなれば、この上なく底意地の悪い言葉に曝されることなく、どこへ自分は行けるというのか? 誰のもとに避難所を求められるというのか?
しかし、これらの考えだけでは彼女は留まる決心はしなかったであろう。フォンデージ夫妻と仲たがいして彼らのもとを去ることは、彼女自身の未来とパスカルの未来が掛かっているこの勝負を危うくする危険性がある。
「私はこの辱めを呑み込んでみせるわ!」 と彼女は自分に言い聞かせた。
それから、苦い悲しみの口調ではあったが、はっきり声に出して言った。
「どこの誰とも知らぬ女に御自分の名前を与えようとなさるとは、ご自分の名前に大して拘りがないということですわね……」
「お言葉ですが! 私は母から聞いて……」
「貴方のお母様が私のことをお知りになったのは、たった一週間前のことです」
中尉の顔にこれ以上ないほどの仰天の表情が現れた。
「え、ま、まさか、そんな……」 と彼はもごもごと呟いた。8.18
コメント

17章 5

2025-08-15 09:48:34 | 地獄の生活
いつの頃からか分かりませんが、父からも母からも、特に母が何かにつけ貴女を褒めそやすのを聞いていましたから。マルグリット嬢はこんな風だ、あんな風だ、と。話し出したら止まらないんです。気立てが良く、頭も良く、才能も美貌もお持ちだと。両親の話を聞いていると、貴女は女性の美徳をすべて備えた方のようでした……。で、両親はいつもこう力説するんです。『あのような娘さんに選ばれた男は果報者だ』と。そういうことが何度もあったので、さては私を結婚させようとしているな、と気づき、警戒してちょっと嫌気がさしていたところなんです。正直に申しますが、今日ここに着いたときの私は偏見の塊でした。ところが貴女を一目見て、すべてが変わってしまったのです。貴女が入っていらしたのを見たその瞬間、私は今まで感じたことのない衝撃を受けました……。で、心の中で自分に話しかけました。『おい、中尉君、君もこれまでだ。籠絡されてしまったな』と」
マルグリット嬢は驚き、辱められたという感情と怒りで顔が青ざめていたが、頭を垂れてじっと聞いていた。胸の中に渦巻いている感情を表現する言葉を探したが、見つけられないでいたのだ。ギュスターヴ中尉の方は、一定の成果が得られたな、と判断し、それが何かは分からなかったのだが、自信を深め、自分の声に最も情熱的で心に触れると自分で思っている抑揚を付け加えながら、言葉を続けた。
「私と同じ立場に立って、この魅力に降参しない者が一体どこにおりましょうや! このような美しい目を見て、誰が魂の底まで揺さぶられずにいられるでしょうか!そしてこの素晴らしい黒髪、かくも優しい微笑みを湛える唇、魅惑的な物腰、この優雅さ、この魅力! その水晶よりも澄んだ響きを持つ声を聞いてうっとりせずにいられる者はおりません……ああ、母の言葉は真実に遠く及びませんでした! しかし天使の完璧さを表現することなど誰に出来るでしょうか! 貴女を知り得た喜び……それとも苦しみ、と呼ぶべきかもしれませんが、それを知った者はこの世に貴女以外の妻など考えられません!」
少しずつ彼はマルグリット嬢の椅子に近寄って行き、彼女の手を取ろうとした。おそらくその手を自分の唇に持って行こうとしたのであろう……。
しかし彼女の方は、手が接触した途端、まるで真っ赤な鉄の塊に触れられたかのように、さっと立ち上がった。目は燃えるように光を放ち、声は怒りで震えていた。
「やめてください!」 と彼女は叫んだ。
中尉はこのように拒否され、その場に凍り付いた。瞳孔は拡大し、腕は宙ぶらりんになったままであったが、もごもごと呟いた。
「す、すいません。あの、説明させてください……」
マルグリット嬢は相手の言うことを聞いていなかった。
「私に向かってそのような言葉を掛けて良いと誰が許可したのですか? そして何の咎めも受けないと?」8.15

コメント

17章 4

2025-08-11 12:18:06 | 地獄の生活
彼の舌を滑らかにしていたのは、間違いなくご馳走の所為だった。シャトー・ラローズのワインが出されたときなど、マダム・レオンがそれを大層褒めたので、彼はこの前休暇で帰宅した時もこのような『賄い付き』であったなら、休暇延期願いを申し出たところだ、とぺらっと母親に漏らしてしまったほどだ……。
コーヒーが出されると、通常とは逆にお喋りは不活発になり、やがて途絶えてしまった。フォンデージ夫人がまず立ち上がり、召使たちに言いつけておくことがあるから、という理由をつけて立ち去った。次に『将軍』もその後に続き、煙草を吸いに行くからと説明して姿を消した。マダム・レオンは何も言わず、そっと逃げ出していった。
というわけで、マルグリット嬢はギュスターブ中尉と二人きりで後に残された。これが予め仕組まれていたことであるという、その点に関してマルグリット嬢は全く疑いを持たなかった。しかし、そもそもフォンデージ夫妻は彼女の気持ちがどうか、など考えていたのだろうか! 彼らのやり口を非常に不快に感じた彼女は、他の人たちと同様まさに席を立って部屋に戻ろうとしたが、その瞬間理性が彼女を圧し止めた。ひょっとしたら、この青年から何か正確な情報が得られるかもしれない。そう思った彼女はその場に留まることにした……。
ギュスターブ中尉の方は顔を真っ赤にし、先ほどの元気はどこへやら、彼女よりも気まずい思いをしている様子だった。テーブルの上に肘をつき、右手でブランデーが半分入った小グラスを奇妙な執拗さでじっと見つめ、まるでそこから何らかの素晴らしいインスピレーションが湧いてくることを念じているかのようであった。
やがて、世にも気詰まりな沈黙が長く続いた後、彼は口を開いた。
「お嬢さん、将校の妻になりたいとはお思いになりませんか?」 彼の発音は『し・ようこう』のように聞こえた。
「さぁ、どうでしょう、分かりませんわ……」
「へえ、そうなんですか! しかし少なくとも、何故私がこのような質問をするのか、その理由は分かって頂けていますね?」
「いいえ!」
この愛想の良い中尉以外の人間なら誰しも、マルグリット嬢の冷たい口調に狼狽し、二の句を告げられなかったであろう。しかし彼はそのことに気づかなかった。自分の意図を明確に伝えねばならぬという義務感と、弁舌爽やかに相手を説得したいという意欲が、彼の他の能力を封じていた。
「そうですか。お嬢さん、それでは説明させてください……私たちがお会いするのは今夜が初めてです。しかし、ご存じないかもしれませんが、私が貴女のことを知ったのは今日が最初ではありません。8.11
コメント

17章 3

2025-08-08 12:36:11 | 地獄の生活
マルグリット嬢は紙に書いて彼女にそれを渡した。そして本当に良かったと思った。というのは、相手がはかりごとに誠実に関わってくれている女性だと分かったからである。彼女は老治安判事と同じ言葉を繰り返して立ち去った。
「勇気を持って!」
マルグリット嬢にとってこれ以上の励ましはなかった。このように強力な味方を得て、彼女は勇気百倍になった。直前まで彼女の未来を覆っていた暗い霧が晴れたのだ。写真家のカルジャット氏に預けてある手紙の複製により、ド・ヴァロルセイ侯爵を牛耳ることが出来るであろう。治安判事は、紙幣の番号によりフォンデージ夫妻の犯罪を立証することが出来るであろう。天の加護が示されたように彼女は思った。
というわけで、マダム・レオンが疲れ切って帰宅したときも、フォンデージ夫人が荷物を一杯抱えた二人の店員を従えて帰還したときも、最後に『将軍』が息子のギュスターブ中尉を伴って帰ってきたときも、マルグリット嬢は穏やかに、殆どにこやかな表情で迎えることができた。
中尉であるこの息子は二十七才で、なかなかの好男子であった。人の好さそうな平凡な顔立ちで、いつも笑っているような目と濃い口髭を持ち、第十三連隊軽騎兵のいささか芝居がかった軍服を臆することなく身に着け、大きな音を立てて拍車を鳴らして歩く若者であった。彼はマルグリット嬢に対し、思わず好意を持ってしまうような感じの良い微笑を浮かべ、しかしやや勝ち誇った態度でお辞儀をした。それから召使が『伯爵夫人』のお食事の用意が出来ました、と告げたとき、腕を差し出して彼女を食堂へとエスコートした。
食卓で彼の前に座らされたので、マルグリット嬢は、自分の夫となることが望まれているこの若者を、こっそりとしかし念入りに観察せずにいられなかった。これほど完全な凡庸さと結びついたこれほど完璧な自己満足を、彼女は今までに見たことがなかった。
しかし、おそらく両親にけしかけられたのであろう、彼がマルグリット嬢のために頑張って自己アピールしていたことは明らかだった。彼は求婚者として振る舞っていた。しかも受け入れられることは間違いない求婚者として。彼は自分が際立つ存在であることを強調しようとし、自慢話をし、彼自身の表現を借りるなら、『出来る男』としての自分を見せつけようとしていた。夕食が進むにつれ、彼は徐々に調子に乗っていった。スープのときには堅苦しくしていたのに、だんだん目に見えて活気づいて行き、デザートの頃になると、母親から送られる猛烈な目くばせにも拘わらず、駐屯地での冒険譚を三つ四つと語って聞かせたので、彼が女性に非常にもてていたことは誰の目にも明らかになった。8.8
コメント

17章 2

2025-08-05 12:18:42 | 地獄の生活
つまるところ、『将軍』とフォンデージ夫人はそれぞれ外に重要な案件があり、家にいるわけには行かなかったのだ。夫の方は自分の馬を見せびらかさねばならなかったし、妻は買い物をしなければならなかった。マダム・レオンはと言えば、彼女がごく最近発見したという『親戚』のもとに入り浸っているらしかった。
家の中で一人きりになり、スパイの目を気にしなくてもよいとなると、マルグリット嬢は弱気になりそうな自分の心を励まそうと、手紙を書き始めた。そこへ召使が、お針子が一人訪ねて来て、お嬢様にお目に掛かりたいと言っている、と知らせに来た。
「お通しして!」 と彼女としては珍しく鋭い口調で彼女は答えた。「すぐにこちらへ!」
四十代と思われる女性が入って来た。服装はいたって簡素、かつ非常に上品であった。彼女はよく作法をわきまえた出入り商人らしく深々とお辞儀をした。が、召使が出て行くと、すぐにマルグリット嬢に近づき、彼女の両手を取った。
「お嬢様、私はあなたの友人の治安判事の義理の妹でございます。貴女様に緊急にお知らせしたいことがありましたので、誰か信頼できる人間を探していたのですが、こちら様に怪しまれないようお針子という形が良いだろうということで、それなら私が行く、と申し出たのでございます。私以上に信頼できる者が見当たりませんでしたので……」
マルグリット嬢の目に涙が光った……。寄る辺のない身にはどんなにちょっとした親切でも、その優しさが心に響くものだ。
「何と言ってお礼を申し上げたら良いか分かりません、マダム!」 と彼女は感動した声で言った。
「お礼はご無用です。それより、どうか、この手紙をできるだけ早く読んでください」
その手紙には、老判事の手で次のようにしたためられていた。
『親愛なるお嬢さん、私はついに金を持ち逃げした犯人の手がかりを得ました。ド・シャルース伯爵が死亡の前々日にその金を受け取った相手と面会する機会を得、思いがけぬ素晴らしい幸運により、伯爵が書き物机の中にしまったという持参人払いの有価証券の詳細と紙幣の番号を手に入れることが出来たのです。それらがあれば、間違いなく我々は犯人もしくは犯人たちを突き止め、有無を言わさず犯行を認めさせられるでしょう。貴女からの手紙によれば、F夫妻は散財にうつつを抜かしているようですが、彼らがどこで、どういった商人たちを相手に金を遣っているか、が分かれば出来るだけ早く私に知らせてください。もう一度言いますが、成功は間違いありません。彼らを現行犯で捕まえます……勇気を失わないで!』
「さぁ、それでは」 とお針子に扮した婦人は、マルグリット嬢が読み終えたのを見て尋ねた。「義兄にどう伝えれば良いですか?」
「明日には必ずお望みの情報をお届けできます、と。今日分かるのは、フォンデージ氏が馬車を買った馬車製造業者の名前だけですので」
「それを紙に書いてください。そうすれば確かですから」8.5
コメント