
これは「スパイ大作戦」だ。いちおう悲劇だが、遊び心がいっぱい。主人公の名前が「童貞老人」だし。
「TTSS」「スクールボーイ閣下」に続くスマイリー三部作の最終篇。
前作で宿敵カーラに大打撃を与えたにもかかわらず、英国政府の権力闘争のおかげで再び引退状態となったスマイリーだが、ある時英国工作員であるエストニアの老亡命者が殺された事件の後始末を依頼される。彼は死の直前に、スマイリーに重要なメッセージを残していた。ほとんど単身で彼の足どりをたどるスマイリー。その姿に派手さはなく、ひたすら暗くて孤独でしかも心細い。
サラリーマン社会でたとえると、政争に距離を置いてきたため職を追われた実力派専門職のOB社員が、何の見返りも期待せず、己が信念と目的に向かって、黙々と会社のために(?)思索をめぐらし、執拗な行動を続けるようなものだ。そこにはサスペンスはさることながら、ヒロイズムは皆無で、ひたすらリアルで地味で、悲哀すら漂う。しかしなんとなくカッコよくて、英国的男の美学があって、あこがれを感じてしまうなあ。
聞けば1982年にBBCでTVドラマ化されており、スマイリー役は名優アレック・ギネス(オビ=ワン・ケノービ)とのこと。イメージぴったり! う~ん見てみたい。映画版ができるならでゲイリー・オールドマンにも期待したいな。
最後に気になるカーラの末路だが、本書の解説文(池澤夏樹氏)の一部引用で締めくくろう。
「カーラの無謬の職業的人格が身内がらみという大変に人間らしい弱点によって崩壊し・・・この巨人たちの確執の決着がつく」
ジョン・ル・カレの「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」の続編。1985年刊のハードカバーをamazonで購入して読破。2段組五百ページ以上の大作だが全然長さを感じさせない、味わい深い最高峰のスパイ小説。
70年代後半、KGBカーラの策謀により壊滅的打撃を受けたMI6。その長官スマイリーによる反撃の物語。映画化するならタイトルは「サーカスの逆襲」かな。
スマイリーらがMI6の膨大な記録を分析したところ、パリから東南アジアへの極秘送金ルートを発見。そこでスマイリーは臨時工作員ウェスタビーを香港に派遣する。
「カーラの資金を受け取る香港の大実業家ドレイク・コウ。彼の弟ネルソンは中国情報機関の中枢に送り込まれたカーラの二重スパイだった。そして今、ウェスタビーの調査でドレイクが重大な計画を企てていることが判明した。スマイリーは、それを利用して秘密作戦を開始する。が、ウェスタビーが指揮下を離れ、独自に行動していたとは知るよしもなかった・・・」
この程度までネタばらししたほうが理解しやすいかも。
当時の中ソ対立や第二次インドシナ戦争などの史実を背景に、香港やインドシナ半島の実態がリアルに描かれ、そこで活躍する登場人物のほとんどが「キャラが立って」いる。特に実質的な主人公ウェスタビーが、危険な探索行をすすめていくうちに自分自身をを追い詰めていく姿がとても哀しい。
また英国エスタブリッシュメントたちの保身とナアナアぶりや、盟友CIAのドライな粗雑さなどの舞台装置も前作と同様興味深い。間に立って困難かつ大胆な秘密作戦を完遂させるスマイリーの不言実行ぶりは前作以上に頼もしい。
売れない中年の二流作家が、連続殺人犯である死刑囚から自伝の執筆を依頼される。聞けば死刑囚はその作家の書いたポルノ小説のファンだと言う。
こりゃベストセラー間違いなしのいい話だと思ったが、それには交換条件があった。その死刑囚をカリスマと崇める女性ファンたちに直接接触して、それをネタにして新たなポルノ小説を書いてほしいというものだ。つまり手紙でしかやりとりできない彼女たちを素材にした、自分のためだけのオリジナル小説を、死刑執行まで読んで過ごしたいということらしい。
ところがその女性たちが次々に惨殺される。その手口はその死刑囚がやったとされる事件とまったく同じ方法だった。これは冤罪か?真犯人は他にいるのか?
これだけ書くと荒唐無稽のシリアルキラーものだし、じっさい真相についてもそんなに現実的ではない。しかしこの作品を楽しく一気に最後まで読ませる魅力の根源は、売れない作家としての生態描写が、アイロニーや楽屋落ちに満ちてじつに面白いことだ。まるでいっとき流行ったユーモアミステリみたい。翻訳もGoodです。
食うためにいろんなジャンルの小説を複数のペンネームで書いており、そのうち何篇かが突然、本筋とはほとんど関係なく、一部挿入されるのだがこれが結構読ませる。個人的にはヴァンパイアものよりSFが良かった。しかしこれだけ書けるのであればもっと売れてもいいのになあ・・・・。
「このミステリーがすごい!」、「週刊文春ミステリーベスト10」、「ミステリが読みたい!」の海外部門ランキングですべてベストワンの三冠達成!
翻訳の遅いスウェーデンの警察小説「クルト・ヴァランダー」シリーズの新作。「目くらましの道」に続く第6作だが、1996年作なので、既に14年の歳月が経過。
このシリーズで邦訳がまだ出ていないのはあと4作。そのうち1998年作の「ファイアウォール」と1999年作の「ピラミッド(邦題:苦い過去)」は、TVシリーズ「スウェーデン警察 クルト・ヴァランダー」(スウェーデン製作)で最近放映され、面白くてうかつにも最後まで見てしまった。数年後邦訳が出た時に読む楽しみを失ってしまった~。
主人公はスウェーデン南部イースタ警察のオッサン刑事。1992年作「リガの犬たち」で知り合ったラトヴィアの未亡人にしょっちゅう電話している寂しがりやの中年男。使命感も強く、集中力もあるのだが、捜査中もずっと自らの人生について、くよくよ、イジイジ。身につまされる~。
今回もまた連続殺人事件。被害者はアフリカで傭兵の経験がある。その殺し方がこれ見よがしで尋常ではなく、犯人(制服の女性?)の強い復讐心を感じとることができる。
例によってヴァランダーの捜査は、細い手がかりとぼわっとしたインスピレーションだけが頼りなのでなかなか進まない。不眠不休で、地道に、チームで行動するところはとても日本的。
本筋とはあまり関係ない過激な市民自警団のエピソードと犯人の動機とが重なり合うところは、スウェーデン社会の崩壊に対する警鐘とも取れなくはない。
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発端は中学生の誘拐事件。犯人は身代金を受け取るため母親に山手線に乗るように命じグルグル引き回す。身代金は15万円と安いし、連絡方法は今時珍しいトランシーバーだ。携帯電話と違って4~5キロしか電波が届かないので警察は前後の電車を含めて車両を徹底捜索するが容疑者は見つからない。そのうち子供は無事に帰ってきたものの今度は母親が離婚届を残して失踪する。どうも変だゾ。実はその背後には過去の陰惨な事件の存在があった。
これは実際に九州で起こった殺人事件をモデルにしている。間違いない。舞台を東京に移し、設定も若干変えてはいるが。著者の作品のなかでは「天に昇った男」「光る鶴」と同系統だ。従ってこれはミステリであることには間違いないが、冤罪告発、司法制度批判といったメッセージを強く含んでいる。
さらに本書の中央部分には著者のデビュー前の作品だという「ジャングルの虫たち」という中編が挟み込まれており、これがまた詐話師のテクニックを紹介しながら貧困問題を鋭く指摘している。
本編とこの中編を架け橋のようにつないでいるテーマが東京の地下施設の存在だ。東京の地下鉄はなぜ他の都市のように格子状に走っていないのか。それは中心に皇居があるのでそれを避けて通っているためだというが、実は本土決戦準備と大いに関係があり、真実は国民には何十年間も伏せられたままだ。
個人としての登場人物を見守る眼はあくまで温かく、権力による個人の迫害には厳しい島荘らしい作品のひとつと言えよう。
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2008版「このミス」は20年目だそうだ。早いものですねぇ。20年前は何してたかなあ。
さて当ブログで紹介してきた作品は、2007年のミステリー&エンターテインメントランキングでは果たして何位だったでしょうか?
まず国内編
第1位「警官の血」180点、読了済ですがまだブログ化していません。ゴメン・・・。
第2位「赤朽葉家の伝説」179点
第19位「片眼の猿」37点
あと21位以下では、
「青に候」25点、「吉原手引草」23点、「警察庁から来た男」16点
以上でした。上位2点を押さえたのでよしとしましょう。
海外編は、
第7位「狂人の部屋」70点
第9位「目くらましの道」68点
第11位「大鴉の啼く冬」65点
第15位「双生児」53点
21位以下では、
「リヴァイアサン号殺人事件」29点、「アキレス将軍暗殺事件」18点
まあまあだな。
今後の予定ですが、海外編第3位「TOKYO YEAR ZERO」を購入済で現在とっかかり中です。
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鳥取県のある村に生きる人々の戦後の年代記(1953年~現在)。中身が濃厚で、しかも緻密に計算されつくした傑作だ。久々に一気読みしてしまった。
全3部に分かれ、現代に生きるニート娘赤朽葉瞳子による記述という形で、第1部は祖母の万葉(旧家の奥様)について、第2部は母親の毛鞠(レディース、漫画家)を中心にして語られる。瞳子は祖母に育てられたため、第1部と第2部の前半については万葉が語る昔話をそのまま書いたという設定にしている。従って第1部は「千里眼奥様」と呼ばれた万葉の幻視シーンがいっぱい登場するので、最初これはファンタジーかと思ってしまった。
しかし一方でそれぞれの時代を象徴する世相(高度成長、石油ショック、バブル崩壊など)や風俗などが数多くちりばめてあり、それが舞台となる製鉄会社の経営や地方都市の様相に大きな影響を与えたり、人々の生活を翻弄しているさまを描いているところから、これはやはり大河小説なのだろうと思い直した。
時代と人物が織りなす細かい事件・エピソードが次から次へと出てくる。それらがリアルで手際よく語られるので、話は決してだれることはない。そうした大小のエピソードが集積して旧家の興亡という大きな流れを作っている。登場人物の個性は極端に強いが、基本的に家族は互いをいたわりあい、概ねよくまとまっている。旧家モノによくありがちなドロドロした怨念や財産をめぐるいさかいなどは、皆無ではないがほとんど目立たない。
ところが第3部に入ってまもなく、突然ミステリの要素が浮上する。60年以上にわたる家族史だから、老衰、事故死、自殺などで10人ほどの死者が出てくるのだが、これまで淡々と語られてきたそのどれかが殺人事件である可能性が出てきたのだ。60年分の記述は長い前フリだったか? そしてこれまで幻視としてしか語られなかったひとつの真実が明らかになる・・・・・・。
しかしラストは、真相がわかったというカタルシスよりは、祖母や母の生き方と自分の生き方を対比し、未来に向かってがんばっていこうとする瞳子の成長した姿のほうが印象的であり、そういう意味ではさわやかなノスタルジックに満ちている。
というわけでこの作品は、新しい時代の、ジャンルを超えた、微妙にバランスのとれた良い作品だと思う。しかしいろんな読み方ができるので、「思い込み」によってどれかのジャンルに重きを置く読者は中途半端だと感じるかも知れないなあ。
なお作者も鳥取県出身の女性です。しかし今の若いコにとって昭和30年代はもう伝説の時代なのね・・・・・。
ちなみに第137回直木賞候補作だって。
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「アキレス将軍暗殺事件」より前に書かれた「ファンドーリンの捜査ファイル」第三弾。19世紀末のロシアン・ミステリ。といっても今回はイギリスからインドへ向かう豪華客船が舞台なので登場人物も英・仏・印・日・露と多彩。アガサ・クリスティばりのグランド・ミステリだ。
パリの富豪宅で起こった帝銀事件を思わせる大量毒殺事件。事件の背景にはインドの「消えた秘宝」のありかを示すスカーフがあるらしい。手がかりは豪華客船リヴァイアサン号の乗船バッジ。これを持っていない乗客が容疑者だとばかりパリ市警の俗物刑事が船に乗り込む。そのバッジなし乗客5人(日本に向かう途中のファンドーリンを含む)に船医長や航海士らを加えた9人が主な登場人物だ。犯人は誰か? そして秘宝のありかは?
ユニークなのはそれぞれの登場人物からの視点での記述が行われていることだ。それは三人称であったり手紙であったり日記であったりする。従って探偵役のファンドーリンの行動や発言は常に客観的に描かれる。それによって登場人物の内面を掘り下げ、ひとつの事象を複眼的に見られるという効果がある。文学的に高度なテクニックだ。しかしそれがかえって本筋とは直接関係ないエピソード(登場人物が抱える秘密など)を必要以上に際立たせることとなり、真相を早く知りたい読み手にはやや歯がゆいかも。
文章はユーモアとアイロニーに富んで魅力的だし、容疑者が次々に入れ替わるなど展開は意外だしどんでん返しもきちんとしている。しかし前半の途中で大量毒殺事件の背後にいる女詐欺師の存在が説明され、その恐るべき生い立ちが特に丁寧に語られるが、その時点で気の早い読者(ワタシのような)は犯人に目星をつけることができるだろう。また犯人は根っからの犯罪者のようだし、動機も単純なもので、結末に余韻や深みがない。
それにヨーロッパ人による日本人の描き方(カラテ、ハラキリ、恥の文化など)は、例によって類型的で鼻白む。