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I am NOBODY! Who are YOU? ~ ぽーぽー的ACIMブログ『エセー』 ~

“ひとのフリ見て我が(ego)フリ直せ” ナマケモノ系acimerの
『NO』奇跡のコース×奇跡講座×奇跡の道なエセー

さあ 楽しい オン楽の ジカンです。

2025-07-16 | homeworks
たまがぃえぬ
うぷてぃしじ
うりてぃ
もぉち
いしきゃぁとぅ
ゆしきゃぁち




姫は、山田の 道場の
まど から仰ぐ 空の狭さを 悲しんでいる間に、
何時か ここまで 来て居たのである。

浄域を けがした 物忌みに こもっている身、
と 言うことを 忘れさせぬものが、其でも 心の隅に あったのであろう。


門の しきみ から、伸び上るようにして、山の の空を 見入って居た。

暫らく おだやんで居た嵐が、又 山に廻ったらしい。
だが、寺は 物音もない 黄昏たそがれだ。

男岳おのかみ女岳めのかみ との間に
なだれをなした 大きな 曲線たわが、又 次第に
両方へ そそって行っている、此二つの峰の 間の広い空際。
 

              
                            
薄れかかった茜の雲が、
急に輝き出して、白銀の炎を あげて来る。                                                               山の に 充満して居た夕闇は、光りに照されて、紫だって動きはじめた。                   

そうして 暫らくは、外に動くもののない 明るさ。

山の空は、唯 白々として、照り出されて居た。
肌 肩 脇 胸 豊かな姿が、山の尾上の 松原の上に 現れた。

併し、おもかげ に 見つづけた 其顔ばかりは、ほの暗かった。

今 すこし しるく み姿 あらわしたまえ



【2025年度 全日本吹奏楽コンクール課題曲Ⅰ】
祝い唄と踊り唄による幻想曲(立命館大学)


To: 2004.11.7 の ふめいさん。


2025年 7月5日。

目が覚めると、あさ 4時前。

また 布団に入らず、人間をダメにする 
無印のソファで 寝落ちしたらしいです、私。

前日、4日の 超激重エセー
「ぎゃくる 20090531「形に現れる真実」より」を 
突貫作業で UPしたせいで、 1時間 ちょっとしか 眠れなくって 

ヘロヘロだったけど 
なんとか 日中の仕事を がんばって 終わらせたよ




最近は ブログ更新後の ほんの みじかい

  解放感おたのしみ の 為に がんばっているような気がする


ソファー横が

呑みかけ の 缶酎ハイ (キリン本搾りレモン。すぐ無くなるので 箱買いしとる。)
J・R ウォード の 本  (ブッチが 主役のやつ。次は クレイパス の ヒストリカルでも 読み返そーっと。)
5日 発売 の 花とゆめ (「多聞くん今どっち!?」が いま個人的に 押しのマンガ。
               「ぼく地球タマ」知ってる すぴヲタは「神さま学校の落ちこぼれ」あたりハマりそう。
               「スキップ・ビート!」は コミック買いしてる、 なにげにわし日本女子「蓮」盟員)
 

                         で 散乱しちゃうんだけど。orz


【MV】現場猫のうた【ファンアート】毎日 こーゆう ニンゲンばっかの現場で働いてマス。笑



「時間 が ない」

もう 猶予あと は のぞめない。
だからといって 日々の仕事を ないがしろにするのは 違うし。

いろんな制限 が あるなかで

思った事 考えた事 を のぞむ通り できる  
したい事 決めた事 を ひとつひとつ かなえられる

あたまと こころ、今のじかん、
持てる すべて、 限界ギリギリまで つかって 

  めいっぱい 「私」を いきる。


そんな 自分わたし って 有難い  「きせき」 じゃないかな



              寂厳「隐士晚上不睡觉」



7月5日。 日本に ヤバイことが 起きる日なんだって。(起きなかったみたいネWWW)


そーゆう事に かぎらず、何かあると

  イベント とか 
  youtube のような ナマ配信系 SNS とかで

  みんな いっしょ、 みんな で いい事しよーよ♡ ワッショイ わっしょい
 
  ♪ 世界を 救おう、♪ 世界が 救える、
   ともに 救われよう 悟ろう的 救世論 を ぶち上げ、
   みんな 覚醒アセンション! 自分を 超えよう!! 神と ひとつになろう!!! って、

ラリった 救世主サマ 御一行 が うじゃうじゃ イジョウ発生 大量増殖すんだよ


自己認識の甘い イイ人間ほど よくわかり合える
  
  同じイイ 人間と よくつるんで 
  同じイイ 夢を 共有し合える 自分と 同化した イエスマンしかいない

           「おかげさま教」の ゴク「楽」 に 逃げやがる



(旧式)トゥートゥートマシェリーマーシェリー【Flashアニメ】



イエスは (こう)いった 
釈尊は  (こう)説いてたから ヨシ!

日月神示では(こう) 霊界物語では(こう)あるから イイ!

(量子力学)的~ 最新物理学によると ヨシ!
(左脳)(右脳 )的にみて~ 認知心理学では(こう)だから イイ!


・・・・・・ えんえん ヤりゃー、 ソ の ジブン


 ○○ 学者 センセイみたいなー イイ ひとと 同じー 
 日月神示どおり 霊界物語みたいにー イイ 事 できるー 超気持ち イイ

 イエス みたくー イイ 神様 と 一体化ワンネス(シテ)使われてぇ
 釈尊 みたくー 大悟覚醒 (ネハン) あはーん イイ 解脱できるー

  イイ 「自分」サマは 何でも イイ に するんだ ワンわん。


     「日課念仏」伝徳川家康筆 江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵


・・・そんなコトは さあ アナタ



 自分に 「ある」 ものごと を
 自分に 都合のいい 「絶対」 的な ものごととー イコール

「同じ」 枠組にする イイ 価値体系パラダイム 、 「のぞみ通り」 ヒモ付けば イける 「イイ」じゃん


  神とつながる事   気持ちいい   「イイ」自分
  真理真実を悟る事  一番正しい   「イイ」自分
  覚醒解脱する事   何よりよい   「イイ」自分  


     根っこに ↑ この 枠組パラダイム ↑  根元イイわけ が あるから 

     ここにイられる 
     イイ自分、イイ自分たちの
     「おたがい様」 「おかげ様」的 イイ 3 6 9ハンシャ 行 だ



   


    (絶対)セイギ が 成り立つ「よい」行為、 ソレって 

      業因カルマ アリき の イイで 自動生成すんだろ、おいオイ。


    ヒーリング セッション、お祈り、瞑想、霊視、リーディング 
      ACIMのワークみたいなぁ アファメーションに 

         おカミの 枠組いいワケ ぶち込んでー

    その通り 心と 身体を ワクワク okeydoke 適応訓練ヨクする
    その通り のぞむ反応を 定着、修得  しちゃえば


   ヨク 成る エクスタシィな イイ経験  さらに
   ヨク わかる さらに イける もっともっと ウエの 現臨 再臨 降誕 

  フカンしょーの イイ自分 が バク上がりだ、ゴルァあ↓


こーゆう マ糞くせえ キモイ 深奥のトキ野郎共にわ ニャニャーン【超学生】ฅ •ω• ฅ


今 ここで

「ある」「ない」
「いい」「わるい」といえる、行為する

 その 御前ジブン が 「存在」するのは
大本の 業因ゲンザイ が 「ある」 から、アナタ
 
未だ ここにイル ・・・・・イイ続ける・・・・・
コレは 一体 どういうコトなのか・・ ・・・・・・・・・


今ドキ サルでも AIでも 

かんたんに 人間を 操作洗脳 できる
動物のもつ 単純な 反射システム が 私たちには 「有る」 よ。

この 生体反応を 利用した  枠組パラダイム の イジョウな「呪文イイことば」が

   何故 ソコまで ご入用な自分かしらね・・・・ ・・・・・・・・・・・




ダレでも 「万能」な スピリチュアル・精神世界の
     「絶対」性で 各々の行為を  正当化 、この上ない 価値とし
     「全き」の 権威を 手にした その 高級な 暴力ヨイ

ドウよ・・・ 
あっちもこっちも ヤリたい放題  
シタイを 散乱させた ゲレン外道の 畜生バ・ケモノ ばかりだ。


神 労すれば 魂魄散じ、志意 乱れる。


オルテガのいった通り

自己過信 の つよい
「慢心した坊ちゃん」たちは 
パンを求めて パン屋を 破 壊 した。

今年も 熊が 人里に下りて 人を襲った。

北で 魚が大量死した。
早く梅雨明けした南の 蝉は まだ鳴いてない。


Ummet Ozcan - A Shaman's Flute (Meditation Music)


郎女の ぬかの上の 天井の光の かさ が、ほのぼのと 白んで来る。

明りの くま は あちこちに 偏倚かたよって、
光りを たて に くぎって行く。と 見る間に、ぱっと明るくなる。

そこに 大きな花。 蒼白い すみれ

その花びらが、
幾つにも 分けて見せる隈、
仏の花の 青蓮華しょうれんげ と 言うものであろうか。

郎女の目には、何とも知れぬ 
きよ らかな花が、車輪のように、宙に ぱっと開いている。



仄暗ほのぐらしべの処に、
むらむらと 雲のように、動くものがある。
黄金の蕋を ふりわける。

其は 黄金の髪である。
髪の中から 匂い出た 荘厳な顔。
閉じた目が、憂いを持って、見おろして居る。

ああ 肩・胸・あらわな肌。冷え冷えとした 白い肌。

おお おいとおしい。

郎女は、自身の声に、目が覚めた。
夢から続いて、口は 尚夢のように、語を うて居た。

おいとおしい。 お寒かろうに


                 折口信夫「死者の書」より

Samurai's Dance


「地震」
「噴火」
「ゲリラ雷雨」

・・・・・・あつい。 

「ち」の フェーズ が また 一段 厳しくなった。


一度 ラクを 覚え ヨク 知ってしまった
   イイ 動物は アト 戻りしない。出来ない。

パブロフの イイ人間イヌ はさ よくわかってるんだよ、無意識下では。

ここにいる「自分」
何かしらの スピ・精神世界に
しがみついてる 「自分たち」は もう「手遅れだ」 って事が。


          Salvador Dali 「照らし出された快楽」


かくいう私も 「同じ」

人間という動物の いきものだ。ヒト事じゃない。

私はね、スピリチュアルや
精神世界的なものに 関わりたくなかった。「 違 う 」

「同じ」じゃ 駄目 だから、 此処に いるの。


誰かの至言や 予言なんかなくても わかるよ。

自分の イイ 身口意コトバ が、
過去現在未来 の イイ自分の「あり様」を 示すから。


「わかる」って 何かと「同じ」 一体化する 「わかる」
            何かと「違う」  分断する 「わかる」が あるんだよ


ねこね、こねこね。『けっこう毛だらけ猫灰だらけ』



  「チ」の エネルギーが 低下してるの 識ってた。

       自然、地球、宇宙を イジョウにした
       変われない つかえない「私」たち を 「ち」は 見限った。 
       排除しようとしてる。

       「ち」が 拒絶したモノを 「てん」が 受け入れるはずがない。

       じせいのない霊性 を これ以上 
       オモテの世界に 持ち込んじゃいけない。「表に 出してはいけない」って。


わたし  よく知ってたんだ、そういうの。

        うちの田舎、日本でも 有数の 超ヤバイ 霊域だったから
        霊能のあるなしに 関わらず 離れてても 

        そこの人間 は 直に クラってしまう 「チ」の 因縁 が 他より強い。


            Salvador Dali 「記憶の固執」


同郷の連中、内地のイジュウ関係者が かの「ち」の 禁じ手 を 使った。

あれは ただしい「ち」すじの
    「おんな」でしか 扱えない「チ」だ。

祖の「ち」 の「り」を 利用して 

  かく「チ」の 人間 を シタがわせ
  かく「チ」の みち を ズタズタにした。まさに 末期。 

強奪した 「ち」からで フカまーりー
 
  かく「チ」の 結界を 破り、さらに イジョウに する
  かく「チ」の 恵みを 貪り漁り 万死に 値する ヨイの所業 を 繰り返した


       クスクェーヒャー


M01 Chant I - Making of Cyborg - Kenji Kawai (Ghost in the Shell Soundtrack)


陽 極まれば 「陰」となる。


  2019年 10月30日。

  かの「ち」の 
  ある「おんな」方 より 私は ある想念を 受信した。

  泣いてた。 カナシイ、カナシイ って。


その頃、私は 北と南の伝承や神話から 着想を得て

「しじんさん」というケモノの
 童話調 モノカタリ「一献哥(歌)」という エセーを かいていた。


  その翌日未明、しろ に「ヒ」が 立った。

  エセーの続きを かこうと

   私が  PCを 立ち上げた、まさに その時刻 に。





風の時代
ものごとが 極化する 

「ポスト・トゥルース」時代 の 幕開け、か。

だから 私 スピ・精神世界なんかと 関わりたくなかった。


わかってる。

分かり過ぎるほど わかってた。
逃げられないのも 知ってる、どうなるか、解かってたから・・・

sumatumu cascas towa towa to

       ・・・・・・それでも

  どうしたら、うまく やり過ごせるか 
  ずっと かんがえてた。 いまでも かんがえてる。

nitumu cascas towa towa to

かんがえついた できる限りを 実 行 していく。

   生きている間じゅう 
   私は ずっと 右往左往 trial and error
   
   シコウ錯誤 を していくだろう

そうするうち いつの間にか 外は うっすら 白み はじめる。



バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲から 
「夜明け」「全員の踊り」
出雲市立第一中学校(1976年)


「 自分がしてきたことや、
  今感じていることが 
  何か 役に立てるのかもしれないと思って 何かする」


 然様ですか。 ステキな自分ですね。

 気持ちが いいでしょう?
 そういう自分って。ワクワクするよね。
 
(ありのまま)
(このまま)(そのまま)で いい
 貴方さまは、 その自分 を とても 愛しているんですね。 

「誰かの役に立てたら」って 
 そういうの、人前で 始終 アピール わざわざ 見せて クダさる

仮想現実げんそうの イイ自分が 貴方の 「本当の自分」 なんですから。
 



 「自分がしてきたこと」で もっと = ワクワクできる イイ
 「今感じていること」が もっと  = 気持ちよくなれる イイ

 「何か 役に立てるのかもしれないと思って 何かする」
 (アリのまま)(コのまま)(ソのまま)で あれば もっとももっと イイ貴方様


 「すべて」 自分の  思いのママ に 成る アイらしい 貴方は だから

      「ただここにいるだけでイイ」れる

       たくさんの人に のぞまれ 愛される
       イイ自分を 「本当のアナタ様」は

     それはそれは ヨク アイして イらっしゃるから。



現場猫的【プロフェッショナル2024】



「自ずとそうなる」
「思いを 超えて働く」
「神に させられた」
 ・・・だから 何でしょう?

べらべら ベラベラ
言い表せない境地を ひと様に ご教授くださる。実に 殊勝な事。

行為 自体 カルマ ですよ

何度も 何度も 
その様な ヨイ事を 繰り返す行為とは 
自己正当化、自己防衛、 「ある」自己執着 の「証し」です。

斯様な イイなり は 自他の思考を 混乱させ、
魂を 穢し 「ち」のことわりを 犯す

越権行為 神を 冒涜する蛮行だ。




言い表せない境地は 
言葉ではなく「間、行間、空白」で 表現するのです。

語りません。
語れないから 語らない。黙する。
言葉で 言い表せないのだから そうするほかないでしょう。

身の程を 弁えられた お釈迦様は それ故 無言 で 通された。 

「自ずと ソウなる」
「思いを コエて働く」
「神に サセラレタ」
・・・・・・ソの通り!!!

言えば 言うほど 墓穴を掘る 事も 知らず

ゼッタイ的 支配欲に かられた 自分様 は またぞろ
えんえんと 神の名を利用し イイ人を シタがえ ヨクなさるでしょう。 


現場猫的【汎用ロボ】


人の為 
自分の為 神の為に
行為するって 極上の 快楽ドラッグ ですわー。

とても ヨイこと ですから
ひとから 咎められない、何をしてもイイ、

ウマい口実よね イけない人間 には もってこい。


ね、そんな ヨイ貴方

(あい)するひと 
(あい)するもの
(あい)する神を ミセ物 に してまで

そんなに 「すべて」認めて欲しい? 
みんなに 「すべて」わかって 貰いたいんですか。 


誰よりも 
愛されたい 愛して欲しい 自分サマの 

たかだか 数十年の人生で 会得する 程度の 
  境地、覚醒、悟り、求道 が ナンボ のモノか。





イイなりの人間は 既に ミ抜かれて いる。

日本 かく「ち」に 出向いた先の
フィールドワークで つくづく 思い知らされました。


仏教、キリスト教、異国の宗教は いわんや

国家神道は もう「ち」から みれば デタラメ。
古神道とかいう 新興宗教は なおさら タチが悪い。

最近では スピリチュアル・精神世界が 
既存宗教に取って代わった 新しい宗教と化し、さらに 事態は 悪化 した。 

よくミせ得る 「ヨイ自分」なら 誰でも 神様、アイドル教祖に なれる時代です。


もすかう HEY! HEY! HEY! HEY!


宗教だろうが、
スピリチュアル・精神世界だろうが 
万物の「せい」 に ふかく関与する

その「ち」に 根ざした 
様々 コトなる ものごとが 存在しているのです。

神なるもの、しんなるものを のぞむなら、
神に関わる神事、しん域を みだりにしない。できません。


 実すれば その子を瀉す

自ずと 身を謹む。 自身の「ありかた」が 様々に 障るから。



ヒルマ・アフ・クリント Evolution, No. 15, Group IV, The Seven-pointed Stars (1907)



みちの領域です。 ヒトごとは 通用しません。

いま、何処で、
ナニを している「自分」なのかすら、気づいてない

ネット上 ひとの 口の端に上る
「本当」の スピリチュアル 「真」の 精神世界など 名ばかり。

   が 「本当」の スピリチュアルとし
   が 「真」の 精神世界と 見做しているのか

だから 私、
ここにいる イイひと、
ここにくる イイひとたちと 関わることを 止めました。

もう 自分が ボロボロで
完全に 終わってる、 イイ「自分カミで イかされてるのに 気付かない 

どうして こんな酷い事が まかり通ってしまうのか・・・・・・



「風の歌」haruka nakamura feat.LUCA



世の為・人の為に 活動している人の多くは、
無意識の領域に 強烈な 「罪の意識」が 刻印されているようです。
私は 霊的なヒーラーですが、過去に何度も そんな人達に出会ってきました。


・・・そう

「その人自身の 命の道に照らして、
 正しい歩みをしているのか どうか、チェックする」
なんて いうひとの 

一見、マトモそうにみ得る
この一文だけで、「罪の意識」を 反映する イイワケが 3か所もある。

  こういう正論って ワンパターン 思考だから、
  エネルギーが つるつる 滑って 言葉が 上っ面になるのよ。

  没個性。 自分を見棄てた 
  魂のないひとに ヨクある 典型パターンね、コレ。




  弁の立つヒトって
  ワイドショーの 評論家みたく 人の在り方とか それっぽい事 
  それらしい ギョウ界用語を ソレらしく羅列するだけで イける行為カルマ でしょ

 「私は何も書いていない」って 
 書いて ヒトに 見せびらかせるような 自家撞着、 論理破綻、 
 これらは「総て」 我痴、無明なる 所業のハンエイ。 「正見」者の 風上にも置けない 

イジョウ の 外道 は 「三毒」という ひとの言葉なんか 理解しない畜生よ


  だから、すーぐ 貪瞋痴のブタ は おだてりゃ キに上る
  こーゆう ヨク出来た人たちが 頼みもしないのに 私ん「チ」に くるのよ。

  アラやだ コレって 
  引き寄せ? 鏡の法則ってヤツ?! 

  あーらら こーゆー私って とーっても 「イけない人間」ネ、ふめいさん。



Nodame Cantabile - Ep 10 ( English Sub ) Part 2/2


投影だの、
自分軸だの
意識だか 真覚醒だか 

ひとに 言う以前に そもそもが ズレ てるでしょ。
そういわなきゃ イけない自分 だから 「私」たち、此処にいるんじゃないのさ。


 自分の罪を 償いたい・・・
 という 無意識的な 欲望 があり、
 それが 世の為・人の為・・・の行動に 駆り立てるのです。

 表面上は 「奉仕活動」という プラス方向ですが、
 裏側では 「強烈な邪気・マイナス波動」を 周囲に 撒き散らしています。




うん。私ね、だから 
ここにいるひと、ここにくるひとたちと
関わること止めて、その「大本」を きちんと 清算 しようと 思ったんだ。

ここで 「同じ」イイ彼らと い続けたら トモ倒れ に なる。


  わたしは この「私」を 全うしていきたい。
  いましかない この 奇跡みちを 大切にしたいの。

本気で 幸せになりたいなら、必ず 応援が来ます。
宇宙も 地球も、貴方が 仕合せになることを 許しています。
許されているのです。


「この道だよ」Surprise: Fog in March.


  陰 極まれば「陽」となる


私が 貴方と 関わるのは 
貴方 「イけない人間」を ぜったい「許さない」ヒトだったから。

本質的に、神に愛というものは ありません。
許す力と 許さない力があり、全ては バランス維持のためです。笑



偽らず「ありのまま」の 言葉を 遺してくれて
ありがとう。ふめいさん。

「ほんとう」のスピリチュアル、精神世界って
既存の スピリチュアル、精神世界から 卒業、還俗して

はじめて やっと スタート 地点 に 立つんだね。



狩野益信「山と帆前船の図」


酒を飲み、肉を食べ
世俗的な欲望を 持っていた 人間臭い 
貴方の あのいかした イケメン師匠のような いきかた(笑)

ごくふつーの 
ただの人間 を ただしく 全うする事 が 
どうやら 今ここにいる 私たちの 正道 覚醒、解脱の近道みたい

一休宗純と 「同じ」 あの 神聖なる狂気「みち」ね。


本来なら 資格のない ふめいさん
貴方に 特別な灌頂を とりなした 霊術の師匠様

あなた様の お仕えする神が お許しくださるならば 
彼に与え のちに禁じた あの一件、

     わたくしが その任 を 引き受けます。



"The Sound of Music" - THE SOUND OF MUSIC (1965)