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中野京子 美貌の人 ラッツアンドスター

2022-07-23 05:03:57 | 書評 読書忘備録
期せずして、よく似たお名前の作者の本を2冊読み終えた。
#中野京子 #美貌のひと歴史に名を刻んだ顔 208頁 PHP新書 と
#中島京子 #夢見る帝国図書館 404頁 文藝春秋 である。






どちらも面白かったが、それぞれ全く別の面白さである。
名前と著作がリンクしそうで微妙にすれ違い、その結果の果実がタネはよく似ているが実は別の味になっている果物を見ているようで興味深い。

美貌のひと、は中野京子さんお得意の、読んで考える絵画系統の1シリーズである。
西洋絵画において我々鑑賞者の心を魅了してやまない「美貌の人」について女性男性を問わず、神話・歴史上の人物から、実在のモデルまで特定されているモデル、女優、名も知られない市井の女性までジャンル分けにされ絵とともに中野節の解説が圧巻の切れ味で盛り付けられている。

中野さんの語り口が面白いのは、逆説的だが中野作品だけ読むとわかりにくい、ためしに他の名画解説本を読んでみよう。
同じようなデザインの本、同じ絵画であるが、他の本は絵画の地力に頼るところが多く、例え解説が記述されていたとしても、その内容が主よりも従、悪く言うと蘊蓄、表現を替えれば雑学か展覧会の解説キャプションに留まっていることが実感できるだろう。
正直、物足りなく覚えてくるのだ。

しかるに中野本はどうか?アプローチから異なるのだ。
まず絵があり、絵に引き付けられる私たちの存在を明らかにする。私たちが受ける絵の印象を改めて中野さんの手慣れた手腕で言語化される。
この絵のどこが怖いのか?どこが我々を惹きつけるのか? 
その上で彼女はおもむろにその絵の図像が示す意味、寓意を教える。
神話画、歴史画であればその絵が切り取っている物語とそのシーンの意味、登場人物たちの役割を語る。
近代、現代であればその絵のモデルと作者との関係、その絵が描かれるに至った運命の綾を解説する。
その探求のスタンス、目的へのアプローチの仕方こそ他の作者の熱量と気合の差を表すものだ。言い方は悪いがストーカー的な偏愛が対象となる絵画に注がれている。
この絵(このひと)のことなら、何でも知りたい!という偏愛である。

場合によると、それらの異なる切り口:同じ素材でも包丁の入れ方で調理も味も変わるように、絵画も異なるのだが、中野京子は一つの絵に複数の切り口を入れて、益々複雑、重層的な鑑賞の味わいを重ねてみせる。 
表題の絵、イワン・クラムスコイの忘れ得ぬひと、の章など一つの長いアート小説のプロットとして充分魅力的でドラマチックだ。











イワン・クラムスコイがこの絵の制作の少し前に手掛けたトルストイの肖像画からこの絵の物語を推定する。
トルストイの悲恋ドラマの名作、アンナ・カレーニナの創作の素子が肖像画の制作の際の画家と作家の互いのCHEMISTRYの中から湧き出でて小説に育ち、その小説のロマンティックが画家の次の作品のミューズとなったという物語である。
まるで原田マハさんの新作のようではないか!?

うん、良い紹介文ができた(笑) 
私のような凡夫にも創作のインスピレーションを与える、中野京子こそ讃えるべきかな、だ。


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