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冥土院日本(MADE IN NIPPON)

宗教の真実度 その1

「千の風になって」がヒットしている。作詩者は不詳になっているが、調べてみるとメアリー・フライという女性が1932年に作詩したものらしい。

●「千の風になって」の詩の原作者について
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/prof/1000winds.html
以来、半世紀以上この歌がヨーロッパやアメリカで歌い継がれてきた。911米国同時多発テロでは父親を亡くした11歳の少女が、一周忌に朗読したという。またIRA(アイルランド共和軍)のテロで命を落とした24歳の青年が、“私が死んだときに開封してください”と両親に託した手紙の中に、この詩が入っていたともいう。

原題は「Do not stand at my grave and weep」という。

その冒頭の歌詞は
Do not stand at my grave and weep(私のお墓の前で泣かないで)
I am not there, I do not sleep(そこに私はいません。眠ってなんかいません)

日本人ならばスピリチュアリズムの知識がなくとも、違和感なく理解できる歌詞である。しかし、この歌詞がキリスト教徒の欧米人に支持されているということに、私は驚きを隠せない。キリスト教の教義では死者の魂はひたすら墓の下で眠るだけである。そして神と悪魔の最後の戦い「ハルマゲドン」が終わった後、唯一絶対神の「最後の審判」によって天国に行ける魂が選択され、選ばれた魂は眠りから覚め天使に導かれて昇天するのである。

昨年話題になった「ダヴィンチコード」のテーマは、逆に日本人には分かりにくかったかもしれない。原作を読んだり映画をご覧になった方で、イエスが妻帯しその子孫がいたということが何故それほどまでに重大な事なのかと思われた方も多いであろう。

ユダヤ教やイスラム教ではイエスは偉大な預言者、つまり人間として解釈されているが、キリスト教の教義ではイエスは神の子であり、いや神そのものであって、決して人間ではないのである。ゆえに母親のマリアは処女懐胎しなければならなかったし、イエスが妻帯して人間の子孫を残したなど、到底あってはならないこととなる。

世界各国での映画の公開にあたって、各国のキリスト教徒や教会が強く抗議し、公開禁止となった国もあったようである。非キリスト教徒から見れば、処女懐胎などあり得ないと思うし、イエスが肉体を持った人間であったことなど当然の常識である。しかし特定の宗教を信じるものから見れば、その宗教が説く教義は絶対なのである。見方を変えれば「ダヴィンチコード」はキリスト教の教義への疑問提示と、教会の権威への挑戦とも言えるのである。

「千の風になって」や「ダヴィンチコード」のブームは、今キリスト教徒の心に大きな変化が始まっている事の表れなのかもしれない。

次回に続く

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