【2010年8月4日(水)】
◆読んだ新聞
日本経済新聞 8月3日(火) 夕刊 1面 15面
◆記事の見出し
1面《ドコモ・大日本印刷 提携》《電子書籍、年内にも参入》《各陣営の競争激化》
15面《大学の夏休み ちょっと短め》《中教審「授業期間内の試験禁止」》
《「就活にに支障」「指導きめ細かく」》《学生・教員、反応は複雑》
◆記事の内容
【1面】
★NTTドコモと大日本印刷が提携し、電子書籍事業に参入する。年内にも雑誌、書籍、コミックなどのコンテンツを集め、電子書籍端末や高機能携帯電話(スマートフォン)に配信するサービスの開始を目指す。両社は配信から課金まで一貫して手がける事業会社の設立も検討する。
★電子書籍については、KDDIが凸版印刷などと共同出資会社の設立で合意した。ソフトバンクモバイルも事業進出に意欲を示している。ドコモの参入により携帯3社が出揃い、コンテンツ提供者を巻き込んだ各陣営の競争が激しくなりそうだ。
【15面】
★各地の大学で、今年の夏休みが1週間程度短くなる異変が起きている。中央教育審議会が授業時間数をきちんと確保するよう求める答申を出し、前期試験を授業の中で行えなくなったことの影響が大きい。文部科学省令が定める授業数をこなすため、祝日に授業を行う大学も増えている。教育内容の充実が狙いだが、学生も教員も反応は複雑だ。
★学生の評価は様々。「休みの日に公認会計士の勉強をする予定だったので迷惑。授業回数を増やしても意味がない」「大学で友人に会えるし、嫌じゃない」「企業の面接と試験が重なるようになった」「今年は休みの密度が濃くなるかも」。体育会所属の学生は「大会と試験が同じ日で、追試を受けなくては」等々。
★教授陣の賛否も両論に分かれる。「今の学生は手取り足取り、きめ細かい指導が必要。意味はあ
る」「大学の教育レベルに差があるのに、授業時間を揃えてもナンセンス」等々。武内清・上智大名誉教授(教育社会学)は「1単位15時間が徹底されることで、単位交換などに際しても共通性が高まるなど一定の効果はある」としつつ、「卒業論文のような自主的学習こそ大学教育の本来の姿。サークル活動などで人間関係や自主性を育てる時間も大切で、授業数の確保だけに目を奪われてはいけない」と。
●今日の気づき
★教授陣の意見の「今の学生は手取り足取り、きめ細かい指導が必要。意味はある」に改めて驚いた。そういう学生を入学させなければならないほど、大学のレベルが落ちているのかと。学生は大学にとって「お客さん」なのか。少子化の中で、そうした学生でも入学してくれなくては困るのか。進学塾で鍛え上げられた受験技術で入試では高得点を取っても、その実態は「手取り足取り、きめ細かい指導が必要」な困った学生なのか。そういう学生が次の時代を担っていくのだと考えると、恐ろしくなる。
★電子書籍が大きな市場になりそうである。携帯端末や携帯電話に慣れ親しんだ世代が市場のボリュームゾーンを形成していくことになる。便利さの中で、鍛えるべきことが鍛えられないまま社会に出ていく若者が心配である。技術はどんどん便利な社会を現実のものにしていく。それに反比例していくように、若者の人間としての成長が希薄になっていくように感じてならない。便利さの追求は人間の素晴らしい能力をそぎ落とす働きにもなっているのではないだろうか。
★本を買う時、書店に行って一番刺激を受けるのは、そこに並べられているたくさんの本や雑誌を目にした時である。本のタイトルを見ているだけでもいろんな情報が得られる。それは書店に出入し出した小学生の頃から今も変わらないことである。国語辞典を初めて買ってもらった時は、同じページに並んでいる、調べたい言葉に関連した言葉がたくさんあるのを見て驚き、言葉についての視野が広がったことを思い出す。広辞苑を初めて手にした時は、自分の名前に関連して「東」の付く言葉や熟語、ことわざを探した。よく出てくるのが「東男の京女」である。関連して、出身地である京都にちなんで「京」の付く言葉やことわざを調べた。「京男に伊勢女」というのがあった。文献に出てくる年代では「東男…」は江戸時代、「京男…」は室町時代である。千年の都に生まれた筆者にとっては「京男…」が「東男…」の先輩格であることに満足した覚えがある。
★電子書籍や電子辞書では、意識しないでも書店の中にいるだけで自然に得られる「時代を映し出した情報」、意識しないでもページをめくるだけで「言葉を通した新しい世界の発見」を得ることはできないのではないだろうか。電子書籍への志向が書店に足を向かわせるきっかけになれば良いのだが、電子書籍と書店が競合する中では書店が衰退していく懸念もある。電子辞書でも、その便利さを享受することがページをめくりながら見る辞書の良さを発見するきっかけになってくれれば良いのだが…。電子辞書で受験戦争を勝ち抜き電子書籍で読書する世代が増えていくことが心配になってくる。便利さの実現、追求では、そこに置き忘れていることへの対応を便利さ以上に強くしていかなければならないのではないだろうか。
(東)
◆読んだ新聞
日本経済新聞 8月3日(火) 夕刊 1面 15面
◆記事の見出し
1面《ドコモ・大日本印刷 提携》《電子書籍、年内にも参入》《各陣営の競争激化》
15面《大学の夏休み ちょっと短め》《中教審「授業期間内の試験禁止」》
《「就活にに支障」「指導きめ細かく」》《学生・教員、反応は複雑》
◆記事の内容
【1面】
★NTTドコモと大日本印刷が提携し、電子書籍事業に参入する。年内にも雑誌、書籍、コミックなどのコンテンツを集め、電子書籍端末や高機能携帯電話(スマートフォン)に配信するサービスの開始を目指す。両社は配信から課金まで一貫して手がける事業会社の設立も検討する。
★電子書籍については、KDDIが凸版印刷などと共同出資会社の設立で合意した。ソフトバンクモバイルも事業進出に意欲を示している。ドコモの参入により携帯3社が出揃い、コンテンツ提供者を巻き込んだ各陣営の競争が激しくなりそうだ。
【15面】
★各地の大学で、今年の夏休みが1週間程度短くなる異変が起きている。中央教育審議会が授業時間数をきちんと確保するよう求める答申を出し、前期試験を授業の中で行えなくなったことの影響が大きい。文部科学省令が定める授業数をこなすため、祝日に授業を行う大学も増えている。教育内容の充実が狙いだが、学生も教員も反応は複雑だ。
★学生の評価は様々。「休みの日に公認会計士の勉強をする予定だったので迷惑。授業回数を増やしても意味がない」「大学で友人に会えるし、嫌じゃない」「企業の面接と試験が重なるようになった」「今年は休みの密度が濃くなるかも」。体育会所属の学生は「大会と試験が同じ日で、追試を受けなくては」等々。
★教授陣の賛否も両論に分かれる。「今の学生は手取り足取り、きめ細かい指導が必要。意味はあ
る」「大学の教育レベルに差があるのに、授業時間を揃えてもナンセンス」等々。武内清・上智大名誉教授(教育社会学)は「1単位15時間が徹底されることで、単位交換などに際しても共通性が高まるなど一定の効果はある」としつつ、「卒業論文のような自主的学習こそ大学教育の本来の姿。サークル活動などで人間関係や自主性を育てる時間も大切で、授業数の確保だけに目を奪われてはいけない」と。
●今日の気づき
★教授陣の意見の「今の学生は手取り足取り、きめ細かい指導が必要。意味はある」に改めて驚いた。そういう学生を入学させなければならないほど、大学のレベルが落ちているのかと。学生は大学にとって「お客さん」なのか。少子化の中で、そうした学生でも入学してくれなくては困るのか。進学塾で鍛え上げられた受験技術で入試では高得点を取っても、その実態は「手取り足取り、きめ細かい指導が必要」な困った学生なのか。そういう学生が次の時代を担っていくのだと考えると、恐ろしくなる。
★電子書籍が大きな市場になりそうである。携帯端末や携帯電話に慣れ親しんだ世代が市場のボリュームゾーンを形成していくことになる。便利さの中で、鍛えるべきことが鍛えられないまま社会に出ていく若者が心配である。技術はどんどん便利な社会を現実のものにしていく。それに反比例していくように、若者の人間としての成長が希薄になっていくように感じてならない。便利さの追求は人間の素晴らしい能力をそぎ落とす働きにもなっているのではないだろうか。
★本を買う時、書店に行って一番刺激を受けるのは、そこに並べられているたくさんの本や雑誌を目にした時である。本のタイトルを見ているだけでもいろんな情報が得られる。それは書店に出入し出した小学生の頃から今も変わらないことである。国語辞典を初めて買ってもらった時は、同じページに並んでいる、調べたい言葉に関連した言葉がたくさんあるのを見て驚き、言葉についての視野が広がったことを思い出す。広辞苑を初めて手にした時は、自分の名前に関連して「東」の付く言葉や熟語、ことわざを探した。よく出てくるのが「東男の京女」である。関連して、出身地である京都にちなんで「京」の付く言葉やことわざを調べた。「京男に伊勢女」というのがあった。文献に出てくる年代では「東男…」は江戸時代、「京男…」は室町時代である。千年の都に生まれた筆者にとっては「京男…」が「東男…」の先輩格であることに満足した覚えがある。
★電子書籍や電子辞書では、意識しないでも書店の中にいるだけで自然に得られる「時代を映し出した情報」、意識しないでもページをめくるだけで「言葉を通した新しい世界の発見」を得ることはできないのではないだろうか。電子書籍への志向が書店に足を向かわせるきっかけになれば良いのだが、電子書籍と書店が競合する中では書店が衰退していく懸念もある。電子辞書でも、その便利さを享受することがページをめくりながら見る辞書の良さを発見するきっかけになってくれれば良いのだが…。電子辞書で受験戦争を勝ち抜き電子書籍で読書する世代が増えていくことが心配になってくる。便利さの実現、追求では、そこに置き忘れていることへの対応を便利さ以上に強くしていかなければならないのではないだろうか。
(東)
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