早春の野に立ち山を描く。
峰々の残雪の白が眩い。山麓の木々は芽吹きもせず枯れ野の様相を呈している。
スケッチのポイントを探しながら丘陵地を登って行くと突然薄紅色の花の木に出会った。
「江戸彼岸桜」の小木だ。
残雪と枯れ野原の風景の中にあって桜の花が春を予兆するかのような光彩を放っていた。
雄大な山の懐に咲く桜の花に心を奪われた想いがした。
東京でも見慣れていたはずの桜だが、信州の自然の中で出会った桜は生命観に溢れ美しかった。
個展を間近に控え無我夢中で桜を描いた。
桜の花との出会いの感動が伝わったのか、
幸い個展は好評で「新境地の風景」「桜のオオシマ」などと呼んでくれるコレクターもいた。
桜の木にも沢山種類があって、見分けるのも難儀した。
スケッチの途中で出会った野に咲く小さな桜の種類も後々知ることが出来た。
アトリエの裏庭に「小諸八重紅枝垂れ」「雨情桜」の苗木を植えた。小彼岸桜、山桜も咲く。
桜に強い関心を抱くようになってからは、全国にある桜の名所や旧跡を訪ね歩くことになるのだが、
千年の三大桜と云われている岐阜の薄墨桜、山梨の神代桜、福島の滝桜には毎年会いに行くようになった。
桜前線とともに歩く桜のスケッチの旅は今でも続いている。
(画像:岐阜・薄墨桜/水彩・和紙f30)