お寺ふぁん・続

写真撮ってきたから見て~♪ 程度の記事書いてま~す!

3.11 7年目

2018-03-11 11:23:56 | 日記

 今日3月11日は、あの大震災から7年めとなる日だそうです。

 もう7年なのか、まだ7年なのか・・・

 被災された方お気の毒です。 ・・っと、いつ自身がお気の毒に思われる身になるのかわからないのが日本ですね。

 地震の巣、噴火の巢の上にある国と思えば当然のことです。

 

 危難に直面した記憶ということになるんでしょうけど、各地の地層に記録され直接見ることができるというものがあります。

 災害ということを考えなければそんな現地を見に行くのもいいですけどね。

 近所で言えば、伽耶院の神戸層群断層、地震と紐付けられています。

 

 その近く、吉川の黒滝もきっと断層なんでしょう。

 

 

 東日本の特徴は自然災害に原子力が巻き込まれているということですかね。

 まだ明らかな道筋が見えているという状況になっていません。

 その他の原発に関し、自治体からも原発を動かして欲しいという声が出てくるようになりました。

 当然だと思います。

 原発は劇薬、それは承知。しかし、必ず事故があるわけでもない。良薬成分も多い。

 劇薬を飲まねば町は社会崩壊で自然死してしまう。

 もともとそんな地域に立地させた・・・

 

 今後一切原発事故は発生しない、そう仮定したとしても核燃料を最終的にどうしていくのかは決まっていない見切り発車の技術ということのようです。

 地震は飽きました。原発も飽きました。

 そう思っても終わらない重い判断ですね。 ・・・ごまめの訳知り顔(。 ・ω・))フムフム


はる~! 月ヶ瀬 尾勝山真福寺 うめ

2018-03-10 19:56:04 | 

 今日3月10日は、曇りの予報でした。

 だったらお出かけせずにあれやらこれやらと・・・

  ・・起きたら青空じゃないですか。 ちょっとおでかけ!

 

  もう春は来てるんです。

 

 もう少しかな・・・?

 

  ・・・そう全体で見たら少し早いんですが・・ ”ようこそ!” なんですよね!

 

 

 春じゃ~ 待ち遠しかったにゃ~!

 

 お寺がありますね・・・

 

 

 

 はるだよ~♪

 ただ、左下、怪しい色してますね・・ へっくしょ~ん!

 

 しだれはきれいでしょうね。・・来週かな・・?

 

 

 

 

 ご本尊はお地蔵様ですね。

 

  季節のコラボ・・・

 

 

 つらい歴史です・・・ しかし、今につながりました。

 

 

 

 

 山深い地です。

 

 ・・やっぱり車は不便・・・・・・いっぱい? 一献?・・・゚・(。>д<。)・゚

 

 

 

 

 

 

 

 

 間近に梅を見ながら・・やはりちょっと早いんですが・・・うどん一杯をすすります。

 

 

 

  かなりの斜面です。

 

 

 

 

 

 むせ返るような春がすぐそこですね。

 

 

 石臼発見~! どうしたんでしょうね・・?

 

 お湯に浸かって帰ります。

 


春3月 大雨

2018-03-05 18:48:09 | 日記

  3月5日(月) 寒い寒い・・はクリアですが、よ〜降りましたな〜

 これからはどうなるんでしょう?

 ”まだまだ もっともっと降ったるで〜!” というような空模様です。

 

 

 風が出てきました。 電車遅れもあるようです。 花粉も黄砂も吹っ飛べ〜!

 


三木合戦

2018-03-04 18:39:08 | 日記

 ひなまつり

 3月3日ですね。 ですが、旧のお祭りは旧の暦、それはいつになるんでしょうね・・?

 

 だいぶ古臭くなってしまいましたが、我家にも姫さまがいらっしゃるので形だけでもおひなを飾ってみます。

 

 

 大昔、今の頃合いに大攻囲戦が始まりました・・・って、今頃籠城側がどうしようか悩んでいた頃じゃないかと・・・

 戦国末期、織田氏の中国攻めに際し、三木の別所氏は、織田方についていたものの離反してしまいます。

 なぜ?

 歴史が勝者の記録である以上、敗者である別所氏の真相は永遠の謎かと思いますが、想像はされます。

 学者さん、そのほか好事家さんたちの見解に対し、”そのとおり” というのか ”なにいうとる” なのかはやはりわからないですね・・・

 

 形として残るもの。

 秀吉は籠城した城を囲むための城を築きます。

 それを見てみたいと思っていました。

 ひな祭り時期の今見ます。

 理由は暑くもなく、寒くもない、虫もいず、にょろにょろも出ない。下生えも気にならない・・そんな時期を待っていた・・ということになるかも・・・

 

 大昔のことです。

 しかし、いまだに当時の造作が残っています。

 木は切り払ったはずです。何代目になるのか大きくなった樹木が時間の経過を教えます。

 この段々畑のような構造に兵を収容しました。

 

 主郭跡に展望台が作られています。

 

 そこからは三木城が目前です。

 

 

 

 

 当時こんな展望台作った。 いいや違うよねとご親切にありがとう。

 

 

 

 

 

 

 尾根道は整備されており、その当時からまったくもって快適道だったと思えます。

 しかし、その横は険しいんです。 正直 ”キケン”なんです。

 立派な自然防御施設ですね。 三木側は自前の付城としての考えはなかったんでしょうか・・・?

 

 籠城側の城直下に降りてきました。 ほどなく桜ですね。

 

 

 

 包囲戦が完成していく経過図とも言えるものです。

 それを視覚的にした立体も展示されています。

 

 ほぼ中心の幟が三木城。

 

 城の後背部にある付城が防御施設なら・・・相当な堅城。

 

 

  しかし、これは攻城側の付城です。

 川に面した一角だけが三木城、まさに孤塁です。

 それを最奥秀吉本陣が見ています。

 この方向になるんでしょうか・・? ”おお、毛利殿・・”

 来援はありません・・・

 

 

 ほぼ中央の高台が秀吉本陣になります。

 

 

 この堅城ぶりが判断を誤らせた・・・?

 

  美嚢川。水運もあっただろうし、城の堀としても機能したことでしょう。

 この見えている尾根筋も包囲線となってきます。

 

 23歳、籠城が約2年となると二十歳そこそこの”お殿様”の反抗でした。

 ”わしは室町権威の名家、百姓あがりごときに・・・” 読めませんでしたかね・・

 

 

 破壊しただけなら秀吉は大悪人です。

 しかし、その後の復興をしてるんですよね。 そんな名残の店でしょうか?

 アルコールなしでもうみゃいにゃ〜

 

 三木は栄えました。しかし、その後主要交通手段がわざわざ・・・ 痛いです。

 

 復興策による刃物の街・・ その実習のような刃物制作が行われていました。城跡です。

 

 

 

 超歴史というか、三木は地質でも興味深い地です。

 秀吉本陣は、年寄りは駐車場の関係で大手ではなく竹中半兵衛墓の方から登り下りするんですが、途上に丸みを持った石ころを見かけます。

 

 地層断面が覗いています。

 山の中に河原で磨かれたような石が・・・ この辺の土地というのはどうやってできたのでしょうか・・・?

 節理? のある大きな岩盤も露出してるんですね。

 

 

 帰路、三田辺り・・・ なに、このバス・・ 2両繋がって1編成になっています。一回の運行で2倍のお客さん? やるね神姫さん。

 

 

 

 

 

 (平井 太閤尾根道)

 

 

 ん〜? なに?

 今日視界内にあった駅が燃えた〜 おおお そういえば高速上でも乗用車が燃えてたわ・・こえ〜!

 

 


服部天神 梅

2018-03-03 10:53:48 | 

 豊中の町並みを散歩します。

 

 正面に急坂が見えます。その向こうが川。天井川なんでしょう。

 さらに進むと服部緑地です。

 

 阪急服部天神駅。以前は単に服部駅と言ってたんじゃないかな〜?

 天神様があります。

 梅の匂いはしていません。

 

 あるにはありました。若い植樹のようです。

 

 そこはかとなく・・・

 そんな感じじゃないかな。

 思いっきり空気を吸い込むとくしゃみが出そうです。うめと一緒に”あの季節”も来ました。