小説 ONE-COIN

たった一度、過去へ電話をかけることが出来たなら、あなたは、誰にかけますか?

十二月の出来事 1

2005年05月18日 | FILM 十十一十二月
曇りのち雨【十二の一】→→→ クリスマス直前の十二月二十二日、仕事へ出かける前、ティッシュを一枚取り鼻をかみながらテレビの前を通ると十二星座占いのランキングが流れていて、ちょうど視線を向けたとき十二位の星座が映しだされていた。目の前のゴミ箱にティッシュを投げたが淵に弾かれポロリと落ち、舌打ちしながら拾って捨てる。廊下を歩き、玄関に据わり靴を履きながら、大きくため息を吐き出し、今晩行われる忘年会の事を考える。占いの結果が後を引き気持ちが重い。せめて、十一位だったらと考えたけれど、もしそうなら、占いは見ていなかっただろうし、最下位だからこそ、タイミングが合ってしまったのだ。つまり、そのくらい運気が悪いぞと言われているような気がしてならない。知らなければ落ち込むこともなく、眠い目を擦りながら何も考えずに出かけられたはずなのに、占いのおかげでとんだ迷惑を被った。それでも何も起こらずに通りなれた道を進み、いつもの場所で渋滞に巻き込まれ、いつもどおり出社し、時間は過ぎていった。


 思ったとおりに物事が進まず戸惑い、居場所を失うでしょう。ラッキーパーソンは、イルミネーション。朝、見てしまった占いをふいに思い出し、窓に写る浮かない自分の顔と目が合う。鼻息が、その顔を曇らせる。曇った顔の後ろには、横にいる同僚南の横顔があり、その後ろには南の体から生えているかのように白く細い足が二本出ている。それは、南のふくよかな体ではなく、その横に座る日下部のものだ。

 七人乗りのミニバン、異様な空気が漂う車内の三列に並んだ座席の真ん中に、三人は座っている。右端の日下部は、時々足を組み替えている。真ん中の南は、私の座席に半分体をはみ出していることに気づく様子もなく、前にいる二人の会話に相槌を打ち、半分になった座席に左ドアと南の壁に押し潰され、まさに占い通り居場所を失い続けていく。

 仕事をそうそうに終え、第一陣は忘年会が開かれる居酒屋へ向かう。酒を飲まない同僚の車に乗り込んでいた。
 会社から出て、乗り込んだときは、真新しいシートの匂いがし、ルーフ部分は電車の窓のようにおおきくガラスが張られ、たしかCMで、家族が楽しく街の中を走り後部座席に乗る子供が、上を見上げ満面の笑みを浮かべているのを思い出し、まさにファミリーカーの典型だ。助手席にタバコを吸いたがってウズウズしている三浦、真ん中の座席、運転席後ろに、いつもよりも香水の匂いを撒き散らしている日下部、助手席後ろの私、日下部と私に挟まれる、巨漢だけれど、顔が小さく可愛い笑顔、米粒のようなピアスをつけている南、その後ろの座席に悠々と座っている一番年下だが一番のプライドの持ち主の眉毛が細い加藤、気が小さい上に、広がったおでこの皺から苦労が耐えなくありそうな四十歳を越えただろう田中さんが、幹事加藤に気兼ねしながら、さりげなくアドバイスを伝授していく。ハンドルを握るのは、三十五歳にして四人の子持ちである茶色の淵眼鏡をかけた立花さんで、きっと、家族で楽しく使うはずだったマイカーを、課長の一言で出すはめになり、貼り付けた笑顔の下には、耳を塞ぎたくなるほど悪態をつき続けているに違いない。なぜなら、どうみても、このメンバーは、この車には不似合いで、車のイメージまでも落としかねない。
 冬だというのに、空調からは冷たい風が流れ出し湧き出る異様な空気を出来る限りかき回している。

 車体が揺れるたびに、南の密着した肉がブルブルと振るえ伝わる。車が右折するときは、重心が反対側にズレ圧力が弱まり、締め付けられた体が弛められるのだが、逆に左折するときは、最悪で南の口答で聞いた体重より一割増しの体重が私を押し潰そうとする。この際、九十度の右カーブをおもいっきり曲がって、少しでも隙間を作りたい気分であるが、もし本当にそんなことになったら、反対側にいる日下部の足と体はぽきりと音を立て折れてしまうに違いない。
 そんな妄想にふけながら窓に写り込む悲惨な状況を見過ごし、その向こうにある景色を無理やり見ながら、息苦しさを考えないように心がけ、十五分の移動が一秒でも早く終わることを願い続ける。

 車が立体駐車場に差し掛かると緑色の矢印マークがハンドル越しに点滅を始めると徐行し、アスファルトから二階駐車場へ続く繋ぎ目にタイヤが音を上げたとき、小さな段差だろうが少しだけ車体が揺れ、南も揺れ、その波動が私にも遅れて伝わる。シートベルとの金具が腰に食い込みずきずきと痛む。
 駐車場は、忘年会シーズンということもあり多くが、停められている。助手席にいる三浦が、似たようなバンがライン擦れ擦れに停めてありその横の空いたスペースを指差し立花へ知らせるが、立花は、申し訳無さそうに、あそこは、狭くて入りませんといい、タバコが吸いたくて仕方ない三浦が別の場所を探す振りをして窓の外へ顔を背けたとき小さい舌打ちをするのが、助手席シートと壁の隙間からイライラを募らせた表情がアカラサマに見えた。
 一番後ろに座っている加藤が声を張り上げる。

「立花さん、向かう通路の真ん中が空いています」

 全員が、その方を向く。立花もそれを確認し、アクセルを踏む。車ががくんと前のめりになり、南の体もやや前へくの字になり浮き上がる。そのとき、私はシートに持たれたままで反動で戻ってくる南の巨体が右肩に乗っかる。南は、気付かず駐車スペースがあったことを喜んでいる。私は身動きがとれず、車は、スペースへバックし始め、このままでは、サイドドアを開けることも出来ないので、意を決し南へ顔を向ける。

「これじゃあ、他のやつらも苦労するかもな、やっぱりバスを借りるか、徒歩でいける場所にすりゃー良かったかな」

 南の「み」を発しようとしたとき、おもいきり絵の具の黒を塗られてしまったかのように言葉を、三浦が踏み潰す。南の小さな顔ごしに、幹事加藤の不満顔と視線があう。加藤は、表情を戻すことなく視線を外し、口元がぶつぶつと動いていた。

「み・・・」

 冷たく気持ちよい風が、背中に当たり車内に吹き込み言葉を飲み込む。カタリと音をあげたドアが勝手にスライドし開いた。南が私越しにドアを外をみると私たちは向き合い視線が合い南はそのまま降りる体制に入り体を前へだし、押しつぶされ押し花に成りかねなかった右肩が血の気を取り戻していく。
 南は、私の顔を見つめたまま私の言葉を待っている。

「ついてよかったですね・・・」

 南は、考えることもせず適当に頷く。それもそうだろう。会社から十五分の移動でついてよかったですねはない、エベレストの登頂に成功したわけでもないのだから。南が私を外へ促したので固まりかけた体を動かし肩を擦りながら外へ出る。


 エレベーターの表示を見上げていた。他の乗客もいたので特に会話もなく、光った十五につくのを待っている。十三階に差し掛かるとドアが開きエレベーター内の視線が一斉にフロアにいる三人のサラリーマンに向けられ、先頭にいた男性が前へ進み乗り込もうとしたとき、何かに気づいた様子で引き下がった。乗客が詰めさえすれば乗れたのではないかと思ったが、そのサラリーマンは、ひとつ頭を下げ閉じるのボタンを押した。次に開いたのは十五階で次々に降りていき、最後の南だけが人の間を抜けるのに苦労している。私は、エレベーターを降りてから、南が降りるのを待つ。数メートル先で、日下部が表情ひとつ変えずに振り返り足を止める。男性社員は、加藤を先頭に目的の店へ向かっている。私が立ち止まっている事に気づいた南が、体を揺らしながら駆け寄ってくる。

「途中で止まったとき、もう冷や冷やしちゃった、あの人と目が合って、私思わず首を振って訴えちゃった、乗らないでえって」

 南のつぶらな目が、少しだけ三日月のようになる。なぜそんな事をしたのか分からないまま、南の照れ笑いに答えるように、はにかんでみせ、二人並んで立ったままの日下部の下へ歩く。

 十五階のフロアは、エレベータを降りると向かって左に伸びていて、右側は薄暗い階段と長いすが二つ置かれているだけでその前には一面ガラス張りになっている。左右に店が並び、パスタや鉄板焼きや韓国料理などがあり、私達が向かっているのは、一番奥の居酒屋だ。
 鉄板屋に差し掛かったとき、二、三歩奥まった入口に何人かの女性が固まっていた。全員が後姿であったけれど、直感のようなものが勝手に働き歩調を緩め、目を留め続ける。女性の集団から定員と話す男性がひょっこり顔を出し、何度か女性達に向かっては話している。集団が前へと足を進めたとき塊が崩れ、声も漏れ聞こえ、送別会がどうとか話していてその中の一人が偶然後ろを振り向いた。

「優希」

 ぱっちりと開いた優希の目が、私を捉え数秒だけ時間が止まったのではないかと勘違いするほど見合わせている。南と日下部が立ち止まり私を呼んだことで秒針が動き始め、優希が列から逆流すると同時に、二人へ先に行っていてほしいと伝えると二人の背中は居酒屋へ向かっていく。
 エレベーターのドアが開き、人が溢れ出て賑やかになる。二人はそれを避けるように誰もいない階段の前の長いすの方へ歩く。

「どこかで、みたことある軍団だなあって、エプロン掛けてないと分らないものだね」

 一団が、店へ入っていき辺りは、店内の賑わいが響き伝わってくる以外は、静まり返っていて声が階段の方まで響き少しトーンを落とす。
 優希は、長いすに座らずガラス張りで眼下に広がる街を見下ろしている。なんとなく居心地の悪さを感じながらその横に立ち止まり、歩道に並ぶ植樹が色とりどりのネオンで飾られている姿を眺める。一度優希の横顔を見たけれど、視線は変わらずに下に注がれているばかりで、私は次へ続く言葉を捜しながらもう一度キラキラと光るネオンを眺めた。ネオンで飾られた木々の下を、サンタが歩いている。息苦しそうな髭をつけ、大き目の赤い服に帽子、どこからどうみてもサンタなのだが、ひとつ違和感があるのは、間違いなく、荷物が皮のカバンだからだろう。サンタだ、と呟くと優希が、あのサンタ、サラリーマンと兼業なんだねと言い二人は、くすりと笑った。もちろん、そんなわけはなく忘年会のためにどこかで買って着ているのだろうけれど、僅かでも今ある空気を変えたかった、けれど、寂しくなるだけで何も変わらない。


thank you
つづく・・・