どうして設計という仕事をするようになったのか考えてみたら・・・・
やっぱり初めて設計図面を書いた時の事が衝撃的で設計の仕事や建築の道を選んだんだと思います
きっと、ハイ
・・・・・って、オイ鶏が先か卵が先って話に似てないか
という声が聞こえる(爆
白状すると初めて図面を書いたのはかれこれ40年ほど・・・・前、ですね
(ハイ、そこの人!有史以前の大昔のように感じないように!笑)
ちょうど小学校4年生の時でした。
はっきり今でもその事だけは憶えています。
先生の顔も、その日の教室も晴れて明るかったのも憶えています。
なぜか?
それを説明する前に当時の悪ガキの(私のこと、笑)事を書かないと分からないです
当時私はどうしようもない忘れん坊で宿題とかしていったことがありません(爆
で、いっつも先生に怒られて居ました。・・・・でもやってかないんですよ
なんでやっていかなかったのか記憶には残っていません(本当なんです)
で、学校が嫌いだったかというと大好きでした。みんなと遊べますから(笑
そう、その当時、学校は遊びに行くところと思っていたような記憶が
なんとなくあります
上級生のガキ大将と隠れ家を作って遊んだ1年生のころの記憶も残ってます。
隣町のガキ大将グループ(顔を見たこと無い)田んぼで川を挟んでやった真剣な戦争も
紛争の原因はたしか誰かが拉致されて人質になったらしいので助けに行くぞ!という召集令状だったと思います(爆
なにしろそんな感じで遊んだ記憶しか残っていないんですが
授業中に起こった設計図面事件だけは覚えているんです(笑
それが、4年生の時でした
疲れそうな長さになりそうなので・・・・・まえふりはこの辺で終わります
さていよいよ ◆設計図面事件の真相! にせまります(爆
さて、記憶の中の授業中の「設計図面事件」です
私が小学校4年生のことです、担任の先生は年配の女の先生でした。
まあ、年配といっても今の私より若かったのではという気がします。(爆
◆エピローグ
それは工作の時間が終わった時です
先生はみんなに「次の図工の時間に作る工作の絵を描いてきて下さい、宿題です」
来た、宿題です
・・・・ちょっとイヤ~な気分(笑
しかし、今回はちょっとその後の反応が違っていました
・・・工作の絵を描くのか
・・・ってことはどんな風に作るのかを書くんだな
・・・う~~む、設計図面だよな
・・・マンガに書かれていたあれだよな
(記憶の中ではちょうど何かのマンガで見た図面を連想したことは憶えている)
・・・たしか
・・・ミリで寸法を書いてたよな
・・・そっかあんな図面にすればいいんだ、面白そうだぞ
その日は友達と遊びもしないで学校から帰ると何かの箱の厚紙の底の白い部分を
ハサミで切り取り工作の図面を書き始めたのでした
学校から帰ってすぐに宿題をやったのはあれが最初で最後でした(笑
で、色々考えて車を作ることにしたのです
懸命になって書きました、気がつくともう外は暗くなってた
出来上がりました車の図面です
寸法も引き出し線に←150mm→な感じに書きました
こだわりは風を切るようにしたボディーラインの部分です
眺めてはニヤニヤ、カッコイイ!ニヤニヤ、サイコウ!って感じですよ
で、宿題の図工の日がやってきました
もうそれまで何度と無く眺めてはニヤニヤした図面です
胸を張って先生に見せました
先生が驚く様子を期待していたんです
先生「・・・・・・・・」
私 「・・・・・・・・」
先生「う~・・・・・・」
私 「ヒュ~ヒュ~♪♪♪」(口笛、笑)
とうとう先生がおどろきの表情を・・・・のハズが・・・・
先生「え~とね、宿題は自分でやらないとダメですよ」
私 「え”~~~っ」
先生「だから、お父さんに書いてもらったら、ダメですよ」
「でも、良く出来てるから今回はそれで良いですから、車、作ってください」
私 「え~~、これ俺が書いたよ」
先生「寸法の書き方子供の書き方じゃないし、mmって知ってた?」
私 「知ってたし~、自分で書いたし~」
先生「はいはい。わかったわ、自分で書いたことにしておきましょう」
「さ、早くつってくださいね、車」
私 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」
たったこれだけのやり取りでした、時間にすれば2,3分も無かったでしょう
私の人生が決まった瞬間です・・・・
設計図事件です
良かったのかどうか分かりませんが
進路を決めるときには躊躇無く建築と決めていました
あの時、不思議と悔しくなかったんです
まあ、普段まったく宿題をやってこない事が祟ったのもありますが・・・
先生が信じられない図面を書くことが出来たと誇らしかったのです
ほんと、何が良いのか悪いのか、もし私がいつも宿題をやっていて
図面を書いてもっていったときに先生が
「凄いわね上手に書けました」と言っていたら
私の記憶にすら残らない授業中の事で終わっていたかもしれません。
目の前に起こっていることを
全ては将来の自分の為に
必然で必要で最高の事として起こった
と思えと社会人になって、父親になってからある人に教わりました
そうだと思うし、そう思えばめげなくてすむし、いい言葉だと思います。
あ”~~~なんか、まじめっぽくなって、ぜんせん笑えませんぜ、だんな
絶対もっと面白くなると思ったんですが(爆
まあ、人の進む道ってこんなもんだと思います
たいしたことじゃないことで決まっていきます
要は、決めたら徹底的に楽しむ
これにつきます
やっぱり初めて設計図面を書いた時の事が衝撃的で設計の仕事や建築の道を選んだんだと思います
きっと、ハイ
・・・・・って、オイ鶏が先か卵が先って話に似てないか
という声が聞こえる(爆
白状すると初めて図面を書いたのはかれこれ40年ほど・・・・前、ですね
(ハイ、そこの人!有史以前の大昔のように感じないように!笑)
ちょうど小学校4年生の時でした。
はっきり今でもその事だけは憶えています。
先生の顔も、その日の教室も晴れて明るかったのも憶えています。
なぜか?
それを説明する前に当時の悪ガキの(私のこと、笑)事を書かないと分からないです
当時私はどうしようもない忘れん坊で宿題とかしていったことがありません(爆
で、いっつも先生に怒られて居ました。・・・・でもやってかないんですよ
なんでやっていかなかったのか記憶には残っていません(本当なんです)
で、学校が嫌いだったかというと大好きでした。みんなと遊べますから(笑
そう、その当時、学校は遊びに行くところと思っていたような記憶が
なんとなくあります
上級生のガキ大将と隠れ家を作って遊んだ1年生のころの記憶も残ってます。
隣町のガキ大将グループ(顔を見たこと無い)田んぼで川を挟んでやった真剣な戦争も
紛争の原因はたしか誰かが拉致されて人質になったらしいので助けに行くぞ!という召集令状だったと思います(爆
なにしろそんな感じで遊んだ記憶しか残っていないんですが
授業中に起こった設計図面事件だけは覚えているんです(笑
それが、4年生の時でした
疲れそうな長さになりそうなので・・・・・まえふりはこの辺で終わります
さていよいよ ◆設計図面事件の真相! にせまります(爆
さて、記憶の中の授業中の「設計図面事件」です
私が小学校4年生のことです、担任の先生は年配の女の先生でした。
まあ、年配といっても今の私より若かったのではという気がします。(爆
◆エピローグ
それは工作の時間が終わった時です
先生はみんなに「次の図工の時間に作る工作の絵を描いてきて下さい、宿題です」
来た、宿題です
・・・・ちょっとイヤ~な気分(笑
しかし、今回はちょっとその後の反応が違っていました
・・・工作の絵を描くのか
・・・ってことはどんな風に作るのかを書くんだな
・・・う~~む、設計図面だよな
・・・マンガに書かれていたあれだよな
(記憶の中ではちょうど何かのマンガで見た図面を連想したことは憶えている)
・・・たしか
・・・ミリで寸法を書いてたよな
・・・そっかあんな図面にすればいいんだ、面白そうだぞ
その日は友達と遊びもしないで学校から帰ると何かの箱の厚紙の底の白い部分を
ハサミで切り取り工作の図面を書き始めたのでした
学校から帰ってすぐに宿題をやったのはあれが最初で最後でした(笑
で、色々考えて車を作ることにしたのです
懸命になって書きました、気がつくともう外は暗くなってた
出来上がりました車の図面です
寸法も引き出し線に←150mm→な感じに書きました
こだわりは風を切るようにしたボディーラインの部分です
眺めてはニヤニヤ、カッコイイ!ニヤニヤ、サイコウ!って感じですよ
で、宿題の図工の日がやってきました
もうそれまで何度と無く眺めてはニヤニヤした図面です
胸を張って先生に見せました
先生が驚く様子を期待していたんです
先生「・・・・・・・・」
私 「・・・・・・・・」
先生「う~・・・・・・」
私 「ヒュ~ヒュ~♪♪♪」(口笛、笑)
とうとう先生がおどろきの表情を・・・・のハズが・・・・
先生「え~とね、宿題は自分でやらないとダメですよ」
私 「え”~~~っ」
先生「だから、お父さんに書いてもらったら、ダメですよ」
「でも、良く出来てるから今回はそれで良いですから、車、作ってください」
私 「え~~、これ俺が書いたよ」
先生「寸法の書き方子供の書き方じゃないし、mmって知ってた?」
私 「知ってたし~、自分で書いたし~」
先生「はいはい。わかったわ、自分で書いたことにしておきましょう」
「さ、早くつってくださいね、車」
私 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」
たったこれだけのやり取りでした、時間にすれば2,3分も無かったでしょう
私の人生が決まった瞬間です・・・・
設計図事件です
良かったのかどうか分かりませんが
進路を決めるときには躊躇無く建築と決めていました
あの時、不思議と悔しくなかったんです
まあ、普段まったく宿題をやってこない事が祟ったのもありますが・・・
先生が信じられない図面を書くことが出来たと誇らしかったのです
ほんと、何が良いのか悪いのか、もし私がいつも宿題をやっていて
図面を書いてもっていったときに先生が
「凄いわね上手に書けました」と言っていたら
私の記憶にすら残らない授業中の事で終わっていたかもしれません。
目の前に起こっていることを
全ては将来の自分の為に
必然で必要で最高の事として起こった
と思えと社会人になって、父親になってからある人に教わりました
そうだと思うし、そう思えばめげなくてすむし、いい言葉だと思います。
あ”~~~なんか、まじめっぽくなって、ぜんせん笑えませんぜ、だんな
絶対もっと面白くなると思ったんですが(爆
まあ、人の進む道ってこんなもんだと思います
たいしたことじゃないことで決まっていきます
要は、決めたら徹底的に楽しむ
これにつきます