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10/11号 第一線外科医7人からの医学生へのメッセージ

2011-10-12 | 医科歯科ニュース

治癒可能性の限界に挑戦し、世界中の癌および末期臓器不全の患者に最高の医療を届ける……。

 「私のVision&Mission」として、こう力強く語ったのは、米国マイアミ大学移植外科臨床フェローの日比泰造氏。NPO法人「日本から外科医がいなくなることを憂い行動する会」は10月8日、医学生や研修医向けにセミナーを開催、若手外科医2人、外科系各分野の第一人者5人、計7人の医師が出席し、自らの専門分野の紹介とともに、外科の醍醐味、外科にかける熱い想いを情熱を込めて語りました。

 若手代表の一人、日比氏は1998年慶応義塾大学卒。卒業後、横須賀米海軍病院、国立がんセンター(当時)などを経て、米国に留学。専門は、肝胆膵移植外科。気管支胆管瘻を合併した肝細胞癌の切除例に世界で初めて挑むなど、「患者を救うために何ができるかを、限りなく追求する」(日比氏)外科医。米国で臨床を行う資格を取得、今は、マイアミ大学で脳死移植の研さんを積んでいます。日比氏が「外科医として心がけていること」として挙げたのは、「四つのA」。(1)Artist:洞察力を深める、(2)Athlete:最高の表現するために訓練を続ける、(3)Architect:段取り、枠組みを考える、(4)Ally:同士、仲間、連帯、です。「Allyが一番重要。外科医はオーケストラの指揮者であり、臥薪嘗胆を続けながら精進を続けていきたい」(日比氏)。

 紅一点は、鹿児島大学大学院消化器・乳腺甲状腺外科診療講師の喜島祐子氏。専門は、Oncoplastic Surgeryで、整容性を考慮した乳腺外科手術に取り組んでいます(『下垂乳房の整容性を高める術式』を参照)。1993年同大卒業後、まもなく出産をした喜島氏は、(1)できないことは何か(緊急性の高い疾患の外科)、(2)やりたいことは何か(癌遺残のない手術、整容性に優れた乳房温存術)、(3)できることは何か(短期間の研修、デスクワーク)、(4)しなければいけないことは何か(経験、実践、レポート)、などと仕事を整理し、育児と仕事の両立に成功、今に至っています。喜島氏は、周囲の理解と支えが重要だったとし、「大学医局に所属し、多くのことを先輩から得ることができた。また非常に懐の深い医局であるため、制約の多い私が仕事を続けることができた。今の生活は本当に楽しい」と語っています。

 ベテラン外科医たちのメッセージも、非常に示唆に富む内容でした。

 「私が目指すPhysician scientistは、技術、科学、心を併せ持つ医師。外科医の腕をいくら磨いても、治せない患者さんには科学が必要。そして何より大切なのは患者さんに接する心」。医学部2年生の時、1年下の後輩がスキーで脊髄損傷になったため、「脊髄損傷の患者を治したい」という一心で、脊髄損傷の手術と再生医療などの研究を追求しているのは、慶応義塾大学整形外科専任講師の中村雅也氏

 「外科医は手の震えで引退を考え、若手は怒鳴られて手が震えるが、それをダ・ダビンチは補ってくれる。人間の手は、ロボットの手を超えられない。工学とも連携して、日本人に合った日本製の内視鏡手術支援ロボットを開発してほしい」。藤田保健衛生大学上部消化管外科学教授の宇山一朗氏は、手術支援ロボット「ダ・ビンチ」活用の可能性を語りました(『ロボット手術「ダ・ビンチ」、日本の消化器癌治療で広がるか』を参照)。

 「完成された手術は一つもない。常に批判的な目で見て、既成概念に挑戦している。10、20年後も同じことをやっていることはあり得ない。新薬の開発は製薬企業がやってくれるが、新しい手術、デバイスの開発は外科医にしかできない。100回生まれ変わったら、100回外科医になる」。「外科医のトキメキ」を、こう語ったのは、東京慈恵会医科大学外科講座Chairman(統括責任者)の大木隆生氏(『「若者よ、世界に向かって大志を抱け」、大木・慈恵医大教授』を参照)。「外科という共通言語があれば、人種のハンデキャップの乗り越えられる」とする大木氏は、米国時代はアルバート・アインシュタイン医科大学血管外科教授まで務めています。

 「今の自分をドライブするのは、手術に対する思い」と語った岩手医科大学外科教授の若林剛氏は、生体肝移植の第一人者。「外科医になる君へ」として、若林氏は、「手術技術は常に向上する。そして手術は進化している」とのメッセージを贈ります。肝臓外科手術では、腹腔鏡下でドナーから肝切除するという低侵襲化が進む一方、周術期管理手法の進展で過大侵襲手術の可能性も拡大しているとのこと。若林氏は、「困難な手術ほど達成感は高い。開胸開腹手術は外科の醍醐味」と結びました。

 長崎大学名誉教授の兼松隆之氏は2005年7月から展開している、小中学生を対象とした外科手術体験、「キッズセミナー」を説明。2010年末までに全国52施設、計90回実施しています。縫合糸による結紮や内視鏡外科手術トレーニング用エンドトレーナーの操作を体験するなど、真剣な、そして生き生きとした白衣姿の子どもたちの印象的な写真を紹介しました。

 外科医不足をどう解消するか……。確かに給与、勤務時間の短縮など勤務環境の改善は不可欠ですが、その仕事の面白さを研修医、医学生、さらには医師を目指す子どもたちに伝える大切さを改めて示したセミナーでした。

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子どもの甲状腺検査始まる 福島、世界に例ない規模 36万人を生涯チェック

2011-10-12 | 医科歯科ニュース

子どもの甲状腺検査始まる 福島、世界に例ない規模 36万人を生涯チェック

2011年10月11日   提供:共同通信社

 

 

 

 福島県は9日、東京電力福島第1原発事故に伴う県民健康管理調査の一環として、今年4月1日時点で18歳以下の子ども全員を対象とする甲状腺検査を県立医大病院(福島市)で始めた。約36万人を生涯にわたってチェックする世界的に例のない規模の調査となる。

 甲状腺はのどの付近にあり、昆虫のチョウが羽を広げたような形の組織で、体の代謝を支えるホルモンなどを分泌。放射性ヨウ素がたまりやすく、1986年のチェルノブイリ原発事故では子どもの甲状腺がんが多発した。保護者の間に不安が広がっているのを受け、全ての子どもを対象とした。

 検査は1人当たり5分程度で、超音波を使い、首の断面画像や甲状腺の大きさを記録。異常がないか複数の医師で診断し、結果は約1カ月後に郵送で通知する。病変の恐れがあれば後日、採血や尿検査のほか、細胞を採取する詳細検査を行う。

 初日に受けたのは、計画的避難区域などに指定された飯舘村と浪江町、川俣町山木屋地区の子ども144人。0~5歳が24人、6~10歳が48人、11~18歳が72人で、22人は県外の避難先から訪れた。

 3町村の計4908人を検査した後、他の地域にも広げ、2014年3月までに県内を一巡。その後は2年ごと、20歳を超えると5年ごとに生涯にわたり検査する。

 県外に避難した子どもも数多くいて所在が分かっている世帯には案内を郵送しているが、転居先を把握できないケースもあり、各自治体やホームページを通じて受診を呼びかけている。

 診断には専門知識が必要だが、規模が大きく県内の専門医では不足するため、県立医大は学会などを通じて全国の医療機関に応援を要請。将来は住民が地元の病院で検査を受けられるよう、医師の育成も進める。

※県民健康管理調査

 約200万人の全福島県民を対象に、県が原発事故後の健康状態の把握や、不安解消を目的に進めている調査。2段階あり、基本調査では自己記入式の問診票を送付、3月11日以後の行動を記録し、滞在場所などから個人の被ばく線量を推計する。詳細調査では、18歳以下の子どもの甲状腺検査のほか、全ての妊産婦に問診票調査を実施。避難区域に指定された地域の住民には健康診断を行うほか、避難生活が精神面や生活習慣に与えた影響も調べる。