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四国のササ原

2024年04月08日 | 四国山地のササ

四国のササ原
                         


 

日本各地のササ原は山頂効果と呼ばれる現象や森林の伐採、山火事、風雨などによる裸地化が原因でササ原になっていると考えられています。亜高山帯では何かの原因で森林がなくなるとダケカンバやミズナラが先駆種として現れますが、地形によってはササが先駆種の樹木より先に裸地を占拠してしまうことがあります。顕著に見られるのが山頂付近や尾根づたいの場所で、これらの場所は比較的乾燥し、日のよく当たる暖かい所なのでササの生育には好条件の場所といえます。


本来、四国の山は全域が樹林帯です。しかし、四国では亜高山帯の稜線部分のほとんどがササ原です。四国では台風が多く、頂上効果と言われる現象で樹木が育たない環境という説もあります。しかし、山頂効果とは考えられないササ原が数多くあり、森林の伐採や野焼きなどによる人為要因による裸地化が原因とも考えられます。


四国のような温暖地域における亜高山帯では、ササやススキが二次林の侵入より先に裸地を占拠してしまうようです。つまり、山頂部や稜線部分では樹木よりも乾燥に強いササやススキが優勢となり、草地を作っていると考えられます。


一ノ森東斜面、天狗塚の牛ノ背、落合峠のような傾斜の緩いササ原では、ササの密度は濃く地表は暗くなっています。そのため、他の植物の種子が発芽して生育するだけの光が十分になく、樹木の侵入を困難にしています。


このようなササの占有地では山野草も生長と繁殖は阻害されています。樹木や山野草が自然回復できる場所は谷筋や登山道に沿ったササの無い場所のみです。


剣山系のササは東祖谷山村誌によれば、「昭和28年に剣山系の笹がすべて枯れた。」とあります。剣山頂上ヒュツテの新居重子氏も「 昭和28年に剣山の笹に穂がなり、ネズミが大量発生し、困った。笹はすべて枯れました。」と言っています。


剣山系のササ原は東西に10Km以上あり、全てのササが同時に枯れたとすれば、これらのササは同じ個体と想像されます。
(参考):チシマザサ節オクヤマザサについて、同時に枯れるササはクローン解析すると、同じ個体であったという研究報告があります。(注1)



ササが枯れる更新時は樹木にとって再生のチャンスなのですが、剣山地では森林の回復は行われなかったようです。


剣山のリフト登山口の手前に夫婦池と言う場所があります。この場所はかつて天然ヒノキ林でしたが昭和の初期までに一本の木も残らず皆筏されました。しかし、ここはササ原にならず、ウラジロモミの極相林となり、林床に薄いササが生えています。


一方石鎚山系では、福嶋司著「日本の森」によりますと、昭和40年から41年にイシヅチササが枯渇し、その跡にダケカンバが生えたそうです。愛大小屋周辺、岩黒山北面、手箱山山頂周辺のダケカンバがそのときに回復した林だそうです。


沓掛山の南斜面は森林伐採の跡に
ササが生えたような様子がうかがえる
山頂部と中央の丸い緑はササ原



左下隅と人の下に切り株がある
かつては森林であったことが伺える

(1964年剣山山頂部)


剣山の南に位置する次郎笈
薄く小豆色に見える部分はダケカンバの
幼木が遡上している場所、上の写真と比
べても森林帯が上がっているのがわかる




森林が回復しつつある落合峠


 



<四国山地のササ分布図>

四国に分布するササは「四国山地のササ」で記述してある通り剣山系のミヤマクマザサ、石鎚山系のイブキザサ、鬼ヶ城山系のミヤコザサです。



地理的に石鎚山系と剣山系は吉野川で分断されています。この四国山地を二分している場所を大歩危小歩危といいます。地質は三波川変成岩類で砂質片岩の中に礫質片岩が挟まれた約7000万年前の白亜紀後期のものとされています。

中学生のころ、四国山地を吉野川がどうやって分断したのか不思議でした。
その時教わったのが、
「日本列島誕生のころ、四国山地は石鎚山と剣山はひとつの山脈として徐々に隆起していました。しかし、四国に降る雨は非常に多く、吉野川は四国のほぼ中央で四国山脈が隆起する速度にあわせて山脈を南北に侵食していました。
この場所は深い切り立った谷となり、現在の大歩危小歩危になったと考えられる。」
とのことでした。
現在では、第三紀のころ四国山地は準平原を形成しており、第四紀になって隆起したと考えられています。

四国では3種類のササが棲み分けています。
地図で示しましたが、よく見るとササの種類は大きな川が境になっているようです。石鎚山系のイブキザサと剣山系のミヤマクマザサは吉野川で分かれ、さらに石鎚山系のイブキザサと四国カルストのミヤコザサは仁淀川を境にしています。

石鎚山系の西の端に皿ヶ嶺という山があります。ヒマラヤの青いポピーが植えられている有名な風穴がある所です。この山のササは1000m付近までスズタケですが、竜神平から頂上まではミヤコザサと思われるササに覆われています。
地理的には石鎚山系ですが、石鎚山と皿ヶ嶺のちょうど中間に黒森峠(標高1000m)があり、仁淀川の源流のひとつ(面河川の支流)がこの峠から流れ出ています。石鎚山系のササを2つに割ける川でしょうか。



(注1) 植物学会誌 北村 系子・河原 孝行 森林総合研究所北海道支所 遺伝的なクローン構成がオクヤマザサの部分開花に関係

*) 二次林とは、自然林を伐採した後にできる林をさし、最初に侵入してくる種を先駆種と言います。
*) 極相林とは、森林の更新が安定に達した状態を言います。

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