今回の記事は、書いていてレヴューでは無くなってしまったので、破棄しようかとも思ったのですが。
せっかく、ヘロドトスの 『 歴史 』 についても書いたので、アップします。
“ たぶん、わたしには根強い偏見があるのだ。”
そうですね、仕方ないとは言え、あの国と その横の国には、偏見があると自覚はしています。
歴史、
ヒストリー ( History )
現在、自分自身や周囲が、
『 歴史 』 という言葉を使ったり、
その言葉を聞いたりするとき、
その 『 歴史 』 という言葉の概念は、
どのように考えるべきだろうか。
いや、そもそも何処に、源を訪ねるべきか。
歴史とは――、
極端に言い切ってしまうのなら、それは、過去の出来事の集積であり、「適切な」 羅列である。
しかし、ただ、「 それだけだ 」 としてしまうと、
個人、あるいは 集団の恣意によって、過去は歪められ、
まるで アニメやコミックの二次創作物のようになる。
それも、上質な二次創作物ではなく、 エロ同人誌のような卑猥なものとなる。
卑近な例を挙げるなら、「 従軍慰安婦問題 」 であろうか。
例えば、現在の朝鮮半島。
あの半島で、一般に流布しているような、
あるいは、垂れ流して 国家として平然としているような、
あの 「歴史観」 が まかり通るようでは、歴史の価値が大きく損なわれる。
歴史とは、
過去の人間の行為を通して、過去の出来事を復元し、
そして、「 人間とは何か 」 を明らかにするものなのである。
そして、歴史学とは、それを目指す学問である。
過去の人間の行為。
過去の出来事。
因果関係を明らかにすること。
これ自体は、文献では、ヘロドトスという人物が 初めて試みている。
彼は、ギリシャ古典時代 ( B.C.500年~B.C.338年 ) のペルシャ戦争の時期を生きていた。
ちょっと、その時代を概観すると、
B.C.750年頃から バルカン半島からのギリシャ人進出が進行。
地中海沿岸に 植民を行なっていた。
もちろん、エーゲ海の対岸、小アジアにも、ポリス ( 都市国家共同体 ) 群の植民地が建設されていた。
当時、オリエント世界を統一したペルシャ帝国は、当然 小アジア沿岸にあったギリシャ植民地に支配権を行使するようになり、これを是としない 本国ギリシャポリス群が、帝国との武力衝突を決めたことで ペルシャ戦争は起こった。
戦争は、都合 三度の戦闘が行なわれ、
B.C.500年から479年まで実質的に継続された。
そして、まさかの、ギリシャポリス群側の勝利に終わってしまった。
帝国に対抗するため、ポリス群は連合する。
その盟主的位置を占めていた アテナイは、戦争終結して以降、繁栄を謳歌する。
それは、アテナイの繁栄を脅威としたスパルタとの間に起こった戦争、ペロポネソス戦争に敗れるまで続いた。
代わってスパルタが繁栄を続けるも、かつてのスパルタ同様に、これを看過できない脅威としたテーバイとの間に テーバイ戦争が始まる。
スパルタの勝利で終わるも、B.C.4世紀のギリシャは 連続する戦火により疲弊、荒廃し、ポリス群自体の崩壊を招く。
やがて、マケドニア王国に敗れ、コリントス同盟によって 王国に従属させられるようになった。
アテナイの繁栄、とは述べたけれど、その実態は どうであったのか。
史実は云う。
ペルシャ戦争のために結成された、デロス同盟ではあったけれど、実際には 各都市が拠出した軍資金は、盟主アテナイの運用に委ねられた。
また 同盟を脱退した都市は、アテナイの主導で同盟の軍が動員され 都市を包囲されもした。
アテナイによる、アテナイのための、アテナイの同盟であったという一面があったのも、また事実であった。
・・・・・・ 話が逸れましたが、ペルシャ戦争に戻ります。
当時、オリエント世界を統一したペルシャに、ギリシャポリス群が勝利するなんて考えられなかった。
現在の中東全域、エジプト、インドまでも その支配下に組み込んでいた 「大帝国」 が ペルシャであった。
ペルシャの王は、「 王の中の王 」 と呼ばれた。
帝国側が実働できた兵力だけでも、最大百万とも言われ、
たかだか十万程度の兵力しか無かったであろう、ギリシャポリス群が勝つとは・・・。
この辺は、三国志の、官渡戦役、赤壁戦役などを連想すれば、だいたい分かりやすいかと思う。
もちろん、三国志演義ではなく、正史三国志の記述のほうで・・・。
まさか、まさかの・・・・・・。
だからこそ、ヘロドトスは、
このペルシャ戦争の経過をテーマとした著作の、その冒頭に、こう書いているのである。
「 これは、ハリカルナッソス生まれのヘロドトスの、ヒストリアイの発表である。
人間によって生起したことは、
時とともに 忘れ去られることがないように、
また、偉大な驚嘆すべき業績 が、
その一方は ヘレネス ( ギリシャ人 ) により、
他方は バルバロイ ( ギリシャ人以外の蛮族 ) によって記されたものであるが、
その業績の生まれが消え失せないように、
とりわけ、両者が 相互に戦った原因が不明になることのないように、これを発表するのである。」
“ 偉大な 驚嘆すべき業績 ”
ギリシャポリス群が、帝国を相手取って 戦い抜き、最後には 勝利した。
まさしく、驚嘆すべき出来事。
彼、ヘロドトスは、この冒頭の文章の中で、彼の研究と その対象を明示している。
ひとつめには、
“ 人間によって生起したこと ” を取り上げる。 つまり、ヒト、人間一般の 普遍的な出来事の研究を行なう。
ふたつめには、
“ 偉大な 驚嘆すべき業績 ” を取り上げる。 つまり、ヒトの行為に対して 価値判断を行なっている。
みっつめには、
“ 相互に戦った原因 ” を取り上げる。 つまり、ペルシャ戦争という、特殊な戦争の叙述を目的としている。
ここでは、ヘロドトスの意図が述べられている。
「 人間の行なった出来事のうち、特別な事柄を記録する。
そして、その事柄の原因の研究をするのだ 」
彼の書いた、このペルシャ戦争について述べた本は、
やがて 『 ヒストリアイ 』 と呼ばれるようになる。
そして、少なからず名声を得、のちのち有名になるにつれ、
ヒストリアイという言葉は、
「 人間の行なった出来事のうち、特別な事柄を調査研究し、これを記述すること 」
を意味するようになっていった。
もちろん、史料批判という眼で見て、
彼のこの 『 ヒストリアイ 』 ( 邦題:『歴史』 ) は、いささか問題ありとして、批判されてはいる。
けれど、彼の 「 過去の出来事の因果関係を、明らかにしようとする 」 とも取れる、
その姿勢は、ローマのキケロが評するように 「 歴史学の父 」 と呼ばれるにふさわしい業績ではある。
・・・・・・ 私が、今回 ヘロドトスの 『 ヒストリアイ 』 を、つらつら書いた理由。
まず、ひとつめの理由。
それは、ひとつ前の記事で、塩野七生さんの『ギリシア人の物語』 に触れたので。
ペルシャ戦争を扱っておいででしたので。
それと、ふたつめの理由。
しばらく前のことでしたでしょうか。
「 従軍慰安婦財団 」 が、ついに設立されてしまう報道がされたからです。
日本政府が、10億円もの資金を拠出して・・・。
日韓政府の合意のもと、設立させられる。
日本の 10億円もの、国庫の金を使って。
あったかどうかも、はっきりしない 性奴隷扱いされた精神的苦痛がどうのこうのという、
メンヘラ老女集団への名誉補償を強制させられる。
これほどの恥辱があるか、と。
正直なところ、憎悪すら覚える。
まずもって、慰安婦制度自体は 実在したけれど、性奴隷として 、輪姦や、強烈に淫らなプレイを強要されていたわけではない。
充分以上の高額な給金が当時出されていた。
まして、強制的に 日本軍が 朝鮮で女性を連行して、慰安所に押し込んだという史実も明確になっていない。
明確になっていないにも関わらず、慰安婦問題の諸々が、
当事者のひとつである日本が不在のまま、韓国主導で 「 史実 」 になるのは、おぞましいの一言につきる。
およそ、朝鮮併合前後の時期以降に関しては、朝鮮側の 対日歴史認識というものは、
ほぼすべて 感情先行で形成されているとしか 考えられない。
そう考えるのは、歴史研究の基礎が、
この時期に関しては、不自然なまでに すっぽりと抜けていると、私には感じられてならないから。
だからこそ、私自身、歴史研究、いや歴史学とは、そもそもどのようにあるべきなのか。
今一度 見直したいと思ったのです。
朝鮮の傍若無人ぶりを見ていて、強く思ったのです。
よくよく史料批判を行ない、あの時期の 「 史実 」 を 研究者に復元してほしい。
歴史学を探究する人間なら、わざわざ取り上げるまでもないけれど。
「 史実 」 というものは、過去の出来事すべてを指すものではない。
歴史的に見れば、単なる繰り返しでしかない出来事は、意味の無いものとして 顧みられることはない。
何らかの意味で、取り上げ 研究されるべき重要性があると、
研究者自身が、そのように 判断したものが、「 史実 」 として選択される。
取り上げるべき価値もないと、
そう 判断されたものは、「 史実 」 ではない。
まして、過去に実際にあった出来事でないのなら・・・。 狂信的な研究者の 妄想、空想の類いは、言うに及ばない。
朝鮮の妄想に付き合って、
10億円どころか、払う必要もないかもしれない少なからぬ金銭を、
今後も、半永久的に施さねばならないかもしれないなどと、ぞっとする。
・・・ と、まぁ、朝鮮云々を書きましたが。
ぶっちゃけ、私個人、会社で、韓国の企業との商取引で大損させられたことがあり、
辛口になっていることは否定しません。
韓国にしろ、北朝鮮にしろ、「 不実であっても許される。 対日に関してはww 」
そういう経験をしてしまうと、朝鮮アンチにならざるを得ないとは 思います、ええ。
謂れなき暴言、中傷というものを、対日限定にしろ 容認されているのは、
中国、朝鮮くらいなものではないでしょうか。
「 唾を吐きかけられたら、三倍返しにしろ 」
とまでは思いませんが、
「 中指立てるなら、その指一本食いちぎられる覚悟でやれや 」
くらいは、メッセージを伝えるべきだと思います。
朝鮮併合以降、日本に コンプレックスがあるのも、分からなくもない。
戦争をする以前に、その力も無かった、大戦前の朝鮮や中国は、たしかに失笑ものです。
戦闘では勝てず、連合国のおかげで、日本に勝てたという体裁があるのですから。
戦後、どうしても日本を貶めるほかに無い。
それは理解できる。
けれど、だからといって、大戦前後のあの時期の歴史を、彼ら主導で創作されることを容認すべきではない。
今や私は、転職しますので、今後はおそらく、韓国との商取引で、あの破廉恥集団と係わることはないと思います。
それだけは、転職して、「らっぴーww」 と、素直に思えることです。
『 戦記 』 については、いつかまた、別の記事で…。
せっかく、ヘロドトスの 『 歴史 』 についても書いたので、アップします。
“ たぶん、わたしには根強い偏見があるのだ。”
そうですね、仕方ないとは言え、あの国と その横の国には、偏見があると自覚はしています。
* * *
歴史、
ヒストリー ( History )
現在、自分自身や周囲が、
『 歴史 』 という言葉を使ったり、
その言葉を聞いたりするとき、
その 『 歴史 』 という言葉の概念は、
どのように考えるべきだろうか。
いや、そもそも何処に、源を訪ねるべきか。
歴史とは――、
極端に言い切ってしまうのなら、それは、過去の出来事の集積であり、「適切な」 羅列である。
しかし、ただ、「 それだけだ 」 としてしまうと、
個人、あるいは 集団の恣意によって、過去は歪められ、
まるで アニメやコミックの二次創作物のようになる。
それも、上質な二次創作物ではなく、 エロ同人誌のような卑猥なものとなる。
卑近な例を挙げるなら、「 従軍慰安婦問題 」 であろうか。
例えば、現在の朝鮮半島。
あの半島で、一般に流布しているような、
あるいは、垂れ流して 国家として平然としているような、
あの 「歴史観」 が まかり通るようでは、歴史の価値が大きく損なわれる。
歴史とは、
過去の人間の行為を通して、過去の出来事を復元し、
そして、「 人間とは何か 」 を明らかにするものなのである。
そして、歴史学とは、それを目指す学問である。
過去の人間の行為。
過去の出来事。
因果関係を明らかにすること。
これ自体は、文献では、ヘロドトスという人物が 初めて試みている。
彼は、ギリシャ古典時代 ( B.C.500年~B.C.338年 ) のペルシャ戦争の時期を生きていた。
ちょっと、その時代を概観すると、
B.C.750年頃から バルカン半島からのギリシャ人進出が進行。
地中海沿岸に 植民を行なっていた。
もちろん、エーゲ海の対岸、小アジアにも、ポリス ( 都市国家共同体 ) 群の植民地が建設されていた。
当時、オリエント世界を統一したペルシャ帝国は、当然 小アジア沿岸にあったギリシャ植民地に支配権を行使するようになり、これを是としない 本国ギリシャポリス群が、帝国との武力衝突を決めたことで ペルシャ戦争は起こった。
戦争は、都合 三度の戦闘が行なわれ、
B.C.500年から479年まで実質的に継続された。
そして、まさかの、ギリシャポリス群側の勝利に終わってしまった。
帝国に対抗するため、ポリス群は連合する。
その盟主的位置を占めていた アテナイは、戦争終結して以降、繁栄を謳歌する。
それは、アテナイの繁栄を脅威としたスパルタとの間に起こった戦争、ペロポネソス戦争に敗れるまで続いた。
代わってスパルタが繁栄を続けるも、かつてのスパルタ同様に、これを看過できない脅威としたテーバイとの間に テーバイ戦争が始まる。
スパルタの勝利で終わるも、B.C.4世紀のギリシャは 連続する戦火により疲弊、荒廃し、ポリス群自体の崩壊を招く。
やがて、マケドニア王国に敗れ、コリントス同盟によって 王国に従属させられるようになった。
アテナイの繁栄、とは述べたけれど、その実態は どうであったのか。
史実は云う。
ペルシャ戦争のために結成された、デロス同盟ではあったけれど、実際には 各都市が拠出した軍資金は、盟主アテナイの運用に委ねられた。
また 同盟を脱退した都市は、アテナイの主導で同盟の軍が動員され 都市を包囲されもした。
アテナイによる、アテナイのための、アテナイの同盟であったという一面があったのも、また事実であった。
・・・・・・ 話が逸れましたが、ペルシャ戦争に戻ります。
当時、オリエント世界を統一したペルシャに、ギリシャポリス群が勝利するなんて考えられなかった。
現在の中東全域、エジプト、インドまでも その支配下に組み込んでいた 「大帝国」 が ペルシャであった。
ペルシャの王は、「 王の中の王 」 と呼ばれた。
帝国側が実働できた兵力だけでも、最大百万とも言われ、
たかだか十万程度の兵力しか無かったであろう、ギリシャポリス群が勝つとは・・・。
この辺は、三国志の、官渡戦役、赤壁戦役などを連想すれば、だいたい分かりやすいかと思う。
もちろん、三国志演義ではなく、正史三国志の記述のほうで・・・。
まさか、まさかの・・・・・・。
だからこそ、ヘロドトスは、
このペルシャ戦争の経過をテーマとした著作の、その冒頭に、こう書いているのである。
「 これは、ハリカルナッソス生まれのヘロドトスの、ヒストリアイの発表である。
人間によって生起したことは、
時とともに 忘れ去られることがないように、
また、偉大な驚嘆すべき業績 が、
その一方は ヘレネス ( ギリシャ人 ) により、
他方は バルバロイ ( ギリシャ人以外の蛮族 ) によって記されたものであるが、
その業績の生まれが消え失せないように、
とりわけ、両者が 相互に戦った原因が不明になることのないように、これを発表するのである。」
“ 偉大な 驚嘆すべき業績 ”
ギリシャポリス群が、帝国を相手取って 戦い抜き、最後には 勝利した。
まさしく、驚嘆すべき出来事。
彼、ヘロドトスは、この冒頭の文章の中で、彼の研究と その対象を明示している。
ひとつめには、
“ 人間によって生起したこと ” を取り上げる。 つまり、ヒト、人間一般の 普遍的な出来事の研究を行なう。
ふたつめには、
“ 偉大な 驚嘆すべき業績 ” を取り上げる。 つまり、ヒトの行為に対して 価値判断を行なっている。
みっつめには、
“ 相互に戦った原因 ” を取り上げる。 つまり、ペルシャ戦争という、特殊な戦争の叙述を目的としている。
ここでは、ヘロドトスの意図が述べられている。
「 人間の行なった出来事のうち、特別な事柄を記録する。
そして、その事柄の原因の研究をするのだ 」
彼の書いた、このペルシャ戦争について述べた本は、
やがて 『 ヒストリアイ 』 と呼ばれるようになる。
そして、少なからず名声を得、のちのち有名になるにつれ、
ヒストリアイという言葉は、
「 人間の行なった出来事のうち、特別な事柄を調査研究し、これを記述すること 」
を意味するようになっていった。
もちろん、史料批判という眼で見て、
彼のこの 『 ヒストリアイ 』 ( 邦題:『歴史』 ) は、いささか問題ありとして、批判されてはいる。
けれど、彼の 「 過去の出来事の因果関係を、明らかにしようとする 」 とも取れる、
その姿勢は、ローマのキケロが評するように 「 歴史学の父 」 と呼ばれるにふさわしい業績ではある。
・・・・・・ 私が、今回 ヘロドトスの 『 ヒストリアイ 』 を、つらつら書いた理由。
まず、ひとつめの理由。
それは、ひとつ前の記事で、塩野七生さんの『ギリシア人の物語』 に触れたので。
ペルシャ戦争を扱っておいででしたので。
それと、ふたつめの理由。
しばらく前のことでしたでしょうか。
「 従軍慰安婦財団 」 が、ついに設立されてしまう報道がされたからです。
日本政府が、10億円もの資金を拠出して・・・。
日韓政府の合意のもと、設立させられる。
日本の 10億円もの、国庫の金を使って。
あったかどうかも、はっきりしない 性奴隷扱いされた精神的苦痛がどうのこうのという、
メンヘラ老女集団への名誉補償を強制させられる。
これほどの恥辱があるか、と。
正直なところ、憎悪すら覚える。
まずもって、慰安婦制度自体は 実在したけれど、性奴隷として 、輪姦や、強烈に淫らなプレイを強要されていたわけではない。
充分以上の高額な給金が当時出されていた。
まして、強制的に 日本軍が 朝鮮で女性を連行して、慰安所に押し込んだという史実も明確になっていない。
明確になっていないにも関わらず、慰安婦問題の諸々が、
当事者のひとつである日本が不在のまま、韓国主導で 「 史実 」 になるのは、おぞましいの一言につきる。
およそ、朝鮮併合前後の時期以降に関しては、朝鮮側の 対日歴史認識というものは、
ほぼすべて 感情先行で形成されているとしか 考えられない。
そう考えるのは、歴史研究の基礎が、
この時期に関しては、不自然なまでに すっぽりと抜けていると、私には感じられてならないから。
だからこそ、私自身、歴史研究、いや歴史学とは、そもそもどのようにあるべきなのか。
今一度 見直したいと思ったのです。
朝鮮の傍若無人ぶりを見ていて、強く思ったのです。
よくよく史料批判を行ない、あの時期の 「 史実 」 を 研究者に復元してほしい。
歴史学を探究する人間なら、わざわざ取り上げるまでもないけれど。
「 史実 」 というものは、過去の出来事すべてを指すものではない。
歴史的に見れば、単なる繰り返しでしかない出来事は、意味の無いものとして 顧みられることはない。
何らかの意味で、取り上げ 研究されるべき重要性があると、
研究者自身が、そのように 判断したものが、「 史実 」 として選択される。
取り上げるべき価値もないと、
そう 判断されたものは、「 史実 」 ではない。
まして、過去に実際にあった出来事でないのなら・・・。 狂信的な研究者の 妄想、空想の類いは、言うに及ばない。
朝鮮の妄想に付き合って、
10億円どころか、払う必要もないかもしれない少なからぬ金銭を、
今後も、半永久的に施さねばならないかもしれないなどと、ぞっとする。
・・・ と、まぁ、朝鮮云々を書きましたが。
ぶっちゃけ、私個人、会社で、韓国の企業との商取引で大損させられたことがあり、
辛口になっていることは否定しません。
韓国にしろ、北朝鮮にしろ、「 不実であっても許される。 対日に関してはww 」
そういう経験をしてしまうと、朝鮮アンチにならざるを得ないとは 思います、ええ。
謂れなき暴言、中傷というものを、対日限定にしろ 容認されているのは、
中国、朝鮮くらいなものではないでしょうか。
「 唾を吐きかけられたら、三倍返しにしろ 」
とまでは思いませんが、
「 中指立てるなら、その指一本食いちぎられる覚悟でやれや 」
くらいは、メッセージを伝えるべきだと思います。
朝鮮併合以降、日本に コンプレックスがあるのも、分からなくもない。
戦争をする以前に、その力も無かった、大戦前の朝鮮や中国は、たしかに失笑ものです。
戦闘では勝てず、連合国のおかげで、日本に勝てたという体裁があるのですから。
戦後、どうしても日本を貶めるほかに無い。
それは理解できる。
けれど、だからといって、大戦前後のあの時期の歴史を、彼ら主導で創作されることを容認すべきではない。
今や私は、転職しますので、今後はおそらく、韓国との商取引で、あの破廉恥集団と係わることはないと思います。
それだけは、転職して、「らっぴーww」 と、素直に思えることです。
『 戦記 』 については、いつかまた、別の記事で…。