Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

宮部みゆき「あやし」再読

2012-09-05 00:59:04 | 読書感想文(時代小説)


まだまだ暑いので、身も凍るような怖い話を読みたくなって、久しぶりに宮部みゆきの「あやし」を読みました。
江戸時代も終わりに近づいた、浦賀にペリーが来る半世紀前くらいの江戸が舞台の短編集です。

…え?この前「あんじゅう」を読んだばかりなのにまた宮部みゆきかよって?
いやーお客さん、いいじゃないですかたまには。同じ作者の本が続くことだってあるんですよ。
別にこの前読んだ「あんじゅう」が物足りなかったから口直しに読んだわけじゃないんですよ、ええ決して。

というか、同じ物の怪や幽霊が出てくる話でも「あんじゅう」は心温まる人情話がメインで、「あやし」は
その逆、欲望や妬みや憎しみなど、人の持つネガティブな感情がこれでもかとばかりに描かれている話が
ほとんどでした。登場人物も、「あんじゅう」はお店のお嬢様が主役だけど、「あやし」に出てくるのは
そのお店で毎日汗水流して働く人々が主役な分、描写が現実的で生々しかったです。まあ、「あんじゅう」みたいな
ほのぼのタッチな話も好きなんですけどね。でもやっぱり物の怪とか幽霊とかが出る話は、読んだ後一人でトイレに
行けなくなるくらい怖い話のほうがいいですよね、うん。(いいトシして何言ってるんだお前)

ぐだぐだ言ってたら前置きが長くなりました。では、「あやし」に収録されている全9話それぞれの感想です。

「居眠り心中」
役者のような美形の若旦那と、若旦那に岡惚れした女中の心中劇を、巻き込まれた丁稚の銀次の視点から見た物語。
この話の舞台が文化四年なので、この本に出てくる話はどれもだいたい同じ時代の話だろうと推測しました。
若旦那と女中の身分違いの恋、と書くと若旦那が身分の違いを乗り越えて女中と結ばれるラブストーリー…が
期待されそうですが、この話の展開は超シビア。口入屋のおじさんの
「若旦那が女中に惚れるなんてことは無い、万にひとつも無い」
という言葉通り。上の者は上の者、下の者は下の者。その分別がしっかりわきまえられているからこそ、お店は守られる。
そこにいる人たちも。しかし、その分別を見失ったものは、見失わせたものはどうなるかというと…。
女中から逃げおおせたかに見えた若旦那の最期が壮絶でした。若奥さんはとんだとばっちりでお気の毒。

「影牢」
何者かによって毒殺された蝋問屋一家の、恐ろしくも悲しい物語。蝋問屋の番頭だった男の一人語りで進みます。
序盤でオチはわかってしまうのですが、番頭が語る「実の子が実の親を執念深く恨んだり憎んだりする話」は
とてつもなくおぞましく、なおかつ日常で耳にするニュースを思い出して、それはけしてありえない話ではないのだと
気付かされて寒気がしました。

「布団部屋」
頓死した姉の代わりに、酒屋に奉公することになった妹の話。奉公人を真面目に、従順に働かせるには、こういう
方法くらいしかないのかもねーと、物語の本筋とはあまり関係ないことを思いました。人を束ねるのは難しい
ものね。たとえ同じ目的を持った人たちでも。酒屋に憑りついた怨念に体を乗っ取られ、自分自身も人でないものに
なってしまった女中が気の毒でした。ラストで女中は怨念から解放されますが、怨念に魂を抜き取られた奉公人たちが
どうなったのか書かれてないのが気になりました。やっぱ抜き取られたまんまなのかなぁ。
布団部屋で眠る妹の夢(?)の中で、怨念がじわじわと追いかけてくる場面が恐かったです。後ろを振り返らないから
姿は出てこないけど、気配と臭いがページから伝わってきて…やっぱ振り返るのはいけませんね。前進あるのみ!

「梅の雨降る」
暗い感情にとらわれた少女の悲しい一生の話。娘時代に、自分より見目形のいい少女を激しく羨んだばかりに、
その感情に押しつぶされてしまった姉と、姉を見守り続けた弟の話。他人を妬み、恨む気持ちは必ず自分に返ってくる。
身につまされる話でした。

「安達家の鬼」
ある紙問屋に嫁いだ、女中上がりの若おかみとその姑である大おかみの話。おどろおどろしいタイトルの割には、
ほのぼのとした内容でしたが、それもつらい過去を乗り越えた大おかみと若おかみの人柄があってこそ。
この話に出てくる「鬼」は、醜い心の人には醜く見えるけれども、じゃあ「鬼」が見えなければよいのかといえば
そうでもない。欲や憎しみだけでなく、その逆である喜びや幸せを感じたことがなければ「鬼」は見えない、という
のが深いなと思います。心が幸福で満たされていれば、そしてその裏にひそむ悲しみを受け入れられていれば、
優しい鬼が見えるのでしょうね。あと、内容とは関係ないけど、読みながら「鬼」の姿をピースの又吉で想像しちゃい
ました。なんか、やせこけた寂しそうな若い男っていうのがしっくりきて…又吉は鬼っていうより死神だけど。

「女の首」
母親を亡くした太郎は、長屋の差配の紹介で袋物屋に奉公に出ることになる。ある日、太郎がお店の納戸部屋で、
女の生首が描かれた唐紙を見つけるが…いわゆる貴種流離譚みたいなものでしょうか。女の生首が太郎に襲ってくる
描写は怖かったけど、最後に生首をやっつける段は拍子抜けするくらいあっさりしてました。何にせよ太郎君が
幸せになってよかったです。

「時雨鬼」
惚れた男の甘言に乗せられそうになっている若い娘に、昔語りをする口入屋の女房の話。2人の会話が進むにつれ、
若い娘が惚れてる男のゲスさがあらわになってきて、読みながら自分も「娘さん逃げてー!超逃げてー!」と
心の中で叫んでしまいました。口入屋の女房の正体は早い段階で予想がついたけど、最初は「男に騙されて死んだ
幽霊かな?」って思ってましたが…幽霊よりもサイアクな状況の人でした。若い娘は最後までふんぎりがついて
ませんでしたけど、どうなるんでしょうねぇ。でも、この若い娘みたいに、何から何まで相手に図星をさされたら
そりゃ素直に話を聞けなくなるだろうなぁ。ダメ男にひっかかってる友人の目を覚まさせたい時に、こそっと
これを読むよう薦めてみようかな。


「灰神楽」
火鉢の炭に水をかけると、ぼわっと上がった煙の中から出てきたのは…なにものかが憑りついた古い火鉢が原因で
人が死に、火鉢が供養のために寺におさめられるという、特にヤマもオチもない話。しかし寺におさめたからと
言って火鉢についたものが成仏したわけではなく現状維持のまんまなので、それはそれで怖い。
「おまえは人を殺したことがあるな」
の場面では、思わず「キャア」って叫びそうになりました。くわばらくわばら。
ところで、この話に出てくる岡っ引きの政五郎は、「ぼんくら」シリーズの政五郎と関係あるのかな?

「蜆塚」
父親の跡を継いで口入屋になった、米介という名の男に起きた奇妙な話。フィナーレを飾る話なだけに、この本の中で
一番怖かったです。何が恐かったって、“人でないもの”に出くわして正気を失ってしまった米介の無残な最期の姿。
そして、なんで米介がそんな姿になってしまったのかまったく書いてないところ。私も“人でないもの”に出くわして
しまったら、けして関わらないように気をつけようと思います。とはいえ、私の周りは物の怪だらけなんですが…。


というわけで、怖い小説を読んで涼しくなったと思ったら、10月期のTBS月曜8時の枠で、宮部みゆきの
「パーフェクト・ブルー」がドラマ化されるという話を聞きました。うーん、一度読んだはずなのに全然思い出せない。
確か犬が主役だった気がするんだけど、どんなだったかな…



2 コメント

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こんにちは。 (もちきち)
2012-09-06 12:44:18
>SFurrowさん
コメントありがとうございます。
「ばんば憑き」にも政五郎親分が出てくるんですね。今度読んでみます。
>ぼんくらシリーズは講談社で、あやし・おそろしのシリーズは角川
あぁ~ややこしいですね。でも政五郎親分ももとは回向院の茂七シリーズの子分ですから、
出版社を気にしてるときりがなさそうです。

吉田修一は「パレード」しか読んだことないんですよね~。
翼の王国(ANAの機内誌)に連載してた短編は時々飛行機の中で読んでたんですが。
「悪人」は読んでみたいですね。でも読んでる最中に妻ぶっきーと深津ちゃんで脳内再生されそうなのが心配です。
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政五郎親分 (SFurrow)
2012-09-05 23:16:30
もちきち様お久しぶりです。
清盛レビューも毎回、楽しみに読ませていただいてます♪
私もちょうど「あやし」の再読中だったので…私の場合は「ばんば憑き」を読んでいて、政五郎親分が「灰神楽」のことを思い出している所があったので、「そういえば昔、そんなのがあったっけ?」と思って図書館の棚を探したものです。
あの政五郎親分はぜったい「ぼんくら」シリーズの親分ですよね~~でも、ぼんくらシリーズは講談社で、あやし・おそろしのシリーズは角川だけど、まぁ政五郎親分も浅見光彦と同様、出版社の壁を越えて活躍してくれるのは嬉しいです(^O^)

ところで、もちきち様の小説レビューの中に吉田修一作品は入ってましたか?
「悪人」「さよなら渓谷」など、もしかしたらお好みのタイプでは?と思ったんですが。余計なお世話ですみません。
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