奥田英朗の大藪春彦賞受賞作「邪魔」を読みました。
前からすごく読みたかったのですが、読んでしまうと楽しみがなくなってしまうので
読むのをのばしのばしにしていました(どんなプレイや)。
で、とうとう読みました。その感想はというと…
何これ超面白い!
です。いやー、なぜもっと早く読まなかったのか。遅すぎるというわけではないけど。
あらすじは、
及川恭子は34歳の主婦。サラリーマンの夫、幼い子供二人と東京郊外の一戸建てに暮らしている。
スーパーでパートをし、平凡だが幸福な生活を送っている。
しかし、ある日、夫の勤務先で放火事件が起きたことから、彼女の幸福が揺らぎだす。
放火したのは夫なのか。自分たちの幸福な生活はまやかしだったのか。
悩む彼女は、スーパーのパートの待遇に不満を持つ、ある女性活動家に声をかけられ…
九野薫は36歳の刑事。7年前に妻を事故で亡くして以来、不眠に悩み、自分と同じく遺された
義母を心の支えにしていた。ある女を巡ったいさかいに関わったことから、同僚の花村に逆恨み
されている。放火事件の調査をしているうちに経理課長である及川恭子の夫を疑い、捜査に
あたるが…
…です。放火事件をめぐる、九野と恭子のそれぞれの視点でめまぐるしく進んでいく
ストーリーから目が離せず、あっという間に読み終わってしまいました。
読み終わったときは喪失感から「ああ、終わっちゃった…」なんて気持ちにもなりましたが、
この小説にはもう一度読み返して楽しむことができる仕掛けがあるので、もうちょっと時間を
おいてからまた読もうと思います。
では、ここから詳しい感想を。(ネタバレあります。要注意!)
平凡だけど幸福な生活を送っていた主婦、恭子。
ただ、その幸福は、見たくないものから目をそらすことでどうにか保つことができた、
儚いものだった。
夫が放火の犯人なのでは。夫が隠したかったものは何なのか。夫への疑念を振り払おうと、
庭造りやパートの待遇改善デモに没頭しようとしても、刑事の詮索や夫の不可解な行動で
振り出しに戻ってしまう。袋小路をぐるぐる回る恭子の姿は滑稽にも思えたし、突然の
災難にとまどう一般市民の代表として、共感できるところがありました。
が、中盤、女性活動家の正体がわかってからの恭子はキャラが一変。
いままでのか弱い、儚いイメージはどこへやら。ショックが大きすぎたせいなのか、もともと
こういう人だったのか…いや、やっぱ前者かな。スーパーの社長と○○○する一件は、あまりに
痛々しく、彼女の人格が崩壊してしまってもおかしくないと思ったので。
(こういうところで同情してしまうのが私の甘いところなのかなぁ)
でも、だからといってクライマックスとラストの行動は「えぇぇぇっ!まさか××を捨てるの?」
と衝撃を受けましたけど。
なので、最初は恭子に対して反感を持ちましたが、読み終わって内容を反芻しているうちに
“及川恭子という女性を転がせるだけ転がしてみたらこうなりました”
ってことなのかなと思ったら、逆に
「ぬるいハッピーエンドに逃げずに、よくぞここまで転がしてくれました!」
と感謝したくなりました。…実際、自分の母親が同じことしたら一生恨むけどさ。
一方、刑事の九野は、妻を亡くした悲しみに沈む心を、娘と孫を亡くした義母と支えあうことで
どうにか保っていた。妻の実家に行くたびに、義母が作ってくれるちらし寿司。九野が昼寝をする
ために、干しておいてくれる布団。最初は「奇妙だけど、こういう関係もあるのかな」と思っていた
九野と義母の関係が、話が進むにつれて違和感を伴うものになり、そして衝撃の真実が明かされて…
そこで九野がドカーンと壊れてしまうのかと思いきや、自分が目をそらしてきた真実を受け入れて
いたのには驚きました。その分、クライマックスで九野のもう一つの執着が現れるわけですが。
作中で九野が巻き込まれる警察内でのトラブル、警察とヤクザの癒着、賄賂・横領、不正のごまかし、
署内での派閥争いなどがドロドロドロっとしていて、警察小説としても面白く読めました。
九野の同僚で九野に逆恨みする花村は、不正を憎む一面があったりして、最初は単なる憎たらしい
悪党として描かれていませんでした。なのに九野に対する憎しみが増すにつれてどんどん壊れていった
ことにも、恭子と同じく“転がせるだけ転がした”感があってなんだかスッキリしました。
いや、花村に狙われた九野はえらいとばっちりなんだけど。
妻を失い、自分は幸せになってはいけないと思い込み、自分で作り上げた殻の中に閉じこもっていた九野。
自分たちの幸福な生活を保つために、夫への疑いから目をそらしてきた恭子。
恭子の夫の放火事件から、自分の意思からではないにせよ、恭子が、九野が動き出したとき、彼らの人生も
大きく動きました。それは失うものも多いけれど、何もかも捨てて新しい自分に生まれ変わる爽快さも
あります。最後のページまで読んだとき、けして単純なハッピーエンドではないのに、なんだか救われた
気がしたのは、そういうことからなのでしょう。別に、私が性格悪いからじゃなくて…ね?
余談ですが、この「邪魔」を読みながら、私の脳内では「恭子=檀れい」になっていました。
ささやかな幸福を必死で守ろうとする三十代主婦、というのが檀れいさんに似合いそうな気がして。
でも、中盤で壊れてビッチになってしまってからの恭子は、ちょっと檀れいさんが演じるのは厳しそう
ですね…。やっぱ、恭子を演じられるのは松雪泰子くらいかな~?でも松雪さんだと今度は最初の
幸薄そうな恭子の姿が思い浮かばない…。
九野は少し前なら阿部ちゃんがよかったんですが、もう阿部ちゃんは加賀恭一郎だもんね。。。
なかなか難しいもんですなぁ。
過去記事へのコメためらいましたが、一文に引き付けられてしまったので…
『ただ、その幸福は、見たくないものから目をそらすことでどうにか…』
うまいなぁ!!!流石モチキチ様だなぁ…
と再度脱帽
文章だけでなく、いつもセンスの良さにキラキラの気持ちにさせてもらってます
あっ、そうそう。以前高岸さんと水野さんのコメにも気付いてもらいましてありがとうございます
諦めていただけにとても嬉しかったです
コメントありがとうございます。
「見たくないものから目をそらすことで保てる幸福」と書いたのは、
自分自身にもあてはまるところがあるから…だと思います。
不確かなものに執着して、言い訳ばかりしている己が身を振り返って
ちょっぴり反省しました。
>高岸さんと水野さんのコメ
いや~その節はすいませんでした!!
めったにコメントされないから、気づかないことが多いんですよホント!
気を付けます<m(__)m>