Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

山岸凉子「ヴィリ」

2014-09-17 00:00:14 | 読書感想文(コミック)


皆様こんばんは。久しぶりの長文更新です。

この1か月とちょっとの間、己が身を振り返って反省したり、頭を冷やして今までとは違う視点で周囲を見渡したりしておりました。
結果、どうにか少しずつ落ち着いてきましたので、ブログを再開することにいたしました。
これからは、行動にも文章にも、年相応の分別を心がけていきますので、皆様どうかよろしくお願いいたします。


さて。

山岸凉子さんの「ヴィリ」を読みました。


バレエ団を経営する東山礼奈は、本公演にも匹敵する意欲的な発表会として、「ジゼル」の全幕を企画する。
主役はもちろん礼奈。43歳の礼奈にとって、舞台で踊るのは久しぶりのことだったが、彼女には自信があった。
IT企業の社長・高遠和也をパトロンに得ていたからだ。礼奈にとって高遠は、バレエ団を経済的に支えてくれるだけでなく、結婚を意識する精神的な支えでもあったのだが…。



※ネタバレあります。ご注意ください。





7年前の雑誌掲載時にも読んでいるのですが、久しぶりに読むと、当時よりも自分が礼奈の歳に近づいている分、いろいろと身に沁みるところがありました。

前に読んだときは、41歳の高遠がまだ16歳の舞(礼奈の娘)と男女の関係になっているのに嫌悪感を覚えて、礼奈に同情したものです。しかし今回改めて読むと、礼奈のうぬぼれや嫉妬、憎しみと悲しみは、舞と高遠の関係とは別問題だったことがわかりました。

ジゼルはアルブレヒトの裏切りを赦したけれど、礼奈は別に裏切られたわけではありません。高遠はアルブレヒトのように、礼奈に甘い言葉を囁いてはいませんでした。多少、誤解を招く表現はあったけれど。それなのに礼奈は冷静な判断力を失い、自分に都合のいい世界を作り上げて浸っていました。バレエ団の成功と、女としての幸福の両方が得られる世界に。彼女の嫉妬と憎しみと悲しみの根源は、自分が作り上げた夢の世界が壊れたから。傷つきたくないばかりに、現実を見極めなかったから。高遠と舞の関係、舞の妊娠を知った礼奈の狂乱は、アルブレヒトの愛が偽りだったことを知ったジゼルのそれとはまったく違いました。せめて、母として娘の舞を気遣うそぶりがあればよかったのに。


“結局自己(おのれ)しか愛していないのよ”

自分自身のために人を愛するのは、愛しているつもりになるのは、自分を傷つけ、また他の誰かも傷つけてしまうだけでした。
かつて、礼奈の母親が礼奈にバレエへの夢を押し付けたように。礼奈もまた舞を縛り付けていたように。
「あなたのためを思って」という、ひとりよがりな呪いで。

礼奈が舞台の奈落に落ちて両脚が麻痺したのはその報い…というわけではないだろうけど、事故から彼女は大切なものを失い、また得ることもできました。礼奈が得たもの-そのひとつは、現実を受け入れて“あきらめる”という悟り。そしてもうひとつは、復活への新たな希望でした。

“希望”を得るためには、礼奈のように何もかもあきらめて、何もかも失わなければならないのでしょうか。そう思うと少し怖いですが、現実を見極めることは大事ですよね、うん。


バレエ漫画の感想としては、もう少し礼奈や主要ダンサーの踊る場面が見たかったなと思います。一応、踊っている絵はあるけれど、ただポーズを取っているだけで見応えがあまりなくて…。もっとも、自分の恋がうまく行ってると思い込んでいるときの礼奈の踊りは、見応えが無くても当然なのかもしれません。いくら上手くても、自分に酔っているだけの人の踊りはつまらないですから。

あと、礼奈のバレエ団が、公演ではなく“本公演レベルの発表会”をするところや、スポンサーが手堅いところではなく世間的にはいささかうさんくさいIT企業だったりするところには、礼奈のバレエ団の規模の大きさ(=小ささ)が感じられて、また日本のバレエ事情が反映されているのかと興味深かったです。礼奈のバレエ団を去って海外に移籍した真実が戻ってきて、ずっと日本にいた他のバレリーナに実力の差を見せつけるところなんかも。

物語の中盤、礼奈が舞台の奈落に落ちてからどうなったのか(死んだのか助かってるのか)がなかなかはっきりしなくて、雑誌掲載時は非常にやきもきしたのを思い出しました。きっと大丈夫、助かってると願いながら続きを待っていたことも。もしかすると、その時点で私は礼奈に自分と通じる何かを感じていたのかもしれません。礼奈にとってのバレエのように、私はあそこまで何かひとつのことに情熱を捧げられる人間ではありませんが。でも、だからこそ、転んでも死なないしまた立ち上がることもできるのだとも思うけけど。

高遠と舞の話を蒸し返すと、41歳と16歳の組み合わせが、この物語の中では割と好意的に受け止められているのに驚きました。なんとなく山岸さんなら、16歳の少女が41歳の男に惹かれる理由や、そのあやうさを掘り下げて描いてくれるのではと思っていたので。ページの都合でしょうか。舞ほど予想外の恋のライバルは、礼奈にとっていなかったから、舞にするしかなかったんでしょうか。

どちらにせよ、親子ほど年の違う少女を、しかも栄養失調寸前になるほど、肉体的にも精神的にも弱っていた少女にメロメロになってしまう高遠にとっては、礼奈はまるっとストライクゾーン外だったわけですね。礼奈が勝手に思い込んでいたような、女性の扱いがスマートな大人の男ではなく、理想の王子様でもありませんでした。でもまあ、普通王子様は女王様(=礼奈)に求婚せんわなー。姫のほうに行くわなー、うん。高級外車でお出迎えとか、更にその車を運転手ごと、好きに使っていいとか、礼奈が誤解しても仕方ないかなと思うところはあったけれどね。

この「ヴィリ」を読んで、久しぶりにバレエの「ジゼル」の全幕を見たくなりました。純粋に相手を想うジゼルの姿を見れば、私のいじけてひねくれた心も、少しはまともになれるのではないかと思って。それとも、私に必要なのは、オーロラ姫の100年の眠りのほうかしら…。ただ惰眠をむさぼるだけになる気もするけど。


12 コメント

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おかえりなさいませ (石川のトラ)
2014-09-17 14:55:53
もちきちさま

このブログの1ファンのものです。
またもちきちさんの楽しい記事が読めるようになったのが嬉しいです。
嬉しくて初コメントしてみました。
今後も新しい記事お待ちしてます!
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Unknown (あおむし)
2014-09-17 23:25:26
おかえりなさーい!
これからケーキがおいしい季節ですね。
お菓子の記事のアップ、楽しみにしてます。
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はじめまして。 (もちきち)
2014-09-17 23:48:14
>石川のトラさん

はじめましてこんばんは。コメントありがとうございます。

しばらくお休みをいただいたので、以前よりも更新のペースが遅くなるかもしれませんが、これからもよろしくお願いいたしますm(__)m
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涼しくなってきましたね (もちきち)
2014-09-17 23:52:33
>あおむしさん

こんばんは。コメントありがとうございます。
9月も終わりに近づいて、オーブンが使いやすい季節になりましたね。
ジャムやお菓子に使う紅玉を段ボール箱買いするかどうか悩み中です(>_<)
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おかえりなさい! (もちきちファン)
2014-09-18 16:28:42
ガンガン応援したいのをぐっとこらえて静かにしていました!
おかえりなさい!
もちきちさんを大好きなブログ読者がたくさんいることをこれからもどうか忘れないでください。

わたしも帰ったらヴィリを読み返します。

紅玉のケーキ、小学生の頃?ゆめ色クッキングというマンガに出てきて、すごく美味しそうで印象に残っています。古いマンガだなー。
お菓子や旅行の話、本の話、これからも楽しみにしてます。
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Unknown (まめこ)
2014-09-18 19:38:44
もちきちさん、おかえりなさーい!
待ってましたよ~。
ブログ再開、嬉しいです。
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Unknown (ぱたぱたまま)
2014-09-18 20:26:50
もちきちさん、こんばんは。ブログ再開していただいて本当にうれしいです。ブログがお休みの間、パソコンあけてもつまらなくて、何とかのないコーヒーみたいでした(古い!)
ヴィリ、持っています。礼奈の年齢に近いので、そちらはすごーく気持ちわかるけど、舞の気持ちがよくわからないのと
紙面の関係でそこらへんまるで説明がなかった点が少し残念かも。いろいろ大変だったでしょうが、ゆっくり、無理しないでくださいね。これからも、楽しみにしています。
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はじめまして。 (もちきち)
2014-09-18 23:50:19
>もちきちファンさん(自分で書くと少し恥ずかしい…)

こんばんは。コメントありがとうございます。
この度はご心配をおかけしました。私もまだまだ修行が足りませんね。
精進いたしますので、これからもよろしくお願いします。

ゆめ色クッキング、ちょっと調べてみたのですが、料理が得意な女の子が主人公なんですね。他にはどんな料理が出てくるのかな?
マンガに出てくるお菓子で、私が印象に残っているのは、成田美奈子の「エイリアン通り」に出てくるオレンジケーキです。これも古いマンガですね。
すごく美味しそうなんだけど、作り方がわからなくていまだに再現できてません。

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コメントありがとうございます (もちきち)
2014-09-18 23:52:36
>まめこさん

こんばんは。ブログ再開いたしました。
これからは、あんまりどったんばったんじたばたしないで、落ち着いた大人の文章を目指していこうと思います。
道のりは果てしないですが(汗)
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コメントありがとうございます (もちきち)
2014-09-19 00:25:36
>ぱたぱたままさん

こんばんは。この前はコメントをいただいたのにお返事できなくて、どうもすみませんでした。

ヴィリは、舞が高遠に惹かれた理由や、その後どうしているのかが分からなかったのが残念でしたね。あともう1回くらい連載が続いていれば、もう少し掘り下げられたのかもしれませんね。

これからは、今までよりも時間をかけて記事を書こうと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
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