Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

西加奈子「きいろいゾウ」

2014-06-22 19:59:29 | 読書感想文(小説)

「ムコ」こと無辜歩と、「ツマ」こと妻利愛子の若い夫婦は、東京からムコの亡き祖父の家がある田舎の町に越してきた。
小説家のムコは原稿を書く傍ら、近くの老人ホーム「しらかば園」で働く。その間、ツマは家を訪れる近所の人と縁側でビールを飲み、野良犬にエサをやり、庭の草木に水をあげ、蔵の中にある古い写真を眺めて日々を過ごしていた。
一見穏やかに暮らしていたムコとツマだったが、ある日東京からムコ宛てに一通の手紙が届き…。



※ここから先はややネタバレがあります。ご注意ください。







宮崎あおいと向井理の主演で映画化もされた、西加奈子の「きいろいゾウ」を読みました。
普段、ミステリーとホラーと時代小説ばかり読んでいる私には、こういうセンシチブな女性が好きそうな本はハードルが高かったのですが、読んでみたら私にも面白いと思える部分がたくさんあったので、読んでよかったです。

小説は、ツマとムコの日常が、それぞれの視点で交互に描かれる構成になっていました。
ツマ目線でその日一日の出来事がつぶさに語られた後、ムコが日記に同じ日の出来事を綴る、という形で。
同じ一日でもツマ目線とムコ目線でかなり印象が違ってたり、ツマの一日が何行も何ページも費やして書かれているのに対し、その同じ一日をムコがたった一行で終わらせていたりと、2人の温度差が衝撃的でした。お互いに相手が何を考えてるのかわからなくて不安になったり、自分の気持ちが上手く伝えられなくてもどかしく感じていたり。出会ってから交際、結婚までがあっという間で、相手の過去も秘密も知らな2人の生活は、皮膚感覚だけでつながっているような、あぶなっかしいものに思えました。

ツマとムコそれぞれの人物像や、2人のバックボーンがどういったものなのか、小説の冒頭ではあまり語られず、少しずつ小出しにされていくのがミステリーっぽくて面白かったです。映画のキャストのイメージが頭に残っていたので、ムコのビジュアルが明らかになったときは「おいおい全然イメージ違うやーん!」と、日本の芸能界を恨めしく思いましたが。だって、ムコが何か言うたび、何かするたびに私の頭の中にはムカイリが浮かんでいたのに、小説のムコはいかつくて、細面のイケメンとはほど遠いキャラクターでしたから。宮崎あおいは原作のイメージに近いけど。

「ええぇっ」と驚いたのが、ムコの背中に刺青があることがわかった場面。それまでのムコのイメージが大きく変わりました。ムコの背中に刺青がある理由は何か、それをツマは知っているのか。ゲスい話ですが、刺青が登場したことで、この小説とムコに対して急に興味がわいて、読むペースも上がりました。まあ、刺青の理由は、期待してたのとはちょっと違うものだったわけですが。小説家というのは世を忍ぶ仮の姿で、実はムコは裏社会で暗躍するスナイパーだった!…とかいう楽しい理由ではありませんでしたので。ちゃんちゃん。

そしてさらに驚いたのが、実はツマがムコの日記を読んでいたということ。ムコの日記の内容が、ツマに読まれることをわかっていて書いてるとは思えない内容だったので。そして、ツマの言動がムコの日記の内容を知ったうえでのものとは思えなかったので。

ツマのキャラについては、冒頭の風呂場の場面から、大島弓子の描くヒロインみたいだなーと思ってました。センシティブでエキセントリックで、三浦衣良(『バナナブレッドのプティング』の主人公)が峠さんに出会わずに大人になったら、こういう感じなのではないかというような。おかげで、ツマの思考と行動には共感こそしないものの、なぜそうなるのか理解することはできました。まあ、リアルにツマみたいな人に遭遇したら、お友達づきあいできる自信はありませんが…。

タイトルの「きいろいゾウ」は、ツマとムコがそれぞれ幼いころに読んだ絵本のことでした。各章の冒頭とクライマックスの場面に、少しずつ登場します。最初は小説のストーリーとこの絵本がどうつながるのかわからなかったけれど、終盤でこの絵本が、出会ってすぐに結婚してお互いのことを何も知らなかったツマとムコを、深いところでつないでいることがわかって、ようやく納得できました。それまで、エキセントリックなツマと浮き草のようにつかみどころのないムコが、このまま夫婦としてやっていけるんだろうかと疑問に思っていたので。出会った時の満月の夜の会話で、2人はうまく行くことが約束されていたんですねぇ。本人たちは気づいてないけど。

しかし、ツマが「きいろいゾウ」に影響を受けていることは小説の中盤あたりからわかってたけど、ムコはどうなのかがなかなかわからなかったのは、ちょっと小説の手法としてずるいんじゃないかなーと思います。確かに、ムコが「きいろいゾウ」を知っていたことがわかる場面には、「えっ!そうだったんだ!?」と気持ちよく驚かせてもらったけど。もう一回読み返せば、ムコも「きいろいゾウ」に影響を受けているのがわかる場面が見つかるのかな。

ただ、肝心の、ムコがツマに隠していた秘密が明かされ、かつての恋人と再会するムコ側のクライマックスは、正直心に響きませんでした。セリフが多すぎて理屈っぽくて。ムコのかつての恋人(とその夫)が現実離れしすぎて。エキセントリックな女性は、ひとつの物語に一人で充分かなー、と。

で、最後にひとつ。ツマの側のクライマックスで、ホラーのようなファンタジーのような展開があるので、この小説はおおむねファンタジーなのだからあまり厳しいことは言わないでおこうと思いますが、ひとつだけ気になることが。それはムコのしらかば園での同僚、平木直子の話。夫の暴力に何十年も耐え続け、周りが別れろと言っても聞かず、夫と孫娘と三人で暮らす彼女。本人は「これが私の生きる道」とその名前の通り開き直っているようで、私はそれだけがどうしても受け入れられませんでした。彼女みたいに開き直った女性が、彼女の娘と孫娘にどんな影響を与えているのか。デリケートな問題なので、もうちょっと丁寧に扱ってほしかったです。

あと、ストーリーとはあまり関係ないけど、主人公夫婦を始め登場人物がやたらビールを飲みまくるので、「いまに痛風になるんじゃないのか」「発泡酒じゃなくてビールなのか。羽振りがいいのぅ」など、余計な事を考えてしまいました。まあ、ビール飲みまくりの描写を読んだだけでもう、この小説が田舎の健全スローライフを推奨しているオサレ小説ではないことがわかって安心したんですけどね。ははっ。



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