OBSニュース

小樽商科大学ビジネススクール(専門職大学院)に関する情報を定期的にお知らせいたします。

米国ビジネススクール事情(5)

2008-01-11 10:52:04 | 講演・記事
近藤先生による米国ビジネススクール事情の最終回です。近藤先生も司会として参加したビジネスコンファレンス、アメリカにおけるMBAの位置づけ、そして日本におけるMBA教育について語ってもらいます。


ビジネスコンファレンス

ケロッグスクールでは、1年間に10以上のコンファレンス(シンポジウム)が開かれる。このコンファレンスは、業種、ビジネス機能、地域などのテーマからなっている。例えば、業種では、「製造業」「不動産」「バイオテクノロジー&医療」などがあり、ビジネス機能では、「マーケティング」「ファイナンス」「リーダーシップ」、そして地域では「インド」「中国」がある。また「女性」や「黒人」の経営に焦点を当てたコンファレンスもある。

これらのコンファレンスは、テーマの設定からスピーカー、パネリストの招聘、会議の運営に至るまで、すべて学生が中心となって実施される。教授はアドバイザーの立場である。私が滞在中、親しくしていた日本人留学生から、2006年4月開催の「アジアン・ビジネス・コンファレンス」のパネルディスカッションの司会を頼まれた。「アジアのビジネスがテーマで、ちょうど日本から客員教授が来ているからお願いしよう」というわけである。このコンファレンスは、ケロッグのなかでも最も大きなものの1つで、日本経済新聞社がメディアパートナーとしてサポートしていたこともあって、東京、ニューヨーク、シカゴから取材に来られた。

コンファレンスの準備は半年以上前から始まり、実行委員の学生がそれぞれ役割分担して進めていく。筆者は学生とミーティングを重ね、パネルディスカッションのテーマ(アジアにおけるブランド開発)やパネリストへの質問を練っていった。コンファレンスは3人の基調講演者と3つのパネルディスカッションから構成され、朝から夕方まで続く長丁場である。基調講演者には、インド出身のIT企業家、世界的な食品メーカー、ゼネラルミルズ社の財務担当副社長、北京大学ビジネススクール長など、錚々たるメンバーが並んだ。本社のあるミネソタ州からコーポレートジェットで駆けつけたゼネラルミルズ社副社長は、ハーバードのMBAで、典型的な米国のビジネスエリートといった風貌であった。彼は自社ブランド「ハーゲンダッツ」を引き合いに、日本のニュース番組「ブロードキャスター」の特集を挿入して、大ヒットしている「アズキアイス」の商品開発、世界展開をユーモアを交えて話し、大変興味深い内容だった。

会場は300人を超す参加者で満員となり、コンファレンスは大きな成果を収めた。私も微力ながらそのお役に立てたのは大きな喜びであるとともに、名誉なことであった。先ほど、ゲストスピーカーの講演は無報酬であると述べたが、このコンファレンスもそれに違わず、中国や英国からわざわざ来た駆けつけたスピーカー、パネリストが受け取るのは旅費のみである。ちなみに私が受け取ったのは、30ドル相当の図書カードと「Kellogg Asian Business Conference 2006」と刻まれた名刺ケースである。

MBAとビジネス社会

ビジネススクールの学生は、2年間という時間と2,000万円というカネを費やす。それは人生最大の投資の1つである。彼らのビジネススクールでの経験はビジネス社会でどのように生かされるのだろうか。

ビジネススクールでは、経営に関わる知識を広く浅く学ぶ。この「広く浅く」はさまざまな職種を経験させるジョブローテーションが日本に比べて少ない米国にあっては、自分の専門以外のビジネス領域を俯瞰できる機会を提供するという意味で非常に有益である。米国のビジネスエリートが異業種を渡り歩いてキャリアアップすることができるのは、1つにはその多くがビジネススクールで経営全般を学び、実践するスキルがあるからだ、とも言えるかもしれない。このスキルは、終身雇用がもはや過去の遺物となり、会社や組織に頼ることなく、一人称の「自分」の価値を売ることが必要となり始めた日本でも重要性を増すだろう。現在の仕事に疑問を抱き始めたビジネスパースンがビジネススクールを志願する傾向を考えると、ビジネススクールは「一人歩きのための就職・転職スクール」と言えるかもしれない。

第2に、そうは言ってもビジネスは一人でできるわけではないし、多くの仲間と支え合える関係が必要である。ビジネススクールで得るもう1つの財産は、このネットワークである。ケロッグスクールを含め、米国や欧州のトップスクールには世界中から多種、多様な、そして優秀な人材が集まる。そこで築かれたネットワークは陰に陽に、MBAホルダーのその後のビジネスキャリアに大きな影響を及ぼす。米国は意外にコネ社会である。どこの誰か分からない人は取り合ってくれない。そこに「誰それの紹介」があると、話は途端にスムーズに運ぶ。先ほどのゼネラルミルズ社の副社長は、スタンフォード大学ビジネススクールに在籍する友人のツテからたどり着いたという。今の仕事の殻を破りたい時、ビジネススクールのネットワークは大きな助けとなるはずである。

日本に求められるMBA教育

すでに述べたように、米国のビジネススクールは500校以上に上り、1年間で9万人のMBAホルダーを生み出す。11年で100万人の計算である。それだけの数のMBAが必要かと問われれば、答えに窮する。しかし、この数字はMBAがビジネスキャリアへのパスポートとして定着していることをうかがわせる。

ペンシルバニア大学で世界初のビジネス教育が始まって以来、百有余年、ビジネスを「教育」し、優れたビジネスパースンを育成するというビジネススクールの指名は米国でしっかりと根付き、欧州、アジアに広がっている。しかし残念なことに、そのアジアの中で日本のビジネス教育は最後発グループに属するだろう。香港やシンガポールは言うに及ばず、中国もまた日本のはるか先を進んでいる。ビジネスに普遍的な方法や概念はたしかに存在し、それはビジネススクールで共通言語として教授される。「参入障壁」「製品差別化」「企業価値」と言えば、MBAホルダーはすぐに「腑に落ちる」。それゆえ、彼らの間で交わされるビジネス会話は非常に明確かつ論理的、したがって効率的である。

日本のグローバルな競争力を考えるとき、MBAホルダーの持つ「理論」という頭脳と「応用力」という筋力は大きな潜在力を持つはずである。優秀なビジネスパースンの世界的な育成競争はもう始まっている。


注:「米国ビジネススクール事情」は、北洋銀行「調査レポート」2007年2月号、3月号への連載を転記したものです。

最新の画像もっと見る