映画なんて大嫌い!

 ~映画に憑依された狂人による、只々、空虚な拙文です…。 ストーリーなんて糞っ喰らえ!

晩春 ~映画の読解 (3)

2010年11月02日 |  晩春
     ■『晩春』 (1949年/松竹) 小津安二郎 監督


●龍安寺の石庭~虎の子渡しの庭
 京都の宿の、俗に“壺のカット”と呼ばれている有名なカットの後、龍安寺の石庭へと場面が移行します。この石庭は、一般には“虎の子渡しの庭”と呼ばれています。『虎の子渡し』とは、「虎が三頭の子を生むとその内の一頭に彪(ひょう)がいて、他の二頭を食おうとする為に、川を渡る時などは彪と他の子だけにしないよう、まず彪を向こう岸に渡し、次に他の一頭を渡し、帰りには彪を連れて戻る。そして彪をこちらの岸に残して、三頭目を向こう岸に渡す。最後にまた彪を連れに来る」という中国の説話です。『晩春』は、叔母のまさ(杉村春子)や父・周吉(笠智衆)が、意地を張る紀子(原節子)を向こう岸まで連れて行くような話でもありました。

 龍安寺の石庭は、方丈から見て左奥、東南の角に向かって低く設計されており、また、方丈から見て右、西側にある塀は手前から奥に向かって低く作られています。奥行きを感じさせる為の秘かな工夫が施されている訳です。鑑賞者の錯覚を利用した遠近術で、小津作品の画面作りとも共通するように思います。『晩春』では、この石庭の前で周吉と小野寺(三島雅夫)が会話をします。

  91=龍安寺 方丈の前庭
   周 吉  「いざ行くとなると、やっぱり何だかつまらないよ」
   小野寺 「そりゃ仕方がないさ、われわれだって育ったのを貰ったんだから」
   周 吉  「そりゃまぁそうだ…(笑)」

                         (※写真:1) 

 この時、二人の脳裏には誰の姿が浮かんで見えていたか…。言い換えれば、二人が腰掛けていた画面に、我々鑑賞者は何を感じ取る事が出来たか…。つまり、小津さんはあの場面で何を表現しようとしていたかです…。思えば、二人とも前妻と別れた過去を持つ境遇でした。小野寺のところも、おそらく死に別れたものと想像します。二人が歩んでいる人生は対照的でした。片や独身、片や再婚者です。死別した妻を慕い続ける夫と、死別の動揺から立ち直った夫と言い換える事も可能でしょう。小野寺の「育ったのを貰った…」という台詞は、《亡き妻》を婉曲に表現したものです。この台詞があったお陰で、後の紀子の花嫁姿が、単なる嫁いで行く娘としてだけではなく、嫁いで来た日の《亡き妻》の花嫁姿とも重ねて想う事が出来ます……「昔の人の思い出を誘う花橘の匂いの移った菖蒲(あやめ)…」です。ですから、最後の周吉がリンゴの皮を剥く場面に、寄せては返す波のような、複雑な感情が読み取れる訳で、小津さんが言うところの、泥中の蓮です…。

 龍安寺の境内にある鏡容池の辺には、毎年、杜若(かきつばた)も咲くようですが、この寺は何と言っても、その昔、鴛鴦(おしどり)が有名であった事で知られています…。


●文学覚書
 小津さんは1943年6月から1946年2月までの約2年8ヶ月間をシンガポールで軍報道部映画班員として従軍しています。その間、2本の戦争映画(『ビルマ作戦・遥かなり父母の国』『オン・ツゥ・デリー』)が企画倒れして、結局、日本本土では見られる事のなかった100本以上のハリウッド映画を見て余暇(※深夜こっそり)を過ごしています。『風と共に去りぬ』『市民ケーン』『ファンタジア』『怒りの葡萄』『レベッカ』『北西への道』…。2年8ヶ月は、結構長い期間です。下記は、『小津安二郎日記』(都築政昭・著/講談社)からの抜粋です。

 《小津には日記以外に「文学覚書」と表記したノートがあり、これをシンガポールでは雑記帳として使っていた。『万葉集』や西行の『山家集』の名歌を抜き書きしたり、『方丈記』や『源氏物語』の名文を書き写したり、能の歴史や謡曲のメモや漢詩……実に幅が広いが、小津の日本の古典に対する並々ならぬ関心がわかる。これも煎じ詰めれば、映画のネタ本である…》

 盟友・山中貞雄が戦病死した知らせを受けてからは、相当勉強に務めたという小津さん自身の発言記録も残っています。山中の死を切っ掛けに綴り始めた陣中日記にも、その一端が垣間見られます。例えば、中国へ出兵していた頃、オスカー・ワイルドの『ウィンダミア卿夫人の扇』をわざわざ日本から取り寄せた記述があります。エルンスト・ルビッチ監督が映画化した作品の原作本です。E・ルビッチのファンだった小津さんは、あの作品の魅力がE・ルビッチの演出に依るものであったのか、それともO・ワイルドの原作に依るものであったのかを見極めようとしていたように思えます……つづく


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