映画なんて大嫌い!

 ~映画に憑依された狂人による、只々、空虚な拙文です…。 ストーリーなんて糞っ喰らえ!

Wの悲劇 ~映画の完全読解 (1)

2011年12月14日 |  Wの悲劇
     ■『Wの悲劇』 (1984年/角川春樹事務所) 澤井信一郎 監督


   製作=角川春樹事務所
   配給=東映
   公開=1984年12月15日、東宝洋画系
   108分、カラー、ワイド

   製作 : 角川春樹
   プロデューサー : 黒澤満、伊藤亮爾、瀬戸恒雄
   監督 : 澤井信一郎
   脚本 : 荒井晴彦、澤井信一郎
   原作 : 夏樹静子
   撮影 : 仙元誠三
   照明 : 渡辺三雄
   音楽 : 久石譲
   音楽プロデューサー : 高桑忠男、石川光
   美術 : 桑名忠之
   編集 : 西東清明
   録音 : 橋本文雄
   助監督 : 藤沢勇夫
   舞台監修 : 蜷川幸雄
   舞台美術 : 妹尾河童
   舞台照明 : 原田保

    配役
   三田静香 : 薬師丸ひろ子
   森口昭夫 : 世良公則
   羽鳥翔 : 三田佳子
   五代淳 : 三田村邦彦
   菊地かおり : 高木美保
   宮下君子 : 志方亜紀子
   堂原良造 : 仲谷昇
   安部幸雄(演出家) : 蜷川幸雄
   嶺田秀夫 : 清水紘治
   安恵千恵子 : 南美江
   木内嘉一 : 草薙幸二郎
   水原健 : 堀越大史
   城田公二 :西田健
   小谷光枝 : 香野百合子
   佐島重吉 : 日野道夫
   林トシ子 : 野中マリ子
   居酒屋女将 : 絵沢萠子



〔1〕
●ラブホテル
《ステンドグラス風の窓(カメラが右へ流れる)》→《暗転(同)》→《水瓶を担ぐ裸婦の彫像(同)》→《暗転(同)》
 ※唐突な映像をスムーズに感じさせる工夫として、幻想的な音楽が短いながらも効果的だった。移動するカメラの速度もここまでは一定している。だから最初は1カットで撮られた印象さえあった。

五代:大丈夫か?
静香:はい…

→《ブランデーグラス(カメラが右へゆっくり流れる)》
※ここではカメラの移動速度がゆっくりになっていた。

五代:子供だよ。
静香:あっ、大丈夫だと思います…
 ※短いセリフながら多くを語っていた。最初の、五代の「大丈夫か?」は、「抱いても大丈夫か?」という問いに思える。静香も「はい」と覚悟を決めていたが、その後の五代のセリフから「避妊しないけど大丈夫か?」という意味だったことが分かる。それを静香の「あっ…」で表現してみせた。また、静香の「はい…」によって、二人の情事が初めてなのも分かる。

→《暗転(同)》→《タイトル『Wの悲劇』(フェードin)》
・タイトルと同時に神聖な印象の音楽が入る。
→《 同 (フェードout)》
・音楽の余韻が消えかかる瞬間に、
→《マッチの火-五代のタバコ-吐く煙(暗影の画面)》
 ※タバコに火を点けた五代の顔へ、哀愁を帯びた音楽が入る。この映画が、五代の哀愁劇でもあるという暗示だ。
《 同 (カメラは右へ流れる)》→《暗転(今度は左へ流れる)》→《部屋の全景(とは言え暗影・ゆっくりカメラは引いていく)》

五代:初めてとは思わなかったよ…
 ※ここでは、もう情事が終わっている。つまりタイトルの『Wの悲劇』の箇所が、処女喪失を表現していた訳だ。

・カメラはファーストカットで撮った“ステンドグラス風の窓”を正面にして止まる。
・静香が五代と寝た理由が、スタニフラフスキーの『俳優修業(上)(下)』に由来することで、傷付く五代。
 ※五代が静香に対して『俳優修業』の演技論を説明しようとした時の静香のセリフ「経験でしょ、普段の生活を充実させるっていうこと…」は、ラストの昭夫との別れの場面にも係ってくる。この時点でこの言葉の意味を、静香はまだ分かっていないという設定。
五代:それで、俺と寝たのか!
・暗影の画面に浮かぶ、ステンドグラス風の窓を遮るように五代が立つ。
 ※フェードoutのような効果が。
静香:好きだから…
 ※澤井先生が仰っている、流れを作るセリフというのを、ここに感じ取ることができる。「好きだから…」は余韻が残るセリフだ。それ故に、この直後のシーンがラブホテルからの帰り道である事に違和感がない。もしも余韻の残らないセリフでシーンを終えていたならば、次のシーンへの流れが切れてしまい、公園を歩く静香の姿が、別の日だと誤解されたとしても仕方がなかっただろう。

●公園
《朝方の公園を手前に歩いてくる静香(カメラは静香を左右に追う)》
・鳥のさえずり
・犬には跳ねるように、アヒルにはスカートの裾を広げて問う。
 ※初体験を終えたばかりの高揚感と、大人の女性としての色気を獲得したような気分が出ていたと思う。そもそも、女優への憧れも変身願望からくるものだったので、少女から大人への成長が、この作品の主題であることが分かる。

→《野外ステージ(カメラはゆっくりと左へ)》
・客席からステージへ(カメラは遠景の俯瞰)。
 ※画面左にあった木の幹を右に移動させるようにカメラが動く。木の幹をワイプのように使っていた。木の右側の色調が緑で、左側が青。
・階段を上がり、ステージ中央へと歩む静香。
 ※静香が木の幹から姿を現すまでの間が、直前のカットからの空間移動と短い時間の飛ばしになっている。
・ステージ上で静香が吐くセリフは、チェーホフの『かもめ』女優アルカージナのセリフ。三田佳子さん演じる羽鳥翔のキャラクターは、このアルカージナからイメージされたものだろう。“羽鳥翔”という名も“かもめ”と符合する。

→《ステージ上の静香(下から煽るフルショット)
 ※画面が、客席からの視線になっている。
静香:私は要求するのよ。名声を…本当の割れ返るような名声を!
 ※このセリフが、東京公演初日のカーテンコールで実現する。

→《 同 (オフで拍手)》→《拍手する昭夫がベンチで体を起こす》
昭夫:君、役者さんかい?
 ※ジャケットを体に掛けて寝ていた様子。体を起こすと同時にジャケットを膝の上へ。
→《半身の静香が後退る(膝上のショット)》
静香:研究生…
→《ジャケットの埃を掃いながら客席を下りてくる昭夫》
昭夫:毎朝、ここで稽古してるの?
 ※ジャケットを効果的に使って繋いでいる。
→《足元のカバンを抱える静香》
静香:どうして…
 ※ついさっきまで男に抱かれていた事を、不意に突かれたような静香の様子。近付いて来る男から、恥じらいを隠すようにカバンを抱く。
→《立ち止まる昭夫》
昭夫:また拍手したいからさ。
→《走り出す静香》
静香:からかわないで!
→《ステージから駆け下り、走り去る静香(ステージと客席の全景)》
・静香を見送る昭夫と、画面左手前にフレームoutする走る静香。
 ※木々に囲まれた空の形がいい。

 ※ここで注目したいのは、カットの長さだ。《昭夫-1》→《静香-1》→《昭夫-2》→《静香-2》→《昭夫-3》→《静香-3》という順序だったが、計ってみたらそれぞれ《1》→《2》→《3》と進むにつれ、1秒以上ずつ短くなっていた。1カットの長さを徐々に短くしていき、勢いを付けて、《走り去る静香》へと繋いでいたのだ。確かに飛び出していく勢いが生まれている!

●静香のアパート(芙蓉荘)…1シーン1カット
→《走ってくる静香(アパート横からの遠景)》
・カバンを胸に走ってくる静香。
 ※白く大きなカバンは、遠くからでも静香を確認できる為の目印だったことが分かる。
・公園と住宅地を隔てる石柱に手を掛け、そこからは歩き始める静香。
 ※後にその石柱で昭夫が静香を待つ設定がある。見る側の混乱を避ける為に、予めその場所を印象付けておく狙いだったと思われる。
・坂道を大股広げて登ってくる静香。
 ※澤井先生が、普通に歩くだけでは間が保てないので、初体験の後でもある訳だし、股に何かが挟まっているような感じで歩いて来てくれと、薬師丸さんへ注文を出したシーン。長回しの撮影で、カメラが移動できず、エキストラも使えず、ただ人物だけが画面手前に歩いて来るようなシーンでは、妙な歩き方でもして貰って間を持たせるしかない、というのがマキノ雅弘演出だとか。

《 同 (カメラは右へパン)》
・アパートの階段を上がり鍵を開けて部屋の中へ
・鳥のさえずり
 ※鳥のさえずりは、ずっと聞こえてきていた。

●部屋
・玄関脇の壁に鍵を手にした静香の左手が。(画面左)
・ガッチャッ。戸の閉まる音。
・カバンを置いて、流しでコップ一杯の水を飲み干す。(画面手前)
 ※ここでは静香を鏡に向かわせる切っ掛けが必要で、その為には外から持ち返ったリズムを一旦切る必要性があった。そこで水を飲ませた。走って帰って来た設定からも喉の渇きは不自然ではない。
・流しの横の壁に掛けてある鏡に、ふと目を遣り顔を近付ける。(カメラは左へパン)
 ※初体験で少しは何か変化しただろうか…。
・もっとよく見ようと奥の部屋の鏡台へ。(カメラは静香を追うように右へパンしながら左へ移動)
 ※画面の左側から手前にそっと花が入ってくる。
・鏡台の前の椅子に座り左手を顔へ持っていくところで、カットが切り替わる。
・鏡越しの静香が左の目の下辺りを指でなぞる。
 ※疲れている様子。
・ふと写真立てに目を遣り、手に取る。幼い頃の自分の写真だ。
・ハッとして鏡に映る自分を見遣り、写真立てを閉じる。同時に短いメロディが入る。
 ※このような初体験が、過去の自分への裏切りであった事に気付く様子と音楽が効果的。
・直ぐに立ち上がり窓の方へ。

●アパートの外
・静香の部屋の窓のカーテンと窓が開けられる。(遠景)
 ※この構図は、その後、昭夫との二度目の接触の際にも使われる。その為の伏線とも言えよう。

●部屋
・窓辺の静香が、振り向きざまにベッドへ突っ伏する。
静香:こんなもんかなぁ…
 ※静香の虚無感。ここで流れるメロディは、ラブホテルのシーンと同じ。このメロディからも、あのシーンでは五代の虚無感が表現されていた事が分かる。
・カレンダーを捲り、来月の生理日(7月3・4・5・6日)に丸を付けて、大あくびをする静香。
 ※生理日にチェックを入れる静香の行為から、既に意識が日常の生活に切り替わっている事が分かる。カレンダーの7・8月が『カルメン故郷に帰る』(木下恵介監督)のイラストだったが、この映画でも女優の悲喜劇が描かれていた。カレンダーの横にはピエロの操り人形。宿命付けられた役者の姿のようで寂しげだった。
 (※ここで日替わり)



〔2〕
●稽古場
→《研究生のダンスレッスン》…約48秒、20カット
 ※曲調もサウンドも変わり、この唐突感が直前までの重い空気を一掃する。敢えて流れを切っている訳だ。画面のトーンも明るくなる。カット割りもダンスの振り付けに見合ったものになっていてリズミカル。後にスキャンダルの記者会見のシーンにも使われる俯瞰のカメラポジションを、それとなく侵入させている。

●建物の外
→《道(ローポジション)》
・地面から車が出現し、画面左手前へ。
 ※画面右に生垣を入れて奥行きを作り、画面の納まりを良くしている。
→《建物の外観》
・画面左から車がフレームinして、正面玄関前で停まる。
・鳥のさえずり。
 ※今度は、画面左に生垣。
→《車から降りる羽鳥翔(バストショット)》
・サングラスをはずし、やる気の表情。
・鳥のさえずり。
 ※サングラスをはずす事で女優に変貌する様子は、後の静香にも共通する。昭夫に頬を叩かれた拍子にサングラスが飛び、静香が女優を主張するシーンだ。
→《車のドアを閉める翔》
・車は左へフレームout。
・正面を歩いてくる翔。
・翔が歩きながら顔を横(画面左)に向ける。
・鳥のさえずり~車のドアの閉まる音~研究生たちの挨拶(そのまま音繋がり)
・画面左(翔が向いた方)から五代が小走りにフレームinし、翔に並ぶ。
 ※車を運転していたのが五代だった事は、この時点では印象付けないようにしている。玄関先で偶然出会ったようにも見える演出だ。

●建物の中(エントランス)
→《階段を下りてくる研究生たち》
・画面左上から右下への流れ~画面手前右から左への流れ
→《掲示板“「Wの悲劇」和辻摩子役”》→《同“オーディション”》→《掲示板の前に集まってくる研究生たち(カメラは右へパン)》
・画面手前の職員(後ろ姿)と画面左の掲示板を覗き込む研修生たち。
・職員が右を向き、挨拶しながら一礼。
・研究生も振り返り一斉に挨拶。
 ※職員が黒のポロシャツである事は重要だ。邪魔しない色だ。

→《玄関から入ってくる翔と五代》
翔:おっはよー。
 ※軽快だ。スターの余裕が出ている。赤いスーツが、いかにも女優らしい。
→《階段の静香》
・五代を確認し、君子からタオルを奪い腰に巻く。
 ※ここで、静香の初体験の相手が五代だったことを念押ししている。黄色いタオルも、翔のスーツの赤とメリハリを付けている。
→《歩いてくる五代》
 ※さっきは翔がメインのカットで、今度は五代がメインのカット。
→《階段で擦れ違う静香と五代(ミディアムショット)》
・気恥ずかしげに意識する静香の横を五代が無視して上って行く。ちょっと寂しげな静香。
 ※ここでのカメラポジションは、玄関と階段を結ぶ線の外側(壁側)に統一されていた。
→《階段を上る五代と翔(カメラは左へ移動しながら、五代を追い掛けて右へパン)》
・一旦、右へフレームoutした翔が、カメラの流れで再びフレームinし、中央ポジションでカメラは固定。
・翔の後ろを横切り右へフレームoutした五代が、再びフレームinし、奥へ歩いていく。
・奥にはベテランの役者さんたちが顔を揃えている。
翔:もうロンドンよ、今。
・そう言いながら振り向く。
 ※短いセリフの遣り取りから、翔が昨日ブロードウェイから帰ったばかりなのが分かる。サングラスをはずした時の翔の表情にやる気が満ちていたのも、その為だ。『セールスマンの死』がロンドン公演中というセリフによって、次のシーンの研究生とのギャップをつくっている。
 ※最後に振り向くのは三田佳子さんのアドリブらしい。後姿ばかりの撮影に不満だったらしく、最後に振り向いて顔を見せた。澤井先生曰く、女優魂!

●居酒屋
→《本読みする男子》→《濃紺シャツの女子》→《静香と君子》→《かおり》→《メモをとる女子》→《手前に静香と君子/奥に本読みする男子》
・ページを捲るアクション繋ぎ。
→《手前左に本読みする男子の後頭部/右手前からかおり~濃紺シャツの女子~君子が一直線(俯瞰)》
 ※2~3秒の短いカット割りが小気味いい。かおりや他の女子との間に演技論を戦わさせて、かおりの気丈さと、他の女子のかおりへのライバル心を強調している。一方、皆は静香を処女だと思い、それに対して静香も反論しない。この慎ましい静香の態度に、処女ではない事を臆面もなく語る他の女子たちとの違いを作っている。この事は、一直線上に座る女子たちと少し外れた静香の座席位置にも表れていた。
かおり:タバコちょうだい!
 ※歯切れがよく、すっぱりとシーンが切れる。

●駅…1シーン1カット
→《ホームを歩く静香と君子(ローポジションのフィクス)》
・奥のベンチに座る君子と、線路側で風に当る静香。
君子:かおりには負けたくないね、静香ならいいけど。
 ※君子のかおりへのライバル心が再び強調される。君子とかおりは、気が強いという点では似た者同士だ。君子の気丈さの強調は、同時に静香の慎ましさの強調にもなっていた。
君子:処女の役なんだもん。
・静香がカバンを胸に抱く。
 ※昭夫との出会いのシーン同様、処女ではなくなった事への恥じらいを演出している。静香の脳裏に五代の姿が浮かんでいることだろう。
・タバコに火をつける君子。
 ※気持ちを落ち着かせる。かおりの「タバコちょうだい!」とも繋がる。
・直ぐに立ち上がり、吸殻入れにタバコを消し入れて再びベンチへ。
君子:私ね、お腹に赤ちゃんいるんだ。 
 ※お腹の赤ちゃんを気遣ってタバコを消した様子。
・振り返って君子に近寄る静香。
 ※静香の立ち居地が中央に移動したことで、左側にスペースができた。そこへ電車が入ってくるというタイミングは絶妙。
静香:劇団の人?
 ※カバンを抱いた仕草からも静香の脳裏に一瞬、五代がよぎったことは確かだろう。
君子:オーディション通ったら、おろそうかなぁ…今度の役、そのくらいの価値あるもの。
 ※命懸けで役を取りに行く研究生の気持ちがよく表れている。次のシーンで、五代が静香に吐くセリフを思うと切ない。
静香:落ちたら、お母さん?
君子:わかんない…。
・勢いよく立ち上がる君子。
 ※母親になる事は、考えたくもない様子。
・電車に乗り込む二人は画面左へフレームoutする。
 ※次のシーンの冒頭も、五代の左への動きからだ。このあと日替わりするが、君子(研究生)と五代(看板役者)との立場や情熱の違いを対比させる為にも、完全に流れを切らないようにしておく必要があったのだろう。

 ※この駅のシーンの画面は、手前右のベンチから奥の方へと引き締まった構図になっており、何より電車が入ってくるまでに果たす柱とベンチの役割は大きかった。電車が入ってくると、左右対称の構図になっていたことも分かる。お見事!
 (※ここで日替わり)



〔3〕
●歩道橋(表参道・神宮前四丁目)
→《小走りの五代(カメラは五代を追い掛けて左へパン)》
・階段の下り口でカップルと擦れ違い、駆け下りて来る。
 ※階段の途中で、カット割り。ここはアクション繋ぎではなく、澤井先生曰く、時間を盗む繋ぎ方。次のカットでは五代が階段を下りた所から始まっている。奥の歩道橋にはさっき擦れ違ったカップルが歩いている。細かい!

●カフェテラス(奥に歩道橋)
→《テーブルに腰掛けてセリフの練習をする静香/画面奥から歩いてくる五代(カメラは低いポジション)》
・ポップな音楽。
 ※このシーンの最後まで流れる。駅のシーンからの流れを切らないように、前のカットからではなく、このカットから音楽を入れている。
・階段を下りてくる五代。
 ※よく見聞きしていると、五代が履いているのは下駄。キザなプレイボーイと思われたが、意外にも蛮カラだったことが分かる。
・五代に気付いた静香が立つ~五代はさっさと足を組んで座る~ゆっくりと静香が座る。
 ※二人の動きでリズムを生み出す。静香が座った途端、今度はカメラがゆっくりと前へ移動する。
・タバコに火を点ける五代。
 ※これは、タバコを消す為に点けている(後述)。
五代:やめとけ、あんな芝居。
 ※このセリフが、お腹の子の赤ちゃんの命を引き換えにしてでも、役を取りにいこうとする君子のセリフと対比する。
静香:どんな芝居でも、どんな役でも、私、本公演の舞台に立ちたいんです。
 ※君子やかおりの情熱に負けまいというより、彼女らの情熱に引きずられるように貪欲になろうとしている静香の様子。
五代:確か絶叫芝居だったよな。
・そういって身を乗り出し、テーブルに肘をつく五代。
 ※カメラの移動で画面サイズが狭くなり、二人の姿を納まり良くする為の仕草。
五代:大きな声を出してもいい所となると…この前のホテルでやるか。
・タバコの火を消し、立ち上がる五代。
 ※タバコを消す仕草は、次の行動を始めようとする意志表示。だから、タバコは消す為に吸わせている。
・戸惑いの表情を浮かべる静香。
 ※風景の中の静香から始まり、最後はアップではないが、それに近い効果をもたらしていた。
 ※全体的に青みがかった画面へ配色された赤や黄色が、適度な緊張感をもたらしていた。

●公園
→《ステージ前の観客席で爺さんと将棋を指す昭夫(軽い俯瞰)》
・首には黄色いタオル。
 ※タオルの片端だけを襟首の中に入れて、見た目の違和感を作っていた。タオルを印象付ける為の演出だ。
・微かに遠くの子供たちの声。
・誰かを見つけたような昭夫~体よく将棋を切り上げて、腕時計を見る仕草。
 ※腕時計を見る仕草でアクション繋ぎ。背景のステージで遊ぶ子供の様子が自然でいい。
→《立ち上がる昭夫/画面奥に、歩く静香の姿》
 ※将棋の相手は、藤原鎌足さん。
→《手前に歩いてくる静香》
・画面右からフレームinしてくる昭夫。
・アヒルの鳴き声。
・役にのめり込み、夢中で走り出す静香(追い掛けるようにカメラも右へパン)。
 ※望遠レンズだろうか…。レンズの調節で画面のサイズを変化させている。顕著なのは、静香がカバンを置くところと階段を駆け下りるところ。
・画面左からカバンを持った昭夫の半身がフレームin。
昭夫:今度はなんていう芝居だい?
・振り返る静香がカバンをもぎ取る。
昭夫:また会ったね。
 ※昭夫のセリフで、少し前の明け方、ここで会った男である事が念押しされる。

→《池のほとりを歩く静香と昭夫(二人を中央に据えて、カメラはゆっくりと左へ移動し、やがて二人の正面に回る)》
・のどかな音楽が入る。
・昭夫の自己紹介。
 ※不動産屋らしい箇条書きのような説明。
・昭夫の話を無視して、芝居に集中しようとする静香の様子。
昭夫:静香、故郷はどこ?
静香:呼び捨てにしないでよ…。
→《怒って振り返る静香》
・後ろ歩きの静香。
 ※直前のカットのカメラ移動を考えれば、このカットは別の場所で撮影された可能性が高い。実際にはない遊歩道の形状を作り出しているのかも知れない。
・背景に、釣り人と佇む老人。
 ※直後のカットにも、きっちり配置されている。
→《手前に歩いて来る静香と昭夫》
・カメラの前まで来た静香が振り返って昭夫に釘をさす。
静香:あたしね、明日オーディションなの…あなたに構っている暇なんてないの。もう家そこだから早く帰って!
・そう言って静香は左へフレームout。
 ※オーディションが明日なのと、静香の仕草から家が近い事が分かる。
・昭夫は帰る素振りで歩き出そうとするが、直ぐに反転して静香の後を追い掛けるように階段を駆け上がって行く(カメラも左へパン)。
 ※次のカットへの繋ぎの為に、静香を先にフレームoutさせている。昭夫にもちょっとした間を作ってもらう為に、くるっと回転させてから階段を駆け上がらせている。この時、昭夫が黄色いタオルを翻らせるが、この動きはとても重要で、直後の遠景の画面で、昭夫を認識し易いようにする為の配慮だ。
・階段を駆け上がる昭夫の足音。

→《階段を駆け上がる静香(真上の俯瞰から上へのパン)》
・駆け上がる静香の足音。
 ※階段繋がりだが、足音繋がりでもある。
・昭夫の声。不動産屋らしい自宅アパートの説明。
 ※静香を追い掛けてカメラが上へパンすると画面右半面に静香、左半面に公園の昭夫が画面上からフレームin。
・昭夫が、手に持つ黄色いタオルを首に掛ける仕草。
 ※あまりに小さく映る昭夫だが、この仕草で直ぐに認識できる。
・“芙蓉荘”、アパートの名。
・静香は部屋の鍵を開けて中へ。
昭夫:オーディション頑張れよ!
・帰ろうとする昭夫。
・ガラガラと窓の開く音。
・音に気付いて振り返る昭夫。
 ※静香が朝帰りした日に窓を開けるシーンがあり、同じガラガラという音が使われていた。だから昭夫が振り返ることへの違和感を感じさせない。

→《昭夫の肩越し、アパートの二階・窓辺の静香》
 ※静香が朝帰りした日の、窓辺の静香と同じ構図だ。
静香:私、殺してしまった。おじい様を殺してしまった。
・指笛を鳴らす昭夫。
→《二階窓の静香(昭夫の目線)》
・音楽が入る。
 ※別れを暗示するようなちょっと切ないメロディ。
・スカートの裾を広げて、可愛く挨拶する笑顔の静香。
 ※この作品のラストシーンと同じ仕草だ。
・昭夫の拍手。
→《アパートと脇の道と公園(かなり引きの画面)》
 ※昭夫の拍手繋がり。
静香:さようなら。
昭夫:さよなら。
 ※二人の別れを暗示するよう。
・手を振る昭夫。
・カーテンを幕のように閉める静香。
 ※静香の部屋の電気は点けられていたので、夕方だと分かる。
・笑いながら帰る昭夫。
 ※このカットの構図は、アパートとその脇の道、更に公園の位置関係を確認させる為のものだ。アパート周辺の風景を一本に繋げている。これで、昭夫が今来た道を戻って行く様子も想像できる。オーディションを落ちた夜、静香が昭夫に八つ当たりする場所の予習にもなっている。
 (※ここで日替わり)



〔4〕
●稽古場の外(劇団)…5カット
→《研究生たちの稽古/青の女子が手前へ(野外)》
研究生:私、おじい様を殺してしまったの。
 ※昭夫のタオルの“黄色”から画面のトーンを“青”に変えている。しかし、昭夫が一歩踏み出す動きと、青の女子の手前への動きは連動させていた。これは、流れを切りつつ繋いでもいる。時間がそんなに経っていない為の繋ぎだろう。
・この女子の右隣で手すりに両手を掛けている女子がいる。
 ※次のカットでは、この女子が画面手前に映っているので、カットが繋がっている。
→《画面左向きの白の女子が振り向く(野外)》→《しゃがみ込む緑の女子(野外/ローポジション)》→《窓ガラス越しの研究生たち/赤の女子》→《窓ガラス越し(ポン引き)~階段(カメラは左へ移動)~廊下口(俯瞰)》
・研究生の声、声、声…。
 ※ここで研究生たちが口にしていたセリフは、舞台劇の『Wの悲劇』の概要を想像することに役立つ。どうやら摩子が祖父を殺してしまうらしいことを朧げに伝えている。しゃがみ込む女子を捉えるローポジションの画面は、劇団員の足元を映す狙いでもあったろう。それは君子だけがスカートを穿いている事を、後に強調する為だ。かおりや静香を無闇に映さないことは、劇団を大きく見せていた。最後のカットは、見る側を稽古場へと導いていくカメラワークだ。

●稽古場(オーディション)
→《椅子に座っている赤いシャツのかおり(俯瞰)》
 ※カメラ移動から固定画面へのメリハリ。
・静まり返った稽古場でかおりの声だけが響く。
 ※騒然から静寂へのメリハリ。
・画面上部に窓からの僅かな灯り。
 ※稽古場の立体感を出している。凄い!
・照明は画面左から当てている。陰が右側に出ている。
 ※赤いシャツが、いかにもかおりらしい。
→《かおりの肩越しの演出家》→《演出家のテーブル越しの羽鳥翔》→《研究生の後頭部越しの安恵》
・演出家の背後で男がコーヒーを飲んでいる~翔が差し出した飴を嶺田が摘まむ~安恵に話しかけるトシ子。
 ※細かい動きを入れた、小気味のいいカット割り。翔の鮮やかなピンクのシャツが映える。
→《かおりのアップ越しの静香》
 ※かおりのアップだが、ピントは静香に合わせている。静香の横の二人は足を横に崩して座っているが、静香には膝を抱えさせている。少女っぽさの演出もあったかも知れないが、座り方の違いから静香を発見し易いようにした工夫だろう。
→《稽古場の全景/立ち上がって走り出す静香(俯瞰)》
 ※全員の位置関係が分かる。床に影を落とす為の照明は大変だっただろう!
・立ち止まって振り返るかおり。
 ※ここでかおりの左足が半歩前へ出ているところに注目!
かおり:お母様!
 ※お芝居が“母子もの”であることの印象と、妊娠中の君子の心境にも思いが馳せる。
演出家:はい、そこまで。
→《膝下のかおりの足/不安そうな静香(ローポジション)》
かおり:ありがとうございました。
・揃えた膝が反る。
 ※左足を引いてから両足を揃えている。ここでもピントは静香に合わせている。
・静香の方へ歩き出すかおりの足。
・演出家の反応が気になる静香。
→《研究生たちの後頭部越しの演出家》
 ※このカットは静香の視線。
→《静香の横に座るかおり》
・遣り切った感のかおりと、自信を喪失気味の静香。
 ※同じ画面に、二人の好対照な表情を映す試みは、この後のオーディションの合格発表のシーンでもやっている。

→《演出家の背中越しの君子》
・スカート姿の君子。
 ※君子にだけスカートを穿かせているのは、お腹を隠す為の演出だ。
・演出家が右手に持つタバコの煙と、中央の君子が重なる。
 ※処女の役を、妊婦が演じることの違和感を出す狙いからだろうか…。
・走り出す君子。
 ※ここは、アクション繋ぎ。
→《立ち止まった君子が倒れる(ローポジション)》
・駆け寄る静香。
 ※動きの速さに、静香の優しさが表れていた。
・呻く君子。
 ※この声は、お腹の赤ちゃんが出させた声。だから、お母さんの声だ。このあと、病室のシーンで語られる。
・皆も集まってくる。
 ※人物の手前への移動。カットが切れる直前で、人物の動きを一旦、止めているのは、次のシーンとの繋ぎ目を汚くしない為だろう。

●病室…1シーン1カット
→《ベッドで横になる君子(フィクス)》
・画面手前から君子の側へ近付く静香。
 ※直前のカットが奥から手前への動きで終わっているので、このシーンは手前から奥への動きで始まっている。一つのリズムだ。
静香:赤ちゃん、大丈夫だって。
・ほっとした表情を浮かべる君子。
静香:ダンスの練習なんて無茶苦茶だって。流産したいとしか思えないって。
 ※君子は、流産するつもりだったのかもしれない。
君子:よりによってオーディションの最中だなんて…性格の悪い赤ちゃんよね…。
 ※君子の母性が目覚めたよう。
・複雑な表情の静香。
君子:産むわ…。産んで悪い性格直してやんなくっちゃ。
 ※母になる君子の決意。
・驚く静香。
 ※俳優修業に始まった性体験が、母になる行為でもある事に気付かされたようでもあった。
君子:思い切りどついてやるんだから…。
・静香から顔を隠すように泣く君子。
 ※古典的な女性像から逃れようとする君子は、ウーマンリブの流れに立つキャラクターだ。自立を目指す女にとって、子を産む為に夢を諦めることは敗北に等しいという考えだ。その意味では、悔し泣き。しかし、オーディションの為に赤ちゃんをおろそうとした自分を恥じる涙でもあっただろう。この君子の選択は、羽鳥翔が捨ててきたものでもある。

※この画面は、3分割×2分割のシンメトリー構図になっている。背景の山と窓枠によって決まったような構図だ。ベッドを斜めにずらしたのは、カバンの位置を確保する為だったのだろうか…。画面右のスタンドは、どうやら背景にある建物を隠す為のようだ。静香の顔に西日が当っているので、夕方であることが分かる。
 (※ここで日替わり)


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