映画なんて大嫌い!

 ~映画に憑依された狂人による、只々、空虚な拙文です…。 ストーリーなんて糞っ喰らえ!

Wの悲劇 (1)

2009年02月14日 |  Wの悲劇
     ■『Wの悲劇』 (1984年/角川春樹事務所) 澤井信一郎 監督


 以下、澤井信一郎監督によるエピソードを幾つか紹介しておきます。


 角川春樹事務所としては当初から、薬師丸ひろ子さんの主演と、夏樹静子女史の原作だけは決定事項だったようで、それで、何人かの監督に声を掛けたようなのですが、「閉じ込められた別荘の中でのワンセットものでは、映画的ではない」という理由からことごとく断られたらしく、結局、澤井監督のところへ話が来た頃には、「原作のタイトル『Wの悲劇』と主人公の名前さえ使ってくれれば、あとはどうアレンジしても構わない…」という事で、会社側としてはかなり妥協した様子です。

 シナリオ作りには3ヶ月が費やされたそうで、その間、脚本の荒井晴彦さんと何本かのビデオ(『赤い靴』『イヴの総て』『女優志願』『グリニッチ・ビレッジの青春』)を参考に見たそうですが、どれもカチッとし過ぎていて真似しようがなく、そこで“女優志願の女の子の青春映画”にしようと腹を括ったそうです。事前の取材では、いろいろな劇団(劇団雲・劇団四季・俳優座など)の研究生たちから話を伺ったそうで、その幾つかは実際に取り入れたようです。オープニングで静香(薬師丸ひろ子)が処女を喪失する理由(※大人の色気を得る為)。スキャンダルの記者会見で静香が告白する、堂原(仲谷昇)との出会い(※公演のチケットを飛び込みで行って買ってもらったエピソード)。これらは、研究生たちの実話を基にしたものだそうです。

     ■『赤い靴』 (1948年/英) マイケル・パウエル&エメリック・プレスバーガー共同監督
     ■『イヴの総て』 (1950年/米) ジョセフ・L・マンキウィッツ監督
     ■『女優志願』 (1958年/米) シドニー・ルメット監督
     ■『グリニッチ・ビレッジの青春』 (1976年/米) ポール・マザースキー監督

 当初、妊娠してしまう君子役は荻野目慶子さん、かおり役は杉田かおるさんが候補だったそうです(※逆かも)。この二人が演じていれば、また違った雰囲気の映画になっていたことでしょう。二人が役を受けなかったことでオーディションが行なわれたようですが、かおり役に抜擢された高木美保さん(1962年生)は、実は書類選考で事前に落とされていたそうです。年齢制限を越えていたという理由だそうですが、たまたま澤井監督が彼女の写真を見て、かおりのイメージに合うからと2次選考に呼んだそうです。荻野目慶子さんと杉田かおるさんは、薬師丸さんと同じ1964年生まれで、3人とも大変に仲が良かったそうです。それでキャスティングが予定されていたようなのです。

 冒頭のラブホテルのシーンは、当初、もう少し長いシーンだったそうです。全体に暗いトーンの画面でしたが、あの後、五代(三田村邦彦)が部屋の明かりを点け、その瞬間、静香が、毛布を被るという芝居が予定されていました。実際、撮影も済ませていたようですが、ご存知の通り、カットされています。理由は、次のシーンとの繋がりが悪かったからだそうです。次のシーンの画面は、ブルートーンの《夜明けの公園》でした。つまり、まだ薄暗い公園のシーンへ移行する前に、画面が明るくなったのでは繋がりが悪いという理由です。

 舞台の監修は蜷川幸雄さんでしたから、ある程度しっかりとした台本が書かれていたとしても不思議ではありません。ただ、澤井監督が仰るには「舞台で演じられている芝居を撮るのではなく、演じている人の事情や性格を撮る…」とあったので、おそらく舞台自体は存在しなかったと思われます。撮影に使用された劇場の客席数は1500席。満席のエキストラは全員ノーギャラで、お弁当とお土産のTシャツだけで集まってくれたそうです。偏に、薬師丸さんの人気の賜物です。1500人ものエキストラを拘束できる時間を考えると、満場の客席が映るカットに関しては一日で撮影されたものと思われます。ですから、劇中劇の『Wの悲劇』が通しで演じられる事は不可能で、それでも、完成された台本くらいはあったかも知れません。蜷川さんにしても、妹尾河童さんにしても、映画人に対して中途半端なものは見せられないという舞台人としてのプライはあったでしょうから…。

 この作品でご一緒するまで妹尾河童さんとは面識が無かったらしく、澤井監督もセットに関しては、まず妹尾さんとお会いしてからと考えていたそうです。ところが、最初の打ち合わせの席で、大荷物を抱えて入って来た妹尾さんが、テーブルの上にドーンと置いたのがセットの模型だったらしく、それがそのまま採用されたそうです。映画の中の読み合わせの場面で使用されていた模型は、その時の物らしいです。 妹尾さんは色々と舞台装置のアイディアを出されていたようですが、エキストラが入るカットをまとめて撮影しなければならない事情から、順撮りは行なえないので、大掛かりな舞台装置は控えて頂いたそうです。

 記者会見の場面は、薬師丸さんのカットだけが長回しの撮影で、あとから切って、レポーターのカットとカットバックさせたそうです。実際の本番でも、梨元勝さんや福岡翼さんらに座って貰ったようです。澤井監督としては、ドキュメンタリー風の要素が狙いだったらしく、本物のレポーターにしか出せない追求の間合いや迫力を期待したそうで、彼らもそれに応えていたように思います。特に、梨元さんと福岡さんは良かったです。現在、目黒区議会議員の須藤甚一郎さんあたりは、かなり緊張した様子に見えました…。蜷川幸雄さんの笑いを堪えているように見える箇所もありました。目の前のレポーター陣の緊張した面持ちを見ているうちに、可笑しくなって来てしまったのでしょうか…。顔に手をやる仕草は、観客の視線を一人の人物へ集中させる為に用いられる演出の工夫だとは思うのですが…。

 三田佳子さんが演じた羽鳥翔の役は、当初、別の女優さんが候補だったそうですが(※誰かは不明)、悪役的だからという理由で断られ、そこで三田さんに白羽の矢が立てられたそうです。三田さんからは、「最初に私に声を掛けたの?」としつこく尋ねられたようで、澤井監督が「そうだよ」と答えると、「だったらなんで薬師丸ひろ子ちゃんの役名が三田なの!?」と痛い所を突かれてしまい、まんまと見抜かれてしまったそうです。三田さんからは一つだけ注文があり、「死体を私が抱ける俳優さんにしてもらいたい。設定で抱くんじゃなくて、死体にすがれる、私の好みの人にして」と…。そこで、何人かの候補者の中から仲谷昇さんが選ばれたようです。

 ラストシーンはシナリオの段階で3回くらい変更があり、最初は結婚する結末だったそうです。ところが、角川春樹事務所の方からNGが出て、結局、あのような結末に落ち着いたといいます。完成試写を見たマキノ雅弘御大は、角川映画の自由さをたいそう羨ましがっていたようで、俺もあんな終わり方をしたかったけど、俺たちにはそれが許されなかったと仰っていたそうです。ラストカットは、《悲しみ》と《笑み》の渾然たる一瞬を捉えたストップモーションでしたが、実は撮影に入る前、澤井監督は薬師丸さんへ課題を与えていたそうです。レオナルド・ダ・ヴィンチの名画「モナ・リザ」の《微笑み》を研究するようにと…。マキノ御大も、薬師丸さんの事は随分と褒めていらしたそうです。変な表情や外れた表情が一つもなかったと…しみじみ…。


 *参考文献:「映画の呼吸―澤井信一郎の監督作法」(ワイズ出版)、「河童が覗いた仕事師12人」(新潮文庫)。


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