■『Wの悲劇』 (1984年/角川春樹事務所) 澤井信一郎 監督
製作=角川春樹事務所
配給=東映
公開=1984年12月15日、東宝洋画系
108分、カラー、ワイド
製作 : 角川春樹
プロデューサー : 黒澤満、伊藤亮爾、瀬戸恒雄
監督 : 澤井信一郎
脚本 : 荒井晴彦、澤井信一郎
原作 : 夏樹静子
撮影 : 仙元誠三
照明 : 渡辺三雄
音楽 : 久石譲
音楽プロデューサー : 高桑忠男、石川光
美術 : 桑名忠之
編集 : 西東清明
録音 : 橋本文雄
助監督 : 藤沢勇夫
舞台監修 : 蜷川幸雄
舞台美術 : 妹尾河童
舞台照明 : 原田保
配役
三田静香 : 薬師丸ひろ子
森口昭夫 : 世良公則
羽鳥翔 : 三田佳子
五代淳 : 三田村邦彦
菊地かおり : 高木美保
宮下君子 : 志方亜紀子
堂原良造 : 仲谷昇
安部幸雄(演出家) : 蜷川幸雄
嶺田秀夫 : 清水紘治
安恵千恵子 : 南美江
木内嘉一 : 草薙幸二郎
水原健 : 堀越大史
城田公二 :西田健
小谷光枝 : 香野百合子
佐島重吉 : 日野道夫
林トシ子 : 野中マリ子
居酒屋女将 : 絵沢萠子
〔5〕
●稽古場
→《出演者を前にした制作サイドの挨拶(出演者越しにカメラが右へ移動)》
日高:えぇ、最後に…。
・左手で張り紙を指差し、スケジュールの説明(画面上1/3)。
※セリフが「最後に…」で始まっているので、ある程度の時間の経過を感じ取れる。指を差す仕草は、見る側の視線を誘導するものだが、このシーンではその指の先の張り紙が大写しにならない。見る側の視線を画面の奥(画面上1/3)に引き付ける為だけのアクションだったのだろう。照明も後姿は暗く、正面の姿(画面上1/3)を明るくしている。
演出家:…もう一つは女性たち、つまりWomenの“W”です。
→《最前列にメインキャストが並ぶ(カメラは前列左から右へ移動)》
※セリフ繋がり。
演出家(off):…哀切きわまりない日本の女の愛の悲劇でもあるわけです。
※この映画の主題でもある。
→《配役を発表する演出家(後頭部越し画面上1/2)》
演出家:…佐島重吉さん。
→《立ち上がって後ろへ一礼する佐島》
※人物の名を呼ぶカットから、呼ばれた人物へのカット。
・拍手の音。
→《研究生たちの横顔-A》
※ここは音繋がりではなく、アクション繋がり。研究たちの拍手をやめた手が下がるアクションで繋げている。
演出家(off):…安恵千恵子さん。
→《安恵も笑顔で皆に一例》
・拍手の音。
→《拍手する研究生たち-B》
※拍手の音繋がり。
→《研究生の中のかおり-C》
※拍手の音とアクションの繋ぎ。拍手をやめた手が下がるアクションで繋いでいる。かおりの顔にだけ照明が当っているので見つけ易い。
演出家(off):与兵衛の姪…、
→《余裕の翔》
演出家(off):…羽鳥翔さん。
※セリフで繋いでいる。
・拍手の音。
・座ったまま右手だけで挨拶する貫禄の翔~引き締まった表情へ。
※ブロードウェイから帰ったばかりの設定で、気力が充実している感じが良く表現されている。拍手の時間も長い。
演出家(off):彼女の二度目の夫…、
→《不安そうな静香-D》
※セリフ繋がり。
演出家(off):…嶺田秀夫さん。
・ちらっと(嶺田の方へ)目線を向ける静香。
→《両手を上げて拍手に応える嶺田》
※静香の目線繋がり。
・拍手の音。
・隣り(翔)に会釈する嶺田。
演出家(off):会長の甥…、
→《最前列(斜め前から)》
演出家(off):…水原健君。
※セリフ繋がり。
・立ち上がって一礼する水原。
・拍手の音。
→《拍手して頷く木内》
※拍手の音繋がり。
演出家(off):…木内嘉一さん。
・座ったまま一礼する木内。
・拍手の音。
・隣り(安恵)に会釈する木内。
・画面右隣りは拍手しながら木内を覗き込む翔。
演出家(off):間崎鏡平…、
→《研修生の後頭部》
演出家(off):…城田公二君。
※セリフ繋がり。
・立ち上がって一礼する城田。
・拍手の音。
演出家(off):…小谷光枝さん。
・立ち上がって一礼する小谷。
・拍手の音。
→《拍手する研修生-E》
※拍手の音繋がり。緊張の表情。
演出家(off):中里右京警部…、
→《やる気の無さそうな五代》
演出家(off):…五代淳さん。
※セリフ繋がり。
・ちらっと目を前にやり、ネクタイをいじる五代。
演出家(off):…林トシ子さん。
→《最前列(斜め後ろから)》
・立ち上がって一礼するトシ子。
・拍手の音。
※この映画の主な出演者の紹介が、芝居の配役の紹介と共に行われる。劇団の家族的な雰囲気や、各々の人柄も伝わってくる。人物紹介さえ終わってしまえば、このあとの稽古や本公演のシーンへとスムーズに入れる。なぜなら登場人物の混乱が避けられるからだ。本来なら、エピソードを絡めた登場人物の紹介が常道なのだろうが、この映画では出演者の多さから敢えて混乱を避ける方を選択したと思われる。
→《列の間からの演出家》
演出家:和辻摩子…オーディションの結果…、
→《研究生の中のかおり-C》→《研究生たち-E》→《緊張の静香-D》→《研修生たち-B》→《研究生の横顔-A》
演出家(off):…菊池かおり君。
→《驚きの静香/前にはかおり(ピントは静香に)-F》
※この稽古場の配役紹介のシーンは、後ろからの移動撮影から始まり、直ぐに前からの移動撮影。続いて様々な繋ぎ方(音・セリフ・目線・アクション)によるカット割り。そして、いよいよというところでは、短いカットをポンポンポンと、小気味良く繋げていく。とてもリズムを感じる。
・どよめき。
・拍手の音。
・驚きと落胆の静香は、目線を落とす。
・かおりは信じられない様子の表情。
※周囲の下馬評では静香だっただけに、どよめき。拍手が自分だけに向けられたものであることへの感激も、かおりにはあっただろう。
・立ち上がろうとするかおり。
→《稽古場の全景(斜め前から)》
・立ち上がって挨拶するかおり。
※アクションと拍手の音繋がり。
演出家:若い女中…三田静香君。
・座り掛けるかおり。
→《ぼんやりする静香-F》
・座るかおり。
※かおりのアクション繋がり。
静香:はい。
・立ち上がる静香(カメラは静香を追い掛ける)
静香:よろしくお願いします。
・拍手の音
・静香座る。
・拍手の音が止まないままカットoff。
※やる気に漲るかおりの表情と、落胆の色を隠せない静香の表情が好対照。
※このシーンの音声は、大方、演出家の声と拍手によって構成されている。音声と編集の妙技が作り得る映画ならではのシーンだろう。
●公園~アパート脇の道(夜)
・画面左の木の陰からフレームinする静香が、道形にぶらぶら歩いて帰って来る(俯瞰)。
※右手に持ったカバンを左手に持ち替えたりしてぶらんぶらんさせている。酔っているか…。
・夏の虫の声(音楽が入るところまで)。
・カメラは静香を追いながら、ゆっくりと下へ移動。
・昭夫が画面下からフレームin。
・石柱に腰掛けた昭夫に気付く静香。
※ここで足が一瞬止まり掛ける。
昭夫:お帰り。
・カバンを右手に持ち替えて、真っ直ぐ歩き出す静香。
・昭夫が差し出した花束を無視して歩く静香。
・カメラは左下へゆっくりと移動していく。
※画面左からフレームinする電柱を、画面右へ据える。
昭夫:受かったんだろ、オーディション。
・立ち止まる静香。
昭夫:スター誕生のお祝いだ。
・そう言って花束を再度差し出す。
※このセリフの時に、画面左上隅に一瞬、電灯がフレームinする。成功を暗示させるものだろか…。
・花束を手にした静香が激しく昭夫を叱責する。
※静香にとって忘れ去りたい現実を、花束と共に突き付けられた印象だ。
静香:…芝居のことなんか何も知らないくせに…。
・花束で昭夫を叩く静香。
静香:…あなたが考えるほど、芝居の世界は甘くないんだからね…。
・後退りする昭夫。
静香:…あなたになんか分かんないでしょ!
・昭夫を電柱に追い詰める静香。
※昭夫が役者志望だった事が分かれば、プレゼントした花束を台無しにされても怒らなかった理由が分かる。丁寧に公園を描いていたので、夜景でありながら、奥行きを感じさせる背景になっていた。
・花が落ちてしまった花束を見つめる静香。
→《花束越しの静香のアップ》
・われに返った静香が昭夫を見る目線。
・いつの間にか流れ込んでくる騒めくような音楽。
・僅かに残った花の赤。
※恋の萌芽。グラジオラスの花言葉は“情熱的な恋”。
昭夫:バラにしようかどうしようか…
→《静香の肩と花束越しの昭夫》
昭夫:…悩んだけどさ、やめといて正解だったね。
※セリフ繋がり。
・微笑む昭夫。
→《昭夫の肩越しの静香》
・昭夫から目を落として。
静香:ごめんなさい。
→《静香の肩と花束越しの昭夫》
昭夫:飲みに行こうか?
→《昭夫の肩越しの静香》
・落とした目線を昭夫に向けて、照れ臭そうに頷く。
・画面右へフレームoutする昭夫。
※僅かに残った花の赤。
→《アパート脇の道(ローポジション)》
・静香のカバンを取りに画面手前へ駆け下りてくる昭夫。
※静香のカバンを昭夫が取って上げる行為は、これで二度目。女性用のカバンを持って上げる演出からは、昭夫の奔放さや包容力を引き出す狙いからだと思われる。
・公園とは逆の方向へ歩いていく二人。
※画面手前右の石柱が奥行きをつくり、二人は画面奥へと歩き出す。広角の画面だ。二人が坂道を登ってくことで画面の手前にスペースが空く。そこを埋めるようにゆっくりとカメラは上へパン。すると画面上からさっきの電灯がフレームin。茂る木の間から覗く空がまるで二人が進む道のように現れる。グラジオラスの花言葉には“たゆまぬ努力”という意味もあるから、再び静香がスターへの道を目指し歩み始める画作りにもなっている。
・音楽もぴったりと止む。
●居酒屋…1シーン1カット
・酎ハイを飲むカウンターの静香。
※シーンの始まりは、どの程度時間が経過しているかを一瞬で描く工夫が必要。そこで酎ハイを飲み、既に酔っ払っている演出を施している。調味料の赤いキャップが画面を引き締めている。
・画面左1/4が影(ゆっくりとカメラが引いていく)。
・引っ込み思案だった子供の頃の事を話す静香。
静香:私は俳優よ。
・ビンの間の二人(ゆっくりとカメラは上へ移動)。
・女将が左からフレームin。
女将:ちょっとお風呂行って来る。
・奥の戸口を出て行く女将(俯瞰)。
女将:暖簾入れといてね。
昭夫:はいよ。
※画面手前から奥へ昭夫が移動する事で、見る側の視線も奥へ。
・暖簾を入れる昭夫。
静香:仲が良いのね…。
昭夫:馬鹿野郎、冗談は顔だけにしろ。
・奥の電気を消して、再び手前のカウンターの方へ戻る二人。
※今度は明かりが手前のカウンターに絞られるので、見る側の目線が散らばらずに済む。
静香:そんなにブス?
・座る静香の背に、外からの緑や赤のネオンが当る。
※店の外を感じさせる光の使い方だ。
昭夫:まぁ、美人じゃないよな。
・食器を片付けながらカウンターの中へ回る昭夫。
・戸口の辺りの壁にチラチラと光が当る、と同時に電車が通り過ぎる音。
※駅の近くらしいことが分かる。
静香:私に役者やめろって言ってんの。
・店の外の青色電話BOXに通行人が入る。
※画面に奥行きを作る為に、通りの風景は戸口の向こうに残している。
昭夫:演技派って手があるでしょう、ね。
・料理を盛った小鉢を左手に席に戻る昭夫。
※ここでの昭夫の座り位置は、最初に静香が座っていた場所。スイートピーの花言葉からも、優しい思い出を語る場所だ。
静香:オーディションに落ちた人に、良くそんなことが言えるわよねぇ。
・割り箸立てに右手を伸ばす昭夫。
静香:おい、昭夫!なんとかしてくれー。
・カウンターに突っ伏して嘆く静香(カメラがゆっくりと左へ移動し始める/俯瞰)。
・昭夫が役者だった友人の話を始める。
※画面奥の電話BOXでの小芝居に、脚本の荒井氏は残念がっていたそうだ。確かに、ここはセリフの聞かせどころだった。
昭夫:聞いてる?
静香:うん。
※このセリフの入れ方はとても自然で、もっと聞きたい気分にさせる。
・ゆっくりとカメラが下がる。
・話の中の役者友達の死の下りで音楽が入る(カメラは右へ移動)。
・カメラは端のビンまで移動してやや下がり、ビンの肩越しに二人を捉えながらズームinしていく。
・客観的に自分を見つめるもう一人の自分について話す昭夫。
静香:分かるような気がする、私も…。
※親友の君子が女優を諦めた寂しさの一方で、ライバルが一人減ったという思いも静香にはあったのかも知れない…。
昭夫:…おんな抱いてる時も…。
※このセリフを言う前に、チラッと静香を見る。
・身悶える静香。
昭夫:自分の感情に溺れるってことを忘れたんだよね。
・カメラのピントが、昭夫から静香へ。
・涙ぐむ静香。
※五代との関係も、俳優修業に始まっていたことを思い出しているのか。あの後、鏡台の写真立てを見て、幼い頃の自分と向かい合った時の感情にも繋がるものだろうか…。
・カウンターに一輪の赤い花。
※スイートピーの花言葉は“優しい思い出”。
●昭夫のアパート(外)
→《画面手前左に階段/真ん中に静香と昭夫(遠景)/手前右にカーブミラー/奥に工事現場》
※音楽繋がり。
・歩いてくる静香と昭夫。
・画面奥に道路工事の作業員たち。
昭夫:さぁ、着いたぞ。
・音楽止む。
・半身になって立ち止る昭夫。
→《びっくるした表情の静香(バストショット)》
・昭夫より前に出て止まる静香。
※静香のアクション繋がり。
昭夫:ローズハウス。
※バラの花言葉は“愛情”。
・マンションかと思っていたと言う静香が笑う。
・背景の工事現場からのものか、何かを叩く音が入る(効果音)。
・昭夫が手前に歩き出す。
→《奥にアパート全景/手前に昭夫と静香》
・歩く昭夫。
※昭夫のアクションと静香の笑い声繋がり。
・昭夫の後を追い掛けて歩き出す静香。
・一階と二階にそれぞれ窓が6つずつ。灯りの点いた部屋もちらりほらり。
・何かを叩く効果音。
●昭夫の部屋…1シーン1カット
・戸が開いて明かりが差す。
・昭夫が入ってきて、布団の上の、笠の掛かった電球を点ける。
※玄関の電気の球が切れたままなのか、布団の上の電気だけを点ける。
昭夫:どうぞ。
・枕元の空き缶やカップ麺のゴミ、脱いだままの服を拾い、奥の暗がりへ。
※台所の電気も切れているのか、電気は点けない。
・静香が昭夫と入れ替わるように入ってくる。
※暗がりだが、静香の白いジャケットは見つけ易い。
静香:寝かして。
※酔っている静香を印象付けている。
・蹴躓く静香。
・カメラはゆっくり枕元へと寄る。
昭夫:寝巻き代わりに俺のTシャツでも着るか?
・静香はそのまま体を捻じるように布団の中へ。
※どうやって静香を嫌らしくなく布団の中へ導くかは、脚本家や演出家の腕の見せ所だろう。
・電気のスイッチに結んであるネクタイを見る静香。
静香:便利ね。
・カメラは布団の中の静香を真下に見下ろすようなポジションへ移動(俯瞰)。
・ネクタイを引っ張って電気を消す静香。
・ゴソゴソと布団の中で服を脱ぎ始める。
・画面上からフレームinして静香の脱いだ服をハンガーに掛けていく昭夫。正座。
・下着も脱ぐ静香。それを見た昭夫の手が止まり、ネクタイを引いて電気を点ける。
・昭夫が静香のジャケットを整えていると、静香がネクタイを引っ張って電気を消す。
※ここで音楽が入る。
・ジャケットを畳の上にバサッと放る昭夫。
昭夫:いいのかよ。
・そう言ってネクタイを引っ張る昭夫(点灯)。
・すぐさまネクタイを引っ張る静香(消灯)。
・静香の方に向いて座り直す昭夫。正座。
昭夫:酔っ払ってるだろう。酔いが醒めたら後悔するだろう。
・そう言ってネクタイを引く(点灯)。
・引っ張り返す静香(消灯)。
昭夫:オーディションに落っこちてさぁ、やけ起こしてるだろう。相手なんて誰でもいいんだろう。
・ネクタイを引っ張る昭夫(点灯)。
昭夫:朝起きてさぁ、ここはどこ?あなたは誰?…俺そういうの嫌だからね。
・ネクタイを引く静香(消灯)。
・ネクタイを引く昭夫(点灯)。
・ネクタイを引く静香(消灯)。
・ネクタイを引く昭夫(点灯)。
・ネクタイを引く静香(消灯)。
・ネクタイを引く昭夫(点灯)。
・ネクタイを引く静香(点灯)。
静香:バカッ!
・昭夫に抱きつく静香。
※ここで音楽が一旦、高まる。ネクタイを引っ張る度にカッチッ!という音がするが、この音のさせ方が絶妙だった。音だけで会話を成立させていた。最後に静香が消す音に迷いがない。
・カメラが下りてきて、真横から二人を捉える(画面手前左に揺れるネクタイ)。
昭夫:俺でいいんだな?
・昭夫が静香の体を起こしてキスをする。
※再び、音楽が高まる。
・抱き合ったまま布団へ横になる昭夫と静香。
※居酒屋のシーンの「…感情に溺れるということを忘れてしまったんだよね…」という昭夫のセリフが伏線になっている。ここでは、きっと二人とも素直な感情で結ばれたことだろう。静香にとっては初体験の遣り直しだった訳だ。
・ゆっくりとカメラは左前方へと移動し、二人は画面下へフレームout。
・揺れるネクタイを画面の中央へ。
※音楽は次のシーンの冒頭へと少し食い込ませている。
(※ここで日替わり)
〔6〕
●昭夫の部屋
→《画面手前右に口を濯ぐ静香/画面左奥に布団をたたむ昭夫》
・音楽が前のシーンから食い込む。
※音楽繋がり。画面に昨夜(エッチ)の余韻を残したかったからだろう。まず最初に、見る側の目線は画面手前の静香に奪われるが、布団の白いシーツが画面の中央に浮き上がると、自然とそちらへも目がいく。ピントは終始静香に合わせていたが、布団との遠近感を意識させられれば、自ずと画面に奥行きが出てくるという狙いなのだろう。白い布団が生々しい。
・光の差さない窓の向こうは雨。
・指で歯を磨く静香。
・一緒に住むことを誘う昭夫。
静香:どうして?
昭夫:どうしてって…好きだから…それに…。
静香:寝たから?
※この時の、昭夫を意識した表情がいい。昨夜の余韻が、生々しく漂うセリフだ。
・好きな人がいると告白する静香(カメラは右へ移動)。
※画面右から柱がフレームin。静香は画面手前右から左へ。
・静香は画面右へ向いてイヤリングを付ける。
※柱に鏡が掛けてある様子。
昭夫:じゃ、どうして俺と…。
・手前へ向いて静香を見る昭夫。手には座蒲団。
静香:そうしたかったから。
※昨夜は感情に溺れたかったのだろう。昭夫への好意を抱いたのも確かだろう。
昭夫:今度いつ会える?
静香:わかんない。
※つれない素振りの静香だが、昭夫への未練を断ち切るようでもある。
・靴を履く静香(カメラが更に右へ移動)。
※静かは画面手前右へ移動。柱は画面左に切れ掛かって映る。
昭夫:そこの傘持ってけよ。
・振り返って昭夫を見ながら静香。
静香:いい、返す時ないから。
※傘を貸す行為は再会を約束する為のもの。それを断る静香。やはり昭夫への未練を断ち切る気持ちの表れだろう。
・静香は画面右へフレームout。手の座蒲団を落とし、追うように画面手前へ近付く昭夫。
昭夫:その辺に捨てていいから…
●アパートの外(雨)
昭夫(off):…さ。
※昭夫のセリフ繋がり。
→《出口から飛び出てくる静香(下からのショット)》
・凄い雨だが頭に手を当てながら階段を下りる静香。
・雨の音と階段を下りる靴音。
→《階段を下りる静香(俯瞰)》
・静香の階段を下りるアクションと雨音繋がり。
・静香が階段を折り切ったところで、左手に傘を持つ昭夫が画面左からフレームin。
・カーブミラーの脇を走り抜けていく静香。
※昨夜のシーンの冒頭のカットで写っていた階段とカーブミラーだ。
→《アパートの階段の方から、画面手前へ走って来る静香》
※静香のアクションと雨音繋がり。
・階段の上の昭夫が傘を開く。
※再会の約束を果たせなかった昭夫の、残念な思いが表れた仕草だ。
・画面左奥から手前右へ駆け抜けていく静香(右へフレームout)。
※雨の中を振り返らずに駆け抜ける静香の様子から、もう昭夫とは会わない決意を感じる。恋心を振り切り、芝居へ前進していこうとする様子に思える。いじらしい!
(※ここで日替わり)
〔7〕
●稽古場
→《稽古前の研究生たちの風景》
・発声練習をしたり、ストレッチで体をほぐす研究生たち。
・カメラは右へ移動し、やがて左へパンしながら上へ移動。ゆっくりと俯瞰。
演出家(off):本読み始めるぞ!
・研究生たちは、一斉に画面右上へ挨拶する。
・カメラは右上へパンする。
・演出家やメインキャストが階段を下りてくる。
・研究生たちはテーブルをセッティングし始める。
・雑然とした画面。
・騒然。
・少し遅れて入って来た翔が、みんなに挨拶する。
翔:おはよう。
※雑然とした画面から、各々の人物を特定する事はできない。見る側の視線も定まらない。しかし、ここで「おはよう」という聞き覚えのある声が入れば、その声の主を画面に探そうとするものだろう。そこに青い衣装を着て、右手を上げている人物を立たせる。画面上1/2に写るその人物を、見る側は自然と目で追うだろう。人物が画面右へ移動するのと連動させてカメラが左下へとパンすると、すっかりセッティングされたテーブルが現れる。声の主は勿論、翔だ。彼女のこの映画での最初のセリフは、「おっはよー」だった。
→《舞台の模型(カメラはアップからゆっくり引いて俯瞰)》
・演出家の前に置かれた模型。
・四角く組まれたテーブル。
・メインキャストと演出家が四角く座っている。
・静香の姿も、その中に。
※よく見ると静香とかおりが対面している。
・壁伝いの床に座る研究生たち。
→《右手に扇子を持つ翔のセリフ(カメラは人物に向かって右からのポジション)/画面手前から、メガネだけの安恵-五代-嶺田-翔-水原》
・一斉にページを捲る。
→《同(カメラは人物に向かって左からのポジション)/画面手前から、顔半分の水原-翔-嶺田-五代-顔の写らない安恵》
・翔の右隣の水原の台本が捲られる。
※この動きで繋げている。翔の右手の扇子も効いている。五代はタバコを吸う仕草。
道彦役(嶺田):摩子の卒論の出来栄えはいかがですか?(先生役への問い)
・チラッと目線をやる嶺田。
→《一条春生(先生)役の小谷のセリフ(カメラは向かって右からのポジション)/翔と水原の後頭部越しに手前から、木内-小谷-顔の写らないかおり》
※嶺田の目線繋がり。木内の前にはビンの栄養ドリンク、手には扇子。
・英国の女流作家・ヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』についての卒論。
※この小説は、一つの死を契機に二つの意識が結びついていく物語だ。後に堂原良造の死を契機に、静香と翔が結びつく構造と共通する。『ダロウェイ夫人』は、主人公が花を買いに行くところから始まる。『Wの悲劇』にも度々花が登場する。花に特別な意味は持たせていないと澤井監督は仰っていたが…。
・小谷がチラッと目線をやる。
→《間崎鏡平役の城田(カメラは向かって左からのポジション)/手前から城田-トシ子-静香-一人置いて演出家》
・引き続き小谷のセリフ。
※セリフと小谷の目線繋がり。
・城田のセリフ。
※城田の前に赤いポット。
・目線を前に向ける城田。
→《舞台の模型越しの翔/左から水谷-翔-嶺田》
※城田の目線繋がり。
・翔のセリフ。
・画面左から、演出家の右手とタバコの煙がフレームin。
・進行役の説明(off)。
→《右手にタバコを持つ演出家(人物に向かって左からのポジション)》
※進行役のセリフとタバコ繋がり。
・前を注視する演出家。
・翔のセリフ。
→《二階から稽古場の全景/画面手前に手すり(俯瞰)》
※翔のセリフ繋がり。
・摩子の登場を知らせる進行役のセリフ。
→《顔を上げる研修生たち》×4カット
・進行役のセリフ(off)~翔のセリフ(off)
※セリフ繋がり。一斉にかおりを注目する研究生の緊張感が、短いカットの繋がりでスリリングに描かれる。特に最初のカットが素晴らしい。画面中央の女子に水色のノースリーブを着せ、照明を明るく当てている。隣の女子の顔にも照明が当たるので、その女子には右腕で頬杖をさせている。周囲の研究生には白や黒の衣装を着させているので、嫌でも中央の女子に目が行くような画作りになっていた。その女子が周囲に先行して目線を上げる。大きくてキラキラした瞳だ。続いて周囲の顔が一斉に上がる。と同時に女子の台本も上がる。時間にして1秒40。一気に画面へと引き込まれて行く。
→《空を見つめる静香》
・直前の4カットと一連の流れの中に繋がれた短いカット。
※かおりを覗き見るというより、空を見つめるような眼差しだった。
→《摩子役のかおりのセリフ》
摩子役(かおり):あたし、殺してしまった。おじい様を刺し殺してしまった!
※静香や他の研究生を合わせても、既に3回は出てきているセリフだ。このセリフを、かおりが言うシーンは初めてだ。台本から顔を上げるかおりの表情からは、芝居に集中している様子が伺える。一方の静香のぼんやりとした表情とは対照的で、かおりの迷いの無さが際立っていた。各役者のセリフと進行役の説明に澱みがなく、聴覚的なリアリズムがリズムや流れを作り出していったので、このかおりのセリフで確実に流れを断てる訳だ。
※カット割りも、模型のアップから引きの俯瞰。テーブル内でのキャッチボールから、その周りの研究生たちへと一旦拡がり、静香→かおりで決めている。なんとも恰好がいい。
●建物の中
→《電話で話している翔》
・西日。
・しっとりとした音楽が入る。
※西日と音楽で、稽古の後だと分かる。
翔:えぇ、一日から十日まで…。
※「えぇ…」で始まった瞬間に、会話の途中である事が分かり、経過した時間を感じさせてくれる。このことで、直前のシーンからこのシーンまでの時間的空白に対する違和感がない。会話の内容や雰囲気から、相手が男である事は推測できる。受話器が赤いので公衆電話だ。つまり、翔から電話を掛けている。翔から誘っている訳だ。
・翔の表情に、諦めと嬉しさが見え隠れする。
※電話の相手が次に登場するのは、死体としてだ。そこでその男が初めて登場するのでは余りにも唐突な印象を見る側に与えてしまうので、一度その存在を知らせておく必要があった。死体というインパクトを考えれば、事前に余計な情報はない方がいい。その意味では、バランスの取れた伏線になっていると思う。
・音楽は、次のカットの冒頭へ食い込ませている。
●建物の外
→《外で稽古をするかおりと静香》
・直前のシーンの音楽がちょっとだけ(2秒弱)食い込む。
※音楽繋がり。《電話で話している翔》のシーンとの時間的な空白を生める為の工夫だ。
・静香の顔と建物の外壁に当る西日。
※西日繋がりでもある。
・音楽が止むと同時に虫の音。
・背後の建物の中の階段を下りてくる青い衣装の翔。
※翔の衣装の青い色を印象付ける工夫は、稽古場に翔が現れた時から始まっていた。直前の電話のシーンは、念押しでもあった。
・出入り口に背中をもたげた翔が拍手する。西日の翔。
※鈍い音なので、缶だと直ぐに分かる。このカットでの拍手は5回中4回。
・拍手の音に気付いて、振り返りながら立ち上がる静香とかおり。
→《画面手前左に翔/右奥が静香とかおり》
・缶を叩く5回目の拍手と、振り返る静香とかおり。
※缶を叩く動作と音と、静香とかおりのアクション繋がり。
・虫の音。
・軽く酔った翔は、画面右へフレームout。
※不倫を匂わしている。ホテルでの約束も、表では会えない二人の関係を暗に知らせていたのだ。
・静香とかおりが挨拶しながら一礼する。
→《一礼して起き上がる静香とかおり(バストショット)》
静香:酔ってたね…。
※缶がビールであった事を強調する為の念押し。
かおり:いつか追い抜いてやるわ。
・驚いてかおりの顔を見る静香。
※翔を見る二人の違いが、やはり対照的。一人の人として心配する静香と、女優としてライバル視するかおり。この違いが、静香の焦りや不安の原因であり、同時に他の研究生たちから受ける信頼の理由でもあった。
かおり:さぁ、やろう。
・そう言って動き出すかおり。
※この後も稽古を続ける意思表示。帰りが遅くなる夜を感じさせるセリフだ。次も稽古のシーンなので、その間に夜が挟まる印象を作っておく必要はある。
※稽古場に始まるこの一連のシーンでは、一日の始まりに漂う新鮮な雰囲気から、終わりに漂う充実感や疲労感までを描いていた。どのように稽古を進めていくのかを丁寧に描いていくことは、本舞台でのシーンに真実味を持たせていく意味でも重要なことだと思われる。各役者から吐かれるセリフによって、芝居の内容が少しずつ明かされていくのも分かる。興味深いのは、その芝居の中味がサスペンスであること。静香を取り巻くドラマの方には、全く存在させていないジャンルを劇中芝居の方に存在させている。映画との相性が最も良いとされているサスペンスを、敢えて劇中芝居に封じ込めてしまう試みは、大胆かつ挑戦的である。
(※ここで日替わり)
〔8〕
●稽古場(午前)
→《立稽古(カメラは、研究生の頭越しに右から左へ移動)》
※このシーンは安恵のセリフから入るが、安恵役の南美江さんの声に張りがあり、瞬間的に場が引き締まる。
演出家:じゃあ、午前中の稽古はこれで閉じます。
※このセリフで、昼休憩に入る時間であることが分かる。
●建物の中(エントランス)
→《玄関口の昭夫(俯瞰)》
・エントランスホールに流れる「別れのワルツ」(ヨゼフ・ランナー作曲)。
※二人の別れを暗示するようだ。
・振り返って見上げる昭夫。
・両手で弁当。
昭夫:よっ!
・歩き出す昭夫。
→《階段の上から降りてくる静香(カメラはローポジションからの煽り)》
・一旦、立ち止まり、再び下りてくる。
※昭夫を発見する動作だが、一旦立ち止まることで見る側の目線を引き付けることもできる。
・昭夫が場面左からフレームin。右肩からピンクのポットを提げている。
静香:いつから私のお兄さんになったの?
※静香の兄を装って呼び出して貰ったことが分かる。昭夫なりの気遣いだ。二人前のお弁当も然る事ながら、ポットを持参した事で二人で食べるつもりだったことが分かる。ピンク色はポットを印象付ける為のもので、最後にポンと叩くのも同様だ。
・お弁当だけを受け取り、階段を駆け上がっていく静香。
※昭夫の部屋から走り去っていったシーン同様、静香が振り返ることはない。
昭夫がピンクのポットを叩く。
※後のシーンとの繋ぎで、ピンクのポットが使われる。
●稽古場(午後)
→《手前は小道具/中央は間崎鏡平役の城田の芝居/奥は二階の研究生たち(カメラは煽り)》
・カメラ目線で指を差す城田。
※インパクトのある入り方だ。昼休憩が済んで、午後の稽古がとっくに始まっているという雰囲気。その流れの切り替えに有効だった。
・背後の柱に掛かる時計の時刻は、15時37分。
→《いらつく演出家(画面右の城田の左腕越し)》
※城田のセリフ繋がり。
・激昂して台本を投げつける演出家。
・台本を拾いにいくスタッフ。
※台本が綴じていないので、ばらばらになり、拾うのに時間がかかる。
→《二階の手すり越しの稽古風景(俯瞰)》
※台本を拾うスタッフのアクション繋がり。午前のシーンとは、逆の方向から捉えた稽古場の風景。
・再び稽古が再開。
・演出家がテーブルを3回叩き、両手をポンと鳴らす。
みね役(安恵):さて、間崎さん、どうするのですか?
間崎役(城田):これを使います。
※この辺の音とセリフのテンポが小気味良い。これならシーンを切れる。
●建物の前(道路)
→《車の中でお茶を飲む昭夫(昭夫にピント)》
・ピンク色のポットの蓋。
※さっき印象付けておいたポットだ。つまり、同日のカットを意味する。ずっと待っていた訳だ。
・玄関から研究生たちが出てくる人影と声。
・カメラは同じ構図のまま、昭夫越しに静香へピントを合わせる。
・昭夫がクラクションを鳴らすが、静香は無視して画面右へフレームout。
・慌てて車の外へ飛び出す昭夫。
→《車からでる昭夫》
※昭夫が車から出てくるアクションと研究生たちの声繋がり。
・背景に山。
※君子の病室の窓から見えた山と同じ形の山だ。
・カメラは昭夫を追うように、やや右上へパンすると、画面右から静香がフレームin。その間、カメラの前を二人横切る。
※その直後にも三人横切る。何気ないが、研究生たちの帰宅を意識させている。
・カメラは今度、振り向き様に走り去る静香を追い右へパンする。昭夫は、画面左へフレームout。
→《五代の車へ走る寄る静香》
・画面手前右の五代と車。左奥から走ってくる静香。真ん中の昭夫も走り出す。
※静香が走るアクション繋がり。
・昭夫は五代に喧嘩を吹っ掛けるが、五代は相手にしない。
※五代にとって、静香は恋のお相手ではないことがはっきりする。
・車で走り去る五代。
静香:放っといてよ。
・画面奥へ歩き去る静香(カメラは、ゆっくりと前へ移動)。
※言い放つセリフが流れを断つ。また、周りに写り込む研究生たちの帰宅風景が、一日の終わりを感じさせる。
(※ここで日替わり)
〔9〕
●稽古場
→《稽古場の全景(二階からの俯瞰、手すり無し)》
※繰り返される構図だ。
・警部役の五代のセリフ。ロッキングチェアから立ち上がる五代。
※テーブルや椅子、階段などのセットが稽古場に再現されている。
・壁に貼り付く研究生たち。
・音楽が始まる。「♪ジムノペディ」(エリック・サティ作曲)。
※この曲は、芝居に使用される曲という設定。吸い込まれそうになる曲だ。有名な曲なので、この曲が流れれば芝居の場面だという合図だ。
・ズボンのポケットに手を入れようとする五代。
→《引き続き、警部役の五代の芝居》
・ポケットに手を突っ込む五代(カメラは、五代を追うように左へパン)/背後には右から嶺田、安恵、花瓶の花、階段。
※五代のアクションと音楽繋がり。
→《台本を見る静香(バストショット)/背後には、研究生たち(やや俯瞰)》
※音楽繋がり。
・五代のセリフの間が空いたところでプロンプする静香。
五代(off):うるさい!
・驚いた顔の静香。
→《画面奥に五代と静香/画面手前にテーブルの出演者(やや俯瞰)》
※音楽繋がり。
・怒鳴り散らす五代。
・音楽が止む。
・演出家がテーブルの方へ移動。画面手前右の翔が立ち上がる。二人の目が合ったようで苦笑い。
※五代が芝居に入り込むのは、毎度のことのようだ。
・稽古場の張り詰めた空気が一旦切れる。
・立ち上がって静香が謝る。
演出家:よし、もう一回行こう。
※張り詰めた緊張→一旦、その緊張が切れて→再び仕切り直す。その仕切り直しのセリフでシーンが終わる。これが流れであり、映画のリズムだ。
●銭湯とコインランドリーの外
→《画面左は銭湯/右はコインランドリー(ローポジション)》
・画面手前左からフレームinした昭夫が、横断歩道を渡り、右奥のコインランドリーの方へ歩く。
・右手に持った袋を、肩に引っ掛けて歩く昭夫の後ろ姿。下駄履き。
・カランコロンという下駄の音。
※表参道で静香と待ち合わせた五代も下駄履きだった。昭夫が居酒屋で語ったもう一人の自分の話を、五代に重ね合わせて考えてみれば、五代の苦悩も浮かび上がってくる。コインランドリーの前を通り過ぎるカップルや銭湯から出てくる母子、下駄箱で靴を脱ぐ女性の姿などのエキストラが細かい!
●銭湯
→《暖簾越しの下駄箱》
※暖簾を手前に入れる画作りが、銭湯の雰囲気を演出する。
・浴場からこだまする人の声。
・虫の音
・浴衣姿の静香が画面左からフレームin。
※浴衣姿はアイドル映画の定番だ。
・32番の棚を空けて赤い鼻緒の黒い下駄を取り出す。
・静香が下駄を地面に置く動作と立ち上がる動作を追うように、カメラは下上にパンする。
※カメラが下へパンする前に僅かに写り込んでいた暖簾は、上へパンし返した後には消えている。暖簾を潜ったイメージだろう。
●コインランドリー
→《下駄を鳴らして入ってくる昭夫》
※虫の音繋がり。
・止まっている洗濯機の蓋を開ける昭夫。
→《洗濯浴槽の中の下着》
昭夫(off):また…、
→《洗濯浴槽の中を見る昭夫(カメラは正面から)》
昭夫:…女か!
※昭夫のセリフ繋がり。
・画面右の出入り口から飛び込んでくる静香。
静香:すいません。
・直ぐに昭夫と気付く。
・文句を言いながら振り向く昭夫。直ぐに静香と気付く。
・昭夫がそっと後ろへ後退し、静香が洗濯物を恥ずかしげに取り出す(カメラは左へパンしながら右へ移動)。
※ものが下着だけに、ユーモラスなシーンだ。
・後ろの昭夫がちらりちらりと静香を見る。
・顔を合わせないように静香は乾燥機の方へ。
・静香と入れ替わりに昭夫が洗濯機へ衣服を投げ入れる。
・後ろの静香がちらりちらりと昭夫を見る。
・乾燥機にお金を投入して、座ろうとする静香。
・乾燥機の音。
※虫の音が掻き消える。
→《ベンチに腰掛ける画面手前左の静香/洗濯機に向かう右奥の昭夫》
・昭夫を見ながら腰掛ける静香のアクションと乾燥機の音繋がり。
・ファッション誌に目を落とす静香。
・洗濯機にコインを入れて座る昭夫。
・何となく目が合うが、よそよそしい二人。
昭夫:浴衣似合うね…、この間はごめん。
・口火をきる昭夫。
※どちらかが先に謝ることで空気が緩む。
・五代に叱られたことを語る静香。
・音楽が入る。
※次第に乾燥機や洗濯機の音が消えて、シーンの最後には再び虫の音が音楽に重なってくる。
・恋愛の話をする静香。
※「形から入る恋愛があってもいいと思った」というセリフからは、恋愛への憧れを抱く静香の乙女心が覗く。鏡台の前の写真立てに写っていた、幼い頃の自分への言い訳でもあっただろう。演劇だけでなく、恋愛に関しても理想と現実のギャップに落ち込んでいる様子が窺える。静香にとって恋愛は、未だに未知のものらしい。俳優修業付きでも、一時の感情に溺れるのとも違う、「性と恋愛」の形を探し求めている様子だ。
・役者を辞めた昭夫の友人のことを尋ねる静香。
※この辺で、この話にもう一度軽く触れておかないと、スキャンダルの後では間が開きすぎてしまうという計算だと思われる。
静香:やめちゃおうかなぁ…。
・昭夫の吐いたタバコの煙が、静香の顔を横切るように迫ってくる。
※君子の時もそうだった。タバコの煙は女優になることを邪魔するようだ。
昭夫:女中役どうすんの?
※昭夫の声のトーンが下がる。
・真剣な眼差しで静香を見つめる昭夫。
※静香が本気で言ってるのかを見極めている眼差しだ。
静香:代わりなんていくらでもいるわよ。
・静香の真剣な表情。
※この表情と昭夫の眼差しが、次のシーンへと繋がる。
(※ここで日替わり)
製作=角川春樹事務所
配給=東映
公開=1984年12月15日、東宝洋画系
108分、カラー、ワイド
製作 : 角川春樹
プロデューサー : 黒澤満、伊藤亮爾、瀬戸恒雄
監督 : 澤井信一郎
脚本 : 荒井晴彦、澤井信一郎
原作 : 夏樹静子
撮影 : 仙元誠三
照明 : 渡辺三雄
音楽 : 久石譲
音楽プロデューサー : 高桑忠男、石川光
美術 : 桑名忠之
編集 : 西東清明
録音 : 橋本文雄
助監督 : 藤沢勇夫
舞台監修 : 蜷川幸雄
舞台美術 : 妹尾河童
舞台照明 : 原田保
配役
三田静香 : 薬師丸ひろ子
森口昭夫 : 世良公則
羽鳥翔 : 三田佳子
五代淳 : 三田村邦彦
菊地かおり : 高木美保
宮下君子 : 志方亜紀子
堂原良造 : 仲谷昇
安部幸雄(演出家) : 蜷川幸雄
嶺田秀夫 : 清水紘治
安恵千恵子 : 南美江
木内嘉一 : 草薙幸二郎
水原健 : 堀越大史
城田公二 :西田健
小谷光枝 : 香野百合子
佐島重吉 : 日野道夫
林トシ子 : 野中マリ子
居酒屋女将 : 絵沢萠子
〔5〕
●稽古場
→《出演者を前にした制作サイドの挨拶(出演者越しにカメラが右へ移動)》
日高:えぇ、最後に…。
・左手で張り紙を指差し、スケジュールの説明(画面上1/3)。
※セリフが「最後に…」で始まっているので、ある程度の時間の経過を感じ取れる。指を差す仕草は、見る側の視線を誘導するものだが、このシーンではその指の先の張り紙が大写しにならない。見る側の視線を画面の奥(画面上1/3)に引き付ける為だけのアクションだったのだろう。照明も後姿は暗く、正面の姿(画面上1/3)を明るくしている。
演出家:…もう一つは女性たち、つまりWomenの“W”です。
→《最前列にメインキャストが並ぶ(カメラは前列左から右へ移動)》
※セリフ繋がり。
演出家(off):…哀切きわまりない日本の女の愛の悲劇でもあるわけです。
※この映画の主題でもある。
→《配役を発表する演出家(後頭部越し画面上1/2)》
演出家:…佐島重吉さん。
→《立ち上がって後ろへ一礼する佐島》
※人物の名を呼ぶカットから、呼ばれた人物へのカット。
・拍手の音。
→《研究生たちの横顔-A》
※ここは音繋がりではなく、アクション繋がり。研究たちの拍手をやめた手が下がるアクションで繋げている。
演出家(off):…安恵千恵子さん。
→《安恵も笑顔で皆に一例》
・拍手の音。
→《拍手する研究生たち-B》
※拍手の音繋がり。
→《研究生の中のかおり-C》
※拍手の音とアクションの繋ぎ。拍手をやめた手が下がるアクションで繋いでいる。かおりの顔にだけ照明が当っているので見つけ易い。
演出家(off):与兵衛の姪…、
→《余裕の翔》
演出家(off):…羽鳥翔さん。
※セリフで繋いでいる。
・拍手の音。
・座ったまま右手だけで挨拶する貫禄の翔~引き締まった表情へ。
※ブロードウェイから帰ったばかりの設定で、気力が充実している感じが良く表現されている。拍手の時間も長い。
演出家(off):彼女の二度目の夫…、
→《不安そうな静香-D》
※セリフ繋がり。
演出家(off):…嶺田秀夫さん。
・ちらっと(嶺田の方へ)目線を向ける静香。
→《両手を上げて拍手に応える嶺田》
※静香の目線繋がり。
・拍手の音。
・隣り(翔)に会釈する嶺田。
演出家(off):会長の甥…、
→《最前列(斜め前から)》
演出家(off):…水原健君。
※セリフ繋がり。
・立ち上がって一礼する水原。
・拍手の音。
→《拍手して頷く木内》
※拍手の音繋がり。
演出家(off):…木内嘉一さん。
・座ったまま一礼する木内。
・拍手の音。
・隣り(安恵)に会釈する木内。
・画面右隣りは拍手しながら木内を覗き込む翔。
演出家(off):間崎鏡平…、
→《研修生の後頭部》
演出家(off):…城田公二君。
※セリフ繋がり。
・立ち上がって一礼する城田。
・拍手の音。
演出家(off):…小谷光枝さん。
・立ち上がって一礼する小谷。
・拍手の音。
→《拍手する研修生-E》
※拍手の音繋がり。緊張の表情。
演出家(off):中里右京警部…、
→《やる気の無さそうな五代》
演出家(off):…五代淳さん。
※セリフ繋がり。
・ちらっと目を前にやり、ネクタイをいじる五代。
演出家(off):…林トシ子さん。
→《最前列(斜め後ろから)》
・立ち上がって一礼するトシ子。
・拍手の音。
※この映画の主な出演者の紹介が、芝居の配役の紹介と共に行われる。劇団の家族的な雰囲気や、各々の人柄も伝わってくる。人物紹介さえ終わってしまえば、このあとの稽古や本公演のシーンへとスムーズに入れる。なぜなら登場人物の混乱が避けられるからだ。本来なら、エピソードを絡めた登場人物の紹介が常道なのだろうが、この映画では出演者の多さから敢えて混乱を避ける方を選択したと思われる。
→《列の間からの演出家》
演出家:和辻摩子…オーディションの結果…、
→《研究生の中のかおり-C》→《研究生たち-E》→《緊張の静香-D》→《研修生たち-B》→《研究生の横顔-A》
演出家(off):…菊池かおり君。
→《驚きの静香/前にはかおり(ピントは静香に)-F》
※この稽古場の配役紹介のシーンは、後ろからの移動撮影から始まり、直ぐに前からの移動撮影。続いて様々な繋ぎ方(音・セリフ・目線・アクション)によるカット割り。そして、いよいよというところでは、短いカットをポンポンポンと、小気味良く繋げていく。とてもリズムを感じる。
・どよめき。
・拍手の音。
・驚きと落胆の静香は、目線を落とす。
・かおりは信じられない様子の表情。
※周囲の下馬評では静香だっただけに、どよめき。拍手が自分だけに向けられたものであることへの感激も、かおりにはあっただろう。
・立ち上がろうとするかおり。
→《稽古場の全景(斜め前から)》
・立ち上がって挨拶するかおり。
※アクションと拍手の音繋がり。
演出家:若い女中…三田静香君。
・座り掛けるかおり。
→《ぼんやりする静香-F》
・座るかおり。
※かおりのアクション繋がり。
静香:はい。
・立ち上がる静香(カメラは静香を追い掛ける)
静香:よろしくお願いします。
・拍手の音
・静香座る。
・拍手の音が止まないままカットoff。
※やる気に漲るかおりの表情と、落胆の色を隠せない静香の表情が好対照。
※このシーンの音声は、大方、演出家の声と拍手によって構成されている。音声と編集の妙技が作り得る映画ならではのシーンだろう。
●公園~アパート脇の道(夜)
・画面左の木の陰からフレームinする静香が、道形にぶらぶら歩いて帰って来る(俯瞰)。
※右手に持ったカバンを左手に持ち替えたりしてぶらんぶらんさせている。酔っているか…。
・夏の虫の声(音楽が入るところまで)。
・カメラは静香を追いながら、ゆっくりと下へ移動。
・昭夫が画面下からフレームin。
・石柱に腰掛けた昭夫に気付く静香。
※ここで足が一瞬止まり掛ける。
昭夫:お帰り。
・カバンを右手に持ち替えて、真っ直ぐ歩き出す静香。
・昭夫が差し出した花束を無視して歩く静香。
・カメラは左下へゆっくりと移動していく。
※画面左からフレームinする電柱を、画面右へ据える。
昭夫:受かったんだろ、オーディション。
・立ち止まる静香。
昭夫:スター誕生のお祝いだ。
・そう言って花束を再度差し出す。
※このセリフの時に、画面左上隅に一瞬、電灯がフレームinする。成功を暗示させるものだろか…。
・花束を手にした静香が激しく昭夫を叱責する。
※静香にとって忘れ去りたい現実を、花束と共に突き付けられた印象だ。
静香:…芝居のことなんか何も知らないくせに…。
・花束で昭夫を叩く静香。
静香:…あなたが考えるほど、芝居の世界は甘くないんだからね…。
・後退りする昭夫。
静香:…あなたになんか分かんないでしょ!
・昭夫を電柱に追い詰める静香。
※昭夫が役者志望だった事が分かれば、プレゼントした花束を台無しにされても怒らなかった理由が分かる。丁寧に公園を描いていたので、夜景でありながら、奥行きを感じさせる背景になっていた。
・花が落ちてしまった花束を見つめる静香。
→《花束越しの静香のアップ》
・われに返った静香が昭夫を見る目線。
・いつの間にか流れ込んでくる騒めくような音楽。
・僅かに残った花の赤。
※恋の萌芽。グラジオラスの花言葉は“情熱的な恋”。
昭夫:バラにしようかどうしようか…
→《静香の肩と花束越しの昭夫》
昭夫:…悩んだけどさ、やめといて正解だったね。
※セリフ繋がり。
・微笑む昭夫。
→《昭夫の肩越しの静香》
・昭夫から目を落として。
静香:ごめんなさい。
→《静香の肩と花束越しの昭夫》
昭夫:飲みに行こうか?
→《昭夫の肩越しの静香》
・落とした目線を昭夫に向けて、照れ臭そうに頷く。
・画面右へフレームoutする昭夫。
※僅かに残った花の赤。
→《アパート脇の道(ローポジション)》
・静香のカバンを取りに画面手前へ駆け下りてくる昭夫。
※静香のカバンを昭夫が取って上げる行為は、これで二度目。女性用のカバンを持って上げる演出からは、昭夫の奔放さや包容力を引き出す狙いからだと思われる。
・公園とは逆の方向へ歩いていく二人。
※画面手前右の石柱が奥行きをつくり、二人は画面奥へと歩き出す。広角の画面だ。二人が坂道を登ってくことで画面の手前にスペースが空く。そこを埋めるようにゆっくりとカメラは上へパン。すると画面上からさっきの電灯がフレームin。茂る木の間から覗く空がまるで二人が進む道のように現れる。グラジオラスの花言葉には“たゆまぬ努力”という意味もあるから、再び静香がスターへの道を目指し歩み始める画作りにもなっている。
・音楽もぴったりと止む。
●居酒屋…1シーン1カット
・酎ハイを飲むカウンターの静香。
※シーンの始まりは、どの程度時間が経過しているかを一瞬で描く工夫が必要。そこで酎ハイを飲み、既に酔っ払っている演出を施している。調味料の赤いキャップが画面を引き締めている。
・画面左1/4が影(ゆっくりとカメラが引いていく)。
・引っ込み思案だった子供の頃の事を話す静香。
静香:私は俳優よ。
・ビンの間の二人(ゆっくりとカメラは上へ移動)。
・女将が左からフレームin。
女将:ちょっとお風呂行って来る。
・奥の戸口を出て行く女将(俯瞰)。
女将:暖簾入れといてね。
昭夫:はいよ。
※画面手前から奥へ昭夫が移動する事で、見る側の視線も奥へ。
・暖簾を入れる昭夫。
静香:仲が良いのね…。
昭夫:馬鹿野郎、冗談は顔だけにしろ。
・奥の電気を消して、再び手前のカウンターの方へ戻る二人。
※今度は明かりが手前のカウンターに絞られるので、見る側の目線が散らばらずに済む。
静香:そんなにブス?
・座る静香の背に、外からの緑や赤のネオンが当る。
※店の外を感じさせる光の使い方だ。
昭夫:まぁ、美人じゃないよな。
・食器を片付けながらカウンターの中へ回る昭夫。
・戸口の辺りの壁にチラチラと光が当る、と同時に電車が通り過ぎる音。
※駅の近くらしいことが分かる。
静香:私に役者やめろって言ってんの。
・店の外の青色電話BOXに通行人が入る。
※画面に奥行きを作る為に、通りの風景は戸口の向こうに残している。
昭夫:演技派って手があるでしょう、ね。
・料理を盛った小鉢を左手に席に戻る昭夫。
※ここでの昭夫の座り位置は、最初に静香が座っていた場所。スイートピーの花言葉からも、優しい思い出を語る場所だ。
静香:オーディションに落ちた人に、良くそんなことが言えるわよねぇ。
・割り箸立てに右手を伸ばす昭夫。
静香:おい、昭夫!なんとかしてくれー。
・カウンターに突っ伏して嘆く静香(カメラがゆっくりと左へ移動し始める/俯瞰)。
・昭夫が役者だった友人の話を始める。
※画面奥の電話BOXでの小芝居に、脚本の荒井氏は残念がっていたそうだ。確かに、ここはセリフの聞かせどころだった。
昭夫:聞いてる?
静香:うん。
※このセリフの入れ方はとても自然で、もっと聞きたい気分にさせる。
・ゆっくりとカメラが下がる。
・話の中の役者友達の死の下りで音楽が入る(カメラは右へ移動)。
・カメラは端のビンまで移動してやや下がり、ビンの肩越しに二人を捉えながらズームinしていく。
・客観的に自分を見つめるもう一人の自分について話す昭夫。
静香:分かるような気がする、私も…。
※親友の君子が女優を諦めた寂しさの一方で、ライバルが一人減ったという思いも静香にはあったのかも知れない…。
昭夫:…おんな抱いてる時も…。
※このセリフを言う前に、チラッと静香を見る。
・身悶える静香。
昭夫:自分の感情に溺れるってことを忘れたんだよね。
・カメラのピントが、昭夫から静香へ。
・涙ぐむ静香。
※五代との関係も、俳優修業に始まっていたことを思い出しているのか。あの後、鏡台の写真立てを見て、幼い頃の自分と向かい合った時の感情にも繋がるものだろうか…。
・カウンターに一輪の赤い花。
※スイートピーの花言葉は“優しい思い出”。
●昭夫のアパート(外)
→《画面手前左に階段/真ん中に静香と昭夫(遠景)/手前右にカーブミラー/奥に工事現場》
※音楽繋がり。
・歩いてくる静香と昭夫。
・画面奥に道路工事の作業員たち。
昭夫:さぁ、着いたぞ。
・音楽止む。
・半身になって立ち止る昭夫。
→《びっくるした表情の静香(バストショット)》
・昭夫より前に出て止まる静香。
※静香のアクション繋がり。
昭夫:ローズハウス。
※バラの花言葉は“愛情”。
・マンションかと思っていたと言う静香が笑う。
・背景の工事現場からのものか、何かを叩く音が入る(効果音)。
・昭夫が手前に歩き出す。
→《奥にアパート全景/手前に昭夫と静香》
・歩く昭夫。
※昭夫のアクションと静香の笑い声繋がり。
・昭夫の後を追い掛けて歩き出す静香。
・一階と二階にそれぞれ窓が6つずつ。灯りの点いた部屋もちらりほらり。
・何かを叩く効果音。
●昭夫の部屋…1シーン1カット
・戸が開いて明かりが差す。
・昭夫が入ってきて、布団の上の、笠の掛かった電球を点ける。
※玄関の電気の球が切れたままなのか、布団の上の電気だけを点ける。
昭夫:どうぞ。
・枕元の空き缶やカップ麺のゴミ、脱いだままの服を拾い、奥の暗がりへ。
※台所の電気も切れているのか、電気は点けない。
・静香が昭夫と入れ替わるように入ってくる。
※暗がりだが、静香の白いジャケットは見つけ易い。
静香:寝かして。
※酔っている静香を印象付けている。
・蹴躓く静香。
・カメラはゆっくり枕元へと寄る。
昭夫:寝巻き代わりに俺のTシャツでも着るか?
・静香はそのまま体を捻じるように布団の中へ。
※どうやって静香を嫌らしくなく布団の中へ導くかは、脚本家や演出家の腕の見せ所だろう。
・電気のスイッチに結んであるネクタイを見る静香。
静香:便利ね。
・カメラは布団の中の静香を真下に見下ろすようなポジションへ移動(俯瞰)。
・ネクタイを引っ張って電気を消す静香。
・ゴソゴソと布団の中で服を脱ぎ始める。
・画面上からフレームinして静香の脱いだ服をハンガーに掛けていく昭夫。正座。
・下着も脱ぐ静香。それを見た昭夫の手が止まり、ネクタイを引いて電気を点ける。
・昭夫が静香のジャケットを整えていると、静香がネクタイを引っ張って電気を消す。
※ここで音楽が入る。
・ジャケットを畳の上にバサッと放る昭夫。
昭夫:いいのかよ。
・そう言ってネクタイを引っ張る昭夫(点灯)。
・すぐさまネクタイを引っ張る静香(消灯)。
・静香の方に向いて座り直す昭夫。正座。
昭夫:酔っ払ってるだろう。酔いが醒めたら後悔するだろう。
・そう言ってネクタイを引く(点灯)。
・引っ張り返す静香(消灯)。
昭夫:オーディションに落っこちてさぁ、やけ起こしてるだろう。相手なんて誰でもいいんだろう。
・ネクタイを引っ張る昭夫(点灯)。
昭夫:朝起きてさぁ、ここはどこ?あなたは誰?…俺そういうの嫌だからね。
・ネクタイを引く静香(消灯)。
・ネクタイを引く昭夫(点灯)。
・ネクタイを引く静香(消灯)。
・ネクタイを引く昭夫(点灯)。
・ネクタイを引く静香(消灯)。
・ネクタイを引く昭夫(点灯)。
・ネクタイを引く静香(点灯)。
静香:バカッ!
・昭夫に抱きつく静香。
※ここで音楽が一旦、高まる。ネクタイを引っ張る度にカッチッ!という音がするが、この音のさせ方が絶妙だった。音だけで会話を成立させていた。最後に静香が消す音に迷いがない。
・カメラが下りてきて、真横から二人を捉える(画面手前左に揺れるネクタイ)。
昭夫:俺でいいんだな?
・昭夫が静香の体を起こしてキスをする。
※再び、音楽が高まる。
・抱き合ったまま布団へ横になる昭夫と静香。
※居酒屋のシーンの「…感情に溺れるということを忘れてしまったんだよね…」という昭夫のセリフが伏線になっている。ここでは、きっと二人とも素直な感情で結ばれたことだろう。静香にとっては初体験の遣り直しだった訳だ。
・ゆっくりとカメラは左前方へと移動し、二人は画面下へフレームout。
・揺れるネクタイを画面の中央へ。
※音楽は次のシーンの冒頭へと少し食い込ませている。
(※ここで日替わり)
〔6〕
●昭夫の部屋
→《画面手前右に口を濯ぐ静香/画面左奥に布団をたたむ昭夫》
・音楽が前のシーンから食い込む。
※音楽繋がり。画面に昨夜(エッチ)の余韻を残したかったからだろう。まず最初に、見る側の目線は画面手前の静香に奪われるが、布団の白いシーツが画面の中央に浮き上がると、自然とそちらへも目がいく。ピントは終始静香に合わせていたが、布団との遠近感を意識させられれば、自ずと画面に奥行きが出てくるという狙いなのだろう。白い布団が生々しい。
・光の差さない窓の向こうは雨。
・指で歯を磨く静香。
・一緒に住むことを誘う昭夫。
静香:どうして?
昭夫:どうしてって…好きだから…それに…。
静香:寝たから?
※この時の、昭夫を意識した表情がいい。昨夜の余韻が、生々しく漂うセリフだ。
・好きな人がいると告白する静香(カメラは右へ移動)。
※画面右から柱がフレームin。静香は画面手前右から左へ。
・静香は画面右へ向いてイヤリングを付ける。
※柱に鏡が掛けてある様子。
昭夫:じゃ、どうして俺と…。
・手前へ向いて静香を見る昭夫。手には座蒲団。
静香:そうしたかったから。
※昨夜は感情に溺れたかったのだろう。昭夫への好意を抱いたのも確かだろう。
昭夫:今度いつ会える?
静香:わかんない。
※つれない素振りの静香だが、昭夫への未練を断ち切るようでもある。
・靴を履く静香(カメラが更に右へ移動)。
※静かは画面手前右へ移動。柱は画面左に切れ掛かって映る。
昭夫:そこの傘持ってけよ。
・振り返って昭夫を見ながら静香。
静香:いい、返す時ないから。
※傘を貸す行為は再会を約束する為のもの。それを断る静香。やはり昭夫への未練を断ち切る気持ちの表れだろう。
・静香は画面右へフレームout。手の座蒲団を落とし、追うように画面手前へ近付く昭夫。
昭夫:その辺に捨てていいから…
●アパートの外(雨)
昭夫(off):…さ。
※昭夫のセリフ繋がり。
→《出口から飛び出てくる静香(下からのショット)》
・凄い雨だが頭に手を当てながら階段を下りる静香。
・雨の音と階段を下りる靴音。
→《階段を下りる静香(俯瞰)》
・静香の階段を下りるアクションと雨音繋がり。
・静香が階段を折り切ったところで、左手に傘を持つ昭夫が画面左からフレームin。
・カーブミラーの脇を走り抜けていく静香。
※昨夜のシーンの冒頭のカットで写っていた階段とカーブミラーだ。
→《アパートの階段の方から、画面手前へ走って来る静香》
※静香のアクションと雨音繋がり。
・階段の上の昭夫が傘を開く。
※再会の約束を果たせなかった昭夫の、残念な思いが表れた仕草だ。
・画面左奥から手前右へ駆け抜けていく静香(右へフレームout)。
※雨の中を振り返らずに駆け抜ける静香の様子から、もう昭夫とは会わない決意を感じる。恋心を振り切り、芝居へ前進していこうとする様子に思える。いじらしい!
(※ここで日替わり)
〔7〕
●稽古場
→《稽古前の研究生たちの風景》
・発声練習をしたり、ストレッチで体をほぐす研究生たち。
・カメラは右へ移動し、やがて左へパンしながら上へ移動。ゆっくりと俯瞰。
演出家(off):本読み始めるぞ!
・研究生たちは、一斉に画面右上へ挨拶する。
・カメラは右上へパンする。
・演出家やメインキャストが階段を下りてくる。
・研究生たちはテーブルをセッティングし始める。
・雑然とした画面。
・騒然。
・少し遅れて入って来た翔が、みんなに挨拶する。
翔:おはよう。
※雑然とした画面から、各々の人物を特定する事はできない。見る側の視線も定まらない。しかし、ここで「おはよう」という聞き覚えのある声が入れば、その声の主を画面に探そうとするものだろう。そこに青い衣装を着て、右手を上げている人物を立たせる。画面上1/2に写るその人物を、見る側は自然と目で追うだろう。人物が画面右へ移動するのと連動させてカメラが左下へとパンすると、すっかりセッティングされたテーブルが現れる。声の主は勿論、翔だ。彼女のこの映画での最初のセリフは、「おっはよー」だった。
→《舞台の模型(カメラはアップからゆっくり引いて俯瞰)》
・演出家の前に置かれた模型。
・四角く組まれたテーブル。
・メインキャストと演出家が四角く座っている。
・静香の姿も、その中に。
※よく見ると静香とかおりが対面している。
・壁伝いの床に座る研究生たち。
→《右手に扇子を持つ翔のセリフ(カメラは人物に向かって右からのポジション)/画面手前から、メガネだけの安恵-五代-嶺田-翔-水原》
・一斉にページを捲る。
→《同(カメラは人物に向かって左からのポジション)/画面手前から、顔半分の水原-翔-嶺田-五代-顔の写らない安恵》
・翔の右隣の水原の台本が捲られる。
※この動きで繋げている。翔の右手の扇子も効いている。五代はタバコを吸う仕草。
道彦役(嶺田):摩子の卒論の出来栄えはいかがですか?(先生役への問い)
・チラッと目線をやる嶺田。
→《一条春生(先生)役の小谷のセリフ(カメラは向かって右からのポジション)/翔と水原の後頭部越しに手前から、木内-小谷-顔の写らないかおり》
※嶺田の目線繋がり。木内の前にはビンの栄養ドリンク、手には扇子。
・英国の女流作家・ヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』についての卒論。
※この小説は、一つの死を契機に二つの意識が結びついていく物語だ。後に堂原良造の死を契機に、静香と翔が結びつく構造と共通する。『ダロウェイ夫人』は、主人公が花を買いに行くところから始まる。『Wの悲劇』にも度々花が登場する。花に特別な意味は持たせていないと澤井監督は仰っていたが…。
・小谷がチラッと目線をやる。
→《間崎鏡平役の城田(カメラは向かって左からのポジション)/手前から城田-トシ子-静香-一人置いて演出家》
・引き続き小谷のセリフ。
※セリフと小谷の目線繋がり。
・城田のセリフ。
※城田の前に赤いポット。
・目線を前に向ける城田。
→《舞台の模型越しの翔/左から水谷-翔-嶺田》
※城田の目線繋がり。
・翔のセリフ。
・画面左から、演出家の右手とタバコの煙がフレームin。
・進行役の説明(off)。
→《右手にタバコを持つ演出家(人物に向かって左からのポジション)》
※進行役のセリフとタバコ繋がり。
・前を注視する演出家。
・翔のセリフ。
→《二階から稽古場の全景/画面手前に手すり(俯瞰)》
※翔のセリフ繋がり。
・摩子の登場を知らせる進行役のセリフ。
→《顔を上げる研修生たち》×4カット
・進行役のセリフ(off)~翔のセリフ(off)
※セリフ繋がり。一斉にかおりを注目する研究生の緊張感が、短いカットの繋がりでスリリングに描かれる。特に最初のカットが素晴らしい。画面中央の女子に水色のノースリーブを着せ、照明を明るく当てている。隣の女子の顔にも照明が当たるので、その女子には右腕で頬杖をさせている。周囲の研究生には白や黒の衣装を着させているので、嫌でも中央の女子に目が行くような画作りになっていた。その女子が周囲に先行して目線を上げる。大きくてキラキラした瞳だ。続いて周囲の顔が一斉に上がる。と同時に女子の台本も上がる。時間にして1秒40。一気に画面へと引き込まれて行く。
→《空を見つめる静香》
・直前の4カットと一連の流れの中に繋がれた短いカット。
※かおりを覗き見るというより、空を見つめるような眼差しだった。
→《摩子役のかおりのセリフ》
摩子役(かおり):あたし、殺してしまった。おじい様を刺し殺してしまった!
※静香や他の研究生を合わせても、既に3回は出てきているセリフだ。このセリフを、かおりが言うシーンは初めてだ。台本から顔を上げるかおりの表情からは、芝居に集中している様子が伺える。一方の静香のぼんやりとした表情とは対照的で、かおりの迷いの無さが際立っていた。各役者のセリフと進行役の説明に澱みがなく、聴覚的なリアリズムがリズムや流れを作り出していったので、このかおりのセリフで確実に流れを断てる訳だ。
※カット割りも、模型のアップから引きの俯瞰。テーブル内でのキャッチボールから、その周りの研究生たちへと一旦拡がり、静香→かおりで決めている。なんとも恰好がいい。
●建物の中
→《電話で話している翔》
・西日。
・しっとりとした音楽が入る。
※西日と音楽で、稽古の後だと分かる。
翔:えぇ、一日から十日まで…。
※「えぇ…」で始まった瞬間に、会話の途中である事が分かり、経過した時間を感じさせてくれる。このことで、直前のシーンからこのシーンまでの時間的空白に対する違和感がない。会話の内容や雰囲気から、相手が男である事は推測できる。受話器が赤いので公衆電話だ。つまり、翔から電話を掛けている。翔から誘っている訳だ。
・翔の表情に、諦めと嬉しさが見え隠れする。
※電話の相手が次に登場するのは、死体としてだ。そこでその男が初めて登場するのでは余りにも唐突な印象を見る側に与えてしまうので、一度その存在を知らせておく必要があった。死体というインパクトを考えれば、事前に余計な情報はない方がいい。その意味では、バランスの取れた伏線になっていると思う。
・音楽は、次のカットの冒頭へ食い込ませている。
●建物の外
→《外で稽古をするかおりと静香》
・直前のシーンの音楽がちょっとだけ(2秒弱)食い込む。
※音楽繋がり。《電話で話している翔》のシーンとの時間的な空白を生める為の工夫だ。
・静香の顔と建物の外壁に当る西日。
※西日繋がりでもある。
・音楽が止むと同時に虫の音。
・背後の建物の中の階段を下りてくる青い衣装の翔。
※翔の衣装の青い色を印象付ける工夫は、稽古場に翔が現れた時から始まっていた。直前の電話のシーンは、念押しでもあった。
・出入り口に背中をもたげた翔が拍手する。西日の翔。
※鈍い音なので、缶だと直ぐに分かる。このカットでの拍手は5回中4回。
・拍手の音に気付いて、振り返りながら立ち上がる静香とかおり。
→《画面手前左に翔/右奥が静香とかおり》
・缶を叩く5回目の拍手と、振り返る静香とかおり。
※缶を叩く動作と音と、静香とかおりのアクション繋がり。
・虫の音。
・軽く酔った翔は、画面右へフレームout。
※不倫を匂わしている。ホテルでの約束も、表では会えない二人の関係を暗に知らせていたのだ。
・静香とかおりが挨拶しながら一礼する。
→《一礼して起き上がる静香とかおり(バストショット)》
静香:酔ってたね…。
※缶がビールであった事を強調する為の念押し。
かおり:いつか追い抜いてやるわ。
・驚いてかおりの顔を見る静香。
※翔を見る二人の違いが、やはり対照的。一人の人として心配する静香と、女優としてライバル視するかおり。この違いが、静香の焦りや不安の原因であり、同時に他の研究生たちから受ける信頼の理由でもあった。
かおり:さぁ、やろう。
・そう言って動き出すかおり。
※この後も稽古を続ける意思表示。帰りが遅くなる夜を感じさせるセリフだ。次も稽古のシーンなので、その間に夜が挟まる印象を作っておく必要はある。
※稽古場に始まるこの一連のシーンでは、一日の始まりに漂う新鮮な雰囲気から、終わりに漂う充実感や疲労感までを描いていた。どのように稽古を進めていくのかを丁寧に描いていくことは、本舞台でのシーンに真実味を持たせていく意味でも重要なことだと思われる。各役者から吐かれるセリフによって、芝居の内容が少しずつ明かされていくのも分かる。興味深いのは、その芝居の中味がサスペンスであること。静香を取り巻くドラマの方には、全く存在させていないジャンルを劇中芝居の方に存在させている。映画との相性が最も良いとされているサスペンスを、敢えて劇中芝居に封じ込めてしまう試みは、大胆かつ挑戦的である。
(※ここで日替わり)
〔8〕
●稽古場(午前)
→《立稽古(カメラは、研究生の頭越しに右から左へ移動)》
※このシーンは安恵のセリフから入るが、安恵役の南美江さんの声に張りがあり、瞬間的に場が引き締まる。
演出家:じゃあ、午前中の稽古はこれで閉じます。
※このセリフで、昼休憩に入る時間であることが分かる。
●建物の中(エントランス)
→《玄関口の昭夫(俯瞰)》
・エントランスホールに流れる「別れのワルツ」(ヨゼフ・ランナー作曲)。
※二人の別れを暗示するようだ。
・振り返って見上げる昭夫。
・両手で弁当。
昭夫:よっ!
・歩き出す昭夫。
→《階段の上から降りてくる静香(カメラはローポジションからの煽り)》
・一旦、立ち止まり、再び下りてくる。
※昭夫を発見する動作だが、一旦立ち止まることで見る側の目線を引き付けることもできる。
・昭夫が場面左からフレームin。右肩からピンクのポットを提げている。
静香:いつから私のお兄さんになったの?
※静香の兄を装って呼び出して貰ったことが分かる。昭夫なりの気遣いだ。二人前のお弁当も然る事ながら、ポットを持参した事で二人で食べるつもりだったことが分かる。ピンク色はポットを印象付ける為のもので、最後にポンと叩くのも同様だ。
・お弁当だけを受け取り、階段を駆け上がっていく静香。
※昭夫の部屋から走り去っていったシーン同様、静香が振り返ることはない。
昭夫がピンクのポットを叩く。
※後のシーンとの繋ぎで、ピンクのポットが使われる。
●稽古場(午後)
→《手前は小道具/中央は間崎鏡平役の城田の芝居/奥は二階の研究生たち(カメラは煽り)》
・カメラ目線で指を差す城田。
※インパクトのある入り方だ。昼休憩が済んで、午後の稽古がとっくに始まっているという雰囲気。その流れの切り替えに有効だった。
・背後の柱に掛かる時計の時刻は、15時37分。
→《いらつく演出家(画面右の城田の左腕越し)》
※城田のセリフ繋がり。
・激昂して台本を投げつける演出家。
・台本を拾いにいくスタッフ。
※台本が綴じていないので、ばらばらになり、拾うのに時間がかかる。
→《二階の手すり越しの稽古風景(俯瞰)》
※台本を拾うスタッフのアクション繋がり。午前のシーンとは、逆の方向から捉えた稽古場の風景。
・再び稽古が再開。
・演出家がテーブルを3回叩き、両手をポンと鳴らす。
みね役(安恵):さて、間崎さん、どうするのですか?
間崎役(城田):これを使います。
※この辺の音とセリフのテンポが小気味良い。これならシーンを切れる。
●建物の前(道路)
→《車の中でお茶を飲む昭夫(昭夫にピント)》
・ピンク色のポットの蓋。
※さっき印象付けておいたポットだ。つまり、同日のカットを意味する。ずっと待っていた訳だ。
・玄関から研究生たちが出てくる人影と声。
・カメラは同じ構図のまま、昭夫越しに静香へピントを合わせる。
・昭夫がクラクションを鳴らすが、静香は無視して画面右へフレームout。
・慌てて車の外へ飛び出す昭夫。
→《車からでる昭夫》
※昭夫が車から出てくるアクションと研究生たちの声繋がり。
・背景に山。
※君子の病室の窓から見えた山と同じ形の山だ。
・カメラは昭夫を追うように、やや右上へパンすると、画面右から静香がフレームin。その間、カメラの前を二人横切る。
※その直後にも三人横切る。何気ないが、研究生たちの帰宅を意識させている。
・カメラは今度、振り向き様に走り去る静香を追い右へパンする。昭夫は、画面左へフレームout。
→《五代の車へ走る寄る静香》
・画面手前右の五代と車。左奥から走ってくる静香。真ん中の昭夫も走り出す。
※静香が走るアクション繋がり。
・昭夫は五代に喧嘩を吹っ掛けるが、五代は相手にしない。
※五代にとって、静香は恋のお相手ではないことがはっきりする。
・車で走り去る五代。
静香:放っといてよ。
・画面奥へ歩き去る静香(カメラは、ゆっくりと前へ移動)。
※言い放つセリフが流れを断つ。また、周りに写り込む研究生たちの帰宅風景が、一日の終わりを感じさせる。
(※ここで日替わり)
〔9〕
●稽古場
→《稽古場の全景(二階からの俯瞰、手すり無し)》
※繰り返される構図だ。
・警部役の五代のセリフ。ロッキングチェアから立ち上がる五代。
※テーブルや椅子、階段などのセットが稽古場に再現されている。
・壁に貼り付く研究生たち。
・音楽が始まる。「♪ジムノペディ」(エリック・サティ作曲)。
※この曲は、芝居に使用される曲という設定。吸い込まれそうになる曲だ。有名な曲なので、この曲が流れれば芝居の場面だという合図だ。
・ズボンのポケットに手を入れようとする五代。
→《引き続き、警部役の五代の芝居》
・ポケットに手を突っ込む五代(カメラは、五代を追うように左へパン)/背後には右から嶺田、安恵、花瓶の花、階段。
※五代のアクションと音楽繋がり。
→《台本を見る静香(バストショット)/背後には、研究生たち(やや俯瞰)》
※音楽繋がり。
・五代のセリフの間が空いたところでプロンプする静香。
五代(off):うるさい!
・驚いた顔の静香。
→《画面奥に五代と静香/画面手前にテーブルの出演者(やや俯瞰)》
※音楽繋がり。
・怒鳴り散らす五代。
・音楽が止む。
・演出家がテーブルの方へ移動。画面手前右の翔が立ち上がる。二人の目が合ったようで苦笑い。
※五代が芝居に入り込むのは、毎度のことのようだ。
・稽古場の張り詰めた空気が一旦切れる。
・立ち上がって静香が謝る。
演出家:よし、もう一回行こう。
※張り詰めた緊張→一旦、その緊張が切れて→再び仕切り直す。その仕切り直しのセリフでシーンが終わる。これが流れであり、映画のリズムだ。
●銭湯とコインランドリーの外
→《画面左は銭湯/右はコインランドリー(ローポジション)》
・画面手前左からフレームinした昭夫が、横断歩道を渡り、右奥のコインランドリーの方へ歩く。
・右手に持った袋を、肩に引っ掛けて歩く昭夫の後ろ姿。下駄履き。
・カランコロンという下駄の音。
※表参道で静香と待ち合わせた五代も下駄履きだった。昭夫が居酒屋で語ったもう一人の自分の話を、五代に重ね合わせて考えてみれば、五代の苦悩も浮かび上がってくる。コインランドリーの前を通り過ぎるカップルや銭湯から出てくる母子、下駄箱で靴を脱ぐ女性の姿などのエキストラが細かい!
●銭湯
→《暖簾越しの下駄箱》
※暖簾を手前に入れる画作りが、銭湯の雰囲気を演出する。
・浴場からこだまする人の声。
・虫の音
・浴衣姿の静香が画面左からフレームin。
※浴衣姿はアイドル映画の定番だ。
・32番の棚を空けて赤い鼻緒の黒い下駄を取り出す。
・静香が下駄を地面に置く動作と立ち上がる動作を追うように、カメラは下上にパンする。
※カメラが下へパンする前に僅かに写り込んでいた暖簾は、上へパンし返した後には消えている。暖簾を潜ったイメージだろう。
●コインランドリー
→《下駄を鳴らして入ってくる昭夫》
※虫の音繋がり。
・止まっている洗濯機の蓋を開ける昭夫。
→《洗濯浴槽の中の下着》
昭夫(off):また…、
→《洗濯浴槽の中を見る昭夫(カメラは正面から)》
昭夫:…女か!
※昭夫のセリフ繋がり。
・画面右の出入り口から飛び込んでくる静香。
静香:すいません。
・直ぐに昭夫と気付く。
・文句を言いながら振り向く昭夫。直ぐに静香と気付く。
・昭夫がそっと後ろへ後退し、静香が洗濯物を恥ずかしげに取り出す(カメラは左へパンしながら右へ移動)。
※ものが下着だけに、ユーモラスなシーンだ。
・後ろの昭夫がちらりちらりと静香を見る。
・顔を合わせないように静香は乾燥機の方へ。
・静香と入れ替わりに昭夫が洗濯機へ衣服を投げ入れる。
・後ろの静香がちらりちらりと昭夫を見る。
・乾燥機にお金を投入して、座ろうとする静香。
・乾燥機の音。
※虫の音が掻き消える。
→《ベンチに腰掛ける画面手前左の静香/洗濯機に向かう右奥の昭夫》
・昭夫を見ながら腰掛ける静香のアクションと乾燥機の音繋がり。
・ファッション誌に目を落とす静香。
・洗濯機にコインを入れて座る昭夫。
・何となく目が合うが、よそよそしい二人。
昭夫:浴衣似合うね…、この間はごめん。
・口火をきる昭夫。
※どちらかが先に謝ることで空気が緩む。
・五代に叱られたことを語る静香。
・音楽が入る。
※次第に乾燥機や洗濯機の音が消えて、シーンの最後には再び虫の音が音楽に重なってくる。
・恋愛の話をする静香。
※「形から入る恋愛があってもいいと思った」というセリフからは、恋愛への憧れを抱く静香の乙女心が覗く。鏡台の前の写真立てに写っていた、幼い頃の自分への言い訳でもあっただろう。演劇だけでなく、恋愛に関しても理想と現実のギャップに落ち込んでいる様子が窺える。静香にとって恋愛は、未だに未知のものらしい。俳優修業付きでも、一時の感情に溺れるのとも違う、「性と恋愛」の形を探し求めている様子だ。
・役者を辞めた昭夫の友人のことを尋ねる静香。
※この辺で、この話にもう一度軽く触れておかないと、スキャンダルの後では間が開きすぎてしまうという計算だと思われる。
静香:やめちゃおうかなぁ…。
・昭夫の吐いたタバコの煙が、静香の顔を横切るように迫ってくる。
※君子の時もそうだった。タバコの煙は女優になることを邪魔するようだ。
昭夫:女中役どうすんの?
※昭夫の声のトーンが下がる。
・真剣な眼差しで静香を見つめる昭夫。
※静香が本気で言ってるのかを見極めている眼差しだ。
静香:代わりなんていくらでもいるわよ。
・静香の真剣な表情。
※この表情と昭夫の眼差しが、次のシーンへと繋がる。
(※ここで日替わり)
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