どさ

詩を投稿しはじめました。
そのうち、紀行文も予定しています。
落ち着きに欠けたものが多くなりますがそれしかありません。

大きく大雑把でいいの石狩のジンギスカン

2019-10-25 04:33:52 | ドサ日記

大きく大雑把でいいの“石狩ジンギスカン”(石狩支庁中央部:滝川)
                                                                                   (07年8月13日) 

 カムイ(神)がアイヌモシリ(蝦夷地)を創造なされたとき、中央部におかれましては「ああ、あそこは石狩川にテキトーにやらせておけや」と御手を抜きになったふしがある。
  石狩川は、長さで3位、面積2位のわが国有数の大河。大雪山を発し、これまたわが国有数の平原をうねり、日本海へ流れこむ。
  この川、3万年前は、太平洋に注いでいたが、支笏・洞爺湖一帯が火山爆発により隆起し、行き場を失った川は、西北方の低地をテキトーに蛇行しまくり、水浸しにしまくり、削りまくりと、今の石狩平野を形成した。(石狩の名前の由来も、「イ・シカラ」(アイヌ語で“非常に・曲がりくねった”の意。)
  さて、水浸しにされる度に草木たちは死んでしまいますが、なにせ湿地なので、植物遺骸は十分分解されず泥炭(ピート)と呼ばれる石炭の出来損ない層を形成し、こいつが水はけが悪く、さらに石狩平野に水を貯めこむときたもんだ。
そのため、明治の開拓当時、この石狩平野は、水位が高く作物はすぐ根腐れをおこし、冬には日本海のドカ雪がドカッと降り積もり、おまけに夏の炎天下には泥炭から発生したガスに火がついて野原全体がゆらゆら燃え出すことまである、およそ、牧歌的な北海道のイメージとはほど遠い不毛の大地“蝦夷地”だった。
  これを人の住める、つまり農業のできる土地にするためには、川の水をスムーズに海に排出し、地下水位を下げる必要があるが、明治・大正期と先人たちは、ぐんにゃぐにゃな石狩川に捷水路(しょうすいろ)と言われる水の近道を、手あたり次第、ものすごい数建設して、結果、ここは道央と呼ばれるわが国有数の農業・産業地帯に変身した次第。ちなみに代表的な捷水路は04年に土木遺産に認定されている。
でも、こうやって大胆にして大まかに造られた道央なので、住民も風土も何か大雑把。雄大な道北、繊細な道南、逞しい道東に比べ、なんか無造作でテキトーなとこがあり、石狩近くを出身とする自分にはものすごく気が合う地方なのだ。

  札幌を発ったわが「偶然号」は石狩川沿いを北上。岩見沢、美唄と走ると、いきなり目の前に「日本一の直線道路」の看板。これがまた無造作に立っている。「日本一だからどうだって言うわけじゃないけど、一応な」という感じ。ちなみに、この日本一の直線道路、午前中からものすごく暑かった!これ本当に北海道?というぐらい。熱風吹き、太陽は10曲歌いまくり、モコモコな北海道犬はみな腹を上にしてひっくり返っている。
しかし、どんなに暑くとも、北海道を走っているのだから先ずは“トウモロコシ”さね。走り続け、お昼時に道端のトウモロコシ小屋に寄った。小屋には麦ワラ帽子のお父ちゃんとお母ちゃんがポケーッとしている。お父ちゃんに「いや、ほんとに暑いね~」と話しかけたが、お父ちゃん「あっ、そう」とそっけない。“おいおい、客もいないのだからもう少し愛想よくしろよ”と思いつつ一本注文。お父ちゃん「あっ、そう」と無造作にケースの蓋を開ける。と、“ヴァワ~” と大量の水蒸気。お父ちゃん「うぉー、ほんと熱い」と一本よこす。お母ちゃんが「ほんとに暑いねー!自転車なんだから気いつけなさいよ」と笑いかける。そのトウモロコシを太陽の真下で食べた。そのあついこと、あついこと。間違いない、これで名実とも夏のど真ん中に到着だ。


(岩見沢市にいた正体不明のどーぶつ)

 この日は滝川市まで行く予定。滝川というのは石狩平野の北方の入口にあたり、また “ジンギスカン発祥の地”である。ただし、そのジンギスカンとはタレ漬けジンギスカン。自分も北海道出身で、石狩の近くで育ったのでジンギスカンは幼い頃から食べている。しかし、故郷のジンギスカンは羊の脂身をジンギスカン鍋の頂上に置き、周囲で冷凍ロールの羊肉を焼き、最後にタレを付け食べるもの。付け合わせの野菜はタマネギ、ピーマン、茹で南瓜などで、モヤシは入っていなかった。また、あの当時ジンギスカンと聞くともうそれだけでウキウキしたものだ。何故かというと、ジンギスカンとは盆暮れで親族一同が集まったときや近所の家族で海に行ったときなど、ともかく人が大勢集まったときに催される「晴れ」の料理。大人同士、子供同士、ジンギスカン鍋を中心に車座ができあがり、ものすごい盛り上がりを見せる。特に子供座は当たり前ながらやかましい。     

「あーん お兄ちゃん、それアタシのお肉~」
「おい 俊夫は人生ゲームに負けたんで、奴隷だ。奴隷は焼いたもの食べたらだめだ」
「うわー ミノル兄ちゃん、口に入れたお肉ボクのとこ入れた バカー 」
「ぎゃー礼子、囓ったー!うわーん、うわーん、ワーン」
と言う具合にミンミン蝉とアヒルと子犬とラッパを同じ箱にぶち込み、それを横から棒でバンバン叩いているようなもの。結局、何をやっても年下が泣かされて終わりである。大人の方も、大体できあがっているから実にテキトーなもの。

「礼子、焼けんの待ってっから、とられて泣くんだべさ!焼ける前に食ってしまえ、ほれ」、「陽次、小学校4年生になったんだからビールぐらい飲めなきゃ駄目だべさ、飲め、ほれ」、「ミノル、誰がお前にビール飲めと言った。こら、隠すな!」

そして、あのとき、幼い自分は、親戚の伯父達に“滝川ジンギスカン”ってどういうもの?と聞いたことがあった。酔っぱらっていた伯父たち曰く:

「ああ?滝川ジンギスカンだぁ!おお、滝川の連中ってのは乱暴でな、秋に羊一頭つぶし、それを砂糖醤油につけ込んで冬中そればっかし食べるんだ。野菜なんかないから、見れ、やつらモヤシ入れて食べてるもんだ。」

と乱暴・粗暴さでは絶対に他の追従を許すとは思われない昔の小樽の人間のくせにこのような暴言かつテキトーなことを自分に吹き込んだ(伯父達は今や年長は80代。しかし、揃って健在で、集まると今だ暴言とテキトーなことばかり言っている。)。このように、子供心にタレ漬けジンギスカンとは、粗暴なものとインプリントされてしまった自分だが、今や東京界隈でジンギスカンと言えば、“タレ漬けラム肉・付け合わせはモヤシ”のスタイルこそジンギスカンとして認知されている。少し悔しいが、その本家の味は確かめねばと滝川に寄った次第。

 滝川市に入った時は、丁度夕方近くになった。なにやら、街中や駅前とやたらと女性の裸像の多い街である。


      (滝川市駅前 薄着宣言の町か?)

          (これを投稿した2019年現在、同裸体は撤去されており、そこには大きなグライダーが設置されていた)
 
  夕暮れになると早速、大量の蚊がお出ましになるのも北海道のおもてなし。
防虫スプレーを買いにそこらのコンビニに飛び込んだ。しかし、棚に防虫スプレーが無い。横にいたお店のお姉ちゃんに「すいません、防虫スプレーは?」と聞くと、「あ、これこれ」とテキトーに指さす。見ると“バルサン強力”。ん、滝川のヤツは体にバルサン塗るのか?暴言伯父達の誤ったインプリントのせいで“滝川=粗暴”という絵が無意識下にある自分は一瞬そう考えてしまった。しかし、よく見ると、バルサン脇に小さな防虫スプレーが残っている。ああ、良かったと思い、スプレー持ってレジへ。さっきのお姉ちゃんにお金を払ったあと、
「いや、防虫スプレーと言って、バルサン指さされた時はビックリしましたよ。滝川の人は虫除けにバルサン使うのか、でも、どうやって塗るのかと考えちゃいました」。
それを聞くとお姉ちゃんは、
「ぎゃははー、そんなことあるわけないしょ!」と大爆笑。
お姉ちゃんの笑いは止まず、自分が店から出る時も、レジの前に人を立たせたまま、まだレジの中で笑い転げていた。客も一緒に笑い転げてるからいいか、大雑把だね。

  さて、メイン通りに沿った飲み屋街についた。どれ、本家ジンギスカンはどんなもんだ?滝川の飲み屋街にまっすぐ入る、まっすぐ走る、まっすぐ通り過ぎる。ん?無い。     またうろつく、ゆっくりうろつく、じっくりうろつく。あれ、無いぞ? 変だな~。
別な繁華街もうろつく。うろつくこと計5~6回。あれ?ラーメン屋、寿司屋、居酒屋、焼き肉屋----、ん~ジンギスカン屋が一件もないぞ?!
困った自分はこう考えた。
「そうか、ジンギスカンなんて滝川じゃそこらで食べている当たり前のもの。きっと、山形の玉コンニャクよろしく、そこらの居酒屋で普通に出すものなのだろう。」
それで、店前でポケーッと座っているそこらの居酒屋の親父に聞いてみた。
「あの~、ここでジンギスカン食べられますか?」
「ジンギスカン? あんた内地(ないち)(本州)の人かい? ジンギスカンってのはね、そこらで食べている当たり前のもんでさ、店でわざわざ出すもんじゃないのさね~」
「えっ!でも、滝川ジンギスカンというは東京でも有名ですよ。」
「ああ、あんた、松尾のジンギスカンのこと言ってんだね。それなら、駅からこうこう行けば腹一杯食べられるよ。」
うーん、なにやら様子が違う。一体、真のたれ漬けジンギスカンとは?そういう疑問を頭に残し、大雑把に教えられた場所に行ってみた。少し迷うが、おう、これがそうか。

 店内は大きく明るい。ジンギスカン屋の内部構造は宿命的に脂分過剰塗装型であるが、ここはさらりとして清潔。お客は家族連れとカップルでほぼ満員。お一人様は自分だけ。
早速、注文、「取りあえず(これビールの枕ことばネ)ビール、そしてジンギスカン」。
出てきたジンギスカンはタレ漬け、付け合わせはモヤシとタマネギ。「うん、これこれ」。
おもむろに焼きはじめ飲みはじめ食べはじめ、また「うん、これこれ」、確かにうまい。肉はしっとり柔らかく、乱暴どころか繊細な味。これは日本を席巻しただけの工夫の味が見られます。ギンギンに冷えたビールもうまいし、余計なBGMなぞ無いのがいいね。周囲は子供の騒ぎ声とお父さん・お母さんやカップルの笑い声、そしてジューという肉を焼く音に満ちている。音を肴にまた焼きはじめ飲みはじめ食べはじめ。

  そのうち、やはり冷凍ロール肉にタマネギとピーマンの故郷のパターンが欲しくなり、お店の人に冷凍ロール肉はおいてないかと聞いてみた。すると、意外にもニコッと笑い、「はい、ありますよ」の答え。おお、それくれ、それくれ。そして邪魔なモヤシなんぞ全部こっちへどかしてと。さあ、焼きはじめ飲みはじめ食べはじめ。“うん、これこそハンカ臭せぇ(北海道方言で“くそ馬鹿な”の意)ガキの当時のジンギスカン“。ひたすら、焼きはじめ飲みはじめ食べはじめ。酔いがたりねぇな、「すいません、このジンギスカン専用ワインください、フルボトルで」。それで、また焼きはじめ飲みはじめ、飲みはじめ、飲みはじめ、飲みはじめ、暴飲はじめ。「うーん、でも、あれだな。独りジンギスカンって、あんまりよろしくないな~」、そう、分かっていたけど、このジンギスカンは会話が無い。つまり、これジンギスカンじゃないんだよね。ここにいるお客や小さい頃の自分から見れば、自分はよそ者だよな、当たり前だけどね。 と、瞬間、

 「コラ! 黙って食べなさい!!」  と大声。

次に
    “うぁ~ん”     と泣き声

見るとお兄ちゃんとぴよぴよした妹の2人がツバメのヒナのようど派手に泣いている。まるでミンミン蝉とアヒルと子犬とラッパを箱からぶちまけたような状況だ。さっきから 「ぼくはカレー食べたいのー、カレーがいいの、カレーなの、カレー、カレー!!」と大騒ぎしていたハンカ臭せぇお兄ちゃんに、ついにお父さんのお目玉が飛んだのだ。 それで、お兄ちゃんが泣くと、ぴよぴよの方も何か知らんけど一緒にうぁーん。
ははは、これで良い、これで酔う、ジンギスカンには子供の泣き声、大きく大雑把で、楽しい泣き声。



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