本日、仕事帰りにお買いもの。
1週間分の夕飯の材料。
お魚売り場に差し掛かる。
このお魚屋さん、対面式のタイプで、壁が窓になってて奥が厨房。
その対面窓の下は、お刺身とかが並んでる冷蔵陳列棚。
…のステンレスの枠に腰かけている小学生。
買い物カートの下段に足をかけている。
ケツが半分商品に乗りかけとるがな。
買い物カートを持つ手の主は母親…だろうなぁ…。
で、なにやら会話しているが、注意してるとかではない。
「お譲ちゃん、そこ、座るとこちゃうで。
おねぇさん、あんた親なら、それ叱って教育するのが親の責任ちゃいますか?」
…と言える勇気を私にください…orz
本日、目にしたそのワンシーンが頭から離れない。
なんてゆーか、食卓に座りますか?って話やん。
なんで食べ物並んでるとこに座るのよ?
そしてなんでそれに対して注意できないのよ?
さらにはそこまで気付いておきながらなんで行動できないんだ、私!?
…ということで、親子に腹立てつつ、自分にムカつく今日この頃。
一般常識とか以前に、出来て当たり前であるべき「お行儀」が出来ないんだな。
そりゃ私だって、お行儀悪いさ。
でも、次元が違う。
今回の例で言うなら、「食べ物の並んでいるところに座る」という行動を「普通は」しない。
…と思っている。
なぜなら、その行動はタブーだという認識が「普通」だと思っているから。
しかし、この親子にとってはタブーだという認識はない。
認識があるなら、とっくに親が注意しているはずだし、
そもそも最初から教育できているなら、小学生にもなって商品の陳列棚には座らない。
従って、この親子には、タブーだという認識はないと結論付けられる。
私からすれば、その感覚が異常。
この時点で、次元が違う。
あぁ、そもそも「お行儀」という言葉が存在しないのかもしれない。
死語なのかぁ…。
そんなわけで、カルチャーショックというか、ジェネレーションギャップというか…。
当たり前だと思っていたことがそうでないんだなぁ…と。
私からしたら、ありえへんって光景だったので。
驚きと共に、それに対して何もできない自分に強くストレスを感じてしまった。
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1週間分の夕飯の材料。
お魚売り場に差し掛かる。
このお魚屋さん、対面式のタイプで、壁が窓になってて奥が厨房。
その対面窓の下は、お刺身とかが並んでる冷蔵陳列棚。
…のステンレスの枠に腰かけている小学生。
買い物カートの下段に足をかけている。
ケツが半分商品に乗りかけとるがな。
買い物カートを持つ手の主は母親…だろうなぁ…。
で、なにやら会話しているが、注意してるとかではない。
「お譲ちゃん、そこ、座るとこちゃうで。
おねぇさん、あんた親なら、それ叱って教育するのが親の責任ちゃいますか?」
…と言える勇気を私にください…orz
本日、目にしたそのワンシーンが頭から離れない。
なんてゆーか、食卓に座りますか?って話やん。
なんで食べ物並んでるとこに座るのよ?
そしてなんでそれに対して注意できないのよ?
さらにはそこまで気付いておきながらなんで行動できないんだ、私!?
…ということで、親子に腹立てつつ、自分にムカつく今日この頃。
一般常識とか以前に、出来て当たり前であるべき「お行儀」が出来ないんだな。
そりゃ私だって、お行儀悪いさ。
でも、次元が違う。
今回の例で言うなら、「食べ物の並んでいるところに座る」という行動を「普通は」しない。
…と思っている。
なぜなら、その行動はタブーだという認識が「普通」だと思っているから。
しかし、この親子にとってはタブーだという認識はない。
認識があるなら、とっくに親が注意しているはずだし、
そもそも最初から教育できているなら、小学生にもなって商品の陳列棚には座らない。
従って、この親子には、タブーだという認識はないと結論付けられる。
私からすれば、その感覚が異常。
この時点で、次元が違う。
あぁ、そもそも「お行儀」という言葉が存在しないのかもしれない。
死語なのかぁ…。
そんなわけで、カルチャーショックというか、ジェネレーションギャップというか…。
当たり前だと思っていたことがそうでないんだなぁ…と。
私からしたら、ありえへんって光景だったので。
驚きと共に、それに対して何もできない自分に強くストレスを感じてしまった。
