のぶまさのヒザシマツヤマ(申松山)備忘録

日差しあふれるわが街、東松山を
日を串刺ししてる字「申」をあて
申松山でヒザシマツヤマと褒めたたえています

彼岸に向かって

2018年03月18日 19時05分43秒 | 日記

今日から春彼岸。
春分の日を中日として前後3日間なので、今年はちょうど日曜から土曜までの一週間が春彼岸。
つーことで、親父に会いに行きました。
行きは、散歩を兼ねて6000歩、帰りは、ダダ君の運転。
今日は、日曜日とあって、墓地の花は満開でした。

すいません。恥ずかしながら
年に2回のお彼岸と8月のお盆、そして実際の命日の少なくとも年4回の墓参りの
意味を知りませんでした。
命日とお盆は、個人を偲び、2回の彼岸は自分のためにご先祖様にお参りするとのことでした。
ちょうど春分・秋分は真西へ太陽が沈むので西にある彼岸に向かって6つの徳を積み悟りの境地に達するのだそうだ。

その6つの徳とは
 1.分け与える、
 2.規律(きりつ)を守る、
 3.怒(いか)りをすてる、
 4.努力する、
 5.心を安定させる、
 6.智慧(ちえ)をあらわす
だそうだ。

不治の病なのに悲壮感が全くない私・・・
修行が足りないからお迎えがこないのだなぁ
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薄れゆく記憶

2018年03月18日 08時49分41秒 | ニュース・記事

やっぱ、60年物の脳みそなので欠損が広がってくるのは仕方ないことですが、
当事者にとっては、ほかは消えても、これだけは消えない、消してはいけない大きな記憶なのでしょう
明後日は、あの事件が起きた日だそうです。もう23年も経つんですね。
あの頃、連日の報道で、(そのためだけではないでしょうが)ついに暴走してしまった彼らです。

このブログでも何度か書いたかと思いますが
あの時、23年前のあの日は、ちょうど私は大阪出張でした。
朝、家を出て、池袋から東京駅、そして新大阪へは今と違い新幹線で行きました。
そこから地下鉄で2駅の営業所で、
東京が大変なことになっているというニュース映像を観ました。

今となっては、池袋から東京までどのルートで言ったのか思い出せませんが、
地下鉄で行っていたとしても、時間がずれていたのかもしれません。
ただその数時間の差で、私は当事者から外れていました。

その後の裁判で、関係者のほとんどが死刑囚として今も拘置されています。
当事者にとっては、今も忘れられない名前なのでしょうが、
あの日、偶然当事者にならなかっただけの、私の脳みそからは、少しずつ、一人ずつ、顔と名前の不一致がおこっています。
あの事、あれだけ熱狂して取材していたマスコミの関心事からも消えて
一年に一度だけの記事になっています。

先日、テレビの番組で、かの永六輔さんが生前
人は2度死ぬ。実際に死んだときと、忘れられたとき
おっしゃっていたと聞きました。

情報過多のこの時代に、60年物の脳みそは
優先順位を付けず、大事なもの大事でないものの選別をせずに
先入先出を始めたのかもしれません。

こうして、一年に一度でも、記事になれば、
当時の記憶100%とは言えないでしょうが、
もう一度入ってきて、かすかに残る記憶と融合していくのでしょう。

こうして、何度でもブログにしていくことでもリフレッシュできているのでしょう。

薄れゆく記憶・・・消す前に選別だけはしてほしいなぁと思います。

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